参拾肆 ~ ゆうえんち ~
本日の昼食には、直径四センチほどの団子のように丸いコロッケや、唐揚げを盛り合わせた大皿と、付け合わせのサラダ、スープなどが並んだ。きつね色に揚げられた衣には、焼き印のようなもので〇や△などの模様が振ってあり、それに対応して中身も違ったものになっているそうな。
具の内容は、スタンダードなひき肉とジャガイモから、キーマカレー風、メンチカツ風、グチのパテ風と、皆の要望が広く取り入れられた種類豊富なものだ。
子供たちは、料理を一口頬張るたびにおいしいと大喜びしていて、今日のお昼も賑やかなものとなった。主食はご飯とパンから選べるようにしてある。それに合わせて、食器の方も箸やフォーク、スプーンから選択できるようになっているが、選択の比率は半々と言ったところだった。そして、皆の意見を取り入れて、内容に幅を持たせる発案をしたのは、ヤシロであるということだ。
「まだ沢山ありますからね。皆いっぱいお代わりするといいですよ~」
普段よりも張り切った様子のアイが、子供たちにそう声をかける。けれど、つい先ほどまでは賑やかだった子供たちも、今では黙々と食べていてそれどころではないようだ。
「うふふ。一生懸命食べてくれる子供たちの姿を眺めるというのはいいものですねえ。わたしもモチベーションが上がりますよぅ」
「よかったわねアイ。どうせなら向こうにも行ってみる?」
「いいんですかぁ? あ~でも、ここを留守にするわけにはいかないですね~。私には統括管理AIとしての役目もありますから~」
後ろ頭を掻くような仕草をして、アイは困ったような顔でえへへと笑う。
「アイもかたいわね~。本体はここにあるんだから、インターフェースがどこに居ようと関係ないでしょう?」
「それはそうなんですけれど、不測の事態に備えるのも管理者の務めですので」
「あとそれ。かたいついでに言えば、いつまで皆に敬語使うつもりなのよ?」
「え~。ですが、わたしはもうこういうキャラなので。ずっとこのままでいこうと思ってますよ」
ユカリは、適当な晴一を見習えなどと酷い物言いで、アイの責務に対する姿勢を労っている。こうして、何かと比較対象として挙げられてしまう自分だが、悪例として弄られる場合がとても多い気がする。何故なのか。
「まぁなんだ。ここを離れられないなら、定期的にこうやって皆を連れて来ればいいだけだから、そんな難しく考えることもないだろうよ。あまり突っついてやるな」
「そうですよユカリ。アイは真面目に頑張っているんですから」
「……そうね。アイのやりたいようにすればいいことよね。少しムキになっていたわ」
「いえいえ。わたしのことを思って言っていただけていることは分かってますから」
話している間も、ユカリを筆頭にした食いしん坊たちが箸を休めることはなく、延々と口を動かしていた。もちろん、子供たちとは別に用意された皿の山は、全く減る気配を見せてはいない。
そんな不思議な皿の様子に気づいて、子供たちが騒ぎ出さないかと心配になったが、皆気にしていないようだ。というか、ご飯が美味しすぎて他所を構っている場合ではないのだろう。
そして食後の自分はいつものヤツ。
「ふぅ。いつぞやもこんな皿を皆でつついた昼飯があった気がする。そしてまた……」
炬燵に太ももから下を残して、仰向けに転がりながらひとり呟く。
健康を害することはなくなったとはいえ、こんな生活習慣を続けるのは、間違いなくよろしくない。そう今まで幾度も戒めてきたつもりだが、内心これっぽっちも戒められていない。この先もずっとこのままだと思う。これくらいは勘弁して……。
「あの……ハルさん。食べてすぐにごろごろしていると、ヨリ姉さんやユカリ先生に叱られますよ?」
珍しい人物から声がかかったと思い、仰向けのまま頭の上の方を見る。そこにはカイが座っていて、自分に小声で忠告をくれていた。頭を傾けてテレビの方を見れば、他の子たちは全員画面にかじりついていて、アイやヨリの解説で補足を受けながら妖怪腕時計的なアニメに見入っている。
「まったくその通りだ。本当、これは良くない」
カイの言い分に納得し、赤毛の短髪頭を軽く撫でて上体を起こそうとした。しかしそのとき、ちょうど視界に入ったのは、空中に身を踊らせた何者かが、自分の元へ落下軌道を描いているところだった。HUDに示された対象の軌道解析情報にも、回避を行わなければ確実に衝突すると判定されているため、本来であればここにとどまるのは得策ではない。だがしかし……。
「久しぶりだーいぶですよー」
ちまっとした四肢をいっぱいに伸ばして、ブランチャーのような体勢で跳んできたのは、解析結果にもある通りリエだった。今回はちゃんと気づいていたし、上体も起こしかけていたため、彼女の体をうまく抱きとめてから静かに降着させる。
「この~。わるいこめぇ~」
横抱きにリエを掴んだまま、わき腹などの弱い部分をくすぐる。彼女は活きのいい魚のように体をくねらせて、半ば悲鳴に近い笑い声を発し脱出を試みる。彼女の動きは、前は海で後ろはホテルな感じで、魚がビチビチと暴れるのに似ていた。
「あはははひゃひゃはは! ご、ごめんなひゃいひひ~!」
適当なところでくすぐりを止め、腕の力を抜くと、リエは息を荒げてぐったりしてしまう。
仕様的に、彼女たちの代謝活動は単なる模倣でしかないのだが、脱力しているリエは笑いすぎたためか、顔を真っ赤にして目尻に涙をうかべていた。
「ありゃ、ごめん。ちょっとやりすぎたかな」
でろんと伸びたリエを起こして、胡坐の上に座らせる。
「い、いえ~、平気ですよ~。でもぼくはくすぐりには弱いのですよ~」
「そうなのかい。そういや皆くすぐりには弱い気がする。ユカリもサクラも。もしかしてカイも弱かったりする? ちょっとくすぐっていい?」
リエと自分が遊んでいる傍で、不思議そうな顔をして見ていたカイへ無茶な要求をすると、彼は驚いた顔をして後ずさってしまう。そもそもくすぐりに強い人っているのかな。
「あはは、冗談だよ。カイも他の皆もくすぐられるのは嫌だよな。ごめんよ」
「あ、いえ。……ハルさんは皆さんとはどういう関係なんですか? なんでユカリ先生とチカさんとムツミさん、ヨリ姉さんはそっくりなんですか? それにリエちゃんは僕らと同い年くらいなのに、どうしてランさんやサクラさん、メイさんのお姉さんなんですか? それにアイさんは目が光ってますし、ああ、それを言ったらユカリ先生は虹色に――」
突如なぜなにボーイと化したカイは、好奇心の塊のようになっている。
ミィルはともかくとしても、自分たちのことについて、他の子たちにはろくな説明もしていない。それでも皆は、特に気にしている様子もないため、何も言われないならこのまま静観しようと思っていた。しかし、カイは色々と興味を惹かれていたらしく、今までため込んできた疑問点を矢継ぎ早に投げかけ、期待に満ちた瞳を向けている。彼の疑問はもっともなものだが、果たしてどう説明したものか。どこまで話していいものか。これは非常に悩ましい問題だ。
「カイはその歳で偉いよな。自分の置かれた状況を良く観察してるし、要点――本質を良く捉えて質問してるよな。そういうのは貴重な才能だから、大事に伸ばしていってほしいと俺は思うよ。それに、普通カイくらいの歳ならば、人物の相関関係とかよりも、目についた珍しい物に興味を惹かれてそれどころじゃないはずなんだけどなあ。テレビ見ている皆みたいにさ」
他の子には聞こえないようにトーンを押さえて、そんな言葉をカイヘ掛けつつ、膝元に座るリエを半分ほど横へずらす。そうして片腿を空けて、カイを炬燵へ引っ張り込むと、彼は照れたように俯いてしまった。年相応の子供らしい仕草を見て、さらにカイを抱え込み、わしゃわしゃと撫でまわすと、ますます彼は縮こまってしまう。
「カイは照れ屋さんかな? かわいいのう。んで、さっきの答えだけれど、今はまだ内緒ってことで納得してもらえないかね?」
『あらっ!!』
「え?」
脚の上で小さくなっていたカイは、自分の言った言葉が意外なものだったようで、唖然とした様子だった。
「いやね、教えられないというわけでもないんだけど、まだ秘密にしておきたいんだ。ただし、話せるときが来たら、きちんと教えると約束はできるから。今回はそれで勘弁してくんない?」
「そう……ですか。わかりました。じゃあそのときになったらまた改めて聞いてもいいですか?」
「おう。そんときは必ず教えるよ。でもそうだなあ、これだけじゃもやもやも残るだろうから」
自分達の素性の一部で、知られても問題ない範囲を選んでカイへ話す。しかしここはかなりインパクトが強い部分でもある
「……大まかな認識としては、星光教の女神クラレスティと俺たちは恐らくかなり近しい存在だと思う。ってことだけは言えるかな」
「ええ!? そうなんですか? ハルさんたちって神様なんですか!?」
「しーっ! 声が大きいって」
カイの驚いた声で、他の子たちに気づかれないかと冷や冷やしたが、アニメが持つ驚異の吸引力は素晴らしく、彼の声など誰の耳にも届いていない。
「ええとね。まだ推測でしかないんだけど、女神を含めた星光教の偉い連中は、俺たちと似たような力を持つ存在なんじゃないかと思ってる。現にカイたちに提供したリンカーは、俺たちが用意したものだし、神技についても同じことだしな。でも、能力的にはこっちの方がはるかに上回るだろうから、カイたちは何も心配しなくて大丈夫。それから、俺たちもクラレスティも神様なんかじゃない。これは断言できる」
カイの背中をポンポンと叩くと、瞳は輝きを増し、小さな胸に湧き上がる好奇心にもますます拍車がかかったようだ。
「じゃあ……これからぼくたちがこわい目にあうこともないんですね? もう筆頭審問官のような人に追いかけられるようなことも……」
「ああ。もう絶対あんな目には遭わせないよ。それに……あいつとはもう一生会うことはないだろうさ」
やつが夜な夜なうらめしや~と、化けて出てくるようなことがない限りは……。
この子の不安そうな様子を見ていると、あの日ニーヴの気舎で見た表情を思い出して、胸が締め付けられるような気持ちになる。こうなるとまた自然とカイを抱え込み、少し強めに抱きしめてしまう。
「むぐぅ」
『あらあら!』
あのとき受けた手の火傷は、今では跡形もなく消え去っているため、当時の暴行を思い出させることはない。だが心に受けた傷は、根強く彼らの精神に影響を与えており、いまだ悪夢にうなされる夜もあるようだ。そんなときは、社システムのモニターに沿った対症療法がリンカー経由で行われるため、皆を保護した当初よりも状態は改善されてきている。チカとムツミの診断でも、もう少し時間を置けば、ほぼ完全に元通りになるだろうということだし。快方へ向かっているのは確実だ。
「あの、ハルさん? どうしたんですか?」
「うん……。あの時はすぐに助けてやれなくてごめんな」
「え?」
「うん。気にしないでくれ」
再びわしゃわしゃとカイの頭を撫で繰り回し、他の子と一緒にテレビを見るように促すと照れ臭そうに笑い、彼は皆の間へ入っていった。
『まぁまぁ……』
「えへへ。はる様。いいこいいこですよ」
「え? おお、ありがとう?」
それまでじっとやり取りを見ていたリエに、何故か突然頭を撫でられた。
「はぁ。ところでメイさんや。なぜわざわざ通信を開いてまで『あら』とか『まぁ』とか言ってるんだい?」
敢えて触れなかったが、先ほどからメイが合いの手のように口を挟んで来ていたので、不穏な空気を感じつつも念のため聞いてみる。
「なんと言いますか、やりますね堤さん。完全に不意を突かれましたよ。眼福です……」
ちょっと言っている意味が分からない。
「「次刊確定で御座いますね」」
「ああん!?」
チカとムツミまでもがわけの分からないことを言い、メイを両側から挟み込んで、展開されている透過コンソールを覗いている。
画面に向けて、残像を纏うほど高速にペンを振るうメイの口元には、意味深な笑みが浮かんでいた。
「流石晴一君です。メイ、ぜひ原稿で読ませてくださいましね?」
「ふふ、もちろんですラン姉さん。ふたりにふさわしいプロットは決まりました」
挙句にランまでもが、まとわりつくような視線を向けており、一人でくねっている始末だ。しかもその全身からは、禍々しい霊力のようなものも感じる……。不思議な踊りか何かか。
「事情は理解できた……。いや違うか。端から理解はしていた、かな。もう皆が楽しいなら好きにしてくれていいよ。……はぁ」
またもや取材されてしまったらしい。
「つきましては仕上がり次第直送で」
「それは間に合ってるから大丈夫……」
メイ曰く、世の中には“おじショタ”などという物騒なジャンルもあるそうで。その界隈やら筋の人々には大変珍重されているという。でも、晴一おじさんには全然わからない世界だ。それでも彼女が喜ぶというならば、一肌も二肌も脱がされるのは望むところであるが、内心はとほほな気分だった。
◆ ◆ ◆ ◆
子供たちが釘付けになっているアニメを、一緒になって眺めていたとき、膝元にいたリエが服を引っ張り話しかけて来た。
「はる様。ぼくと一緒にお外まで行ってもらえませんか? 少しお願いしたいことがあるのですよ」
「ん? いいよ、いいともさ。でも、リエからのお願いなんて珍しいね」
「えへへぇ、そうですね~。本当はメイちゃんにも来てもらおうと思っていたのですが、突然忙しくなっちゃったらしいのですよ~」
ああ。それはきっと、いや間違いなくさっきの新ネタのせいだろう。ありとあらゆる物から、カップリングを生み出せる彼の界隈の人々の、なんと業の深きものか。
「そっかぁ。なんかすまないな、巻き込んじゃったみたいで」
「どうしてはる様がごめんなさいなんですか?」
「うん。これにはね、大きな声では言えない複雑な事情があるんだよ」
不可解な面持ちのまま、自分の言葉を受け取ったリエは、いまいち納得しかねるというように首を傾げている。
「そんで、やって来てはみたけれど……。寒いな」
久しぶりに出た社前の小広場も、すっかり雪景色に変わっていた。視界を埋め尽くす曇った空と、灰色の荒波が打ち寄せる海岸の様子は、日本海側の厳しい冬の様相を彷彿させる。
「さて。リエのお願いって何かな?」
「それはですね~、これなのでございますよ~」
そう言ってリエが示したものは、午前中にメイとふたりで作業をしていたスケッチブックだった。
見開き一面に描かれていたものは、巨大なテーマパークの遠景イラストのようだ。高精細な線を駆使して、非常に細かい部分まで描写された絵は、まるきりCADを用いて出力したような、一切ブレのない正確な線画だった。だが、彩色は全て原色で染め上げられ、数分眺めただけでも、目がチカチカしてしまいそうな出来栄えである。
「ぐっ。恐ろしく緻密な絵なのに、色がサイケデリックすぎてしんどい……」
アヴァンギャルドなんよ。
「どうかしましたか?」
「いやうん。それでこの遊園地? みたいな絵はなにかな?」
「はい、遊園地なのです。この間ですね、メイちゃんとお話ししていたとき、この富士山の近くには、大きな遊園地があると言っていたのですよ~」
確かに富士の裾野付近には、遊園地などのテーマパークがいくつか点在しており、国際的なレースにも使えるサーキットなどもある。しかし、社の入口があるこの岩屋は、富士山基準で言うところの山梨側に当たるので、先に述べたいくつかの施設とは、逆の位置関係にあったりする。
「そうだね。本物の富士山の近くには、コースターで有名な遊園地が一か所あるね。そういや南には、近すぎてどうしようか悩むサファリパークもあったっけ。ここだと位置的には海の上になっちゃうけどさ」
岩屋の裏手に背負われている箱庭富士は、御殿場新五合目あたりがちょうど海岸線になっているため、日本の地形と照らし合わせると、それより先の部分は海面となる。
「サファリパーク?」
「そう。一種の生息環境展示型の動物園かね」
「動物さんですか!? ぼくも見たいでのすよ~!」
リエは本題そっちのけで、サファリパークに食いついてしまった。
このままでは出てきた意味がなくなってしまうため、少しばかりリエの話に付き合って、遊園地の方へ話を戻す。
「動物園とかサファリパークは、いつか行ける機会があったら連れて行ってあげるよ。差し当たって、今は遊園地の話なんだよね?」
「はう、そうなのでした。それでですね、この遊園地をこのあたりに作りたいと思っているのですよ~」
リエから送られた地形情報には、〇・三平方キロメートル換算の網掛け枠が乗せられた樹海の空撮画像があった。一見するとその画像は、ゴルフ場建設予定地の写真のようにも見える。
「こりゃまた壮大な計画を……。まぁそれは構わないだろうけど、俺に手伝えそうなことはないような気がするよ?」
「ええと、はる様にはですね、施設の配置を監督してほしいのですけれど、駄目ですか?」
「う~ん。ダメではないけど、そういうのは専門外だからなあ。俺じゃ力不足だと思うんだよね……」
こういうのはデザイナーとかの仕事だろうし、自分にはさっぱりわからない分野だ。適当に遊園地を作って、ゲストに多大な不幸をもたらすゲームならば、家のPCに入っているけれど。
「そうなのですか? 困りました……」
期待には応えられそうにないことを伝えると、リエはとてもがっかりしたような顔をしていた。だが、かわいいリエをしょぼくれたままにはしておけない。自分にも何かできることはないかと、よくよく思案してみる。
「画像データとかじゃ参考にならないかな?」
「そうですね~。ぼくは正確性を重視したいので、現場の実測値が欲しいところなのですよ……」
そう言ったリエは、浮かない顔でスケブの絵を眺めてため息をついている。なるほど。それでメイの助力が必要だったわけか。
「ふたりしてこんな寒空になにやってるのよ。風邪――はひかないだろうけど、寒いんだからはやく中に入りなさい」
吹きすさぶ冷たい風の中、ふたりホットな案件に思案していると、いきなり後ろの方からユカリの声が聞こえてくる。見れば、彼女はいつもの小袖姿になっていて、膝丈ほどの裾から白く細い足が覗いているではないか。まずは自分の寒さを心配してほしくなる格好だ。
「あ、ユカリだ。リエ、ユカリが現れたぞ? どうしよう?」
ユカリは仲間になりたそうにこちらを見ている。
「何よだしぬけに! ひとをモンスターみたいに言うんじゃないわよ失礼ね!」
ユカリはぷんすこと怒っている。調教には失敗してしまったようだ。
「ユカリねえ様。さっきは忙しそうでしたけど、もういいのですか?」
「ええ。もう済んだから大丈夫よ。それよりもどうしたのよ? ふたりで難しい顔をして」
昼食の後。ユカリは炬燵の隅でずっと子供たちの教材を作っていたらしく、宇宙ねぎまをくわえてコンソールと睨めっこしていた。そんな様子を見ていたためか、リエはユカリにも声を掛けなかったようで、こうして悩む事態になっている。
「ふむむ。リエは設計製造維持管理なんかは得意だけど、企画立案とか意匠なんかの分野は不得手なんだな」
「はい~。そうなのですよ~。ぼくはデザインとかは苦手なのです。メイちゃんのように絵も上手じゃないですし~」
抱えたスケッチブックで顔を半分隠すようにして、照れた風にリエは笑っている。
ここでようやっとリエは計画の情報をユカリと共有した。それらを閲覧したユカリは、リエの背後へ回り込んで彼女をぎゅっと抱え込み、可愛い可愛いと撫で回しはじめる。
「なによ~水臭いじゃないの。遠慮しないでお姉ちゃんに頼ればいいのに。ちょっとくらい忙しくたって、いくらだって手伝ってあげるわよ~も~も~も~」
牛かな。
「えへへ。でも、ねえ様は大事なお仕事中でしたし……」
「やっぱり遠慮してたんだ。にしても、リエはなんで突然遊園地なんて作ろうと思ったの? 何か理由があるんだよね?」
自分の欲求を満たしたいだけで、リエがこんなことをはじめるはずはない。その意図をたずねてみると、彼女はまた照れ臭そうに話しをはじめた。
「はる様もねえ様方も、みんなあの子たちのために奔走して、色々なことで力になってあげているのに。ぼくだけここでじっとしているのが少し悲しかったのです。それで、ぼくも何かしてあげたいなって思っていたら、メイちゃんが遊園地のお話しをしてくれたので~。ぼくはそれを作ってみんなを喜ばせてあげたいな~って、思ったのですよ~」
そう思い立ってはみたものの、向こうにこれを建設するわけにもいかず。ならば箱庭の余った土地を利用して何とかできないかと考えたようだ。そのために、先ずデザイン画を描いたりして、色々と構想を練ってみた。でも、いざ形にしてみようとするとそれなりに難しく、ただコンクリートなどを打設して施設を建てても、非常に味気ない無機質なものにしかならないことに気づいてしまったのだとか。そのため、周辺に配置する様々な設備や環境デザインなどを誰かに頼みたかった。ということのようだ。
「もう! 健気過ぎてお姉ちゃん泣きそうよ。そうよね。リエも皆と一緒に色々やりたかったのよね。ごめんなさい、気づいてあげられなくて。チビもリエが寂しがるって言ってたのに」
「そんなことはないのですよ。ぼくは一人ではできることも少ないですし、出番がないのは力不足なぼくせいなので……。お手間をかけてごめんなさいなのです」
しゅんとした顔でリエが小さく頭を下げる。その姿におじさんは色々な意味で心を抉られた。
「でもさ。逆を言えば、それは仲間がいりゃ何でもできるってことじゃないかい? リエが何もできないなんて言ったら、俺なんてただのおじさんだぞ」
「そうよリエ。晴一なんてただのおじさんなのよ? この私の妹なのだから、もっと胸を張って欲しいわ!」
自分で自分を卑下する分には構わない。というのは、大多数の人がそうだろうと思うけれど。ただし、人に言われるのは癪だというのも、また同じことだろうと思う。
「うむ。間違いなく俺はただのおじさんだが、なんてことを言うんだユカリ。尻を鷲摑まれたいか」
指をワキワキさせてユカリとの距離を詰めると、ユカリは抱き寄せたリエを盾にするようにして、舌を見せながら悪態をついた。大事な妹を盾にするなんて酷い姉もいたもんだ。
「リエ姉さん、お待たせしました。おや、ユカリ姉さんも来ていたのですね。では、私が居なくても問――」
「こらこらメイ。折角来たんだから遠慮せず混ざっていきなさい」
自分は超加速して、来たばかりでもう帰ろうとしているメイの前に回り込み、ふたりの方へ肩を押して話に参加するよ促した。
ぐいぐいと押されてゆく彼女は、新刊がとか原稿がどうのと控えめな声で言っていたが、それらは聞かなかったことにする。
当初の予定通りメイも加わり、ユカリの支援も手伝って、話はとんとん拍子に進んでいった。自分も過去の思い出や、ストリートビューの画像を例にして、施設を利用した時の状況をできるだけ詳細に思い起こす。それを、戦闘支援AIの機能を使ってリアルなイメージに変換し、実体験に近い状況として共有した。しかしユカリからは、いつ誰と行ったのかと突っ込みが入ったり、共有イメージに一部マスクされた部分があるなど、目敏く指摘を受ける。
「も~。なんでお前はそういう所ばっかり目が行くんだよ。今はそういう話をするタイミングじゃないでしょ?」
やめなされ。その話はやめなされ。
「だって、気になるものは仕方がないわ。前にジーラでもそれっぽい話をしていたし、そろそろ詳しいことを聞かせてくれても――」
「悪いユカリ。本当にこの話は勘弁してほしいんだ」
つい被せるようにして、ユカリの言葉を遮ってしまい、あっと思って皆を見る。三人は、きょとんとして自分を見ていた。皆の視線に居心地の悪さを感じた自分は、先に戻ると言って、小雪の舞いはじめた砂浜を足早に通り抜け、社へ戻った。




