参拾参 ~ 遠足的 ~
三人と一匹を引き連れてひよこの間へ戻ると、ヨリがいた。聞けば今しがたチカとムツミと共にこちらへ戻ってきたそうで、炬燵のふたりとお茶をしている。一方リエとアイは、お土産を一通り楽しんでいたようで、炬燵の上には宇宙食の空ゴミが積まれている。そこへ、自分が謎の人物を連れてき戻ってきたため、三人はこちらに注目している。
「おや? そちらは――社システムのインターフェースボディですね? 今新規の識別情報で確認しました。初めまして、というのもおかしな話ですかねえ。ところで、何故ヤシロさんは狐の面を付けていらっしゃるんです?」
「狐さーん。ぼくも作るのですよ~」
「おしゃれですね。でも……あれ?」
皆の言葉で後ろを振り向くと、いつの間にかヤシロは、和紙製と思われる白い狐面を付けて素顔を隠していた。そんなヤシロの真似をしたいリエは、新美南吉の話に出てきそうな、可愛らしいプラ製のお面を作り出し、顔に装着してこんこんと可愛い鳴きまねをしている。
「どうしたのヤシロ? もしかして、シャイなあんちくしょうなの?」
「トゥーシャイ?」
「シャイガール?」
ヤシロの前で、ふたりエ〇ザイルでぐるぐるしていたチカとムツミを取り押さえ、彼女の返答を待つと、「その通りです」と、いかにも嘘をついている風に肯定してみせた。その白々しさに突っ込みを入れて、詳しい理由をたずねてみたかったが、彼女からはそれを拒むような雰囲気が感じられる。何か理由があるようだし、ここは無理に聞かず、追々自ら話してくれるのを待つことにしよう。
「そっか。まぁ今は芋でも食べるといいさ。あ、面があっちゃ無理かな?」
「お心遣い痛み入ります。ですが、喫食に関しましては、この通り問題御座いません」
ヨリを抱え込んで並んで炬燵に入り、半分にした芋を横のヤシロへ差し出すと、彼女は恭しく頭を下げてそれを受け取った。そして口元まで芋が運ばれたとき、面に触れる直前で一口分の芋が消失し、ごく当たり前のように咀嚼をはじめる。
「これは忍術……。俺は詳しいんだ」
「なーっ! 忍術ですか!? わたし初めて見ますよ! なんと興味深いものでしょうか!」
忍術と聞いたアイは、身を乗り出してヤシロの口元を凝視し、膝立ちにしたつま先を座布団の上でばたばたさせている。
「堤殿、それにアイ殿。誠に申し上げにくいのですが、残念ながらこれは忍術では御座いません」
「うん大丈夫だよ。分かってるから」
「ええっ! 違うんですかぁ!?」
「アイちゃん、落ち着きましょ~。ヤシロちゃんはお面越しにお芋を転送しているだけなのですよ。ぼくもこの通りなのですよ~」
可愛いデフォルメ狐のお面を付けているリエが、ヤシロと同じように、宇宙羊羹を口元へ運ぶと、同時に羊羹は消失し、口をもぐもぐ動かしはじめる。物理保護領域の応用とでもいうべきか。領域内であれば、手を触れずとも、指定座標へ物体を自由に引き寄せることも可能なのだそうだ。
「はぁ、なるほどですねえ。冷静に考えれば忍術なわけないですよねえ。やれやれ。また晴一さんに一杯食わされるところでしたよぅ」
「アイのそういう純粋なところ、嫌いじゃないぞ。むしろ好き」
別に騙すつもりはなかったし、今回は単なる冗談だったのだが。アイが面白いことになってくれたので得した気分だ。
文句ありげなアイを宥めて、自分もねぎまを食すべく、アイに口を開いたパックを渡して湯を入れてくれるよう頼んだ。そのとき、入口側の襖が開いてメイが戻って来る。
「皆さん、お帰りなさい。あなたがヤシロですね。……なぜお面を?」
なんか会う人会う人聞かれそう。
「それには宇宙よりも深遠な事情があるらしいから。今は聞かないであげてほしい」
「よくわかりませんがわかりました。早速ですが、牧場の第一次拡張プランはいかがでしょうか? 無理なく運用できているでしょうか?」
「ああそうそう、ばっちりだよ。現地の情勢にも馴染んでるし、住環境も格段に向上したし。ユカリはちょっと文句言ってたけど、ちゃんと打ち合わせた形に落ち着いたよ」
「そうですか。それは良かったです。では母屋北西区画のハウス建設案ですが、現地でも高分子素材は使用されておりますので、ビニル素材を用いたハウスを建設しても問題はないと思われます。あるいは、ガラスハウスという手段もありますが、どうなさいますか?」
「うん、初めはビニルハウスでいいんじゃないかな。作物の種類も、牧場運営陣のスキルが上達してきてから増やした方がいいだろうし」
寒くて作物が限られるなら、ハウスでもおっ建てて栽培したらいいじゃない。と思い立ったのは先週の終り頃。いつものように、またメイにいろいろと調べてもらい、結果大丈夫そうだったので、具体的な話をするために、彼女はカフェから戻って来たのだ。
「温泉の熱が利用できるのはかなり好条件ですね」
「そうなんだよ。仮に間に合わなくなっても、電気とガスがあるから、保温手段には困らなそうだし。夢が広がるんよ」
初めは寒冷地でも育つよう、品種改良された地球の農作物を持ち込んで……。などとも思ったのだが、テルルの生態系を汚染するような行為は、避けるべきだと考え直した。そこで、自分も現地の農作物について、見聞を広めようと思ったりもした。しかし、その辺りのことについてもミィルはかなり詳しかったため、自分の役目としては、環境構築や設備の運用指南を行うだけで十分なようだった。
何事も家族全員で取り組むのがハティ家の基本方針らしく、両親が考えていた事業計画についても、ミィルは詳しい話を聞いていたそうだ。そのため、農業への事業拡張についても、ずっと勉強していたと言い、この土地で栽培できる作物の種類も、あらかたリスト化できているという。
「ミィルの直向きさとか、生き方には頭が下がるよ。あの子は素晴らしい両親に育てられたんだなあ」
「彼女は大変賢く勤勉な子で御座います」
「私共が確保いたしたい程で御座います」
「わたしもいつかミィルさんとお会いしたいですねえ」
「ああそう? じゃあ、明日にでも招待してみる?」
「え、いいんですか!」
「いいんじゃない? 大体の事情は話してあるし。ユカリも許可してくれると思うよ?」
そう言うとアイは大層よろこんで、留守番組の子達と頭を突き合わせて相談をはじめる。そんな中。メイがリエに何事かのプランを提示し、リエが頷きながらふたりへ視線を向けると、またアイがワクワクドキドキみたいな動きを見せ、三人は一層盛り上がったようだ。
「ところでヨリ、どうかしたのかな? さっきからずっと静かだけど」
「えっ? そう……ですか? 私は普通にしているつもりなのですけど。えへへ……」
炬燵へ抱え込んでから、何故かずっと大人いヨリへ声を掛けるも、やや煮え切らない様子でなんでもないと言う。その口調には、若干の動揺があったように思えて、言うほどなんでもなさそうな感じはしない。それに、どことなくヤシロを意識している節もあるようで、そういった部分も普段の様子とは違って見える。
それからも何度か声を掛けてみたが、彼女は特にこれというようなことはないと言い、原因は分からなかった。彼女が何でもないと言うならば、問い詰めるわけにもいかない。もし悩み事があるなら、ちゃんと相談するよう言い含めて、話を切り上げた。
ひよこの間で二時間ほど雑談をしてから自宅へ戻ると、姪と妹と親父は既に帰宅していたため、自分が顔を出すとともに夕飯となる。そして、夕刻に約束した通り、茹でられて塩気が抜けためひかりを、チビとコガネザワ君がひとつの皿で、仲良く分け合って食べた。自分も食卓へ上ったそれを頭からかじり、熟成された旨味や塩気と一緒にご飯を掻き込んで、美味しい海の恵みを堪能した。
◆ ◆ ◆ ◆
翌朝九時ごろ。自室の扉をそっと開いてひよこの間を覗くと、何やらリエがスケッチブックに描いているらしく、隣ではメイがそれを監修しているようだった。アイは、テレビの前で巨大動画サイトを見ていて、大物Vtuverが出ている動画へ釘付けになっている。
「やぁみんな。煩わしい太陽だね」
朝の挨拶をしながら部屋に入ると、リエとメイはこちらへおはようを言ってから、すぐ作業にもどる。
「やや。晴一さん、おはようございます。それは方言か何かですか?」
アイは、テレビの前で座布団ごとこちらに振り向き、笑顔で首を傾げている。
「知っているのかアイ」
「ええまぁ、少しは」
「そうか。それとは全然関係ないけど、今日はこれから子供たちを七人ばかり連れてくるから」
「え? 七人ですか? 荒野ですか? 侍ですか? それともナナですか?」
「うん。大概渋いし、そうだけど違う」
アイのボケをスルーして、ミィル以外の子も全員招待することや、皆の様子などを軽く説明したが、その必要はなかったようだ。
「むむ。無視ですかぁ。お子様たちについては、皆さんからお話をうかがっていますし、心配はしていませんよ~。晴一さんも意外と躾にはうるさそうですしねえ」
「意外とかうるさそうとか、なんか引っかかる言い方だな……。うちは親父が割と厳しくてな、多分その影響だろうよ」
「なるほど~。なんか晴一さんもお父さんのようですね~。といっても~、わたしはお父さんがどのようなものなのか、物語で見た程度にしか存じませんが」
軽い口調で言い放った彼女の言葉に、心なしか寂しいものを感じてしまうのは何故だろう。またそんな感情とは別に、自分のことを振り返ってみると、世が世なら家庭を持っていて、子供なんかもいたのかもしれない。などとも思ってしまった。まぁそっち方面は、はやばやと挫折しているので、女々しく独り身を通しているんだけれども……。
「そういや、ついこの間まで俺にもそんな設定があったっけな。そんじゃまあそういうわけだから。今から呼んでくるんで、よろしくね」
「はいは~い、分かりました。お待ちしてますね~」
アイに見送られて軽く手を振りつつ、どこでも襖からハティ牧場の方へ移動する。
ハティ家母屋のリビングエリアでは、相変わらずユカリが授業を行っており、今日も子供たちは大人しく勉強に勤しんでいた。
授業の内容は、基礎的な社会科学や自然科学に関するものだが、リンカーの支援が強力なため、子供たちの理解と吸収は極めて速く、内容も日増しに高度化している。現にこの一週間で、小学校高学年レベルまでの学習内容はほぼ修了しており、中学生レベルの内容へ到達しつつあるという、超高効率な学習環境である。恐ろしいまでの詰め込み教育だが、これで結果が出ているのだからすごい。
授業には、メイの手によって綿密に編纂された学習指導要領が採用されているため、内容に間違いはないはずだが、現地教育機関による学習範囲を超えているので、大幅に量が増えている。そして、たまにユカリ独自の解釈を交えているらしく、特に歴史などに関しては、星光教による正史と、それに対する矛盾点などを考察した批評や、反証なども同時に解説して教えているようだ。
さらに、ユカリは常々、自分たちを排除しようとしている世界の全てを、疑うくらいの気概を持つべき、というような思想教育紛いのことも言っている。言い分自体は至極真っ当で間違ってもいないが、あまり変な方向への誘導はしないでほしいな~と、自分は思っていた。
「ユカリせんせぇ~、真っ当なことを教えるのはいいけど、内容はソフトにお願いしま~す。少年少女たちは何かと多感なんですよ~?」
というわけで、思っていたことを口に出し、ユカリの反応を見てみることにする。
「いきなりやってきて随分な物言いね! 心配しなくても変なことは教えてないわよ」
「うむ。ユカリのことは信じているけど、念のためということで。邪魔して悪かったな」
ユカリは腰に手を当てて、こちらへ不機嫌な顔を向けていたが、またぞろナギが夫婦喧嘩云々など言い出したので、慌ててそれを否定した。相変わらずのおしゃまぶりを発揮するナギには、ユカリもどぎまぎさせられているらしく、そんなふたりのやり取りを見るのは愉快だ。
「ユカリも額面通りに受け止める性格だからなあ。皆の扱いには苦労しているみたいだな」
ダイニングテーブルで、茶菓子を貪っているランとサクラに声をかけ、自分も席につく。すると、気を利かせたランが、お茶の入ったマグカップを寄こしてくれた。
「ああしてるユカリ姉は面白いよ~。みんな奇抜な質問したりするから、そのたびに真面目に考えて答えてるし」
「こ~らサクラ。笑うのはいけませんわよ? ユカリ姉さまは、あの子たちのことを真剣に考えているのですから」
「そりゃ~分かってるけどさ~。面白いもんはしゃーないじゃ~ん」
ユカリの授業風景へ、にやけ顔を向けていたサクラに、ランは叱責の言葉をかけて眉間にしわを寄せていた。お叱りを受けたサクラの方は、だらりと背もたれへもたれかかり、子供のようにぼやく。
「何のかんの言っても、間違いなくユカリは指南役に向いてると思うよ。ああいうのは根が真面目じゃなきゃ務まらんし。適当な俺にゃ無理だな」
「でもさ、晴兄って言うほど適当じゃなくない? あたしなんかより全然真面目だと思うけど~」
「サクラと比べられてしまったら、誰だって真面目に見えますわよ」
「なんだと~っ! この乳姉め!」
サクラはぷんぷんと怒り出し、ランの横乳をかるく叩く。
小突き合いをはじめた姉妹を横目にため息をつき、再びリビングへ目を向けると、ユカリがこちらを睨んでいた。こりゃまずいと目を逸らし、肩を丸めながらビスケット風の菓子をもそりと齧って、またチラリと目をやる。すると、何かを考えるように、中空へ視線を泳がせていたユカリは、皆に休憩を告げてから、怖い顔をしてこちらへやって来た。あ~怖い。
「もう! 外野がうるさいから皆の集中が途切れちゃったじゃないのよ。みんなしてばかなんだから!」
「ええ~。そんなイワンのバカみたいにすぐバカバカ言うもんじゃないよ? あとみんなって言うけど、今回は俺なんもしてないじゃん……」
文句を言いながらやってきたユカリは、空いた椅子には座ろうとせず、ちゃっかりと自分の膝元に収まる。そして人のカップから茶を啜り、すまし顔でアホ毛を揺らしていた。
そんなユカリを見て、小さく耳打ちしてきたランによれば、自分が一日留守にしただけでも、ユカリは寂しそうにしていたそうな。
「そっかぁ~。ユカリちゃんはあまえんぼうちゃんでちゅからね~。しょうがないでちゅね~」
などと言いながら、ユカリのこめかみ付近に、ひょっとこのように尖らせた口を近づけてゆくと、不意に飛び出したアホ毛が目に突き刺さり、反射的にのけぞる。
「ああん目がっ! 目が痛ぁいん! こらぁ目はやめろ目は~。怪我でもしたらどうすんだよ~も~」
「晴一が恥ずかしいことをしてるからでしょ。それに怪我なんてするわけないわよ……」
膝の上でぼそぼそと言うユカリは、なぜかもじもじしており、しきりにリビング方向へ視線を向けていた。つられてリビングを見ると、テーブルに座っている子供たちが、皆こちらを興味深げに見ていたが、ひとりミィルだけは、何やらあきれた様子だ。わかる。
「これは……。ユカリの痴態がまた暴かれてしまったな。かわいそうに」
「かわいそうって何よ! 大体誰のせいだと思ってるの!」
この場合、責任の所在は半々といったところだろうから、堂々と誰のせいとか言うのはどうかと思う。
「でもね、ユカリがうっかりここに座っていなければ、こうはならなかったはずではないかな? 俺は見られても一向に構いやしないけど~。うひひ」
久しぶりに耳まで真っ赤になったユカリの頭へ頬ずりをしていると、両太ももを思い切りつねられてしまった。それは結構痛かったけど、おかげで大事なことを思い出せた。
「あいたぁ。あ、そうだった。みんなを向こうへ招待するって話をしに来たんだっけ。ユカリ、いきなりで悪いんだけど、今からあっちに皆を連れて行ってもいいかね? 都合が悪いなら日を改めるけど」
「もう。やっとその話ね。それはアイからも聞いてるから構わないわよ。校外学習的な配慮で特別に許可してあげる」
いっぱしの保護者のようになっているユカリは、担任教師のような雰囲気を醸し出していて、まるきり旅行や遠足の引率めいた謎の使命感に燃えているようだ。
「そ、そっか……。話が早くて助かるよ。それに、ユカリにも熱中できることが見つかったようで、俺もうれしいしい」
そう言いながら、ユカリの頭へ追い頬ずりをすると、よそよそしく顔を押しのけられてしまった。気づけばリビングの方からは、又も視線が注がれており、ちちくり合っているところを見た子供たちが、今度はひそひそ話を始めている。
「じゃ、じゃあ、私は皆に話をしてくるわね!」
そんな子供たちの様子を見て、ユカリは焦ったように席を立つと、リビングの方へそそくさと歩いて行った。つまるところ、ユカリは面白可愛い。
◆ ◆ ◆ ◆
「すっげぇ、なんだこれ~? 全然違うところだー!」
「ほんとだーっ! どうなってんの~!?」
子供たちは、突然行き先が変わってしまったリビングのドアや、その先にあったひよこの間の状況に興味津々だ。靴を脱ぎ捨てて、真っ先に駈け込んで行ったヒロとヤエは、共に驚きの声を上げている。次に、連れ立って扉をくぐったナギとリンも、無言で周囲を見回しては、ヒロとヤエのように目を丸くしていた。だが、後ろの方でこわごわ部屋を覗いていたカイとミチルを見つけると、それぞれが手を取って部屋の中へ引き込んで行く。
「カイとミチルはお利口だけど、すごくおく病なの。カプラーのことも怖がっちゃって、ちゃんとお世話もできないし。困ったものだわ」
子供たちの最後尾に着いて様子を見ていたミィルが、やれやれといった具合に、ふたりへ辛口な評価をこぼしていた。子供たちは、皆うまい具合にペアリングされているらしく、ヒロとヤエ、ナギとカイ、そしてリンとミチルといった組み合わせで分かれていた。どういう条件でこうなったのかは分からないが、少し見た感じでは、バランスが取れているように見える。
「はは。心配しなくても大丈夫だよミィル。そういうとこは時間とともに段々と解消して行くから。今は皆でフォローしてあげような」
「うん。そうだね。……ねえ、ハルイチが子供の頃は怖いものとかあったの?」
「ん~、そうだなあ。俺は子供の頃はお化けが怖くて、一人でトイレに行くのが嫌だった時があったかな」
子供時代というのは、想像力が豊かな反面、恐怖の対象を無闇矢鱈と空想しがちなものだ。無論、今は暗闇やトイレに行くのも怖くはないが、お化けに遭遇すればきっと怖いに違いない。
「うん……。そうだよね。お化けは怖いよね……」
見たところ、しっかり者のミィルも年相応にお化けは怖いらしく、自分の話を聞いて消沈してしまった。
「晴一。幽霊とかお化けの話はダメだって言ったでしょ?」
「うん。まぁそうなんだけど、今回はたとえ話だから許してよ」
振り向きながらそう言うと、後ろにいたユカリとランがぴたりと自分へ身を寄せて、シャツの端を握りしめている。昼の日中から幽霊お化けもないものだが、苦手なものは仕方がない。しおしおになってしまった空気を変えるために、別の話題へ切り替える。
「そうだユカリ。こうやってあっちこっちと簡単に行ったり来たりしてるけど、検疫とか大丈夫なんだよね? 微生物とか昆虫とか」
「えっ? ええ。今更だけど、転送機能やナノマシンなんかで、複合的に対策が施されているから心配しなくても大丈夫よ。子供たちにはリンカーもあるし、保有細菌も体外に出るときには不活性化されるから」
双方向の行き来の際に、そういったものが検出された場合は、自動的に全て分解され、構成要素やDNA情報などがサンプリングされるとユカリは言った。そうして得られた情報は、惑星のデータベースに登録され、全てメイが管理しているということだ。
「ですよねー。抜かりはないかぁ」
扉の横に立ち、ユカリとランに先へ行くよう促して、最後に残った自分は、脱ぎ散らかされた子供たちの靴を揃える。それから、留守番の太郎と花子によろしくと声をかけ、にこやかに手を振るふたりに見送られながら扉を閉じた。
ひよこの間には、既にウチのメンバーが全員集結していて、皆口々に子供たちへ声をかけていた。
部屋の長辺の半分くらいまで、長く引き延ばされた炬燵に全員が着席すると、ユカリが初顔合わせとなるウチの四人を紹介する。そして各々が名前を名乗り、自己紹介が始まった。ミィルたち七人の方も、端から順に銘々が名前を告げ、顔合わせは滞りなく終了した。だが何故か、皆は借りてきた猫のように大人しくなっている。原因は、どうやら狐の面をつけているヤシロにあるようだ。
一列に並んで座る子供たちの対面に鎮座して、面の上から無言で茶を飲んでいる巫女服の女性は、子供たちの目には相当異様に映るようで。上目遣いにチラチラ見しては、小声で伝言ゲームのように話をしている。
「えーと、何と言うか。このヤシロには、人には言えない事情があってな。あの面を外すわけにはいかないんだ。でも決して危ない人じゃあないから、そんなに怯えなくても大丈夫だよ」
「そうよみんな。晴一の言う通り、あの子は大人しい子だから怖くないわよ? チカとムツミの姉妹みたいなものだし、仲良くしてあげてね」
自分たちの弁を聞いたヒロヤエコンビは、ヤシロの観察をガン見に切り替え、面が怖いなどと互いに囁き合っている。そんな両者の距離感をしばらく眺めていると、子供たちの不穏な様子を見かねたのか、皆を黙って見まわしていたヤシロが口を開いた。
「へいへ~いみんな~、わたしのことはやしろん、あるいはやっしーと気軽に呼んでくださいね~。いぇ~い」
唐突にそう言ったヤシロは、子供たちへ向けて両手にピースサインを作っていたが、その口調は極めて棒に近く、怪しさを一層増長させただけだった。そして、ヤシロの暴挙に戦いてしまった子供たちは、ひきつったように表情を強張らせていたため、場の空気はより微妙なものとなってしまう。
端の方では、サクラが炬燵布団に顔をうずめて肩を震わせていた。
「堤殿。これはわたくしが所謂スベっているという状況、で御座いましょうか?」
「え俺? いやぁ……スベっているのとは違うと思うけど、思惑が失敗したのは確かかな?」
「……ふむ、左様で御座いますか。チカ殿とムツミ殿に倣ったつもりで御座いましたが、難しいもので御座いますね」
方向性はよかったと思う。残念なことにニーズには沿えてなかったけど。
「まぁ。何ということを言うやっしーで御座いましょうか」
「やしろん。そのような物言いでは、まるで私たちが日々定常的にスベっているように聞こえてしまいます」
とばっちりを受けたと言わんばかりに、チカとムツミは名誉棄損だとか、風説の流布だなどと、ヤシロに尖った抗議をしている。
「う~ん。でもヤシロのそれは、普段のふたりの振る舞いとあまり変わらないと思うんだよね」
「「なんと!」」
ふたりは驚愕の表情を……してはいなかったけれど、したような感じで両掌を頬に当てて、驚きのリアクションをしている……のだろうか。
自分の言葉がよほどショックだったのか、静かに目と口を閉じると、心持ち辛そうな表情になり、ぐにゃりと俯いてしまった。
「そんなにか……」
「まぁまぁ。時間も時間ですし、まずはお昼にしませんかぁ? お子様たちもおなかが空いているでしょうし。あ、リクエストがあれば何なりと言ってくださいね? 遠慮はなしですよ~」
「あ、もうこんな時間ですね……」
一本締めのように、両手をパチンと鳴らしてアイが立ち上がり、お昼の用意を高らかに宣言する。さらに子供たちとヨチム組に声をかけると、くねっとうなだれていたチカとムツミが、びくっと体を震わせて息を吹き返した。そして、ここでもヨリには元気がないように見える……。
「「はっ! そうで御座いました」」
アイの提案に呼応して、再起動したチカとムツミが腰を上げかけるが、献立がまだ決まっていないため、子供たちからの要望を拾いはじめる。
子供たちがいるときの献立内容は、年少者の意見に沿った物が提供されるため、食事の前には先ず皆の希望をとることになっている。その際、候補が複数となった場合は多数決とし、それでも意見が割れるようなら、じゃんけんで勝ち抜けた者の意見が採用される方式である。
「さてさて、今日はどんなご意見が出ますかねえ」
「どうだろうな。こっちの料理にはカレーとハンバーグの二強がいるから、そこは外れないと思うけど」
一応、地元とこちらの料理は、提供比率が半々になるように調整してほしいと、ユカリにも頼んではいるので、あからさまに内容が偏るようなことはない。こと、ハンバーグのような肉料理に関しては、どちらにも似た料理があるためか人気も高く、栄養のバランスや食育に偏りが出ないようにと、太郎と花子も品目の分散に苦慮しているらしい。しかし、そこはもてなし上手の社システム。日々微妙な変化を付けては、上手にやりくりしているようで、自分たちもその内容には満足していた。
「何がいいかな~」
「あたしはグチのラスコが食べたい!」
「私カレー」
真剣に悩むヒロの隣で、ヤエが一つ目の候補を提案すると、続いてナギがカレーを候補に出す。子供たちの中でも、ナギは無類のカレー好きなので、この意見は妥当だろう。
確かにグチのラスコ(サンドイッチのような料理)も捨てがたくはあるが、残念なことにここにリエルさんは居ない。それでもラスコ決まったとあれば、ウチのシェフたちが全力で対応に当たってくれるので、確実に希望は通るだろう。
「またカレーかよ~。じゃあ俺はハンバーグだな!」
「ヒロこそまたハンバーグじゃない。人のこと言えないでしょ?」
「だってハンバーグうめーもん!」
「カレーだって美味しいでしょ!」
ナギとヒロの間で、カレーハンバーグ戦争が勃発し、ナギの横にいるミチルがオロオロと狼狽しはじめる。すると、ヒロの隣にいたヤエがヒロの後頭部を平手打ちして、やめなさいと叱りつけた。
「んだよいってーなー。ぼう力女!」
「ヒロがくだらないことで張り合うからいけないんでしょー!」
先ごろ発生したカレーハンバーグ戦争は、こうして一瞬で収束した。けれど、代わりにいつものヒロヤエコンビバトルへ移行してしまい、結局騒動は収まらなかった。
「あ、私はコロッケがいいです……」
「あ、ぼくもコロッケがいいな」
ぎゃあぎゃあとうるさいふたりの争いを横目に、カイとミチルが仲良く新候補のコロッケを提案してきた。
「う~ん。わたしはねえ、から揚げがいいかな~」
「よし、これで決まったな」
リンが発した最後の一言で、今日の献立は多数派のコロッケに決定した。しかし、同じ揚げ物ということで、リンの意見も同時に取り入れられ、昼食はコロッケと唐揚げのミックスフライとなる。
「なんだよ、リンだけずり~な」
「アンタほんとにうるさいわねえ。もう決まったんだからうじうじ言うんじゃないの!」
献立内容も決まり、ようやく落ち着いたと思ったら、またヒロとヤエが小突き合いをはじめる。そこへ見かねたサクラが、満面の笑みでふたりへ近づき、騒動の鎮静化に乗り出す。
「もうそろそろいいんじゃないの~おふたりさん? これ以上は~、あたしも混ざっちゃうぞ~?」
「「はいっ! ごめんなさい!」」
うすら寒くなるような怖い笑顔に睨まれて、小さくなってしまったふたりの頭を撫でまわし、「分かればよろしい」と言ったサクラは、愉快そうにけらけらと笑っていた。ふたりがこんなに怯えるなんて、一体何をしたんだか……。
どうにか意見もまとまったようなので、シェフの四人組は二、三打ち合わせをした後、厨房へ入って行った。すると、ヤシロがささっと茶請けを用意して、皆に新しいお茶を配り終えると、四人を追うようにして厨房へ消えて行く。
「あれまぁ。ヤシロも応援かな?」
「じゃないかしらね? 巫女みたいなものでもありながら、実質女将みたいなものでもあるし」
「あ~、そうね。言われてみれば……」
ここは、旅館おやしろ“さき島本館”のひよこの間……。と設定された快適空間。
『わたくし不思議なのですが、ヤシロはなぜあの外見なのです? 晴一くんや姉さまが指示を出されたんですの?』
子供たちには聞こえないように、同時通信を開いたランが、ヤシロに関して疑問を口にする。
『それそれ。あたしも気になってた。晴兄好みなら、もっと小さくないとおかしいよね? なんで?』
『女子と見たらなんでもかんでも俺に関連付けるのは止めないか! それに小さい子がいいとか、俺の希望通りじゃないみたいなこと言うのもやめて!』
毎度毎度、まるで自分がロリコンみたいに言われているのは、いい加減腑に落ちないし、ほんとにロリコンじゃないんだけれど、でも最近はもうロリコンでもいいかなって……。たまにはロリコンもいいよねって。なるわけないだろ。
『さぁ、どうなのかしら。あの外見は、多分チカとムツミや仲居ヨリ達の影響だと思うのよね。私も最近は個人を尊重したいと思っているから、敢えて詳しく調べはしないけど、何か事情があるとは思っているのよ。……もしかすると、あのお面もそのあたりの事情が絡んでいるのかも? ま、推測でしかないけれど』
ヤシロの姿に関しては、初めて見たときから自分も思うところはあった。そして、初めて見たはずなのに、どこかで会ったような顔立ちと雰囲気に、軽い既視感のようなものも感じていたのだ。絶対に会ったことはないはずなのだが、何か漠然としたイメージのようなものが、記憶として頭の中に存在しているような。
『堤さんはショタ方面にも興味がおありですか?』
もやもやした気持ちで記憶を巡らせ、答えを探していると、メイがまたとんでもないことを口にする。
『どういうことなの? なんでそうなるのメイさん。何がそうまでして君を駆り立てているの?』
『いえ。幼いという意味では近しいものがあるかと思いまして。私も此の程、女装少年などというジャンルに手を出してみようかと』
『うんそうなんだ。でもごめんね。そっち方面は全然相談に乗れないんだよね……』
死んだ魚のような目でそう答えるのが精いっぱいだった。
おかげで、考えていたことが完全に飛んでしまったため、思い出すのも億劫になり、それ以上考えるのをやめた。
一方、またも同好の士を見出すことができなかったメイは、しょぼくれたようにせんべいを齧っていた。




