参拾弐 ~ 社 ~
「俺が思うに――そりゃ先月くらいから考えてたことかな? 具体的には事故の直後くらいから?」
「うわぁ。本当によくわかりますね部長……。会社員よりも占い師に向いてそうじゃないですか? 何とかの母ならぬ、父みたいな」
笑いながらそんなことを言うと、部長の方も冗談交じりに実は昔、などと調子のいいことを言っていた。いやまさか。……本当かな。正直この人ならあり得るかもしれない。
「そんで、理由聞いてもいいよね?」
「ええ。独立してみようかと思ってまして。新たな分野とかにも手を出してみたいんですよ。それから、今の仕事を下請けとして受注させてもらえればとか。そんなことも考えてますね」
独立自体は大分前から考えていたことだ。それに、ヨリやユカリたちに出会うことによって、猶更その必要に迫られる形にもなった。これは間違いなくいい機会だろう。今後要塞惑星や、トモエの依頼へかかわるにあたって、現在のように会社勤めのままでいるのは明らかに無理がある。それにこれは、自分の生涯を捧げるような事態になるはずなので、早いうちに方向性を決めてしまいたかった。
「ふ~ん。まさか他にも伝手はあるんでしょ?」
「それはもちろん。地元で起業した学生時代の友人とか、他にもぼちぼち」
「そっか。あ~あ、なんか先を越されちゃったなあ」
「なんですそれ?」
「うん。あのねえ、俺も独立しようと思っててね。ぶっちゃけた話、つつみんとか引き抜いてやろうとしてたんだよ」
「はっ!? マジですか?」
「マジですよ。今となっては“でした”だけどね~」
部長は、主要取引先の人間との共同出資で会社を設立しようとしているらしく、今の会社からも、数人のメンバーを引き抜こうと思っているという。しかも、この話は社長も知っており、部長の話を概ね了承しているそうだ。それでも、社員が引き抜かれて行くのを黙って見ているわけもなく、待遇面などで対抗措置は取ると息巻いているらしい。
「そりゃまたずいぶんと大胆な話ですね」
「まぁね~。でもさ、言わない方が酷い話だろうし、俺も筋は通しておきたかったし? やっぱり円満退社がいいじゃない?」
「そうですね。間違いないでしょうね。しかし社長もとんでもないな」
「そうなんだよねえ。俺も無茶苦茶怒られると思ってたからさ、拍子抜けしちゃった。手放したくはないけど、去る者に追いすがるのは良しとしない。って感じだったよ」
「やだかっこいい」
「なー」
なんという人格者だろうか。有能な人員が減れば、それだけ会社の不利益につながるというのに。社長は強く抗議をすることもなく、独立を後押ししてさえいるとのことだった。それでも初めて相談したときは、一時間ばかり小言は言われたらしいが、それで手打ちにということにしてくれたらしい。
それにしても、両者とも手札は全てさらし合っているとか。少しは駆け引きみたいなものはないのだろうか。
「そっかそっか。俺ももう少し早く声掛けとけばよかったな。それと、もう一つ気になってるんだけどさ……。つつみん、あの事故で何か隠してることない?」
突然投げかけられた核心に迫る言葉に、自分は口から心臓が飛び出るほど驚いた。しかし、できるだけ平静を装って部長の顔を見ると、彼はにんまりと笑い、図星かみたいな顔をしている。
当時、事件を収束させるために突き通した自分のウソには、客観的に見れば怪しい点は山ほどあっただろう。それも、人知を超えた現象という強烈なバイアスに後押しされていたため、大して追及されることはなかった。そんな背景をものともせず、本質を見抜かんばかりの洞察力たるや。この人の何と恐るべき鑑識眼だろうか。
「いやだなあもう、何も隠してませんよ。記憶だって曖昧でちょっとトラウマ入ってるのに~」
「そっか、悪かった。でも、もし困っていることがあるなら、相談くらいはしてくれよ? 水臭いのはなしで!」
部長はそう言いながら、自分の肩をポンポンと叩く。
「はい……そうですね。その時はよろしくお願いします」
本当にやべぇなこのおっさん、どうしたらこんなに色んなことを読めるんだろう。
「はぁ~あ。今後部長の前では、ひょっとこの面とか付けててもいいですかね?」
そんな冗談を言うと部長は、表情ばかりが人の情緒を現すものではないと笑う。仮にそんなことをしても、付き合いの長い人間の考えることは、大体分かると豪語していた。
色々と話をしているうちに、時間も正午近くとなり、奥さん、公一、久実らの手によって、豪勢な料理が座敷へ運び込まれ、予定通りに“鮨 いんなみ”での海鮮食べ放題コースは始まった。
那珂湊の魚市場から仕入れた新鮮な魚介類は、どれもこれもが絶品で、要塞惑星で提供される食材とは、また違った味わい深さがあった。
記憶を頼りに、味の比較を行って気づいたことは、要塞惑星の海鮮食材は、全体的に磯の香りが希薄であるということだ。新たな改善点を見出せたことに、軽い手応えを感じた自分は、早速修正希望案を情報共有リンクへアップロードした。するとアイから、お礼と共に色よい返事が返って来る。その後も、出された料理を味わいながら、サンプリングした情報と言語データを何度かやり取りし、通信は終了した。
ふと横を見ると、いつの間にか部長がビールを開けていた。まさかと思って奥さんの方を見れば、中瓶を一本だけと言うことで、許可を出してもらえたようだ。これで帰りは、奥さんか自分が車を運転することが決定し、これもいつも通りかと、自分は苦笑してしまう。やれやれ。
「あ~あ。やっぱり飲んじゃいましたね」
「まったくもう、一本だけって言ったのに。ごめんなさいね堤さん。今日はお礼なのに運転させちゃって」
「いえ、構いませんよ。こうなるんじゃないかとは思っていましたし。それにもう慣れてますから」
結局たくさん飲んでしまった部長に、助手席の奥さんとともに愚痴などを言いながら、帰路の高速を地元へ向けてひた走る。その間も、後部座席で横になっている問題の人物が「ごめんよぅごめんよぅ~」と、これまでにも幾度となく聞いた、格好の悪い謝罪の声をあげていた。
奥さんからは、何度も駄目だと言われていたのに。部長はもう少しと言いながら、お銚子五本と、ビール中瓶を三本、ワインを二本空けてへべれけになってしまったのだ。そして、帰りつくころには、完全に熟睡して高いびきをかいている始末だ。
会社へ到着して車を降りる際、奥さんは恐縮して深々と頭を下げていた。彼女に食事のお礼を言いながら、後席に転がっている部長を窓越しに覗いて、気にしないよう返し、何度も下げていた頭をようやく上げてもらった。
車に乗り込んだ彼女と、再度軽く挨拶を交わし、車体が見えなくなるまで見送る。部長の車が角を曲がるのを見届け、自分も車へ乗り込み、途中で購入した大量の土産物を助手席へ置くと、エンジンをかけて帰路についた。
◆ ◆ ◆ ◆
自宅へ帰りついたころには、時計も十六時を回っており、日の光はやや黄色味を帯びたものになっていた。
自宅周辺の風景にも、ほのかに秋の気配を感じつつ、玄関を開けて家の中へ入る。玄関先にはまたチビが待機しており、鼻をヒクつかせながら甘えた声をあげて、足にまとわりついてきた。そんなチビを片手で掬うように持ち上げ、肩の上に乗せた所で茶の間から母が顔を出し、声をかけてくる。
「あら早かったんじゃないの。何買ってきたの?」
「芋とか干物とか、その他いろいろ」
そう言って袋の中から、家用に買って来ためひかりの干物を母親へ渡す。すると、真空パックされためひかりを見たチビが、また鳴き声を上げ、落ち着きなく食べたいアピールをはじめる。
『はるちゃん、あれあれあれ。ネコはあれを』
『はいはい、もうじき夕飯だからそれまで待ちなさいって。干物はどこへも逃げないから』
肩の上で落ち着きのなくなったチビを宥めて体を撫でると、了解したようにのどを鳴らし、頭を頬にぶつけてくる。
夕飯まではまだ早く、妹と親父が帰宅するのにも時間があるので、二階の自室へ行き、社へつないだ扉からひよこの間へ入る。夏の熱気に満ちた自室の空気と、社内との寒暖差を如実に感じ襖を閉めると、炬燵で寝ているリエの上で、チビの本体が自分を見ていた。
「こっちも変わりないようだね」
「うん、いつもどおりね。へいわでたいくつ」
「なにをう。平和なのは結構なことじゃないか」
炬燵のいつものポジションへ座り、尻尾をくねくねと振っているチビに、残りふたりの所在をたずねる。チビは、アイは厨房で夕飯の仕込み中で、メイはカフェの方で新刊を描いていると言った。
「皆の方もいつも通りだな。あ! 社システムの本体区画に行く用事があったんだっけ。どうすっかな」
先週、太郎が言っていたことを思い出し、留守番組が戻ってから行こうか思案していると、リエの上のチビが床へ降りて伸びをする。続いて盛り上がっていた炬燵布団が動き出し、リエがもぞもぞと起き出した。
「はいおはようリエ。ただいま」
上体を起こして、目をこすりこすりこちらを見たリエは、一瞬ぼーっとした視線を向けてきたが、意識が覚醒した途端いつもの声を上げた。
「あ、はる様~」
リエは炬燵へ急速潜行すると、こちら側の足元からにょっきりと顔を出し、布団を跳ね上げて飛びかかって来た。その際、顎に軽く頭突きがヒットして大げさにのけぞってしまい、座椅子の背もたれがメリメリと嫌な音を立てる。
「あいた。こらリエ。飛びつくのは構わないけど、もう少し大人し目に頼みたいぞ」
「わぁ! ごめんなさいです! 痛かったですか?」
「ちょっとね。でももう平気だよ」
不安そうな顔をしているリエの頭をなでなでしながら、心配ないことを伝えると、リエはホッとしたようにえへへと笑う。
「そうそう、お土産買って来たんだよ。また芋とかでアレなんだけど」
収納エリアの格納情報から土産物を取り出し、袋に手を突っ込んで、焼き芋の詰まった箱を引っぱり出した。それは、内容量千グラムにして約千六百円ほどする、砂糖菓子のように甘い高級焼き芋だ。
「わ~、ぼくこのお芋大好きですよ~。でも、前にはる様が買ってきてくれた物とは、ちょっと違いますね~」
「そうそう流石リエ、よくぞ気づいた。この店の芋には何種類かグレードがあるんだ。品種もいくつかあるし、食感とか風味も大分違うと思うよ」
リエは、早速箱を開いて一番大きな芋を取り出し、両手で抱えるようにしてかぶりつく。
「あとはJAXAの宇宙食シリーズなぞを買って来た」
紙袋に手を突っ込み、たこやきやらカレーやら羊羹やら、はたまた焼き鳥やらを炬燵の上に広げた。目の前の光景に、リエは芋を頬張ってむぐむぐ言っていたので、お茶を用意して彼女の元へ湯のみを置いた。
「全種類買ってこようかと思ったんだけど、意外と値が張るんだよこれ。また次の機会があったら、他のも仕入れてこようとは思ってるから、楽しみにしててくれ」
「はいです。どれも美味しそうですね~。では全部取り込んでおきますね~」
芋を食べ終えたリエは、炬燵の上を眺めて、べたついた指を舐めていた。卓上にあったウェットティッシュを手前に寄せて、彼女の手を拭っていると、後ろの方で襖が開く音がして、アイが戻ってくる。
「あーっ! 晴一さんがいますよ! お帰りなさ~い。お土産はこれだけですかぁ?」
「ようただいま。まったく、ユカリと言いアイと言いすぐに土産の話をしやがって。お前も芋を食え」
アイは、上機嫌で炬燵に入り、自分でお茶を用意すると、やはり箱の中から一番大きい芋を取り出していた。正確には、リエが先ほど食べたものが最も大きい芋だったので、アイの選んだものは二番目に大きいことになる。どうでもいいけど。
「今回は一日だけですか? それともしばらく滞在されます?」
「いんや、もう少ししたら家に帰るよ。明日はこっちで過ごそうと思ってはいるかな」
アイは律義に芋をふたつに折り、片方をリエに渡して、残った方をちまちまとかじっている。
「そうなんですね~。それはそうと、このお芋すごい甘いですねえ」
「うまいよな~。これ使ってお菓子作ってもよさそうだし」
「む、それは妙案ですね! となると生のお芋も欲しい所ではありますが……」
「じゃあ今度行ったときに買ってくるよ――ん? 通販てここでも届くんだっけ? そういやIMAKULってどうなってんだ?」
「IMAKULについてはですねえ、わたしのローカルデータベースに登録されたものを生成してお届けする仕組みになっていますよ。これも社システムと同じ仕組みなので、申し訳ありませんが、情報のないものは生成できませんねえ」
「そうなのか。その割には随分とニッチな品々が用意されてるよな」
「あれは何と言いますか、わたしの趣味の延長のようなものでして~。わたしは映画やドラマなどをたくさん見てましたから、そこで目にしたものを片っ端から調査して情報化していたんです。あの頃は本当に暇だったので~」
「あ~、ボッチのときの話だな。気の毒に」
「はい、ボッチの――ってまた酷い言い方を! しかも気の毒とか人ごとのように! ……まぁ、そのときの話ですけど。多いときは日に千本以上観てましたからねえ」
湯呑を持って遠い目をしているアイは、しみじみとそんなことを語っていた。
要は、映像で見て気になったものは、探査機を使って徹底的に調査していたという話だ。だから“IMAKUL”の商品には、猫用トイレ砂から兵器に至るまで、何でもそろっているのだという。
しかし、食品関連のカテゴリについては著しく情報が乏しく、現在のアイからは意外な印象を受けた。しかし、すぐに以前彼女が言っていたことを思い出したため、なんとなく納得してしまった。
「昔はほんとに真似事みたいな感じだったんだな」
「ええ? なんですか突然?」
「いや、なんでもない。ほら、このスペースねぎまも食え。評判いいらしいぞ」
「はぁ。なんですかねえ……」
アイは、自分の不可解な言動に疑問符を浮かべていたが、スペースねぎまを渡されると、わくわく顔でパックへお湯を注いでいた。パックには、フリーズドライ加工をされた二本のねぎまと、別パックになったタレが入っており、戻し終わった一本へタレを塗り付けると、自分の膝元で目を見張っているリエにそれを渡す。アイは意外と面倒見が良く、心根が優しい。あと面白い。
「わ~い、アイちゃんありがとうございますですよ~♪」
「いえいえ~。どなたかと一緒に食べた方が美味しいですからね~」
ふたりのやり取りを眺めて微笑んでいると、アイから気味が悪いと言われ、切ない気持ちになってしまった。
「ちぇ。なんだよもう。さて、俺は用事を済ませてくるから、ふたりは宇宙食を堪能していればいいさ!」
アイの辛辣な感想に対し、よくわからない捨て台詞を吐き捨てる。そしてそばで丸まっていたチビを抱き上げて、社システム本体区画へ足を向けた。
◆ ◆ ◆ ◆
以前訪れたときのように、室内には四つの演算装置がサイコロの四の目のように並べられ、チリチリという独特な稼働音を出していた。そのとき装置の隙間から、白いものがちらりと見えたような気がした。不審に思って注視するが、そこには何もなく、仕方なく機体の向こう側にも回ってみる。しかし錯覚だったようで、特に変わった様子もなく、淡く明滅する演算機から、静かな稼働音が漏れているばかりだ。
「確か社システムには、|ユーザーインターフェース《UI》とかは搭載してないってユカリが言ってたな……。なのになんで太郎はこんなところに出向いてくれなんて言ったんだろう」
普段は、要塞惑星の各システムとも連携して、見えないところで活躍している社システムであるが、仲居ヨリなどを経由して、間接的にアクセスするシステムのため、各担当AIのように体を与えられてはいない。それにこの区画にも、緊急操作用以外には、端末などが別途用意されているわけではない。
そんな、主演算機以外に突起物もなく、全体的に平坦でがらんとした室内を見回して、呼び出しを受けた意図を考えてみたが、さっぱりわからなかった。そこで、太郎か花子に直接聞いてみようかと思い、通信を開こうとしたそのとき、背後で小さな鈴の音がした気がして振り向いた。だが、先ほどと同様そこには何もなく、誰かが室内へ入ってきた様子もない。
このところの疲れのせいで、神経が過敏にでもなっているのかと思い、チカとムツミへ診療の依頼を考えはじめた頃、懐のチビが一点を見つめて固まった。
「ねえはるちゃん、だれかいるよ?」
代り映えのしない室内の様子に首をかしげていると、チビが突然そんなことを言うので、焦って周囲を見回してみる。しかし肉眼では何も見えず、自動起動した広帯域走査にも、何も引っかからなかった。
「え? どこに?」
胸元では、耳をぴんと立てて鼻をひくひくさせているチビが、鈴の音のした方向へ視線を向けて、じっと中空を睨み付けていた。そんなチビの様子に危機感を覚え、すぐさまユカリセットを展開した。そして、広帯域走査を深探査モードへと切り替え、何もない空間へ、微小重力波を使った動的走査を開始する。
この機能には探査機ほどの性能はないが、この広さ程度なら全体をくまなく走査することが可能だ。これにより、チビが注視していた範囲に、位相移替偽装による人型をした歪みを発見した。それと同時に警戒モードが発動し、HUD上には対象に追従した緑色の枠が出現する。枠の注釈には、距離や質量などの情報が羅列されていた。しかし、前方三メートルほどの位置にいるそれは、既知の存在ではないようだ。一応味方ではあるのに、知らない誰かがそこにいる。
「おいおい感じ悪いぞ。隠れてないで出てきなさいって」
HUDに示された情報では、正体不明の存在となっているが、対象のステータスには、社システムの一部を表す識別情報が表示されていた。だが対象は、未割当の識別情報を使用しているようで、比較リストに該当する情報は存在していない。それは、仲居ヨリや太郎&花子に近似した値を持つ識別情報で、とりあえず敵対者でないことだけは明示されていた。また、この惑星で最も近い値を持つ者は、チカとムツミの識別情報だ。
「誰だか知らんけど、俺を呼んだのはお前さんだろう? かくれんぼしてないでちゃんと話をしようじゃないか。向こうに美味しいお茶とお菓子も用意してるから」
こちらが情報を精査している間も、じっと動かず押し黙っている存在へ、そう声をかける。すると、警戒対象の周辺空間がにわかに揺らぎ、隠れていた人物がようやく姿を現した。それは、質素な巫女装束を身にまとった見知らぬ女性だった。
外見は成人女性に近いようだが、どことなく仲居ヨリに似た雰囲気があり、HUDに表示されている計測値によれば、身長百四十九センチの、体重四十九キログラムとなっている。
右肩越しに前へ回された黒髪は、一本に束ねられており、長さは腰ほどまであるようだ。濃い茶色のやや大きい光彩をもつ、クリっとした印象の目は、大人っぽい顔立ちにあどけなさを添えていた。しかしこの雰囲気どこかで……。
「誰だっ! 誰なんだーっ! なんて、今更驚かないよ。太郎と話したときから、何者なのかも予想はついてるからな。問題はなぜ今になって新たなインターフェースボディが出現したかだけども……」
「「それについては私共がご説明いたします」」
背後から、突然チカとムツミの声がして軽く後ろを振り返る。
「この唐突な出現パターンにもやっと慣れたよ。拠点の方は……子供たちはもう牧場にいるから問題ないか」
こういうときには大体チカとムツミが現れて、状況の解説をしてくれることもわかって来たので、びっくりする場面は減っている。むしろ皆の座標を追跡して、HUDへ通知するようにしておけばよい話でもある。口述指示を行うだけで、ユカリセットのAIが機能を拡張してくれるという、便利仕様も用意されているのだし。
「はぁ。晴一様もすっかり擦れてしまわれたようで。此度の反応は極めて遺憾で御座いますね」
「事慣れという物は倦怠期をもたらします故、互いの関係も停滞しがちで御座います」
「「即ち、浮気の兆候と受け取ってもよろしゅう御座いますか?」」
「浮気ってなんじゃい! 人聞きの悪いことを言うんじゃあない! そもそも俺には交際相手がいないでしょうが!」
支離滅裂な言いがかりかつ、酷い風評被害だった。
いつものことながら、この子たちの発想は飛躍しすぎていてわけが分からない。そんなしょうもないやり取りをしている間に、自分の腕から飛び降りたチビは、出現した女の子の足元へ近づき、くんくんと匂いを嗅ぎまわっている。
「宴もたけなわではございますが、皆様方そろそろよろしいでしょうか?」
いつまでも本題に入らずに、好き勝手なことをやっていると、待ちくたびれた巫女装束の女の子が、突如口を開く。その間も、チカとムツミは「イェアイェア」などと言いながら、真顔でお互いの手のひらをパチパチと打ち合わせていた。しかし、宴もたけなわってこういうときに使う言葉じゃないと思うけど。
「放り出しちゃってごめんよ。ほら、ふたりとも彼女が困ってるから」
「「やしろんです」」
「やしろん!?」
「「或いはやっしー」」
「やっしー!!」
ふたりは、社システムの中核部に人格を実装したそうで、それに伴ってヤシロというストレートな固有名称を与えたと言う。
このヤシロの人格は、チカとムツミや仲居ヨリたちが持っている疑似人格の微妙な相違部を、統合することで発現させたものだそうで。新たに構築したものではないそうだ。つまりそれは、目に見える形となった社システムの総意である。ということだろう。
「私共の愛の結晶で御座います」
「まあ、可愛らしい娘ですこと」
「「ただし、ユーモアには若干欠けますゆえ」」
「はぁ。左様でございますか。それで、彼女を紹介するために俺を呼んだのは、チカとムツミなの?」
「そうでもあり」
「でなくもあり」
太郎花子ペアの発注を受けた際、社システムの拡張命令をユカリから公開して貰えたらしく、これを機に以前から計画していた当機能の実装へ踏み切ったそうだ。でも、自分への接触はヤシロ自らが判断して実行したものらしい。
「そういうことだったのか。しかし、また女の子なんだな。以前トモエが自分のオリジナルが女性だから、その影響で女性型人格とインターフェースが生成されるとか言ってたけど。仕様というか慣例というか。ここでもブレないんだな~」
品定めするようにして、ヤシロの姿を眺めていると、首をかしげた彼女が自分へ疑問を呈する。
「堤殿は、わたくしが男性型の方がよろしかったのでしょうか?」
「いんや。性別は特に気にしないよ。そこは本人の在り方次第だし、かわいい女子が増えるのは嫌じゃない」
嫌なわけないです、大好物です。ストレートな本音を口にすれば、そういうことになるが、同時に少しはメンバーの中に男子成分があってもいいとは思う。そういった意味では、太郎の存在は貴重だと言えるが、それでも中身はほぼヤシロなので、心境はやや複雑だ。
「「つまり両方いける口?」」
「そこまでだ! そんで、もう他のメンバーとは顔合わせをしたのかい?」
メイの件で、このふたりは何かに目覚めてしまった。などということはないと願いたいが、この話に乗るのは危険なため、脱線は避けるべきだ。
「いいえ、本日が皆様との初顔合わせとなります」
「それはチカとムツミも?」
「そうです」
「「いぐざくとりぃ」」
どうして皆がそろったときにお披露目をしなかったのだろう。という思いはあるが、こちらに全員が帰ってくるタイミングはしばらく無さそうなので、こういう形になったのかなと、一人で納得する。
「休暇の中日で帰ってくることは皆にも伝えてあったし、それに合わせたってことかな?」
「「「左様でございます」」」
だってさ。
「もしかしてだけど、チカとムツミも姉妹が欲しかった系?」
「む、そこに気づくとは」
「やはり天才でしょうか」
正解した系。
「いや半分冗談だったんだけど……。本気でそういう感じだったの?」
今となっては、実質生活環境や社の管理を統括しているのは、チカとムツミなのだ。ユカリのほうからも好きにしていいと言われているし、余裕のあるリソースを活かして、試験的に人格を導入してみたのだという。
「もとはと言えば、こちらはお社ですので」
「巫女なども居れば、体裁も整いますかと」
「「神様的にはいかがでございましょうか? 神様仏様晴一様?」」
「もうその話は堪忍して……」
やっと忘れかけていたのに。またふたりに神様設定を蒸し返されてしまい、自分は顔を覆ってもじもじしてしまう。そういえば、当時巫女はヨリがいただけで、他には設定されていなかったんだっけ。
「それはさておき。いいと思うよ。俺も賑やかな方が好きだし、ふたりも嬉しそうにしてるし。自覚は――あまりないようだけど」
そう言うと、チカとムツミは顔を見合わせて、お互いの顔をペタペタと触りあっていた。ヤシロの方は、足元で座っていたチビを抱き上げ、のどを撫でたり頭に頬ずりをしたりして、お互いに自己紹介などをしている。既によく知った仲であるはずなのに、これは面白い光景だ。
「はいはい。じゃあそろそろ部屋へ行こう。ヤシロも別にここから動けないってわけじゃあないでしょ?」
「はい、そちらは心配御座いません。しかし、皆様のように箱庭の外へ出ることはできませんので、ご了承いただきたく存じます」
社システムは、要塞惑星から独立した箱庭全体の制御装置なので、制約が幾つかあるという。ゆえに、現状ヤシロが箱庭の外部へ干渉できる手段は、機能改修された太郎と花子だけのようだ。




