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参拾伍 ~ 出店III ~

 社の中へ戻っても、ひよこの間へ向かう気になれなかった。広い石張りの玄関を歩き、なんとなく上がり(かまち)で左へ折れ、とりあえず庭園まで向かう。

 濡れ縁から玉砂利の通路へ降りて、鳥居方面へ向かって足を進める。が、石段を下りるのも違うと思えたので、脇道へそれて茶室の前まで行き、(にじ)り口を軽くノックしてから中をのぞき込んだ。室内には、以前訪れたときと同じように担当の仲居ヨリがいて、正座のままこちらへ軽く会釈していた。


「……やあ。いつぞやの約束を果たしに来たよ」

「ようこそおいでくださいました、晴一様。お待ちいたしておりました」


 彼女の言葉に迎えられ、沓脱石(くつぬぎいし)で靴を脱いで茶室内へ上がりこみ、用意された座布団へ腰を落ち着ける。


「しかし皆狐面をつけてるんだね。社中お狐様ばかりで異様な雰囲気だったよ」

「はい。こちらはお子様たちが混乱をきたさぬようにという配慮で御座います」


 彼女は面を半分だけずらして手を止め、軽く笑みを浮かべてから側頭部に固定しなおした。


この子の言う通り。沢山いるヨリたちの姿を見れば、子供たちへ恐怖心を与えかねないし、無用な混乱を招くことにもなるだろう。しかし、子供の心情的にはお面の方が余程怖いと思うのだが。それは気のせいだろうか。


「それなら、ヤシロのお面もそういう理由かな?」

「いえ。彼女にはまた別の理由が御座います。しかしながら、私には詳しいことを申し上ることができません」


 ヤシロのことは、ついでに聞いてみたに過ぎない。彼女が、仲居ヨリたちとは別の対応でああしているだろうことは、なんとなくわかっている。大体にして、ヤシロがこの子たちと同じ理由で面を付ける必要は、まったくないのだから。


「そっかい。じゃあ、ひとつお茶を立てていただこうかな~。あ、でも俺茶道の作法とかまったく分からないから、不作法でも怒らないでね?」

「御心配には及びません。私共も厳格な作法などをお求めするものでは御座いませんので、どうぞこのひと時を、ごゆるりとお楽しみくださいませ」


 いつものように薄く笑みを浮かべた彼女は、自分の前へ茶菓子を置き、手際よく茶器を用意する。そして瞬く間に抹茶を立て、静々と碗を差し出してきた。茶碗の中には、四分の一ほどの位置まで、青汁のような非常に濃い緑色をしたお茶が入っていた。お茶からは、表面に浮く気泡が消える度に、ぴちぴちという音が発せられている。


「どうぞ、お召し上がりくださいませ」

「はい。いただきます」


 茶碗を両手で包み込むように持って口元へ運び、お茶を一口飲みこむ。


 見た目の印象から、さぞ苦かったり強い渋みがあるものと身構えていたが、実際にはそんなことはなかった。むしろ程よく苦みがあって、後味がほんのりと甘い、とても美味しいお茶だ。それは、抹茶アイスで味わう苦みよりも全然弱い。濃い目に出した緑茶の味に、鮮烈なお茶の風味と、若干舌に残る茶葉の感触がプラスされたような。そんな味わいだった。


「これはおいしい。見た目から想像した味とは全く違ってて驚いた」

「恐れ入ります」


 感想を言ってから、もう一口お茶を味わって茶碗を置き、茶菓子を竹べらで半分に切って、口の中へ放り込む。ピンク色をした和菓子は、白餡に梅肉を練り込んだ餡団子のようなものだ。しつこくない甘さと、酸味が絶妙に調和した、梅が香るたいそう(みやび)なお菓子である。和の空気を突き詰めた空間でいただく本格的な菓子には、俺まで経験したことのない新鮮味があって、心が落ち着いてゆく。


「お菓子も上品でおいしいし。もっと早く来ればよかったよ……」

「お気に召されたようで、なによりで御座います。ときに、本日こちらへお見えになったのには、何か事情がおありだとお見受けいたしますが」

「あ~。わかる……?」

「はい。元来茶室とは密談の場でも御座います。表立ってはできないお話も、この場であれば憚ることなく語らうこともせきるかと存じます。私どもは、そのための道具でも御座いますので、是非ご利用いただけますようお願い申し上げます」


 早い話が、浮かない顔してこんなとこまで来たんだし、折角だから愚痴くらいは聞くよ。そう仲居のヨリ子さんは言っている。社では、そういったことも含めての仲居業だ。メンタルケアも、改修された彼女たちの得意とするところである。ここはひとつお言葉に甘えてみよう。


「そうだね。ユカリの自信作だもんね。実はそのユカリとちょっとあってさ。話もせずに逃げてきちゃったんだよね。悪いことをしたと思っているし、どうしたらいいのかも分かってはいるんだけど……」

「その原因となったこと自体は、皆様に公表したくないと」


 流石は社システム、話が早い。


「端的に言えばそう言うことになるね。そのことには自分でもなるべく触れたくないんだけど、そんなスタンスだから、こうして引きずったまま来ちゃったんだろうね。挙句周りの人間まで巻き込んでるし、みっともない話だよ」

「左様で御座いましたか。しかしそれは、晴一様にとって、とても大切なことなのでは御座いませんか?」

「そうだね、大事なことには違いない。頭ではわかっているんだけど、気持ちが追い付かないって言うか、言い訳でも欲しいのかね。自分でもよくわからないんだよねえ」


 彼女が死んでしまったことに対しては、とっくに整理がついている。問題なのはその原因の方で、決して自分のせいではないと分かってはいるのだが。

 あのときああしなければ、彼女は死なずに済んだのではないか。そう考えずにはいられず、終いにはそもそも自分に出会わなければなどと、悪因苦果(あくいんくか)めいた思考にまで陥る始末だ。

 ほぼ十年の間、そんな考えにとらわれ続けた自分は、恋愛感情の有無にかかわらず、異性との距離を詰めること自体にまで、抵抗を感じるようになってしまっていた。


「それでも……ここへ来てからはそんな気持ちにも変化があってさ。徐々にだけど、向き合っていこうって気にはなってきてるんだよ。少し前までは思い出すのも嫌で、そんなこと微塵にも考えなかったのに」

「左様で御座いますか。私共との出会いによって、良き変化が(もたら)された晴一様がそうお思いにならるのなら、近いうちに問題は解決すると断言いたします。然るに、こちらにお見えになったときよりも、晴れやかな面差しとなられたようで御座いますし。さて、どうやら渦中の方もお見えのようで御座いますので、本日はこれにて……」


 彼女が自分越しに視線を向けるので、背後にある(にじ)り口を振り返る。すると戸が五センチほど開き、(しな)びた表情のユカリがこちらをのぞいた。隙間から見えた虹色の瞳には、一瞬ぎょっとしたが、すぐに吹き出しそうになって顔を背ける。そこでユカリはおずおずと声をかけてきた。


「あの、ね」

「うん? とりあえず中へ入ったら?」

「そう……ね」


 さらに戸を開き、のそりと身を入れて来たユカリは、きちんと引き戸を閉めてから、四つん這いの格好で寄ってくる。そして、自分の前で(かしこ)まったように正座をして、視線を泳がせながら話をはじめる。


「あのね晴一。さっきはその……ごめんなさい。ほんの軽い気持ちだったの。意地悪で聞いたんじゃないの」

「あ、いや。ユカリは悪くないんだ。謝らなきゃならんのは俺の方だよ。こっちの事情なんて知らないのに。当たるみたいにしてさ」


 こちらもばつが悪いので、なかなか目線を合わせることができず、お互いちらちらとあちこち見回しながら話を進める。


「確かに事情は分からないけれど。でも、あのときの晴一は辛そうな顔してたし。そんな表情を見たら、いけないことしちゃったんだって思って」

「いや。俺の方こそ余計な心配させてごめん。でもこの通り元気だから、もうそんな顔しないでほしいな。ほんとゴメン」


 ユカリへ向き直った自分は、そう言いながら土下座スタイルへとスイッチして、畳の上に伏せた。


 真面目な話、私事(わたくしごと)で誰かを振り回すことほど、気が引けるものはない。少なくとも自分はそう思っているので、こんなことでユカリに凹まれてしまうと、辛すぎて頭上も痩せてしまいかねない。


「ああもう。何もそこまでしなくたって……。頭を上げなさいよ。お互い様だったってことでいいじゃない」


 そう言いながら、ユカリが必死に上体を持ちあげようとするので、身を起こして正座状態へ戻る。自分の顔を見たユカリは仕方なさそうに笑い、畳に擦り付けていた額のあたりを優しく撫でてくれた。


「あ~あ。赤くなってる」


面目ねえ。


「今頃になってなんだけど。今回のことはそっとしといてもらえんかな。もう少しで気持ちにも整理がつきそうなんだ。そしたら話せると思うからさ」

「うん。わかったわ。もう私からは聞かないから、あなたがいいと思ったタイミングで話してくれると嬉しいわ。……でも欲を言えば、もう少し早く言ってほしかったわね」

「まったくだよな」


 穏やかにほほ笑むユカリを見るのが照れ臭かったので、下を向きながら返すと、彼女はおもむろに自分の頭を抱き寄せる。暖かなユカリの胸からは、力強い心臓の鼓動が聞こえてきたため、不思議な気分になる。また、ずっとそうしていたくなるような心地よさもあった。

 今更ではあるが、これがバブみと言うものだろうか。否。ユカリは年上だから、きっとこれは違うものだ。そしてヨリも、実質同い年だからノーカウントであるからして、まだオギャられてもいない。


「たまにこうして愚痴などをこぼすのも良いもので御座いましょう。もしまたそのようなことが御座いましたら、いつでもお声掛けくださいませ」


 そんな仲居ヨリの静かな声が、後ろから聞こえる。


「愚痴?」

「うん。格好悪いんだけど、自分の女々しさみたいなものを少しだけね。こういうのは誰かに聞いてもらうだけでかなり楽になるからさ。厚意に甘えさせてもらったんだ。聞かされるほうは堪らんだろうけど……。いや、設計者のユカリに言うのも釈迦に説法かね?」

「ううん。それは私も想定していない使われ方かな」


 ユカリは意外といった風に言う。


 被験者の精神崩壊を防ぐような対処法は、今まで沢山確立させてきたが、まさか愚痴を聞いてもらうために仲居ヨリを頼る者が出るとは。さしもの彼女も予想していなかったらしい。しかし、管理者候補の意識に合わせた環境に、自動対応する社システムならば、そういった方向へも機能を自己拡張するだろう。そうユカリは言う。よって、今回のような仲居ヨリの対応も、十分にありうるものらしい。


「なるほど……。じゃあ、そろそろお暇しようかな。長々と悪かったね。それと、お茶とお菓子ありがとう。とても美味しかったよ」

「恐れ入ります。またのお越しをお待ちいたしております」


 三つ指で頭を下げている仲居ヨリへお礼を言い、ユカリとともに茶室を出ると、沓脱石(くつぬぎいし)のところには、リエとメイが座っていた。ふたりは、自分たちが出てくるのを待ってくれていたらしい。そこでふたりにも先の件を謝り、ユカリにも伝えたように理由を話す。するとふたりとも快く了承してくれた。


「そうそう。さっきお前さんは自分のことを道具って言ってたけど。俺はお前さんたちを道具として見たことは一度もないよ。まぁ、機械的かなと思ったことはあったけど。……じゃあ、また」


 (にじ)り口の戸を閉めるときふと思い立ち、室内の仲居ヨリへ再び声をかけて、彼女の言葉で引っかかっていた部分に訂正を加える。


「……おそれいります」


 一瞬小首をかしげた彼女は、いつものすまし顔で緩やかに(こうべ)を垂れる。戸口が閉じ切る刹那、垣間見た彼女の顔には、可憐な少女の笑みが湛えられていた。……ように見えたきがする。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 本道との合流点へ差し掛かったとき、メイが自分の服を引っ張られる。何事か聞いてみれば、階段下の出店(でみせ)参道に皆が来ていることを教えてくれた。自分に抱かれているリエも、元気に行きたいと言いはじめ、相変もわらず背中に張り付いているユカリも賛同し、肩越しに突き出した腕で進路を指示してくる。今まで横にいたはずのメイは、いつの間にか数歩先行していたため、どうやら総出で赴くようだ。

 石段の最上段から前方へ飛び、一気に最下段まで落下すると、降着地点付近にいたミチルが驚いて悲鳴を上げた。自分たちが降りたのは、石段直下にある小さな広場だ。

 石段を降りたすぐ脇には銀杏(いちょう)の木が植えてあり、ちょうど木陰へかかるように、縁台もいくつか置かれている。そこに座っていたミチルは、綿あめを食べていたようで、隣ではヒロがお好み焼きを食べている。


「おっと。ふたりともここにいたんだ。脅かしてごめんよミチル」

「い、いえ。ハルイチさんだったんですね。びっくりしたぁ」

「うお~すっげーハルイチ! 今空から降って来たの!?」

「階段を歩いて降りるのが面倒でな~。毎回飛び降りてるんだ。あ、ヒロは絶対に真似するなよ? こんなことしたら怪我じゃ済まないからな」

「えぇ~ずりぃ~! 俺もやりてぇよっ!」


 ヒロは、口の周りをソースで汚したまま、悶えるようにそんなことを言っている。


「だめよヒロ! あなたは普通の子供なんだから、無茶なことはしないの。この前約束したはずでしょ?」


 背中を飛び降りたユカリは、縁台のそばまで行き、悶えているヒロの口を手拭いで拭きながら(たしな)める。黙って綿あめを食べているミチルが、騒がしいヒロへ冷ややかな視線を向けていた。このふたりの組み合わせは珍しい。


「皆は出店(でみせ)の方にいるの?」

「はい、います。チカさんとムツミさんが面倒を見てくれています」

「そうなんだ。ランとサクラは?」

「ふたりなら、網焼き? っていうお店の前でずっと何か食べてましたよ」

「そっか~。また新しい店ができたんだ。ありがとう、行ってみるよ」


 他の皆の様子を見るために、広場を離れるとき、ユカリはヒロの面倒を見ているので、先に行って欲しいと言った。ヒロはユカリに小言を言われながらも、楽しそうに笑っており、縁台に座る三人の姿は仲良し姉弟のようだ。

 もう見慣れた参道を進んで、出店(でみせ)の立ち並ぶエリアに入ると、賑やかな子供たちの声が聞こえはじめる。しかし、肝心の姿が見えない。さらに声のする方へ進んで行くと、参道の外側へ凹んだ自販機スペースの縁台に、皆は集まっていた。そこで子供たちは、膝に乗せた木板の上で、ちまちまと何かをつついている。近づいて手元を見ると、それはピンク色をした板切れで、そこには魚や飛行機などを象った窪みが付けられていた。いや、これは魚なのだろうか。

 そう言えば全く関係ないけど、某鉛筆の外箱にもナメクジのような穴が開いているが、あれはナメクジなのだろうか。世の中謎だらけである。


「うへぇ、まさかの型抜き。俺一回もやったことないし見たこともないぞ」

「あ、みんなおかえりなさい。遊園地の方はどうでしたか? 晴一さん」


 子供たちに混ざって一緒に型抜きをやっていたヨリが、自分たちに気づき声をかけてくる。皆の手元には、針の長いダルマピンのようなものが握られていた。


 彼女の手元には、すでに何枚か抜かれたものがあり、その成果のどれもが綺麗に仕上げられている。そこでリエが、型抜きに興味を惹かれたようでその場へおろし、自分はまじまじとヨリの抜きとった作品を眺める。


「ふむ。職人がいる……」

「職人というほどでは。あはは」

「ふふふ。あ、遊園地だったね。そりゃもう滞りなくリエとメイがしっかりまとめてくれたよ。それにユカリもいたし。俺は役に立たなかったね」

「何を言っているんですか(つつみ)さん。(つつみ)さんは、貴重な体験談などのリアルな情報を提供してくれたではないですか」

「そうなのですよ~。お客さんの意見や感想は大事なのでございますよ~」

「と、ふたりは言ってくれてるんだけどねえ」

「そうですか。でも、そのご様子ならば良い物ができそうですね」

「そこはばっちり。リエが頑張ってくれたからね。もう自動建設が始まってるから、二、三日で完成するってさ。だよね? リエ」

「はいですよ」


 リエの手には、いつの間にか型抜きの束が握られていて、謎の闘志に満ちた目で返事をした。


 間違いなく彼女はやる気だ。それはメイも同様で、型抜きの束をどこからか取り出すと、原稿を描くような速度でピンを走らせ、型の線を高速でなぞりはじめる。ヨリや子供たちは、少しずつ線の溝を深くしては、小さく折り取っていくのに対し、リエとメイは一筆書きのように、複雑な線を一方向へトレースしている。

 型抜きのやり方には、特に決まりはないだろうし、どうやろうと構わないのだけれど、速度面ではこのふたりに到底勝てそうにない。そう思っていた矢先、リエが独楽を一気に抜き終わり、そっと外周部分を持ち上げた。しかし、下の軸の部分が砕けてしまっており、一つ目は失敗に終わる。またメイの方も、チューリップの抜きに失敗し、茎の部分が粉になってしまっていた。全周を均等になぞる方法は、強度にばらつきのある素材に対して不向きなようだ。そのあとの数枚も細かな部分が崩壊してしまい、うまくいかないようだった。


「あ~ん、むずかしいのですよ~っ」

「むむ。奥が深いですね……」


 一方、慣れてきた子供たちは着実に腕を上げており、簡単な物ならば安定して完成させる子も出て来ている。

 ヨリは相変わらずの集中力で、恐ろしく丁寧な作業をしており、外周部を少しずつ粉砕するようにして、微妙な削り出しを行っていた。だがしかし、そんなヨリをはるかに凌駕する速度で、同等かそれ以上の精度を持った型抜きを量産している者たちがいた。自販機エリアの片隅に陣取り、リエやメイと同じような速度で削り出しを行うふたり組。チカとムツミである。彼女たちも全周を一気に削り取り、台紙からシールをはがすようにして、次々と型を抜いていく。その速度は、一枚あたり平均十秒ほどであり、線をなぞるだけで周囲に粉塵が舞うほど、簡単に削れてゆくのだ。

 不自然なまでの高い切れ味に疑念を抱いたため、HUDを起動してふたりの手元の解析を開始する。大方ふたりの持つピンには、何か仕掛けが施されているのだろう。そう思い、構成素材などの走査を行ったが、それは他の皆が使っているものと同じ樹脂の取っ手が付いた鋼製のピンで、特に変わったところはない。

 一方、手の動きの方を解析してみると、ピンを持ったふたりの指先が、超高速で振動していることがわかった。HUDが示す数値によれば、ふたりの指先は四十キロヘルツ前後で振動している。どうやら超音波カッターのようにピンを振動させて、型抜きを削り取っているようだ。これはズルでは。


「すまし顔ですごいことしてると思ったら、ふたりともそれは不正行為じゃないだろうか」

「これはまた異なことを申されます」

「私共の純然たる能力で御座います」


 一切手元を休めずに、視線だけをこちらに向けたふたりは、そう反論している。


「う。言われたら確かにそうかもしれないけど。でもリエとメイは使ってないよ?」


 似たようなやり方で、高速切削しているリエとメイの方を指し示すと、チカとムツミは一瞬納得しかけた。でもすぐに、こちらをと言って、断面が焦げている蝶の完成品を(たもと)から取り出す。


「え? なにこれ。レーザー加工したみたいになってるけど」

「「(おっしゃ)る通り。それは先ほどラン様が、レーザーを用いて外周部を吹き飛ばしたもので御座います」」

「はぁ。左様で御座いますか」


 聞けばランは、渡された型抜きを受け取ると、近赤外レーザー光を発生させて、コンマ数秒ほどで外周部を蒸散させたという。そのときのふたりの観測によれば、ランが発振したレーザーは数十ギガワットの出力があったそうで、照射の際に大きな爆音が発生してしまい、あたりは一時騒然となったとか、ならなかったとか。型抜きの方も、まさか周囲の元素諸共プラズマ化されるなどとは思っていなかったことだろう。まさに爆発四散である。


「「いかがでしょうか?」」

「う、うん。つまりふたりはランよりはましだと言いたいのかな」

「「然り」」

「うんそうだね。確かにここできれいに抜いても、賞金が出るわけじゃないからね。楽しければいいよね……」


 不正はなかった。


 そういうことにして勢い任せに話をまとめると、ヨリがぱたぱたとこちらにやってきて、十数枚に及ぶ型抜きの完成品を自慢げに披露してくれた。こんな楽しそうに自己主張をするヨリを見るのは、初めてのような気がして、両手の中に広げられた成果よりも、ころころと変わる表情の方に目がいってしまう。


「あの、晴一さん? お話聞いてもらえてますか?」

「はい! ちゃんと聞いてましたよ。しかし器用だよねヨリも」

「ふふふ。自信作を選りすぐりましたので」


 彼女が抜き取った型抜きは、きれいにエッジが立っていて、治具にでもはめて加工をしたように正確無比な直線も出ている。


「このままアクリルとかクリアレジンで固めてキーホルダーにでもしたいもんだね。ところで、失敗したやつとかはどしたの?」

「それは……勿体ないので全部食べちゃいまして」

「え~本当に? 聞くところによるとこれ不味いって言うけど。大丈夫だった?」


 食品でできてはいるものの、巷の噂によれば、型抜きの板は味も薄いし、粉っぽくてうまいものではないということだ。そんなものを、ヨリはすべて食して片付けてしまったという。


「そんなことはありませんでしたよ? イチゴ味でとてもおいしいお菓子ですよ?」

「本当に? これひとつ食べてもいい?」


 冗談のつもりでそうたずねると、ヨリは慌てたように手を後ろへ回、自信作たちを隠してしまう。そりゃせっかく苦労して作ったものを、おいそれと食べられてしまってはたまらない。


「これはいけません! 新しい物をご用意いたしますから!」

「だよね~。一生懸命削ったのに食べられるのは嫌だよね。ごめんよ」

「あああ、いえいえ! 晴一さんに披露したら、自分で食べてしまおうと思っていましたから。それは構わないんです。ですが……その、これは私がべたべた触ってしまいましたし、汚いと言うか……」


 申し訳なさそうに言ったヨリは、後ろ手のまま苦笑している。


「ならばむしろそっちを食べたい! 俺はそういうのは気にしない(たち)なんで!」

「ええーっ!」


 どうしても食べたいと食い下がる自分に、ヨリは新しい方がいいと言って譲らず、互いの主張は平行線を辿る。変態かよ。

 そのとき、どこからともなく現れたチビが、ヨリの足元にまとわりついて一声鳴いた。突然のことにヨリは驚いて、チビの方へ振り向いたため、後ろへ隠していた手がこちらへ露になる。この好機を見逃すわけにはいかない。軽く握られた指の隙間から、はみ出ていたピンクの板片を素早く抜き取って、即座に口の中へ放り込んだ。するとヨリは驚いたように振り返り、自分の口元をみて驚嘆の声を上げる。けれど、自分の行為を咎めるようなことはせず、すぐ困ったように笑った。


「ナイスチビ~。グッドなタイミングだったぞ」

「ええーっ! チビとグルだったんですか!?」

「いやまさか。違うよヨリ、チビはたまたまだよ」

「なになに? ネコはいまきたところだよね?」

「そ、そうですよね。ごめんねチビ~」

「にゃ~?」


 足元にまとわりついて、尻尾を立てているチビを抱き上げたヨリは、チビに謝辞を述べる。なんだかよくわからないまま頬ずりをされて、あちこちを撫でまわされているチビは、ゴロゴロと喉をならして、ヨリの手を舐めていた。

 ヨリから奪い取った型抜きは、彼女の言うようにイチゴの風味を放ち、強い甘みを持っていた。たとえて言うなら、少しだけ塑性(そせい)のあるラムネ菓子のような。なんとも言えない歯ごたえを持つスナック菓子じみた食感だ。


「それにしても、なんだろうこの食感。ほんのちょっとだけ粘ってから砕けるような、知ってるような知らないような……。ミルクケーキっぽいような」

「そうなんです、不思議な食感なんです。私も食べる前は、もっとおせんべいみたいな感じだと思ってましたし」


 もごもごと口を動かして感想を言っていると、やがて会話は型抜きの食レポへ推移し、ヨリの方も、恥ずかしさなどはすっかり忘れてしまったようだ。

 十分ほど話していたが、子供たちの方は飽きた様子もなく、ずっと型抜きに没頭していた。そこで自分はチカとムツミに場を預け、ヨリとともに件の“網焼き”とかいう出店(でみせ)へ向かうことにした。といっても、自販機スペースから十メートルもない位置に店はあるので、大いに目立っているランとサクラを目印に場へ赴く。

 店の前には、イカ焼きなどとはまた違った海産物の焼ける匂いが漂っており、ヨリは懐かしい匂いがすると、嬉しそうにしていた。そこでようやく、ランとサクラがこちらに気づき、黙々とホタテなどを食べながら手を振る。


「相変わらずの底なしぶりだな……。姿が見えないとは思ってたけど、なんでアイが店番してんの?」

「ふっふっふ、ついにお出ましですね晴一さん。ようこそいらっしゃいました。程よく仕上がったサザエなどがありますよ~? ヨリさんは、こちらの牡蠣などいかがですか? 大きな身が入っていて食べ応えばっちりですよ~」

「なんだよ人をボスキャラみたいに。……ってああそういうことか。これが期待していいって言ってた答えなんだな?」

「そうですよ~。磯の香り漂う新鮮な海の幸! 晴一さんのご要望通り、今回はこうして浜焼き風の網焼きなどにしてみました~♪ じゃじゃん焼きますから、いっぱい食べていってくださいね~」


 先日彼女へ要望を出した通り、食品生成のパラメーターを改善してみたため、そのテストも兼ねて、出店(でみせ)という形で提供をはじめたそうだ。早速それをふたりに試食してもらったところ、好評を得られたようで、アイは嬉しそうにしている。道理で、ふたりが無言で張り付いてひたすら貪っているわけだ。

 アイの後ろに置いてある、発砲スチロール製のトロ箱には、貝やら蟹やら魚やらがぎちぎちに詰まっていて、箱の側面には〇で囲まれた藍の字が描かれている。


「それって……屋号?」

「ええ、そうですよ。まるあい水産とお呼びください」


 魚偏に堅と書いてカツオ。何故か頭の中にはそんなフレーズが浮かんで消えてゆく。


 アイは得意げに、次から次へと網の上に魚介を乗せていたが、昼食からまだ二時間も経っていない身としては、腹がこなれているわけもなく。自分は、大きなサザエひとつと、タラバ蟹の足一本を何とか食べて、限界を迎えた。美味しいと喜んではいたが、ヨリの方も牡蠣を一つ食べただけに留まり、おなかの中はいっぱいいっぱいのようだ。


「おや、おふたりとももうよろしいんですかぁ? まだまだ沢山ありますよ?」

「そこのふたりとは違ってな。残念だけど、俺もヨリも人並みにしか食べられないんだ」

「ごめんなさいアイ。また機会を改めていただくことにしますね。その時は一緒にお料理をしましょう」

「そうですね。では、後ほどまたレパートリーを増やしてご提供しましょ~。その際はご一緒させていただきますね~」


 名残惜しそうな顔をして言うアイだったが、目の前にいる底なしふたり組の容赦のない暴食に対応するため、浸る時間もそこそこに調理へ戻った。

まったくペースを落とさずに食べ続けている食欲お化けたちに、軽く注意をしてその場を離れると、型抜きに飽きたらしい子供たちを引き連れたチカとムツミが、こちらへやって来る。


「ハルっち~、ヨリ(ねえ)ちゃ~ん。みてみて~、あたしもきれいに抜けたよ~。ほらヒコーキ? っていうのと、かさの開いた方だよ。あとねえ、カイがすごい上手なの! ていねいにけずっててさ~。ダメヒロだったらこうはいかないよね~」

「お~。ヤエもカイもすっかり型抜き職人だな。にしてもヤエはヒロに当たりが強いね」

「ふふ。ふたりは仲良しですからね。本当、ヤエもカイも上手ね~。ナギとリンはどうだったかな?」

「私はあんまり上手にできなかったわ。リンはけっこうできたわよね?」

「う~ん、ふつうかな。こういうのはミチルの方が上手だと思う」


 皆は満足のいく成果を手に、お互いの出来栄えを披露しあっているが、ミィルだけは浮かない顔でしょんぼりしていた。ヤエが言うには、ミィルは細かい作業が苦手のようで、ほとんどの物を失敗してしまったらしい。彼女ができたのは、船やキノコといった簡単な物だけだった。


「はぁ~。わたし才能ないのかなあ」


 つまらなそうに下を向いているミィルは、そんなことをつぶやいていた。


「いんやミィル。型抜きができなくても人生には何の支障もないんだから、そんなに落ち込むことないよ。あれをサクラやったら、一日かけても一枚すら抜けないんじゃないかね」


 一日というのは盛りすぎかもしれないが、いい線はいっているはずだ。実際のところ、サクラはああいったことは壊滅的に不得手だし。


「そうなの?」

「そうだよ。だから、多少できないことがあるからって心配なんかしなくてもいいんだよ」


 しょげているミィルの元へ行き、膝をついて顔を見ると、彼女は少しだけ笑って目線を合わせた。


 いい機会なので、彼女の頭に手を置いてランとサクラの方を指さし、ああいう人にはならないようにと、ミィルや子供たちへ言い聞かせる。不穏な気配に気づいたのか、絶妙なタイミングでふたりはこちらへ振り向き、自分と目が合うとにこりと笑った。それに応えるようにふたりへ笑みを返して、軽く手を振りながら再びふたりの元へ移動する。


「俺たちは先に戻るけど、ふたりはまだ食べるだろう? まあ程々にして帰って来なさいよ」


 諭すように言った自分の言葉に、ランとサクラはこくりとうなずき、新たな獲物に食指を伸ばした。


 駄目な彼女たちの様子を見届けて、忙しそうに切り盛りしているアイへよろしく伝え、皆で階段前広場を目指して歩いて行く。広場まで来ると、縁台の上ではヒロとミチルが眠っており、両側から挟まれる形でふたりへユカリが膝枕を提供していた。

 昼食の後という、絶好のタイミングで襲い来る睡魔に、育ち盛りの子供が勝てるわけもなく。ふたりは綿あめやお好み焼きを食べ終えると、落ちるようにして寝てしまったそうだ。初めて見る社の様子にも終始興奮をしていたし、気疲れもあるだろう。それは他の子供たちも似たようなものらしく、後ろの方ではぽやんとした顔になっている子もいる。


「皆も大分お疲れのようだし。そろそろ戻る頃合いね」

「そだな。しっかり満喫できたようだし、戦利品も沢山獲得したし。丁度いいだろう」


 子供たちの方も、お腹の都合が悪かったようで、食べ物よりは遊びやおもちゃをメインに巡ったようだ。その証拠に、それぞれが手にしたビニール袋には、食べ物以外の戦利品が詰まっている。


「じゃあ戻りましょうか。ふらふらしている子もいるようだから、このままだとすぐ眠ってしまうでしょうし」


 ユカリに(うなが)されてHUDを見れば、時計は十四時半を回っていたため、昼寝をするにも完璧なタイミングだろう。しかし、半分船漕ぎ状態の子供たちに、この石段を登らせるのは無理だ。相談の結果、転送による直帰が妥当と判断されたため、一同はユカリのタイミングで社玄関ロビーまで跳んだ。

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