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蒼の封印  作者: 鈴村弥生
遺言
33/33

8.

エタってないんです

ちょいと正体曝しかけましたが


 外はすっかり夜だった。真維は水をたっぷり入れた桶を引き摺る様に抱えてよたよた歩きながら、梢の間から見える雷雲を眺めた。

 急がなければ雨が降るだろう。

 マーリンが普段使っている森の中の出入り口は、泉がすぐ傍にあって生活用水が人目に触れる事無く手に入る。三人は小川で土塗れの体も洗えたし、着替えはマーリンの母の物を貸して貰った。

 形見を惜しげもなく貸してくれた少年に少し休んでもらおうと、真維は彼の代わりに水を汲みに来たのだ。それに、一人になって考えたい事もあった。

 死んだと思っていたアルムレイドが生きていたのには驚いた。

 彼は影武者のアレクセルによって逃がされ、深手を負って行き倒れしかけていたところをマーリンに助けられて、今日まで介抱されていたのだという。

 裏切り者はタイラー。あの掴みどころの無いヘニャヘニャした表情を思い出し、ひょっとしたらセリフィスに当て身を食らってもすぐに起きてたんじゃないかと思い至って悔しくなる。

「くそ~あのムッツリタヌキ」

 抜け道で挟み撃ちにして捕まえる為に、あんなにベラベラ話したんだと、今更ながら合点がいく。

「あのまま永眠させてやればよかった」

 物騒な事を呟けば、後からクスクスと笑い声が聞こえる。

「誰!?」

 思わず誰何しながら、ファイアーボールをいつでも撃てる様に身構える。しかし、木立から出てきたのは、苦笑しながら両手を振るアルムレイドだった。

「すまない、驚かせた。ふぁいあーぼーるは勘弁してくれ」

 そう言いながら近寄ってくる姿は、雲明かりの下でぼんやりと白く見え、穏やかに語りかける声と相俟って真維の胸の奥に少しだけ痛みを蘇らせた。

「アルム、夜風は傷に悪いよ?」

 痛みを振り払うようにして笑いかければ、盗賊王子は肩を竦めた。

「君の治癒魔法で、もうすっかりいいよ。さすがは邪眼の魔導士の直弟子だね」

「アハ。クレイ様々だわ」

 軽口を吐きながら頭の隅で、自分はいろんなものをカリストに置いて来たな、などと思った。

「水汲みかい?」

 重そうな桶を見て、アルムレイドが微笑む。真維も笑って頷いた。

「うん。マーリンには世話になりっぱなしだからね。これ位してあげようかなって」

「なるほど。だが。ご婦人が重い物を持っているのに、男が空手で横を歩くわけにはいかないな」

 言うが早いか、真維の手から桶を取り上げると、彼はゆったりと微笑んだ。

「これは男の仕事さ」

 さすがのフェミニスト振りに思わず笑ってしまう。

「じゃ、甘えちゃおうかな?」

「そうしたまえ」

 軽い会話で笑って、そのまま二人で歩き出した。真維は長い金髪を揺らす青年を見上げた。先ほどの邂逅で出てきた話が気になるのだ。

「ねぇ。エルンストさんとか、反抗軍の仲間とは、もう接触しないって本気?」

 アルムレイド確かにこう言った。『グリフの王子は、二度と彼らの前には現れない』と。つまり、彼らと関わるのはやめると言う事なのか?真維には彼の真意が計りかねていた。

「まぁ、あたしセイルへの人質にされそうになったから逃げたけど。あんたが生きているなら、あの人もその必要なくなるんじゃない?」

 しかし、レジスタンスの統領は首を振る。

「もう、アルムレイドが生きていていい時間は終わったんだよ」

「それってば責任放棄に聞こえるんだけど……」

 自分でもズケズケ過ぎるかな? と思いつつ、真維は思うままをぶつけてみた。

「あんたを王位に就かせる為に、皆がんばってきたんでしょう? それなのに、あんたが一抜けしちゃったら、皆報われないじゃん」

 真維の言葉に、逃亡中の王子は苦笑した。

「確かに、君の言うとおりだし、僕も今の王権の打倒は諦める気は無いよ。何時かは、彼らの元に戻ろうと思う……ただし。アレクセルとしてね」

 これまた意外な台詞に、思わず足が止まった。

「どして? アレクセルは裏切り者ってんで命狙われてるわよ?」

 木立の間から雷鳴の光が差し込む。金の髪を雷に光らせて、アルムレイドは痛みを飲み込んだような笑みを浮かべていた。

「グリフ王家は……残さない。アルムレイドの死と、現王の死によって、消滅するべきなんだ」

 真維は声も無くその姿に見入った。

「……何で?」

 真維には王家の誇り云々は判らないが、この世界の人々にとって、血筋や家というものがどれほど重いのかは知っていた。その頂点に立つ筈の王子が、王家を無くす。とは、どういう事なのか。

「君の故郷の話に、感化されたのかもね」

 にっこりと、アルムレイド…いやアレクセルかもしれない青年が微笑む。

「国民が自分たちの中から代表を選んで、指導を託す。勿論、上に立つ器の無い者と判れば、再び選びなおせて。しかもその権力にも期限がつけられる。初めて聞いた時は、王という指導者を持たずに国が成り立つものかと思ったけれど。叔父の悪行を見るにつけ、グリフ王家の持つ、危ない血筋に嫌気が差したのさ……何代かの間には、必ず一人はあんな男が王位に就く。そして国の中が荒れる…王家の暴走の付けを払わされるのは、いつも民人だ。もう、そんな血塗れの歴史は、繰り返したくないんだよ。その為には、アルムレイドに生きていられると遣り難いんだ」

 封建制からいきなり民主主義になっても、国が安定するのか真維には判らなかったが、淡々と話す青年の決意は強いものらしい。

「本気で…やり遂げるつもりなんだね」

「ああ……アレクセルの遺言もあるからね」

 呟く声は雷鳴に邪魔されながらも、かろうじて聞こえた。

「遺言?」

「君は聞いているかな? アルムレイド王子の最後の演説を」

 真維はゆっくりと頷いた。人伝だったけれども、かなりの名演説だと思う。その後での刑死とノルンという女性の殉死は、言うなれば夫婦心中だったわけだが……

「己が信じる最善の道を進め。そして、自らの誇りを捨てず、自由を掴み取れ……これは、僕への遺言なんだよ…僕は、彼の心を受け止めて、背負って行かないといけない」

 寂しげに呟いて、青年は歩き出した。

「そっか……時代を変えるんだ」

 だから真維はわざと明るい声を上げた。

「まるで坂本竜馬みたいでかっこいいよ」

 哀しい瞳をしていた青年は、きょとんと振り向く。

「サカモトリョーマ?」

「うん、あたしのお父さんのヒーロー。新しい時代を拓く礎になった人だって」

 明治維新は今度説明しよう。そう思いながらにっこり笑えば、青年も笑い返してきた。

「そうか。それは光栄だ」 

 その笑みが、にやりと歪む。

「しかし、僕はヒーローになれるかな? なにしろこれは個人的な理由だけれど。ノアルの事もある」

「ノアルさん?」

 儚げな雰囲気でありながら、アルムレイド直属の騎士だと言うエルド族。死んだノルンの妹というか弟というか、実はまだ未分化だった。同じく遅い未分化の経験を持つセリフィスは、すっかり意気投合して話し込んでいたのを思い出す。騎士同士かなり話が合うらしい。

「ノアルが未分化なのは僕の所為なんだよ…あれは未だにダイナ姫を気にしているんだ…もうとっくに人の妻となり、僕には関係ない人なのに、僕には、セイルロッド殿下のような強硬姿勢は取れないと思い込んでいる。あのまま騎士として仕えようって。だから、身分を捨てて姫君と結婚できなくなれば、あれも観念するかと思ってね」

 悪戯っぽく笑う青年に、真維もくすくす笑いながら後に続いた。

 親友の死とそうした血縁の泥沼から、彼が全てを捨てて生きていくのではなく、ちゃんとちゃっかり幸せを掴もうと、強かな計算が出来ているのが嬉しかった。

「それなら、がんばらないとね」

「ああ、絶対にやり遂げるさ。今ここに、僕を生かしてくれている全ての為にね」

 そう言って見上げる空には、相変わらず不気味に光る雷雲が在ったけれど。アルムレイドは雲の上の星になったアレクセルへ何か心で語りかけているのかも知れない。

 だから真維もちょっと顔を横に向けて、カリストの方向の空を見た。

 心の中でダイナの姿を思い浮かべる。彼女は、ゼルダを連れて帰ったら喜んでくれるだろうか……?

『ダイナ。ゼルダを見つけたよ』

 真維は、ありったけの想いを込めて、その姿に心の中で叫んでいた。


続きはゆっくり



ところで、坂本龍馬とか、吉田松陰とか、高杉晋作が、靖国神社に祀られてるって知ってる人、どれだけ居るんでしょうね?

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