第2節:研究施設の変遷
AGB最初の本拠地はロンドンのグリーンパーク周辺に置かれ、最初に使われたのは古い赤煉瓦造りの小さな研究施設だった。立派な研究所というより秘密の実験室に近く、限られた実験台、薬品保冷庫、中古の分析機器、小型換気装置、簡易型の生体モニターなどが所狭しと並んでいた。それでも夜になって研究が止まることはなく、街が眠った後も、赤煉瓦の建物の窓の向こうでは薬品保冷庫と分析端末の表示だけが深夜まで光り続けていた。
やがて研究規模が拡大すると、AGBは無機質なコンクリート造りの第二研究施設へ移った。所属人数はまだそれほど多くなかったが、この頃から研究開発は本格化し、多重点滴設備、脳波解析装置、神経監視システム、薬品製造設備、生体計測室、隔離実験室、培養設備、封鎖型人体試験区画などが整備されていった。
そしてAGBがさらに巨大化した頃、第三研究施設が完成した。その外観は内部の奇妙さをまったく想像させないもので、巨大な白い工場のような建物の屋上には複数の煙突が立ち、換気設備、太い配管、大型搬入口などが並んでいた。遠くから見れば、製薬工場か化学プラントにしか見えない。
ところが入口を抜けた瞬間、雰囲気は一変した。内部のデザインモチーフは、『不思議の国のアリス』に登場するハートの女王の城だった。廊下の壁はピンクと白のストライプで彩られ、扉や柱にはハートの意匠が使われ、家具もピンクや黒を基調として統一されていた。黒い実験台の縁だけが鮮やかなピンクになっている部屋もあれば、黒いソファの前にピンク色のテーブルが置かれた待合空間もあり、扉や壁にはハート、トランプ、王冠を思わせる装飾が繰り返されていた。
可愛らしく幻想的な内装の向こうで行われていたのは、本格的な神経薬理学、心理実験、生体機械工学、AI解析、長時間生体監視、薬剤研究、隔離実験、そして後にはウイルス研究までを含む生命科学研究だった。外から見れば煙突の立つ白い工場でありながら、中へ入ればピンクと白と黒で統一されたハートの女王の城という強烈な落差が、第三研究施設最大の特徴だった。
この頃には、マックももう単なる元システムエンジニアではなかった。世界中の大学や研究機関から講演へ招かれ、麻薬学、神経同期薬理、情動安定化研究について発表する主任専門官科学者となっていた。




