第3節:アルティメットとポストヒューマニティの思想
そして、この研究時代に生み出された代表的な物質の一つがULTIMATE――アルティメットだった。アルティメットは、もともと疼痛、神経機能、精神状態、覚醒、集中といった人間の神経系へ薬物がどこまで作用できるのかを調べる治療研究の延長から生まれた人工麻薬だった。しかし、その作用はAGBの予想を大きく超えていた。投与された人間には強い覚醒、情動変化、集中力の変化、神経同期だけでなく、幻覚や幻聴、攻撃性の増大、高熱、悪寒、強い倦怠感、吐き気、嘔吐、血圧上昇、呼吸状態の悪化、食欲消失、現実認識の変化といった重大な副作用が現れることがあった。
さらにアルティメットの研究は、もっと危険な段階へ進んだ。マックがアルティメット研究の延長として人工的に設計したのが、Ultimate Virus――アルティメットウイルスだった。
それは自然界で偶然発生した感染症ではなく、アルティメットを投与された人体で発現し、神経系や細胞機能を強制的に変質させるよう設計されたAGB世界固有の人工生体因子だった。アルティメットを投与すれば誰でも進化できるわけではなく、強烈な薬理作用とアルティメットウイルスによる身体変化へ同時にさらされた人間の中には、臓器や神経の機能がその変化へ耐えられず命を落とす者もいた。
一方で、その激しい変化を生き延びた者には、従来のホモ・サピエンスとは異なる身体や神経特性が現れる可能性があった。マックは、その存在をPost-Humanity――ポストヒューマニティと呼んだ。
アルティメットウイルスには複数の変異型も存在した。感染拡大性が特に強いプロメテウス株・タイプα、神経系への影響が強く共感や倫理、自我の境界を崩していくレギオン株・タイプβ、身体や臓器への負荷を急激に増大させるヘカトンケイル株・タイプγ、そして依存と精神支配を極端に固定化するウロボロス株・タイプδである。
マックが求めていたのは、何人が安全に変化できるかという答えではなかった。アルティメットとアルティメットウイルスによる過酷な変化を生き延びた人間が、本当に従来の人類を超えられるのか。その一点に、彼の関心は次第に集中していった。
こうして、医療を目的として始まったAGBの研究は、人間を治療するだけでなく、人間そのものを改良し、安定させ、同期させ、最終的には別の存在へ進化させるという領域まで広がっていった。




