第1節:世界規模の崩壊と「ショック」の波及
各国政府が動き、銀行はサイバーサイジング社と関連企業の資産を次々と凍結し、取引先は契約を停止した。世界百二十五か国に散らばる各支社では、本社から統一された指示が届かなくなったことで、支社長たちが自分たちの社員と顧客だけでも守ろうと独自の判断を始めた。
しかし、サイバーサイジング社は単なる巨大IT企業ではなかった。各国政府の行政システムから金融機関の情報基盤、国際通信網、軍事関連システム、病院や医療機関の情報設備、企業のデータセンターに至るまで、世界中の社会基盤へ深く接続していた。そのため、一企業の経営危機がその会社だけで完結することはなかった。
一つの国で資産が凍結されれば、その設備を利用していた別の企業に影響が及び、その企業の業務停止がさらに別の国の取引先へ波及する。金融機関がサイバーサイジング社との取引を止めれば、同社へ依存していた企業の決済や資金調達にも不安が広がり、株式市場ではIT企業だけでなく、通信、金融、医療、防衛、物流など幅広い業種の株価が急落した。
さらに深刻だったのは、世界百二十五か国に存在するサイバーサイジング社の資産とデータを、どの国の法律によって管理するのかが定まらなかったことである。このまま各国が自国領域内にある支社、サーバー、知的財産、銀行口座などを個別に差し押さえれば、世界規模で一体化されていた企業が国境ごとに引き裂かれ、重要なデータや設備が先に差し押さえた国へ事実上囲い込まれる危険があった。
その結果として金融、通信、政府契約、軍事、医療のどこから重大な障害が発生するのか、もはや誰にも予測できない状態へ陥っていった。
この一連の世界的混乱は、後に経済史上、
「サイバーサイジング・ショック(Cybersizing Shock)」
と呼ばれるようになる。
かつて世界を揺るがしたリーマン・ショックが金融市場を震源として世界経済へ波及した危機だったのに対し、サイバーサイジング・ショックは金融だけでは終わらなかった。世界最大級のIT企業が突然統治能力を失ったことで、金融市場の混乱と同時に、情報通信、行政、医療、軍事、企業活動といった社会インフラそのものへ危機が波及したのである。
後世の経済史では、その影響はリーマン・ショックを上回ったと評価されることになる。
世界の株式市場では巨額の時価総額が失われ、取引停止へ追い込まれる企業も現れた。サイバーサイジング社と直接取引していなかった企業でさえ、取引先のさらに取引先が同社のシステムへ依存していたため、思いもよらない場所から影響を受けた。世界経済がどれほど一つの巨大IT企業へ依存していたのかを、人類が初めて思い知らされた事件でもあった。
しかも、この危機には通常の企業破綻とは決定的に異なる事情があった。
サイバーサイジング社そのものに、事業を続けられないほどの技術力低下が起きていたわけでも、主要製品が突然売れなくなったわけでもなかった。発端となったのは、会社を「人」で統治していたアダソン夫妻が突然殺害され、その代わりとなるはずだった新しい制度がまだ完成していなかったことだった。
つまり世界経済を揺るがすほどの巨大企業が、資金不足や技術競争に敗れて崩壊したのではなく、企業を動かす統治構造そのものを一夜にして失ったのである。
事態をこれ以上悪化させないため、法務関係者や金融当局との協議を重ねた末、マックとジェイムズはアメリカで国際破産手続きへ進むことを決断した。それはサイバーサイジング社を見捨てるためではなく、百二十五か国でばらばらに始まりかけていた差し押さえや資産流出を法的な手続きの中へまとめ、世界規模の混乱を一度止めるための選択だった。
しかし、その判断の意味が世界へ正しく伝わることはなかった。
サイバーサイジング・ショックによって株価が暴落し、仕事を失い、契約を失い、生活まで影響を受けた人々にとって、アダソン兄弟は「危機を止めようとした二人」ではなく、「両親から巨大企業を引き継ぐはずだったのに、それを崩壊させた二人」として映ってしまった。
そして、このサイバーサイジング・ショックと、その直後に世界中から浴びせられた非難こそが、後にマックとジェイムズの思想を大きく変え、AIIBSOの変質、そしてAGB誕生へとつながっていく決定的な転換点になったのである。




