第1節:ファウンダーカップル企業(アダソン夫妻と信頼の経営)
Cybersizing――サイバーサイジング社。
かつて世界百二十五か国に支社を構えた巨大ITグローバル企業だった。政府機関、軍、金融、医療、通信、インフラ、民間企業の情報システムへ深く関与し、世界中に数万人から十数万人規模の従業員を抱えていた。後に会社が崩壊した際、一国の法律だけでは資産も契約も処理できず、国際破産手続きが必要になったほど巨大な企業である。
その会社を率いていたのが、マック・アダソンと、その兄ジェイムズ・アダソンの実の両親であるアダソン夫妻だった。
若い頃の兄弟は、まだ経営者ではなかった。二人とも両親が経営するサイバーサイジング社でシステムエンジニアとして働き、世界各地へ張り巡らされたネットワーク、データセンター、政府向けシステム、企業情報網、障害対応、サイバーセキュリティなどの実務を経験していた。その一方で、いずれ世界百二十五支社を持つ会社を継ぐ後継者としての教育も受けていた。
しかし、サイバーサイジング社には、現在の巨大企業から見れば信じられないほど特殊な経営構造があった。
会社を統治する制度そのものが、ほとんど存在していなかったのである。
サイバーサイジング社には、現代の大企業で当然のように設けられている取締役会による経営監督も、経営陣から独立した監査組織もなかった。重大な事業を恒久的な制度によって審査する仕組みもなければ、経営者の判断を差し止める倫理委員会や安全委員会のような上位機関も存在していなかった。
百二十五か国に支社を構える巨大IT企業でありながら、サイバーサイジング社を動かしていたものは、精密に作り上げられた企業統治制度ではなかった。そこにあったのは、人と人との信頼だった。
会社の頂点には、創業者であるアダソン夫妻がいた。その下には各国の支社長や地域責任者、部門責任者、技術責任者たちがおり、さらにその下で世界中の社員たちが働いていた。しかし彼らの権限は、細かな経営規則によって機械的に割り振られていたものではない。
「あの人物なら、この地域を任せられる」
「あの技術者なら、このシステムを任せられる」
「あの責任者の判断なら信頼できる」
そうした人間同士の信用の積み重ねによって、巨大な会社そのものが成り立っていたのである。
ある国で大規模なシステム障害が起きれば、まず現地の責任者が状況を見て判断した。その人物だけでは判断できないほど重大な問題であれば、さらに上の責任者へ相談し、それでも決められないほど大きな問題になれば、最後にはアダソン夫妻のもとへ報告が届いた。
そこで父が「この計画は止めよう」と判断すれば、莫大な資金と何年もの準備を費やした事業であっても止まった。母が現地から送られてきた資料や社員たちの報告を読み、「今はこの地域へ進出すべきではない」と判断すれば、数字の上では成功が見込まれていても計画は延期された。
そして、その二人の判断をさらに審査する上位機関は存在しなかった。つまりアダソン夫妻より上には、誰もいなかったからである。
だからといって、二人が気分だけで会社を動かしていたわけではなかった。長年にわたって世界各地の事業に関わってきた経験、現地で働く社員たちから届けられる報告、責任者との信頼関係、事業によって影響を受ける人々の生活、そして自分たちが企業として何を守らなければならないのかという倫理観を重ね合わせ、そのたびに二人自身が答えを出していた。
それは夫妻の下で働く責任者たちも同じだった。何か問題が起きたとき、社員たちが最初に考えるのは、規則集の何条を適用するかではない。誰ならこの問題を判断できるのか、誰へ報告すればよいのか、この仕事を誰になら任せられるのかを考える。そのため、世界百二十五か国へ広がる巨大企業でありながら、サイバーサイジング社には不思議なほど人間の顔が見える組織文化が残っていた。
現場で働く社員には信頼する責任者がおり、その責任者にもまた信頼する上司がいる。そして組織の階層をたどっていけば、最後には必ずアダソン夫妻へ行き着いた。
制度が人間を動かす会社ではない。
人間が人間を信頼することによって、会社そのものを動かしていたのである。
それこそが、サイバーサイジング社が「ファウンダーカップル企業」と呼ばれる理由だった。世界がサイバーサイジング社へ預けていたものは、ITシステムや情報ネットワークだけではなかった。政府も、軍も、金融機関も、医療機関も、取引企業も、そして世界中で働く社員たちも、知らず知らずのうちにアダソン夫妻という二人の人間の判断力と人格そのものへ信頼を預けていた。言い換えれば、サイバーサイジング社にとって最後の安全装置とは、取締役会でも監査機関でも規則集でもなかった。それは、アダソン夫妻そのものだった。
だが、夫妻自身は、その仕組みが永遠に続くとは考えていなかった。どれほど信頼されていても、自分たちは人間である。いつか会社を去る日が来る。そして、そのときに自分たちの代わりとなる「人格」を探して会社の頂点へ置くだけでは、同じ問題を次の世代へ先送りすることになる。
ちょうどその頃、息子であるマックとジェイムズへの経営継承が現実的なものになり始めていた。二人はすでにサイバーサイジング社でシステムエンジニアとして働きながら、将来会社を引き継ぐための教育を受けていた。AIIBSOも本来は、その後継者教育を支えるための特殊な訓練組織として作られたものだった。しかし、アダソン夫妻には最初から、現在の会社をそのまま息子たちへ渡すつもりはなかった。
自分たちの時代までは、人が人を信頼することで会社を動かしてきた。しかしマックとジェイムズの代からは、それを変えなければならない。
そこで夫妻は、サイバーサイジング社の創業以来初めて、人の上に制度を置くための大規模な経営改革へ着手した。それまで夫妻一人ひとりの判断へ集中していた権限を複数へ分け、重大な案件については一人だけでは決定できないようにする。経営者とは独立した立場から安全性や倫理性を審査し、必要ならば経営者自身の判断さえ止められる仕組みを作る。さらに、緊急事態が起きた場合には、たとえマックやジェイムズが事業の続行を命じたとしても、それより上位の制度によって強制停止できるようにする。つまり、マックとジェイムズが両親から受け継ぐ予定だったのは、単なる社長や経営者という地位ではなかった。
二人は、サイバーサイジング社を「人によって動く会社」から「制度によって人を監督する会社」へ変える最初の経営者になるはずだった。
だが、それは百二十五か国に広がった巨大企業の根本を作り替える改革である。夫妻が持っていた権限をどのように分割するのか。新たな監督制度を誰が運営するのか。百二十五か国すべてに同じ原則をどこまで適用できるのか。各国の法律が異なる中で、世界共通の安全基準をどのように作るのか。そして、緊急時に会社全体を停止させるほどの強大な権限を、誰にも私物化されない形でどのように制度化するのか。
解決しなければならない問題はあまりにも多かった。それでも夫妻は、息子たちへの経営移行に間に合わせるため、少しずつ新しい仕組みを作り始めていた。もし、その改革が完成していたならば、後の歴史はまったく違うものになっていたかもしれない。




