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映画『Type-Σ Life Support Unit -マック・アダソン定期総合生命維持施術-』  作者: マック アダソン
第6章:現在 ——レマン湖畔の本社とマックの生命維持統括室
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第5節:統括室全設備の緊急点検と生体モニタリング

――ッブォォォォォン……ッ!!

 耳を聾する重低音の機械駆動音が、マイナス十五度の極寒に凍りつく生命維持統括室の全域を絶え間なく震わせていた。

マックの超ハイテク車椅子と正面から向かい合うように配置された巨大な漆黒のタワーファン群、さらには天井、壁面、車椅子のフレーム各所に埋め込まれた大小無数のサーキュレーターが、毎秒30メートルにおよぶ狂った冷却暴風を叩き出し続けている。密閉された室内の空気は絶えず激しく攪拌され、濃密な冷気の白煙と砕け散るダイヤモンドダストが白銀の渦となって空間を埋め尽くしていた。

 東崎は足元の『可変磁力アンカーブーツ』を床面の金属レールへしっかりと磁着させ、暴風による横転を防ぎながらバイザー内部の通信回線を開いた。

「BMLST室内班、配置完了。これより統括室全設備および生体接続ラインの最終点検を開始する」

『室内班、了解。外部全データライン接続、モニター体制へ移行』

バイザーの内装スピーカーから、外部管制室に詰めるソフィアのクリアな無線音声が流れる。東崎は手元の電磁ロック機能付き重量ツールカートが磁力レールに固定されたのを確認し、順番に各担当へ呼びかけた。

「ソフィア、生命維持薬液系および循環ライン」

『了解。酸素ボンベ圧正常。高濃度麻酔薬アナステラ、神経安定剤、栄養液、輸血・輸液カートリッジの各独立恒温槽はすべて規定温度を保持。循環ラインの流量・圧力・バブル検知器、すべて正常範囲内です。漏洩リスクゼロ』

マックの車椅子周りに密集するカートリッジ群からは、万が一外部へ漏洩すれば人体の組織を即座に破壊・溶融させる猛毒性の高濃度薬品や変異因子が含まれている。それらを保護する加温断熱チューブの一本一本に至るまで、管制室のセンサーがミリ秒単位で監視していた。

「ソヨン、気道管理および高機能マスク」

『高機能密閉マスク『Cryo-Mask Σ』の気密保持、チタンフレーム固定圧正常。酸素供給およびフッ素キャリアガス高圧送気ライン、排気バルブの動作正常。マスク内部湿度、呼吸圧ともに最適値を維持しています』

呼吸器のスペシャリストであるソヨンからの無線応答が入る。続いて神経系担当のアルジュンが回線を開いた。

「アルジュン、神経系」

『脳幹および脊髄深部ポートの神経インターフェース接続安定。インプラント『Cryo-Vision Σ』のデータ伝送レート正常。神経過負荷および異常スパイクなし』

「高橋、環境および安全封じ込め」

『統括室室温、マイナス十五・三度。風速三十・二メートル。室圧・エアロック封じ込め正常。室内班三名のSuit Status、内圧二十二度で安定。バイザーヒーターおよび解氷グリッド正常稼働中』

「ルーカス、車椅子駆動・電源系」

『超ハイテク車椅子Cooling Fan Unit、ジャイロスタビライザー、主電源、二重化非常電源、すべてグリーン。車椅子の床面アンカー固定強度、百分之百です』

外部5名との初期同期を完了した東崎は、重厚な密閉防護服に身を包んだ両隣の二人に視線を向けた。

「エレナ、温度データとジェル摩耗度」

エレナがバイザーに投影された特殊サーモグラフィーのカラーマッピング画面を指先で操作した。

「サーモグラフィー確認。マックの核心体温、二〇・四度。体表温度、マイナス十一・八度。部屋全域の熱分布に異常なし。ただし全身の古いCryo-Gel膜は熱負荷と強風により硬化剥離が進行。全体的な冷却伝導効率が規定基準値まで低下しています。予定通り、全身交換施術の適応です」

「ダニエル、生体ポートおよび接続ラインの物理点検」

ダニエルは暴風に背を向け、低重心で屈み込みながら、マックの皮膚深部へ刺さるポート群と無数のラインを目視と触覚センサーで一本ずつ手際よく確認していった。

「肉体深部の埋め込みポート固定部、組織との剥離や炎症なし。生命維持チューブ、神経接続ワイヤー、高機能マスク外部ライン、すべて固定治具にて適正トルクでロックされています。強風による引張負荷もゼロです」

しかし、ここからの点検こそが真の試練だった。

一通りの声出し確認だけで終わるような生ぬるい現場ではない。風速30メートルの極低温暴風下においては、微細な結露や氷晶の付着、ほんの数ミリの配管の歪みやバルブのトルク緩みですら、施術途中の致命的なシステムダウンやウイルスの全館漏洩、即座の組織壊死を引き起こすからだ。

東崎、エレナ、ダニエルの三人は、車椅子の周囲を数ミリ単位で移動しながら、徹底的で果てしない二重・三重の物理点検へと没入していった。

ダニエルは触覚フィードバック型ナノグローブを介し、マックの頸椎や胸郭深部へ刺さる無数のチタン製生体ポート、神経接続ワイヤー、高圧フッ素キャリアガス管の締結部を一箇所ずつ入念に指先で保持し、物理的トルクとマイクロリークの有無を手探りで検査し続ける。

 エレナは手元のポータブル・レーザースキャナーとサーモグラフィーを掲げ、マックの頭頂部から足先、車椅子底部の冷却配管や恒温バッファ槽に至るまで、全区画の局所温度勾配とジェルの微細亀裂パターンを何十層にも渡ってデータマッピングしていった。

一分、また一分。時間だけが容赦なく過ぎていく。

叩きつけられる強冷風の打撃を受け続けながら、不自然な低重心姿勢のまま精密点検を続ける三人の重密閉防護服には、次第にうっすらと白い霜が積もり始めていた。肩や胸部の装甲板、ブーツの可変磁力ユニットの隙間には微細な氷晶が結晶化し、バイザーの周縁部もヒーターの限界を超えて白い氷の縁取りがせり出してくる。

絶え間なく鳴り響く

「ピピッ……ピピッ……ピピッ……」

という各種モニターの電子音。

 吹雪の白煙を突き抜けて明滅しているのは、マックの歪んだ心電図波形、脳波、そして局所熱流量を示す緑と青の光の山形グラフだ。生身の人間とは根底から異なる、冷たく不気味な脈動がそこに刻まれていた。

一時間を遥かに超える念入り極まる確認手技の末、全八系統、計百数十箇所におよぶ生体接続部と環境パラメータの全項目クリアが、管制室のメインフレームへ一つ残らず打ち込まれた。

「全八系統……最終物理点検、完了」

 東崎が深く息を吐き出しながら、低く静かに告げた。暴風が吹き荒れ、風圧でツールカートや塗布器などの機材が飛散しかねないこの過酷な現場において、すべての器具は磁気吸引ホルダーと強力なワイヤーアタッチメントで作業台へ強固に繋ぎ止められていた。万が一にも精密器具が吹き飛ばされ、マックの生命維持ラインを傷つけるような事故は徹底的な物理制御によって遮断されていた。

 その果てしない長時間の精密点検作業と三人の寸分狂わぬ立ち回りを、マックは車椅子の固定座席の中から見つめていた。

だが、彼の知覚は、重度の離人症と『Cryo-Vision Σ』の過負荷がもたらす光学的ノイズによって冷たく歪んでいた。

『Cryo-Vision Σ』によりすべての色彩が切り落とされたモノクロームの視界の中で、一時間以上も不自然な姿勢で点検作業を進行させている東崎、エレナ、ダニエルの動作はコマ送りのようにぎこちなく残像を引き、彼らが発する報告音声も「分厚い強化ガラスの向こう側で響く、遠いスピーカーノイズ」のようにしか頭に届かない(現実感消失)。

さらに、脳幹への物理的過負荷とまばたきの抑制は、まばたきを失った灰色の網膜上に不気味な「青白い光のノイズ(光学的幻覚)」を絶え間なく生み出していた。ダニエルたちが手足を動かして肉体深部のポートや配管のトルクを物理チェックするたび、その手元や足元からネオンの残照のような青白い帯が歪んで伸び、視界の光景を不自然に引き延ばしていく。

 三人の頭上や手元には、点検工程とリアルタイム同期した青色(アイスブルー)のHUDネオンデータが追従し、浮遊表示されていた。


[INSPECTION / TASK EXECUTION]

TARGET-01: HIGASHISAKI / SYSTEM INTEGRITY: 99.8% [IN-POSITION]

TARGET-02: WEISS / THERMO-SENSOR CALIBRATION: OPTIMAL

TARGET-03: CARTER / PORT-LOCK TORQUE: 100% SECURE


入室時の心拍数や感情の波ではなく、「点検タスクの遂行率」や「ポート固定トルクの正常値」を示す冷徹な数値データの羅列。

マックにとって目の前の三人は、血の通った人間ではなく、正確にコードを実行するメンテナンス・オブジェクトに過ぎなかった。

同時に、自分の肉体に対する激しい体外離脱感(離人感)が彼の意識を冷たく侵食していた。

長時間にわたりダニエルたちの手によって、自分自身の肉体深部に刺さったポートやチューブが物理的にチェックされている微かな機械的振動すら、どこか「他人事」のように遠く感じられる。自分の手足も息遣いも、「車椅子という巨大な機械システムに組み込まれ、老朽化して朽ちていく人工パーツ」に過ぎず、その不気味な異形を遠く天井付近から冷ややかに見下ろしているような激しい乖離感が脳内を満たしている。

過去の絶望的なトラウマから心を守るための感情麻痺膜が、自分と世界を完全に切断していた。

マックは透明な『Cryo-Mask Σ』の底から、喉の微細な筋肉を微かに震わせた。

生声は出ない。だが、微小マイクが呼気を拾い、車椅子のAI音声コンバーターが作動する。

重低音のファンノイズと暴風が吹き荒れる室内へ、車椅子のスピーカーから一切の感情を含まない、機械そのものの不気味なほど平坦で冷徹な人工合成音声が出力された。

『……機器およびラインの点検精度に異常はないか、東崎』

吹き荒れる暴風を突き抜けて響くマックのAI合成音声に、東崎はバイザー越しに一瞬背筋を伸ばし、力強く応答を返した。

「全八系統、完全に正常です。車椅子、各種ポート、生命維持ライン、ガス供給、および全ファンユニットの稼働状況に問題ありません」

『……ならば、良い。これより、第一冷却ゾーンの剥離工程へ移行せよ』

「了解いたしました、マックCEO。これよりZone 1の施術を開始します」

白濁した灰色のレンズの奥で、青白い光学的ノイズとバイオ・ルミネセンスの光が怪しく揺らめく。

長大な点検を終え、いよいよ本施術へと入る三人の動作を、マックは最後まで冷徹なシミュレーションのログを追うように見据え続けていた。

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