第3節:出動前の点検と意思統一
マック専属の極秘部署「BMLST」は、選ばれし八人の専門技術者で構成されていた。
主任の東崎を支える上級技師が、低温生命維持とCryo-Gel施術を専門とするドイツ出身のエレナ・ヴァイスと、ポート、神経接続、生命維持装置の扱いに秀でたアメリカ出身のダニエル・カーターだった。そのほか、栄養・輸液・循環を担当するイタリア出身のソフィア・ロッシ、高機能マスクと呼吸系を担当する韓国出身のイ・ソヨン、神経インターフェースを担当するインド出身のアルジュン・メータ、室内環境と感染管理を担当する日本出身の高橋美咲、冷却設備と車椅子生命維持系を担当するフランス出身のルーカス・ベルナールがいる。
表向きの「アイアラート」に所属する大勢の優秀な隊員の中から、マックを担当したいと願う者は多い。それでも専属としてこの場に立つことを許されたのは、この八人だけだった。必要以上の人間を生命維持統括室へ関与させれば、感染管理、情報管理、手順統一、安全性のすべてが複雑化するからである。そして八人の中でも、最高難度の直接施術を任される中心は東崎、エレナ、ダニエルの三人だけだった。
午前七時十二分。
東崎が七人を見渡した。
「本日の定期総合生命維持施術を開始します。室内担当は私、エレナ、ダニエル。外部管制は五名。施術工程より生命維持安定化を優先。異常発生時は直ちに工程停止。独断で処置を変更しないこと」
「了解」
七人の声が重なった。
東崎は短く言った。
「装備に入ります」
三人はそれぞれ独立した装着ブースへ向かった。
東崎が扉を閉じると、目の前の壁面収納に白い大型防護服が収められていた。
AGB Biohazard Maintenance Suit。
東崎たちが着用するこの白い大型防護服は、もともと「アイアラート(IALRT)」が極低温、冷却暴風や嵐の猛烈な暴風、火災、毒ガス、火山性ガス、危険化学物質、致死性ウイルスによるバイオハザードなど、通常の装備では人間が長時間活動できないあらゆる危険区域へ赴くために開発された汎用の極限環境用防護装置だった。倒壊した建物の内部、放射線が飛び交う事故現場、猛威を振るう感染症の隔離区域など、世界中のあらゆる災害・救助の現場で人命を守るための「絶対的な殻」として使われているものである。
基本仕様の段階でウイルスや各種毒性物質の完全遮断、極低温や嵐の暴風への完全対応を備えているこの防護服だが、BMLSTが使用する個体には、PROTO-TYPE 0であるマックの生命維持に特化した高度な追加チューニングが施されていた。風速30メートルの冷却暴風に晒されながらマックの体表から硬化したCryo-Gelを微細な厚みで剥離し、身体深部へ繋がる極細チューブやポート類をミリ単位の精度で差し替えるため、指先には素手に近い微細な感触を伝える『触覚フィードバック型ナノグローブ』が組み込まれ、足元には暴風下での姿勢を微揺れなく固定する『可変磁力アンカーブーツ』が拡張されている。極限の環境下で、人間を超越した精密手技を確実に遂行するためのプロフェッショナルな装備であった。
東崎が認証パネルへ右手を置いた。
『氏名を申告してください』
「主任BMLST、東崎。マック・アダソン定期総合生命維持施術」
指紋、掌紋、静脈、虹彩、顔。複数の認証が連続して走った。
IDENTITY: CONFIRMED
BMLST LICENSE: VALID
BIOHAZARD MAINTENANCE SUIT LICENSE: VALID
TYPE-Σ AUTHORIZATION: VALID
MAC ADASON DIRECT PROCEDURE: AUTHORIZED
最高度セキュリティであるType-Σ認証とBMLSTライセンスを持たない者には、収納ロックそのものが解除されない。
東崎は専用インナーを着用し、脚部へ足を通した。ブーツを固定し、胴体、腕、特殊グローブの順に装着する。手首、足首、首の各接合部が一つずつ密閉されていく。
最後に胸部へ重量のある装置を固定した。
この「BMLST胸部生命維持ユニット」こそが、スーツを成立させている生命維持装置だった。内部加温、空気循環、呼吸管理、湿度調整、グローブとブーツの加温、バイザー防曇・防霜、スーツ内圧、生体監視、非常用生命維持系までを統括している。これが作業中に完全停止することは許されない。
ガチャン。
胸部ユニットが接続された。
「生命維持ユニット、起動」
低い機械音が胸元から響いた。
ウゥゥン――。
暖められた空気がスーツ内部へ循環し始める。
LIFE SUPPORT: BOOTING
THERMAL CONTROL: ONLINE
AIR CIRCULATION: ONLINE
GLOVE HEATING: ONLINE
BOOT HEATING: ONLINE
BACKUP LIFE SUPPORT: READY
東崎は大型の密閉フードを頭からかぶり、首の接続リングを固定した。
FULL SEALING START
ADAPTIVE FIT: ACTIVE
スーツが東崎の登録身体情報へ合わせて締まり、脚、腰、腕、肩、首のフィット状態が微調整されていく。
ADAPTIVE FIT: COMPLETE
続いて気密試験が始まった。スーツ内部の圧力が一時的に変化する。わずかな漏れがあれば、入室は許可されない。
LEFT GLOVE SEAL: NORMAL
RIGHT GLOVE SEAL: NORMAL
NECK SEAL: NORMAL
BOOT SEALS: NORMAL
RESPIRATORY CIRCUIT: NORMAL
SEAL INTEGRITY: 100%
さらに生命維持系が自己診断される。
INTERNAL TEMP: 22.1°C
LIFE SUPPORT: NORMAL
BATTERY: 100%
東崎は胸部ユニットを操作した。
「BMLST Cryogenic Biohazard Mode」
MODE ACCEPTED
ANTI-FROST: ACTIVE
VISOR HEATER: ACTIVE
EXTREME COLD PROTECTION: ACTIVE
両手を握り、開く。腕を曲げる。しゃがむ。立ち上がる。首を左右へ動かす。
防護服は着られれば終わりではない。この状態で風速30メートルの暴風に耐え、数ミリ単位の精密作業ができなければ意味がなかった。
『エレナ、装着完了』
通信が入った。続いて、
『ダニエル、装着完了』
三人がそれぞれの装着ブースから出た。
外部管制の高橋がモニターを確認する。
『東崎、気密一〇〇パーセント。生命維持正常』
「確認」
『エレナ、正常』
「確認しました」
『ダニエル、正常』
「了解」
『三名とも生命維持統括室入室条件を満たしています』
三人はエアジェット室へ向かった。
内部へ入ると、背後の扉が閉まった。
ガシャン。
AIRLOCK SEALED
次の瞬間、四方から強烈な空気が吹き付けた。
シュウウウウウ――!
ブーツ、脚、腕、背中、フード、胸部生命維持ユニット。外側の微粒子が吹き飛ばされ、そのまま表面除染が開始される。
DECONTAMINATION COMPLETE
BIO-SEAL CONFIRMED
正面の扉が開いた。
だが、その先にも分厚い隔壁がある。
マイナス十五度の極寒と風速30メートルの暴風が吹き荒れる、マックの生命維持統括室へ続く最後の扉だった。




