第2節:災害支援、未来都市、月面都市、そして「管理」の思想
AGB PharmaTechの事業は、やがて病院の中だけには収まらなくなった。
大きく拡大した分野の一つが、**災害救助・国際支援事業**だった。巨大地震、津波、火山噴火、大規模火災、感染症流行地域、化学汚染、原子力事故、そして戦争地域。普通の企業や民間支援組織が容易には入り込めない危険区域へも、AGB PharmaTechは医療班、救助班、技術班を送り込んだ。
被災地では仮設病院を設置し、医薬品、食料、水、防護装備、通信設備、輸送機材を提供する。倒壊した建物から生存者を救出し、感染症流行地域では隔離医療施設を整備し、原子力事故地域では放射線防護設備を使用しながら負傷者を搬送する。
それらの救助活動によって、本当に多くの人が救われていた。しかし、そこにもAGB PharmaTech特有の思想が存在した。
マックたちは、災害とは単に事故や自然現象ではなく、社会というシステムの「不安定化」でもあると考えていた。都市が混乱し、人々が恐怖に包まれ、物流が止まり、情報が錯綜し、行政機能が失われれば、人間は冷静な判断を失う。ならば救助とは、負傷者を助けるだけでは足りない。医療、通信、食料、移動、治安、情報、心理状態まで含め、地域全体を再び安定した状態へ戻さなければならない。そのためAGB PharmaTechの災害支援は、次第に「被災地を救う」という範囲から、「被災地を最も安定したシステムへ再構築する」という方向へ広がっていった。
その思想がさらに大きな形になったのが、**未来都市開発・運営事業**だった。
AGB PharmaTechは住宅を建てるだけの不動産企業ではない。住宅、道路、鉄道、病院、学校、発電設備、水処理施設、通信網、防災施設、警備システム、都市AIを最初から一つの巨大なシステムとして設計し、完成した後も企業自身がその都市運営へ関与した。未来都市では交通渋滞がAIによって最小限に抑えられ、医療情報は病院間で共有され、エネルギー需要は自動調整され、災害時には避難経路が即座に変更される。犯罪や事故が起こりそうな場所は事前に予測され、住民には必要な医療や支援が早い段階で提供される。表面的に見れば、それは非常に安全で便利な都市だった。実際、そこで暮らす多くの住民も、自分たちが幸福であると感じていた。
しかし、AGB PharmaTechが都市を「安定させる」という言葉の中には、生活環境だけではなく人間そのものも含まれていた。
住民の睡眠。
ストレス。
不安。
怒り。
社会的孤立。
生活習慣。
対人関係。
都市AIや医療ネットワークは、それらの変化を継続的に観察していた。
そして、強い感情の乱れや極端な行動傾向が社会全体の不安定化へつながる可能性があると判断されれば、医療、教育、生活環境、情報提供などを通して、その人の状態を少しずつ「安定した方向」へ戻そうとする。
住民自身は、自分の個性を奪われているとは感じていない。
むしろ暮らしやすくなったと感じる。
争いが減った。
怒鳴り合う人が少なくなった。
犯罪が減った。
不安に苦しむ人も減った。
それだけを見れば、成功した都市である。
しかし、その平和の裏では、人間の感情や個性の振れ幅そのものが少しずつ小さくなっていく。AGB PharmaTechにとって、それは支配ではなかった。
「治療」の延長だった。




