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二度目の婚約破棄――王国が滅びるまで  作者: ゲント・カイ


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第四章 独立戦争

後世、「第一次王公戦争」と呼ばれる戦争は、誰も正式な宣戦布告をしないまま始まった。


 王国側は最後まで「反乱鎮圧」と呼び、公爵側も最初の半年間は「領内防衛」と呼んだ。


 ヴィクトールは国王に対して、三度にわたり軍の撤退を求めた。


 返事はなかった。


 王都では国王レオポルトの病状が悪化し、実質的な政務の大半が王太子とその側近へ移っていた。


 王国軍は南からアルヴェイン領へ侵入した。


 最初の一か月、公爵軍は後退を続けた。


 領土が広いことは、守るべき場所も多いということだった。


 エレオノーラが最初に戦場の現実を見たのは、冬を迎える直前だった。


 領都へ運び込まれた負傷兵の収容施設を訪れた時、一人の少年兵が片足を失っていた。


 年齢を聞けば十七歳だった。


 彼は公女となる以前のエレオノーラを知っていたらしく、寝台の上で姿勢を正そうとした。


「動かないでください」


 エレオノーラはその肩に手を置いた。


「申し訳……ありません」


「何がです」


「砦を……守れなくて」


 答えることができなかった。


 この少年が、何を謝っているのか理解できなかったからではない。


 どうして謝らなければならないのかが分からなかった。


 彼の足を奪った戦争の始まりに、自分の婚約破棄がある。


 その事実が、言葉を奪った。


 施設から出ると、夕暮れの空に雪が混じっていた。


 エレオノーラは回廊の柱に手を置き、しばらく動かなかった。


 追ってきた侍女が何も言わず、外套を肩にかけた。


「私が」


 声が出るまで時間がかかった。


「あの夜、何も聞かずに婚約破棄を受け入れていたら」


 侍女は答えなかった。


「父に何も言わず、修道院へでも入っていれば」


「お嬢様」


「戦争にならなかったでしょうか」


 その夜。


 エレオノーラは父にも同じことを尋ねた。


 ヴィクトールは軍装のまま、遅い夕食を取っていた。


 数か月で白髪が増えていた。


「ならなかったかもしれん」


 意外な答えだった。


 エレオノーラは顔を上げた。


「だが、その代わりに何が残った」


 父はパンを皿に置いた。


「王家が気に入らぬ者へ罪を着せ、人前で名誉を奪っても、それに抗議することすらできぬ国だ。次は誰だったと思う」


 娘は黙った。


「お前で終わったと思うか」


 ヴィクトールは窓の外へ目を向けた。


「これはお前のために始まった戦争ではない。あの夜、お前は火種になっただけだ。その火種を戦争へ変えたのは、私を含め、この国の政治を担った者たちだ」


 そして低く付け加えた。


「だから、お前一人が背負うな」


 戦争は春になっても終わらなかった。


 王国軍は数では勝っていた。


 だが、公爵領軍には土地勘があり、補給路も短い。


 さらに予想外だったのは、王国内部の諸侯の態度だった。


 遠征費用の負担を命じられた地方貴族たちが、次第に消極的になった。


「王太子殿下の婚約問題のために、なぜ我々が兵を出すのか」


 そう口にする者が増えていった。


 王国政府は、戦争の原因を公爵の反乱だと強調した。


 しかし説明すればするほど、なぜ公爵が突然反乱したのかという疑問が残った。


 さらに深刻だったのは、経済だった。


 王都で消費される小麦の三割近くがアルヴェイン領から運ばれていた。


 鉄の四割。


 西方貿易の主要港も失われた。


 王国軍が戦場で勝っても、王都のパンは高くなった。


 二年目。


 国王レオポルトが死去した。


 アレクシスが即位する。


 新王は戴冠式の直後、公爵へ最後通牒を送った。


「武装解除し、王都へ出頭せよ」


 ヴィクトールは返書を書かなかった。


 代わりに、領内の諸侯と都市代表者を集めた。


 領都大聖堂。


 かつて王家への忠誠を誓った場所で、公爵は王国からの離脱を宣言した。


「我々は王を裏切るのではない」


 ヴィクトールは集まった者たちを前に語った。


「王が我々を臣下として扱わなくなった以上、自らの土地と民を守る権利を取り戻すだけだ」


 その日。


 アルヴェイン公国が生まれた。


 誰も歓声を上げなかった。


 独立宣言の日にも戦場では兵が死んでいたからである。


 その後さらに一年半、戦争は続いた。


 最終的に王国側が停戦を申し入れた。


 財政が限界へ達したからだった。


 王国暦四百十六年春。


 レーネ川停戦条約締結。


 アルヴェイン公国の独立承認。


 国境確定。


 双方の捕虜の返還。


 賠償金なし。


 戦争は終わった。


 四年間の死者、三万七千余。


 負傷者はその倍を超えた。


 条約に署名した後、ヴィクトールは椅子から立ち上がれなかった。


 数年前まで同じ国の貴族だった王国使節と公国使節が、向かい合って別々の国旗の下に座っていた。


 その光景を、エレオノーラは父の後ろから見ていた。


 帰国の馬車で、彼女は窓の外へ新しく立てられた国境標を見た。


「父上」


「ああ」


「これで終わりますね」


 ヴィクトールはしばらく答えなかった。


「終わらせねばならん」


 娘は頷いた。


「二度と、同じことが起きないように」


 父はその言葉に返事をしなかった。


 その頃、王都では新しい歴史書の編纂が始まっていた。


 そこには第一次王公戦争について、こう記されることになる。


 ――アルヴェイン公爵ヴィクトールは、娘の王太子妃就任が叶わぬことを恨み、王国へ反旗を翻した。


 それを誰が最初に書いたのか。


 後世には分からなかった。


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