↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二度目の婚約破棄――王国が滅びるまで  作者: ゲント・カイ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/25

第三章 国境の向こう

アルヴェイン公爵領は、王国の西から北西にかけて広がっていた。


 王都から馬車で十日。


 王国最大の河川であるレーネ川の下流域を押さえ、北には鉄鉱山、西には海へ通じる港を持ち、南部の平野は王国でも屈指の小麦産地として知られている。


 四百年前、王国建国に加わったアルヴェイン家の祖先へ与えられた土地は、代々の婚姻と開拓、戦争によって拡大し、一つの小国に匹敵する規模となっていた。


 それでも、この地の人々は自分たちを王国人だと思っていた。


 ヴィクトールも同じだった。


 領都へ戻った翌日から、彼は軍ではなく行政官を集めた。


 王都への穀物出荷を続けること。


 関所で王国商人を妨害しないこと。


 領内にいる王家直属官吏へ危害を加えないこと。


 そして、兵を勝手に動かさないこと。


「こちらから口実を与えるな」


 公爵は繰り返した。


 しかし王都では、アルヴェイン領が軍備を増強しているという報告が上がった。


 実際には例年の夏季訓練だったが、王太子派の者たちは違う意味を与えた。


「反乱準備です」


 王国議会で若い伯爵が断言した。


「公爵は王都から逃げ、領内で兵を集めています」


 国王は否定した。


 しかし、病を得ていたレオポルトの政治力は以前ほど強くなく、何より王太子自身が父の判断へ公然と反発するようになっていた。


「父上はヴィクトールを信じすぎています」


「私は四十年、あの男を知っている」


「だからこそ欺かれているのです」


 その会話から三か月後。


 王国政府は公爵領の国境に三千の兵を配置した。


 名目は治安維持だった。


 ヴィクトールは対抗措置を取らなかった。


 さらに一か月後。


 五千となった。


 それでも動かなかった。


 そして秋。


 王都から、一通の命令書が届いた。


 アルヴェイン領内の主要都市へ、王国軍一万二千を駐留させる。


 兵糧と宿営地は公爵家が提供する。


 王国軍は公爵領軍の武器庫を監査する権利を持つ。


 ヴィクトールはその文面を三度読んだ。


 側近たちは誰も口を開かなかった。


「これは」


 長い沈黙の後、軍務卿が言った。


「武装解除と同じです」


「分かっている」


 公爵は命令書を机へ戻した。


 エレオノーラもその場にいた。


「受け入れれば、戦争にはならないのではありませんか」


 父は娘を見た。


「一度はな」


「一度?」


「一万二千の王国軍を主要都市へ入れ、武器庫の位置を知らせる。次に何を要求されても、我々には拒む力がなくなる」


「それでも」


「エレオノーラ」


 ヴィクトールは静かに遮った。


「私は王に仕える臣下だ。だが同時に、この領地の領主でもある」


 窓の外には領都の屋根が並んでいた。


「ここには七十万を超える人間が暮らしている。王宮の都合で、その全員の首を差し出すことはできない」


 回答期限は十日。


 ヴィクトールは八日目に返書を出した。


 王国軍の駐留を拒否する。


 ただし王家から監察官を受け入れ、軍備状況の確認には応じる。


 同時に国王への忠誠を改めて表明する。


 妥協案だった。


 王都では、拒否の二文字だけが強調された。


 十一月初頭。


 アルヴェイン公爵ヴィクトールに対し、「反逆の疑いあり」との王命が発せられた。


 まだ反逆者ではない。


 だが、その二日後には王国軍二万が国境を越えた。


 ヴィクトールは領都の軍議室で、その報告を受け取った。


「先頭部隊は?」


「第三王国騎兵団です。国境守備隊へ武装解除を命じています」


「こちらは」


「拒否しております。まだ戦闘には至っていません」


 公爵は立ち上がった。


 壁に掲げられた王国地図の前まで歩いた。


 その地図に、アルヴェイン領と王国の境界線はない。


 同じ国だからである。


 ヴィクトールは長くそれを見ていた。


「父上」


 背後からエレオノーラが呼んだ。


「……まだ戻れますか」


「分からん」


 それが、父が娘へ初めて口にした弱い言葉だった。


 翌朝。


 国境近くの砦で、王国兵と公爵領兵の間に小規模な衝突が起きた。


 矢を最初に放ったのがどちらだったのかは、後世まで分からなかった。


 十二人が死んだ。


 王国兵七人。


 公爵兵五人。


 王国四百年の歴史を裂くには、それで十分だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。