第二十章 最後の王
ユリウスは条件書を読み終えた。
「王国をなくせ、と」
使者は答えなかった。
「セシリアが決めたのか」
「公国議会と公王府の決定です」
「公女は」
「決定に署名しております」
ユリウスは紙を机に置いた。
「会いたい」
数日後。
王都郊外の修道院で、両者の会談が行われた。
婚約破棄以来、初めての対面だった。
セシリアは深緑の正装。
ユリウスは王冠を着けていなかった。
二人の間には長い机があった。
側近たちを下がらせると、室内には二人だけになった。
誰もすぐには話さなかった。
「久しぶりだな」
ユリウスが先に言った。
「はい」
「君は変わらない」
「殿下は」
セシリアは一度言葉を止めた。
「陛下になられました」
皮肉ではなかった。
それがかえって重かった。
「地下文書庫を見た」
ユリウスは言った。
「祖父の記録も。君の祖父の手紙も」
セシリアは黙っていた。
「私が教えられていた歴史は、違っていた」
「そうですか」
「驚かないのか」
「母から聞いていましたから」
「君は最初から知っていた」
「はい」
「それでも私と婚約した」
「はい」
「なぜ」
セシリアは視線を落とした。
「だからこそです」
「何?」
「二十年前のことを知っていたから、次は違う結末にできると思いました」
ユリウスは何も言えなかった。
「私が公国の歴史を知り、殿下が王国の歴史を知っている。それなら二つを合わせられると思いました」
「私は」
ユリウスは拳を握った。
「君が公国のために私を利用していると思った」
「そうでしょうね」
責める口調ではなかった。
「ヴァレリー侯爵たちは、君が私を操っていると」
「私は何度も殿下へ反対しましたから」
「それを傀儡にしようとしているのだと」
「王妃が国王へ意見することは、操ることなのでしょうか」
ユリウスは俯いた。
「今なら、違うと分かる」
「今は」
セシリアは机の上に置かれた降伏条件書を見た。
「少し遅かったようです」
長い沈黙。
「一つだけ聞きたい」
「はい」
「君は最初から、王国をこうするつもりだったのか」
セシリアは彼を見た。
「いいえ」
「本当に」
「私は」
言葉を選ぶように間を置いた。
「あなたの妻になるつもりでした」
ユリウスの顔が動いた。
「愛していた、とまでは申しません」
セシリアは続けた。
「けれど、あなたとなら二つの国を一つの未来へ連れて行けると思っていました」
「……そうか」
「だから、ここまで来たくありませんでした」
ユリウスは笑った。
乾いた、小さな笑いだった。
「皮肉だな」
「何がです」
「私は公国に王国を奪われるのが怖くて婚約を壊した」
窓の外へ目を向けた。
「それで本当に王国を失った」
セシリアは何も言わなかった。
「条件を受け入れる」
彼は言った。
「陛下」
「もう王ではない」
「まだ署名されていません」
「なら」
ユリウスは机の上の羽根ペンを取った。
「これが最後の王命だ」
羊皮紙へ署名した。
ユリウス・レオポルト・アレクシス。
四百三十七年間続いたリューデン王国最後の国王の名だった。
王国は、その瞬間に終わった。




