第十七章 王都の飢え
王都ではパンの価格が三倍になった。
公国軍による占領地域が増え、南西部からの輸送が途絶えた。
国庫は空に近かった。
王国政府は特別戦時税を導入した。
商人は商品を隠し、農民は徴発を恐れて収穫を市場へ出さなくなった。
王都の広場では、夜ごと王家を批判する落書きが増えた。
――誰の婚約のための戦争だ。
翌朝には消された。
次の日には、別の壁に書かれた。
ユリウスは王宮の執務室で報告書を読んでいた。
「第三軍団、解体状態です」
軍務大臣が言った。
「兵の脱走が止まりません」
「処罰しろ」
「処罰する兵も足りません」
ユリウスは書類を机に投げた。
「公国軍は何人だ」
「現在確認されているだけで五万」
「王国はその三倍の人口がある」
「人口と兵力は同じではありません」
「なら徴兵しろ」
軍務大臣は黙った。
「何だ」
「既にしております」
王太子は椅子に背を預けた。
この頃、アレクシス王はほとんど寝台から起き上がれなくなっていた。
ある夜。
ユリウスは祖父の寝室へ呼ばれた。
老人は以前よりさらに小さく見えた。
「戦況は」
「持ち直します」
「そうか」
アレクシスは目を閉じた。
「祖父上」
「何だ」
「二十年前、本当に公爵が先に反乱したのですか」
老人の目が開いた。
孫は、自分でもなぜ今その質問をしたのか分からなかった。
「お前は、そう教わっただろう」
「はい」
「なら、なぜ聞く」
「……分かりません」
長い沈黙。
アレクシスは天井を見た。
「私は」
かすれた声で言った。
「あの頃、自分が正しいと思っていた」
ユリウスは動かなかった。
「エレオノーラは冷たい女だった。そう思った。いつも正論を言い、私の間違いを指摘した。リディアは私を褒めた。私は、それを愛だと思った」
老人の口元がわずかに歪んだ。
「若かった、で済ませるには、多く死にすぎた」
「祖父上」
「ヴィクトールは何度も手紙を送ってきた」
ユリウスの表情が変わった。
「手紙?」
「王宮の地下文書庫にある」
「歴史書には」
「書かせなかった」
老人は目を閉じた。
「私が」
しばらく息を整えた。
「反乱した公爵に負けた王なら、まだ耐えられた。自分の愚かさで忠臣を敵に回し、国土を失った王だとは……認められなかった」
ユリウスは何も言えなかった。
「お前に、違う歴史を教えた」
「なぜ」
「恥じたからだ」
その一言が、部屋に残った。
「すまなかった」
翌朝。
アレクシス王は死んだ。
ユリウスが即位した。
即位式は、王都を公国軍が包囲する三か月前に行われた。




