第十六章 門を開く者たち
公国軍が王国領内へ百里進んだ時、セシリアは前線を訪れた。
占領された都市ベルナ。
ここは第一次王公戦争で王国軍の補給拠点だった町であり、母エレオノーラが若い頃には敵地だった。
二十年後。
その娘が公国軍の護衛を伴って城門をくぐった。
住民は道の両側から見ていた。
歓声はない。
石も飛んでこない。
ただ、静かに見ている。
セシリアは馬車を降りた。
町の代表者が待っていた。
「公女殿下」
「生活物資は足りていますか」
最初にそれを尋ねた。
代表者は一瞬、意外そうな顔をした。
「小麦が不足しております」
「軍倉から放出します」
「しかし」
「後で代金を市へ請求します」
わずかに笑いが起きた。
ほんの少しだけ、空気が緩んだ。
セシリアは市庁舎へ入り、王国側から接収した資料を読んだ。
徴税記録。
動員命令。
戦費調達。
王国がどれほど疲弊しているか、数字は容赦なく示していた。
そこへ、一人の王国貴族が面会を求めてきた。
ベルナの領主、ローデン伯爵。
「殿下」
彼は頭を下げた。
「私は降伏しました」
「承知しています」
「王国を裏切ったと言われるでしょう」
セシリアは黙って聞いた。
「ですが、二十年前、父は第一次戦争へ出征して死にました」
「……そうでしたか」
「私には息子が二人おります。今回、二人とも王国軍への従軍命令を受けました」
伯爵は窓の外を見た。
「何のために死なせればよかったのでしょう」
答えられなかった。
「陛下のため、と言えばいいのでしょう。しかし、その陛下は我々の町を見たことさえない」
伯爵はセシリアに向き直った。
「殿下。公国は、この戦争で何を望んでいるのですか」
セシリアはしばらく黙った。
「私も、それを考えています」
伯爵は驚いた。
「勝っている側が?」
「始めた時の目的は、国境を守ることでした」
「もう国境は守られています」
「ええ」
「では、なぜ進軍を」
「戻れば、また同じ戦争が起きるからです」
口にして、自分自身が最もその言葉に傷ついた。
二十年前。
第一次戦争が終わった後、母は言った。
二度と同じことが起きないように。
それでも起きた。
国境線だけ戻して終われば、三十年後、四十年後に三度目が起こるのではないか。
その疑問が、公国政府の誰も口に出せないまま広がっていた。




