第十一章 同じ広間
建国祭。
二十年前と同じ日だった。
白亜宮の大広間には、変わらず数百の蝋燭が灯されていた。
楽団。
花。
貴族。
外国使節。
壁に掲げられた王国旗。
それらの配置まで、母から聞いた記憶と酷似していることに、セシリアは妙な感覚を覚えていた。
この日、本来なら翌年の王太子婚礼について正式な発表が行われるはずだった。
公国からも使節団が来ている。
セシリアは公国の色である深緑のドレスを着ていた。
音楽が止まった。
壇上へユリウスが進んだ。
隣にはイザベル・ヴァレリーがいた。
セシリアは、その光景を見た瞬間に理解した。
驚きはなかった。
むしろ、長く続いていた不安にようやく名前がついたような感覚だった。
「セシリア・アルヴェイン」
王太子が呼んだ。
「前へ」
公国使節の何人かが動こうとした。
セシリアは片手で制した。
自分一人で歩き出した。
人々の視線の間を抜ける。
母も二十年前、同じ距離を歩いたのだろう。
壇の前まで進み、一礼した。
「殿下」
ユリウスは一瞬、視線を逸らした。
それから、広間へ向き直った。
「私は本日、王国の未来のため、重大な決断を下した」
誰も動かなかった。
「公国との婚姻は、王国に利益をもたらすものとして進められてきた。しかし近年、公国は経済と政治の両面で我が国へ過度な影響力を及ぼしつつある」
セシリアは静かに聞いた。
「ゆえに私は――」
一瞬だけ、ユリウスが彼女を見た。
「セシリア・アルヴェインとの婚約を破棄する」
広間が静まり返った。
二十年前とは違い、何が起こるか理解している老貴族がいた。
顔色を失う者。
目を閉じる者。
ヴァレリー侯爵だけが動かなかった。
セシリアはゆっくり息を吸った。
「承知いたしました」
ユリウスの眉が動いた。
あまりにも簡単に受け入れられたことへ、拍子抜けしたのかもしれない。
「ただし、一つ確認させてください」
「何だ」
「これは、私個人と殿下との婚約解消でございますか」
「そうだ」
「王公友好条約は別のものとして継続される、と理解してよろしいでしょうか」
ユリウスは言葉を失った。
背後でヴァレリー侯爵がわずかに動いた。
「それは」
王太子は広間を見渡した。
大勢が見ている。
今さら、婚約だけを解消し外交関係は維持すると言えば、何のためにこれほど大仰な宣言をしたのかということになる。
「王国に不利益な条約についても、見直す」
「見直す、でございますか」
「必要ならば破棄する」
セシリアの目が、ほんのわずかに細くなった。
「国境軍配置制限も」
「ああ」
「相互不可侵も」
「公国が王国へ害を為さぬなら必要はない」
「つまり、破棄されるのですね」
ユリウスは苛立ったように言った。
「そうだ」
それを聞いたセシリアは、目を閉じた。
長くはなかった。
ただ、次に何を言うか決めるための時間だった。
「承知いたしました」
そして顔を上げた。
「殿下」
「何だ」
「二十年前も、この広間だったそうですね」
ユリウスの表情が消えた。
広間の奥。
老いたアレクシス王が椅子から立ち上がろうとしていた。
「ユリウス……」
その声は弱く、壇上まで届かなかった。
セシリアは王へ深く一礼した。
「陛下。公国は、これまでのご厚情に感謝申し上げます」
その言葉を口にした瞬間。
何人かの老貴族が顔を伏せた。
彼らは覚えていた。
二十年前。
エレオノーラ・アルヴェインが、ほとんど同じ言葉を残して大広間を去ったことを。
セシリアは踵を返した。
公国使節団も一斉に後へ続いた。
誰も止められなかった。
王宮を出るまで、セシリアは一度も振り返らなかった。




