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星粒のリテラエ ——暫定魔女が記録する、理系王女と最適解王子のたったひとつの“誤差”  作者: はなちゃん
第五章 雨上がりのソラ 〜私の足元には、ふたつの影がある〜
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第67話 本当に追い詰められたのは誰だ —翡翠—

 お茶の後、ハルジオンが持ってきたペリドットの野菜やお肉を焼いて、みんなで食べた。


 だけど、どうしてだろう。


 私は今、追い詰められている。


 いや、追い詰められているのかすら、理解できていない。



 テーブルの上にはもう料理はなくて、代わりに世界を小さくしたみたいな大陸の模型が置かれている。


 そこには青と黄と緑、そして私の目の前には赤い駒が並んでいる。


 大陸の上の力は均衡を保っている。


 赤、以外は……。



「次、アンリの番よ」

「えっと、それだけはわかってるんだけど。置けるものがなくて」

「ああ、アンリの領土は資源が全くないもんね」


 エンジュとナナリエが憐れむように私を見る。


 私は今、陣取りゲームをやっている。

 大陸に領土を広げて、資源を集めて、交易をして、戦争もする。

 国同士の駆け引きを楽しむゲームらしい。

 

 らしい、というのは、私はまだよくわかっていないからだ。


 とりあえず、資源が大事なのはわかる。

 そして私には、その資源がない。

 たぶん、致命的なんだと思う。


「……ふたりは、彼女に戦略を教えてやると意気込んでいなかったか」

 ハルジオンがため息をついた。


 これは、ナナリエとエンジュがウキウキで始めた戦いだ。

 ハルジオンは一応止めてくれていた。

 でも、私がやってみるって言ったんだ……。


「ナナリエの無茶振りに答えるのに必死で」

 エンジュが指先を額に当てて苦悩に満ちた顔をした。


「ごめんなさい。つい自分のことに夢中になってしまって」

 ナナリエがしょんぼりする。

 そのしょんぼりした顔見るの、さっきから三度目なんだけど。


「ナナリエはゲームになると我を忘れるからねえ」

 エンジュが呑気に笑った。


「ハルジオン殿下ぁ……」

 私は正面に座るハルジオンに助けを求めた。

 なんだかんだ、この人が一番慈悲深いのかもしれないと期待したのだ。


 蜂蜜色の視線が盤面から上がって、ゆっくりと私を見た。


「……遅い」

「え?」

「助けを求めるのが、三手遅い」

「三手!?」

「赤はもう滅びる」

「滅び!?」

「自分が受けた対戦だ。結果は甘んじて受け止めろ」


 東はナナリエに取られ、北はハルジオンに封鎖され、西の港はエンジュに笑顔で奪われた。


「たしかに。三手前にそこに砦を置くべきだったわね」

 ナナリエが分析するように頷く。


「三手前のことを言われても困るよ!」

「エンジュ、なんとかならないの?」

「え?また僕?」


 うーんと考えていたエンジュの指が、駒を持って大陸の上を滑ってきた。



 その指がぴたりと空中で止まる。



「風が止んだわね」

 ナナリエがふと、顔を上げた。


「風?」

 私もあたりを見回した。


 神殿の中は森そのもので、いつでもそよ風が吹いている。


 でも、たしかに今とても静かになった。


「どうしたの?」


 私はエンジュの顔を見た。


 この人はいつものんびりしてるけど、だからこそぴたりと止まるのも珍しい。


 私の正面に座る、ハルジオンの視線もさりげなくエンジュに向けられているのが見えた。


「ううん」

 いつもの穏やかな笑顔。

「なんでもないよ」


 何事もなかったように駒が盤面へ降りていく。


「待って」

 ナナリエが素早く止める。

「そこはだめ」


「え?」


 え?

 だめなのか?


「……アンリを助ければいいんだよね?」

 エンジュがナナリエを上目遣いに見つめた。


「でも、そこは困るわ」

 ナナリエにとって都合悪いってこと?


 よくわからないけど、これは負けられない!

「エンジュ!ここは私を助けてよ!」


「え〜。そこも僕が調整するのぉ?」

 すごくめんどくさそうな顔で見られた。


 だめだ。エンジュは絶対にナナリエを優先する。


「殿下!どんな結果でも受け入れますから、ナナリエの不正を問いただしてください!」


「ふ、不正じゃないわ!公正な取引よ」

 ナナリエが頬を赤く染めて私を睨んだ。

 睨んでいても可愛いのはずるい。


「ナナリエ」

 ハルジオンはため息をついた。


「公正と公平は違う」

 目を細めてナナリエを見つめた。


「取引条件はいつも開示しています!」

「それは公正だ」

「はい!」


「だが、公平ではない」

 蜂蜜色の瞳が瞼の中に隠れた。

 ナナリエは首を傾げる。

「彼女は初心者だ」


 虹色の視線が私に戻ってくる。


 じーっと見てくる。


 今度は盤面を、じーっと見る。


 そして最後にエンジュに向けた。


「エンジュ」

「なにかな?」

「任せるわ」

「えっ」

「アンリを取るか、私を取るか」

「えっ」

 えっ。


「これなら、公平でしょ?」

 いやいや、なんだその理論。

「そんなぁ。僕に決めさせるの?」

「ナナリエ!そんなのずるいよ!」

「蓋を開けるまでわからないでしょう?」

「わかるよ!これ絶対にナナリエを選ぶ展開でしょ!」

「えー。アンリ、わかってくれるぅ?」


 エンジュが、僕も辛いんだよみたいな困り笑いで駒を置いた。

 ナナリエの表情が目に見えて明るくなった。


 盤面は全くわからない。

 でも私にとって都合のいい手ではなかったらしい。

 ハルジオンが呆れ返ってため息をついた。



「……もうだめです」


 私は自分の領土を見下ろして、絶望した。

 盤面がわからない。

 みんなが何をしているのかもわからない。


 私は駒を握りしめて固まっていた。


 その時だった。


「次、そこ置け」


 背後から声がした。


「え?」


 振り向くより早く、長い腕が私の横を通り過ぎた。

 指先が、空いている山道の一点を指す。


「そこ。今ならまだ抜けられる」


 眩しい金の髪が弧を描く。

 青い目が至近距離で振り返る。


 近い。


 近過ぎる。


 ときめくとか、そういうのではない。


 ただ、近い。


 ものすごく自然に、距離を詰めてくる人だ。


「……ソラリス」

 最初に彼の名を呼んだのはハルジオンだった。


「おう。また会ったな」

 ソラリスは嬉しそうにハルジオンを見た。


 そのソラリスの背後でエンジュがわずかに目を見開いているのが見えた。


 適度に力の抜けたゆったりした姿勢のまま、ソラリスはエンジュに向き直った。


「来てやったぞ」

 からっとした湿り気のない声で言う。


「……どうやって」

 翡翠の瞳が目に見えて揺れていた。


「歩いて」

 ソラリスが軽く首を傾げる。


 エンジュの硬い表情を見るのはそれが初めてだった。


「そうじゃなくて」

 声が少し張り詰めている。


「ああ?お前がいつでも遊びに来いって言ったんだろ」


「それ、ずいぶん昔の約束だよね」

 少しだけ笑ってるみたい。

 笑っているのに少し怒っているみたいな。


「そうか?昨日みたいなもんだろ」

 ソラリスは相変わらずリラックスしている。


「エンジュの知り合いなの?」

 ナナリエが淡々とした声で聞いた。


 エンジュの視線が行き場を失っている。


「知り合いっていうか……」

「大親友だよな!」


 ソラリスがどんな表情をしているかは見なくてもわかった。

 屈託のない笑顔をしているんだろう。


 でも、エンジュの顔はそれを受け止められていなかった。


 視界の端に入ったハルジオンの顔も、その変化を見逃すまいとするように鋭かった。


 エンジュは言葉を探して迷っていた。


「いや……五年も顔を見せなかった人の言葉とは思えないけど」


「……五年」

 ハルジオンが小さく呟いた。

 その呟きを拾ったのか、ナナリエがちらっとハルジオンの顔を気にした。


「なんだよ。俺に会えなくて寂しかったのか?」

 平然としているのはソラリスだけだ。


「……そうじゃない」

 エンジュが搾り出すように言った。


「でもこの前の奉納試合で対戦したとき、すげえ喜んでたじゃん」


 あのときの光景が脳裏に浮かぶ。


 ふたりで奉納の舞を捧げるように、真正面からぶつかるエンジュとソラリス。

 エンジュが相手の力を受け流すのを許さない、ソラリスの縦横無尽な動き。


 そして試合の後の、懐かしそうで、嬉しさが溢れて、少しだけ困ったような顔。


 私は見ていた。

 あの場にいなかったナナリエとハルジオンは、知らないのかもしれない。

 エンジュの、必死で、心の底から愉快そうな目を。


「そんでさ」

 ソラリスがくるっと身軽に振り返った。

「そこ、置く?」


「え」

 急に話題が戻ってきて、意表を突かれた。


 ソラリスは、はあ〜っと大きくため息をつく。

「ほんと、ボサっとしてんな」


 え?ここ、私が落とされるとこ?


「お前、負けそうなんだろ?」

 わくわくした顔で言う。

 ソラリスの中では、さっきの話題はもう済んだことなのかもしれない。


「負けそうっていうか、ほぼ滅びです」

「なんだそれ」

 ソラリスはおかしそうに笑った。


「なら、まだ間に合う」

 間に合う?

「ここ、置いていい?」

 ソラリスはひょいっと身を乗り出して盤面を覗き込んだ。


「あ、どうぞどうぞ。助けてください」

 咄嗟に席を譲ろうとしたけど、軽く肩を押されて椅子に戻されてしまった。


 ソラリスは私の肩をぽんと叩き快活に笑った。


「いい返事だ」


 軽い。

 自然な流れでゲームが再開される。


 でも、ソラリスが赤い駒をおいた瞬間、盤面の空気が変わった。

 私は全く意味がわからなかった。


 だけど、ナナリエがぴたりと止まった。

「……そこ?」

「そこだな」

 ソラリスが平然と答える。


 ナナリエは無表情のまま、じっと盤面を見た。


「では、こちらを塞ぎます」

「来ると思った」

「読まないで」

「読める、お前は特に」


 私は全く読めない。


 でも、何かが起きているのはわかった。

 私の赤い駒が、さっきまで死にかけていたのに、急にナナリエの青い領土へ食い込んだらしい。


 その後も順番が回ってくるたびに、私はソラリスの言う場所に駒を置いた。

 たいして意味もわからずに。


「エンジュ」

 ついに、ナナリエがじとっとした目で正面のエンジュを見た。

「なんとかして」


「……そうなるよねぇ」

 エンジュが緑の駒を取る。

 いつものように穏やかに笑っていたけれど、少しだけ目が忙しい。


 それから、私の赤い駒の近くへ緑を置いた。

「これで少し耐えられるかな」


「そんなんでいいのか?」

 ソラリスが首を傾げる。

「まあ、時間稼ぎだから」


「ふーん。相変わらず周りくどいやつだな」

「……僕はそういうやつだよ」

 エンジュは力無く笑った。



 そのとき。


 ハルジオンが、黄色い駒をひとつ置いた。


 かつん、と小さな音がした。


 みんなの視線が、そちらへ向いた。


 やっぱり私には、その意味がわからない。


 全然関係のない場所に見えた。


 少し離れた、山と川の間。


 私の赤にも、ナナリエの青にも、エンジュの緑にも触れていない。


「……お兄様」

 ナナリエが言った。

 声が、少し低い。


「そちらですか」

「そうだ」


「今、そこを取りますか」

「今だから取る」

 ハルジオンは静かに答える。


 ソラリスが盤面を覗き込んで、にやっと笑った。


「あー……なるほど」

「え、何がですか?」


 実況解説が欲しい。

 まあ、テレビで囲碁の解説見てても、野球の解説見てても、全然理解できない私だけども。


 ソラリスがテーブルの横にしゃがんで大陸を見渡して笑った。


 間近で見ると、ソラリスは目尻が少し上がっていて猫みたいだ。


 いや、ナナリエが子猫だとすると、ソラリスはライオンの赤ちゃんみたいな目をしている。

 似ているようで、少し温度が違う。


 じーっとソラリスの目を観察していると、くるりと青い瞳が動いて、私を見た。


「俺がこっち抜けたから、青が塞ぎに来ただろ」


 どうやら親切に解説してくれるみたい。

 ナナリエの青い駒を指差す。


「で、青が動いたから、緑が助けに入った」

「はい」

「そしたら、あっちが空いた」

「あっち」


 私はハルジオンの黄色い駒を見た。

 さっきまで何もないと思っていた場所。


 でもよく見ると、そこはナナリエの領土と、エンジュの領土をつなぐ細い道の途中だった。


「あー……」


 わかったような。

 わからないような。


 ハルジオンは、私とソラリスが暴れた場所を止めに来なかった。

 ナナリエが守るとわかっていたから。

 エンジュが助けるとわかっていたから。

 そのふたりが動いたあとで、別の大事なところを取った。


「……私たち、動かされたんですか」

 私の質問に答えたのは、ハルジオンの淡々とした声だった。

「君たちが勝手に動いた」

「それ、動かした人が言うやつです」


 エンジュが困ったように笑う。

「僕まで使われちゃったんだね」


「君はナナリエを助ける」

「うん」

「ならば読むのは簡単だ」

「簡単って言われると、少し悔しいね」


 ナナリエは盤面を見つめたまま、むっとしている。

 猫のような目をさらにツンとさせて、ハルジオンを見つめた。


「お兄様は意地悪です」

「最適解だ」

「アンリを囮にしました」

「正確には、ソラリスを囮にした」

「俺かよ」


 ソラリスは笑った。

 心底、楽しそうだった。


「いい性格してんな、お前」

 からっとしたソラリスの笑顔を見ながら、ハルジオンは肩をすくめた。

「わかりやすい男だ」

「お。ありがとな」

「褒めてはいない」


「そうか?いいことだろ、わかりやすいって」

 本当に褒められてると思っているみたい。


 ソラリスはテーブルを挟んで正面に座るハルジオンを真っ直ぐに見た。

 ハルジオンは少しだけ眩しそうに視線を逸らす。


 私の隣でナナリエが諦めたように大きくため息をついた。


「負けました」


 ナナリエの瞳もハルジオンを映した。


「人を動かして、自分すらも駒にして……でも」


 ほんの少しだけ、柔らかく微笑む。


「最後に笑うのはいつも、お兄様ですもんね」


 ハルジオンはナナリエから目を離せず、無言で見つめ返していた。



 少しだけ沈黙が落ちた。


「じゃあ、そろそろ解散にしよっか」

 エンジュがゆっくり立ち上がった。

 誰の顔を見るでもなく、この全体を曖昧に見ている。


「待って」

 ナナリエが言った。


「五年前」


 ナナリエの声にエンジュの肩がぴくりと動く。


 でもナナリエはソラリスを見ていた。


「あなた、エンジュと一緒に山で修行した人ね」


 ソラリスはすぐには答えなかった。

 質問の意味を探るように首を傾げる。


「エンジュが十九歳」

 ナナリエはゆっくりエンジュ、それからハルジオンに視線を移した。

「私がお兄様と婚約した年ね」


「ちょっと待て」

 ソラリスが軽く手を上げた。

「婚約ってなんだ」


「婚約は婚約よ」

「いや、そうじゃなくて」


 青い目がナナリエとハルジオンを往復する。


「お前ら、兄妹じゃないのか」

「違うわ」

 ナナリエは不思議そうに頭を傾けた。


「お兄様って呼んでんじゃん」


「それは……」

 少しだけ考えて、迷いなく言った。

「公務のときは、ちゃんと殿下って呼んでるわ」


「いや、そうじゃなくて」

 私とソラリスの声が被ってしまった。


 いや、そうじゃなくて、だよ。


 でもその続きを私はなんていう言葉にすればいいのかわからなかった。


 でも、ソラリスは躊躇わずに続ける。

「婚約者にお兄様は、ない」

「でもお兄様は最初からお兄様だったの」


 ソラリスはめんどくさそうにハルジオンを見た。


「お前、名前はなんて言うんだ?」


「えっ、知らなかったの?」

 驚きのあまりツッコミを入れたのはエンジュだ。心底驚いた顔をしている。

「ソラリス、君は……相変わらずだな」


 エンジュ?ソラリスは誰の名前も知らないんだよ?聞かれてないしね?

 ……と、言いたかったけど、言える雰囲気じゃなかった。


「名乗らねばならないか」

 ハルジオンは表情を変えずにソラリスを見た。


「うん。急に知りたくなった」

「……スヴェロギ・ハルジオンだ」


「ハルジオン」

「ああ」

「完璧に覚えた」

「そうか」


 ソラリスは大きく頷いた。

 頷いた顔を上げると、大きな目でナナリエを見る。


「……だそうだぞ」

 何が?

「知ってるわ」

 何を?


 何を言っているのかわからない。

「じゃあ、呼べよ」


 ナナリエは黙った。

 ほんの少しだけ眉間に皺を寄せて、ソラリスを見つめ返す。


「呼び方に意味なんてないって、あなたも同意してたじゃない」

「同意したな」

「そうよ」


 ナナリエの反論を、ソラリスは気にした様子もなく続ける。

「意味ないんなら、試しに呼んでみろよ」


「……ソラリス」

 ハルジオンが低い声で止めた。


「名前とは、無理に呼ばせるものではない」

「そうだよ。ナナリエが呼びたいように呼べばいいじゃないか」

 エンジュも困惑した顔で間に入る。


「そもそも、私があなたに質問してたのよ?」

「わかった。一回呼んでみろ。そしたら質問に何でも答える」

「どうして……」


「しっくり来るから」

 ソラリスがあまりにも真面目な顔をするから、みんな逃げ場がなくなっていた。


 ナナリエはゆっくりとハルジオンを見る。


 ハルジオンもいつもの整った顔でナナリエを見た。


 少しだけ息を吸う音が聞こえた。


 そしてナナリエの唇が開く。


「ハルジオン……」


 消えかけの蝋燭みたいな声だった。


 でも目線だけはハルジオンから離れない。


「……」


 ハルジオンもじっとナナリエを見つめ返していた。


「……お兄様」


 耐えきれなくなったナナリエが、そう続けた。


 横でソラリスが地面に倒れ込む。


「おい!返事はどうした!」

 倒れ込んだ瞬間にもうソラリスは起き上がっていた。

 起き上がり小法師もびっくりな瞬発力だ。


「ハルジオンが返事をしないから、変な空気になったじゃねえか!」

 あ、ソラリスがお前って言っていない。本当に名前を覚えたんだ。


「……そうか。返事か」

 ハルジオンは気の抜けた声を出した。


「呼ばれたらすぐに返事をする!」

 ソラリスがどこかの隊長みたいなことを言う。


「……う」

 小さな呻き声が聞こえた。


 振り向くと、エンジュが胸元を抑えて俯いている。

「大丈夫?」


「いや……」

 声が震えている。

「ちょっと予想外だっただけ」


 緑色の髪の隙間から覗く耳が、赤く染まっていた。


 ……なんだこれ。


 なんでエンジュが赤くなってんの?


「なんだこれ?」

 ソラリスが私に向かって言った。


「こいつら、おかしくね?」


 だよね、私もそう思う。


 でもどうして私に聞くの?


「まあ、これが三人の、これまでの積み重ねなんじゃないですか」

 気がついたらそう解説していた。


 いや、私もつい最近出会ったばかりなんだけどね。


「積み重ねぇ?」

 ソラリスは納得していない顔で三人を見比べた。

「面倒くせえな」


 めんどくさい。

 それはかなり、言い得て妙だった。


 夜はだいぶ更けていた。


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