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星粒のリテラエ ——暫定魔女が記録する、理系王女と最適解王子のたったひとつの“誤差”  作者: はなちゃん
第五章 雨上がりのソラ 〜私の足元には、ふたつの影がある〜
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第64話 ふたりだけの秘密 —ペリドット—

「民家に泊めていただくのは、こちらも気を遣うから」


 その晩、私たちは村で一泊することになった。


 私とナナリエ、それに第七隊の女性隊員たちは、避難所に使用していた講堂に寝具を敷いて眠ることになった。他の人たちは広場にテントを張って眠るらしい。


 雑魚寝ってやつだ。


 第七隊の女性隊員たちは他の隊員と一緒に、今は炊き出しの準備をしてくれている。


「ナナリエは王女様なのにこういうところで眠れるの?」


 そもそも王女様が機材抱えて現地視察に来るのがたくましいよ。


「私はいつも、研究室の机の下で丸まって寝ているから平気よ」

「え?あの汚い部屋で?」

 し、しまった。また本音が漏れてしまった。


「たしかに少し散らかってるわね」

 ナナリエが苦笑する。


「いや、でも、会ったことはないけど、共同研究してる先輩って男性なんでしょ?」


「ああ、そうね」

 ただ事実を肯定するように、ナナリエはあっさり答えた。


「よくないのかしら?たしかにエンジュはいつも小言を言うわね」


 そりゃあ言うでしょ。


「ハルジオン殿下だって、良く思ってないんじゃない?」


「そう?お兄様は、今のうちに存分に研究をしておけって言っているわ」


 言いそう。ハルジオンなら言いそう。

 だけどナナリエ、ハルジオンの言葉をそのまま受け取りすぎなのでは?


 前にエンジュがナナリエに、「ハルジオンの頭の中をのぞいてみろ」って言ってたな。

 こういうところだよ。


 荷物を置きながら、ナナリエがはっとして私の顔を覗き込んだ。


「アンリは、こういう環境では眠れないかしら?」

 すごく心配そうな顔をしている。……私はナナリエの方が心配なんだけど。


「私は慣れてるよ。いろんなところに泊まり込みで調査に行ってたから」


 ナナリエは首を傾げた。


「アンリの研究活動ね?」


 そういえば今まで、ナナリエに自分の研究についてあまり話したことはなかった。


 でも、なんでだろう。今は口をついて出た。


「うん。いろんな地域に行ってしばらく一緒に生活するの」


「調べたり聞き取りしたりじゃなくて?」

「それもするけど、まずは一緒に生活かな。その方が見えてくるし」


 ナナリエは目を丸くした。

「独特な手法なのね」


 そして少し考え込んで、また顔を上げた。

「今もカレンダエで同じことをしているの?」


「え?」


「カレンダエで研究活動をしてるってことよね」


 そうなのか……?

 ……わからない。


「なんとなく生活していただけだけど」


「ほら。生活してるじゃない」

 ナナリエの頬が少し染まる。


「あー」


「なにか、わかった?」

 ナナリエが好奇心に満ちた目で私を見た。


 急に言われると困るな。


「うーん、考え方が独特?」


「それじゃわからないわ」

 ナナリエの鼻息が荒くなる。


「だから、えーと。全部がずっとめぐり続けるみたいな考え方とか」


 ちょっと待って。私、一度ノートに整理しないと考えがまとまらないんだよ。


 あ、ノート?そうだ。


「そう、あと、記録の仕方!」

「……記録の仕方」

 ナナリエは記憶を辿るように少し黙った。


「この国の記録って、基本的に共有されるのが前提じゃない?」


「……ああ。あなたの世界には、カミというものがあると言っていたわね」

「え?覚えてるの?」


「もちろん」

 ナナリエは大きく頷いた。


 たしかに初めてこの国の記録媒体・晶盤を見た時にナナリエに聞いたことがある。


 紙に記録を残さないのかって。


「葉のように一枚ずつで、他と繋がっていない記録媒体でしょう」

「そうだけど……」


 あの時のナナリエは結論を出さずに、廊下を歩き始めてしまった。


 彼女は考える時に歩くのが癖だ。


 もしかしてあの後もずっと、紙について考えていたものかもしれない。


「ずっと気になっていたのよ。閉じた記録」


 いや、紙じゃない。ナナリエが考察していたのは記録の仕方の方だ。


 私も、この国の記録の仕方と、情報の共有の仕方がいつも気になっていた。


 境界が曖昧で、誰でも同じ情報にアクセスできる、その文化が。


「そこに書き込んだものだけが、そこに残るのよね」

 改めて興味深そうに考えこむ。


「自分ひとりで見るためのものなの?」

 ナナリエが仕様を確認しようとしている。

 すごく真剣な顔だ。


「書いたものを人に渡すこともあるよ」


「せっかく閉じているのに、人に共有するの?」


「紙はね、誰かと共有するためにも使うんだよ」

 こんな説明で伝わっているのかなあ。


 ナナリエが、何かに気づいたように目を見開いた。


「それって、他の人に見られない形で、誰かに記録を渡せるってことじゃない?」


「うん。あ、それって——」

 手紙のことを言いたいのかも。


 そこまで考えた時に、私の頭に何かがよぎった。


 でも言いかけた私の顔をナナリエが急に覗き込んで、私の思考は途切れた。


「それって、ふたりだけの秘密ってことね」


 ナナリエがわくわくした表情で笑った。


 ふたりだけの秘密。


 その響きに笑いが溢れたとき、女性隊員のひとりが講堂まで私たちを呼びに来てくれた。




 昼食のときと同じ広場は、夜になって少し雰囲気が違った。

 灯りのある空間だけが部屋みたいに浮かび上がっていた。


「いいにおーい」

 あったかそうで食欲をそそられるにおいだ。


「第七隊の特製野営メニューですよっ」

 呼びに来てくれた隊員さんは、笑うと八重歯がチラッと見える。


「特製!いい響きですね!」

「隊長が各地で食べた料理のいいところだけ集めたらしいです」


 ソラリス、各地の料理を食べ歩きしてるのか〜。

 私も食べ比べしたいなあ。


 お皿を持って大鍋の前に並ぶと、灯りに照らされて湯気がもくもく揺れていた。

 鍋の中には丸っこくカットされた野菜と、白くて丸いぷるぷるしたものが煮込まれている。


「お。ようやくお前の出番が来たな」

 鍋の前でソラリスが愉快そうに笑った。


「ど、どういう意味ですか」

 私の手からひょいっとお皿をとりあげて、ソラリスは鍋の中身を掬う。


「美味いから食ってみろ」

 得意げな顔でお皿を差し出す。

 私の質問には答える気がないらしい。答えてくれなくていいけど。


「なるほど。玉穂の中に具材を入れて一緒に煮ているのね」

 私の後ろでナナリエが呟いた。


 あ、この白くて丸いぷるぷるしたやつ、玉穂の団子なんだ。


「一皿で、主食、主菜、副菜全て摂取できるのね」

 無表情で料理を分析している。

「合理的な食事は好ましいわ」


 その言葉にソラリスはムッとしたようにナナリエを睨んだ。

「わかってないな」


 怒りながらも、ソラリスはナナリエからもお皿を受け取る。


「手間がかけられない環境で、どれだけ美味いものを食べられるか、だ」


 ずいっとナナリエに料理を差し出す。

 ナナリエは不思議そうに手元を見た。


「美味しい……。アンリがよく言っている概念ね」


 概念って。

 たしかにナナリエは何か食べても「甘い」以外の感想は言わないけど。

 ……あれも感想というか観測結果みたいなものか。


「お前さあ」

 ソラリスが呆れた声を出したとき、隣から低い声が聞こえた。


「王女殿下だ」


「ひいっ」

 あまりに怖い顔でハルジオンが立っていたから悲鳴を上げてしまった。

 手元に持った灯りが、下から顔を煽っていつも以上に恐怖だ。


「……何が?」

 ソラリスがきょとんとしてハルジオンに目を向ける。


「呼び方には気をつけろ」

 ハルジオンの言葉にソラリスは納得いかない顔をした。

「え?さっきは、“お前”でいいって言ったじゃん」


 ハルジオンは淡々としたまま、もう一段声を低くした。

「それは私に対してだ。彼女は違う」

「なんで?」

 即座に聞き返す。


「立場が違う」

「立場の違いはわかんねえけど、それ、お前が決めることじゃないよな」


 ソラリスは相変わらず不思議そうに首をひねった。

 煽ってるんじゃない。本当に疑問に思っていることを聞いているだけみたいだ。


 ハルジオンも落ち着いている。

 でも、空気を止めるには充分だった。


「私はかまいませんよ」

 ナナリエはハルジオンを見上げた。

「呼び方に意味なんてありませんから」


「ほら、いいってさ」

 ソラリスは、話は終わったと言わんばかりに次の人に皿を要求した。


 ハルジオンはこれ以上話しても無駄かと言いたげに向きを変えた。


 ……ナナリエは本当に気にしていないんだろう。

 研究室の机の下で寝るような人だし。

 王女としてどう見られるかなんて、あまり考えてないんだろうな。


「待てよ」

 ふいにソラリスが呼び止めた。


 振り向いたハルジオンの鼻先に、玉穂団子と野菜の煮込みを盛り付けたお皿が差し出される。


「お前も食ってくれ。きっと気にいる」


 ハルジオンは黙ったままお皿を受け取った。じっと手元を見る。


「玉穂の団子はトパーズの主食だな。この黄金のスープはペリドットか」


「やっぱりな。お前はわかってくれると思ったぜ」

 ソラリスは心の底から嬉しそうにハルジオンを見た。


「食事、感謝する」

「おかわりあるからな」



 第七隊の特製スープはたしかに美味しかった。

 玉穂団子は水餃子みたいに中に肉団子が包まれていて、スープも野菜出汁のような優しい味わいだった。

 あの人、ずいぶん図々しい態度なのに、料理はだいぶ繊細だ。


「アンリ、美味しいのね?」

 私の顔をじっと見ながら、ナナリエが変な確認の仕方をする。


「お、美味しいよ。間違いなく」

「でも、あなた、毎回美味しいと言っているわ」


 う……。そこを突いてくるのか。

 言いすぎると説得力なくなるやつね。


 なんて説明しようか頭を回転させていたとき、隣のテーブルから大きな笑い声が聞こえてきた。



 ハルジオンとペリドットの大臣と、昼間にはいなかったシトリンの大臣が談笑していた。


 シトリンの大臣は頬のお肉が厚めで、普段ご馳走を食べてるんだろうなあっていう丸いお腹をしている。体も声も細いペリドットの大臣とは対照的だ。


「食材の提供、感謝するよ」

 ペリドットの大臣が柔らかい表情で言った。


「大臣の個人的な差し入れと聞いた。私からも礼を言う」

 ハルジオンも軽く頭を下げた。


 あ、この晩御飯、あの人が材料を持ってきてくれたんだ。


「陣中見舞いですよ、殿下。明日までかかると聞きましたんで」

「律儀にペリドットで仕入れたんだろう?」

 ハルジオンがくすっと笑った。


「殿下にはお見通しですな!」

 シトリンの大臣はお腹をボンッと叩いて笑った。


 檸檬色の瞳が、隣の黄緑色の人に笑いかける。

「それに。クレソンがまた腹を下していないか見にきてやったんだ」

「ギンキョウ、食事の席で妙なことを言うのはやめてくれ」

 ペリドットの大臣が怪訝そうな顔をした。


 クレソンがこの人の名前のようだ。

 そしてギンキョウと呼ばれた肉厚の男性が、また笑う。


「こいつ、昔から肝心なところで腹を下しましてな」

 そう言いながら、小瓶をクレソンさんに手渡した。


 クレソンさんは消え入るような声で「ありがとう」と言って、小瓶から小さい粒を取り出して水と一緒に飲んだ。

 お腹の薬かな?


「ふたりは随分と長い付き合いなのか」

 ハルジオンが興味深そうに聞いた。


「ええ。まあ。幼い頃から」

「お互い、ペリドットとシトリンの境に住んでましたからな」

 ギンキョウさんが笑い飛ばすと、隣でクレソンさんがため息をついた。

「昔から声の大きい人でした」


「お前だって大きい声を出したことがあっただろう」

 ギンキョウさんは目をまん丸にして大袈裟に驚いた。

 クレソンさんは居心地悪そうに身を縮める。

「そんな、一度きりのことを言わないでくれよ」


 お構いなしに、ギンキョウさんは話を続けた。

「昔、こいつにひどく叱られましてな」


「そうなのか」

 ハルジオンが意外そうにクレソンさんを見た。


 クレソンさんはさらに身を縮め、どんどん細くなっていく。


 私は特製スープを飲みながらも、隣の会話が気になり出していた。


「あれは君が、あまりにもみっともないことをしていたから」

「金融業界は時に醜くともやらねばならん時があるのだ。ねえ、殿下」


「……まあ、多少泥臭くはあるかもしれないな」


「こいつは、そのあと半年も口を聞いてくれなかったのです!」

 がしっと肩を組まれて、クレソンさんはよろめいた。

「そ、それは……!」


「絶交というやつですな!」


 そんなに得意げに言うことでもないのに、ギンキョウさんは胸をどーんと張った。

 丸いお腹もどーんと飛び出て、私は一瞬スープでむせて、ナナリエに心配された。


 クレソンさんの弱々しい声が聞こえてくる。

「殿下にお聞かせするような話ではないだろう……」


 続きが気になって隣をみると、ちょうどハルジオンがふたりのコップに水を注いでいた。

「どうやって今の関係に戻ったんだ?」


 ふたりはコップに手を添え、ハルジオンに頭を下げた。


「……はて、どうだったか?」

 ギンキョウさんが首を傾げると、クレソンさんが苦笑した。


「君が無理やり押しかけてきたんだろう。今日みたいに山ほど食材を持って」

「そうだったかぁ?」

「そうだよ」

「忘れたな!」

 ははは、と気持ちよく笑う。


 ハルジオンの横顔も一緒に緩むのが見えた。


「まあ、あれですな、殿下。若いうちは友と喧嘩するのもいいものですよ!」


 楽しそうな声に、ハルジオンは苦笑した。


「いや……できれば争いたくはないが」


「時には拳でぶつからなければわからない時もあります!」

「待って、ギンキョウ。僕らは拳ではぶつかっていないだろう」

「ものの例えだ」

「聡明な殿下に物騒なことを言わないでくれ」


 クレソンさんは呆れた顔で、首を振った。

 だけど、その黄緑色の優しい目が、ふとハルジオンに向けられる。


「ですが、殿下」

 ハルジオンがクレソンさんを見返す。


「時に溝ができても、長年の友は簡単には離れられないものですよ」

 そして彼はちらりと隣の友達を見て、付け足す。


「残念ながら」

 隣の友達は檸檬色の目を見開いた。

「残念とはなんだ!」

 ギンキョウさんの大声に、クレソンさんは声を上げて笑った。


 ハルジオンはわずかに目を細めた。


 笑っているようにも、何かを思い悩むようにも見えた。


 ハルジオンは今、誰のことを考えているんだろう。



 まじまじ見過ぎたせいか、ギンキョウさんと目が合ってしまった。


 目が合った瞬間、ギンキョウさんの目の奥に何かためらいの色がよぎった気がした。


 でも、彼の社交的な笑みと会釈の中にしまい込まれてしまった。


「アンリ、そろそろ戻りましょう」

 ナナリエに声をかけられて、自分のお皿が空っぽになっていることに気づいた。


 いけない、本当に見物が仕事みたいになってしまっている。


「そうだね。明日も早いし」


 ナナリエはハルジオンとふたりの大臣に挨拶をして、私も同じように後ろをついて行った。



 その場を離れるときに、背後で囁くような声が聞こえた。


「殿下、実は今、王都で……」


 だけどこれ以上人の話に聞き耳を立てるのはよくないと思い、ナナリエの後を追った。


 広場の灯りはまだ明るく、夜の中に小さな部屋が浮かんでいるみたいだった。

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