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星粒のリテラエ ——暫定魔女が記録する、理系王女と最適解王子のたったひとつの“誤差”  作者: はなちゃん
第五章 雨上がりのソラ 〜私の足元には、ふたつの影がある〜
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第62話 何かが、揃ってしまった —ペリドット—

第61話と同時公開となっております。

 ナナリエの話を聞きながら、私たちは広場にやってきた。


 屋外用ラグが敷かれ、その上に長テーブルが置かれていた。


 先に休憩に入った隊員たちがあぐらをかいて食事をしている。


 テーブルの上の大皿には野菜の煮物や、焼いたお肉、そして玉穂の蒸したものがたくさん並べられていた。


 でも、すでに満席。


「アンリ、ここ座って」


 ひとつだけ空いていた場所に、ナナリエが私の肩を押して座らせた。


「ナナリエ、先に食べなよ」


 私、なにも労働してないし。


「お腹が鳴るわよ」


「実はもう鳴ったんだよね」

 あははと力なく笑うと、ナナリエは目を丸くして、そして笑った。


「おい、お前。こっち」

 ソラリスがナナリエに声をかけた。


 私の正面に座っている隊員たちを軽く追いやって場所を空けさせる。


「お前らもう十分食っただろ」

「いや、ここの料理うまいんすよ」


 蒸した玉穂に肉と野菜を挟んだものを頬張りながら、隊員ふたりがソラリスを見上げた。


「それ持ってっていいから、機材の最終確認してこい」

「この串焼きも持ってっていいっすか?」

「水も持ってけ」

「さすが隊長。気が利く〜」


 隊員を見送ると、ソラリスはナナリエに座るよう促した。


 静かに地面に座ったナナリエの顔を、ソラリスが不思議そうに見た。


「変だな」

「変ね」


 合わせ鏡のように静止して視線がぶつかる。


 しばらく見つめ合ったまま、どちらも視線を逸らさない。


「青いのね」

「お前も、変な色をしてるな」


 お互いの目を観察している?


 たしかにソラリスの青い目は、そういう色素というより、目の中で光が跳ね返って、青く見えているみたいだった。こういう青い蝶の翅を、標本で見たことがある。


 角度が変わるたびに、青さが変わるんだ。


 ナナリエの虹色の瞳と同じだ。


 青い瞳と、虹色の瞳、まるでそれ自体が生き物みたいに向きを変え、同時に私を見た。


「お前は全て吸収するんだな」


 それが瞳の話だと気づくのに、一瞬かかった。


「アンリの目は入った光を外に出さない構造をしているわ」

「そうだな」


 ふたりにじっと見つめられる。


 私は居心地が悪くなった。


「とりあえず食べる?」

 目の前にあったお皿を適当にふたりに押し付けた。


「食べるか」

「時間は有限だものね」


 ふたりの視線から解放されたものの、私は違和感から逃れられなかった。


 食べているものも、食べ方も違うのに、ふたりは何かが揃っていた。


 速度?間合い?呼吸?


 ソラリスがフォークを刺すタイミングと、ナナリエが食べ物を口に入れる瞬間が重なる。


 ナナリエがコップを置いたリズムに、ソラリスの嚥下が続く。


 何かの連動した機械みたいにも見えるし、私には聞こえない拍子を、ふたりだけが聞いているみたいにも見えた。


 ナナリエのコップが空になった。


 私が声をかけようと思った瞬間には、ソラリスはもうナナリエのコップに水を注いでいた。

 隣の隊員と喋ったまま。


 ソラリスが野菜を一口食べて首を傾げたときには、ナナリエはすでに塩の小瓶を手渡していた。


 ふたりともそれを当たり前のように受け入れていた。


 怖い。


 気が合う、なんて柔らかい言葉では片付けられない。



「お前——」

 隊員との会話を止めて、ソラリスがナナリエを見た。


「この肉を食え」

 香草焼きのお肉をナナリエの前に置いた。


 ナナリエは眉間に皺を寄せた。


「肉は嫌いなの」

「硬いからだろ?これは柔らかい。ここの名物だ。食ってみろ」


 ナナリエは納得したように肉を口に運ぶ。


「たしかに柔らかいわ。香草の香りも合っている」


 私も一切れ、いただいた。

 本当だお肉がしっとりしていて、鼻に抜ける草原のような香りも爽やかだ。

 美味しい。


「だろ?郷土料理を食べずに帰るなんてもったいねえからな」

 ソラリスが満足そうに笑う。


「……でも」

 ナナリエの目が光った。

「あなたこそ、キノコを食べていないわね」


 ソラリスの頬が引き攣る。


「なんで見てんだよ。気持ち悪いな」

「キノコを食べなさい」

「嫌だよ」

「私には肉を食べさせておいて、公平じゃないわ」

「俺のは親切心だ。わかるだろ」

「私も親切心よ。キノコはアンモニアの解毒を促進して疲労回復に役立つわ」

「俺、元気だからいいんだよ!」


 ソラリスの泣き言を聞いて、隣にいた隊員が話に割って入った。


「隊長、キノコの悲鳴が聞こえるから食べられないんですよね」


 キノコの悲鳴!?なにそれ?


 混乱する私の目の前で、ナナリエは口元に手を当てて考え込んだ。

「調理済みなのに悲鳴が聞こえるの……?」


 いや、え?調理済みじゃなければ悲鳴が聞こえるのが当たり前みたいに言っている?


 たしかに畑ではすすり泣くような声は聞こえたけど、この国の人たち、野菜食べるのもかなり覚悟が必要なのでは?


「あいつら結びつきが強すぎるんだよ!」


 キノコのことをあいつら呼ばわり?


「ねえ、私も聞きたい」

 ナナリエがソラリスの肩を力強く掴んだ。


「じゃあお前がキノコ食えばいいだろ」

「私には聞こえたことないもの。あなたが食べて」

「俺が食べてどうすんだよ!」


 ナナリエが検証したいモードになっている。危険だ。


「感覚を共有すれば私にも聞こえるかもしれないわ」


 ナナリエがソラリスの髪に手を伸ばした。


 触れる前にソラリスはナナリエの手をはたき落とした。


「俺の感覚は俺のもんだ」


 ナナリエは驚きもせずにソラリスを見ている。


「そう。あなたと私は違うのね」


「違うだろ?」

「違うかしら?」

「違うんじゃないか……?」


 だんだん自信なさげになっていく声。


 ソラリスもナナリエも、困惑したように自分の皿に視線を戻した。


 そして何も言わずに食事を再開する。



「隊長ー!浮水散機の最終点検お願いします!」


 広場の向こうからソラリスを呼ぶ声がした。


「今行く」


 ソラリスが立ち上がるのをナナリエが目で追った。

「川へ行くの?」


「ああ」

「私も行くわ」

「泳ぐような川じゃないぞ」

「川沿いの湿り方を見たいの。病害の進み方に地形が関係しているかもしれないわ」

「ふーん。じゃあ来いよ」


「行きましょ、アンリ」


 私も?


 そう、だよね。


 私の心は少しだけ躊躇っている気がした。


 でも断る理由はなくて、一緒に立ち上がった。



 林を抜けたらすぐに河原が現れて、ソラリスは隊員と一緒に機械の確認を始めた。


 ナナリエも小さな機器を手に持って歩きながら観測を始めた。



 河原の風に吹かれて、私は少しだけ、ほっとしていた。


 その理由はよくわからなかった。


 とりあえず、息が吸える。


 それは当たり前なのに。


 はっきりしない気持ちを誤魔化すように、私は河原の石を拾って川へ投げ入れた。



 鈍い音がして、水面に波紋が立つ。


 整ったものが乱されることに、なぜか安心を覚えた。



 もう一度、投げる。


 音がする。



 私の行動に、反応がある。


 世界に手応えがある。


 安心する。



 だけど、その安心も背後からかけられた声に、少しだけ震えた。


「そんな投げ方じゃ向こうまで届かない」


 声はひとつじゃなかった。

 ふたつだった。


 振り返ると、少し離れて、ナナリエとソラリスが立っていた。


 ふたりは互いに声が重なったことを気にする様子もなく、近づいてくる。



 なぜか息が詰まった。


 河原に出てから、やっと呼吸ができると思ったのに。


 足元の石をもう一つ拾おうとして、指先が止まる。


 ふたりに返事をしようとしたのに、声が出なかった。


 足がすくむ。



 巨大な滝を初めて見た時と同じだ。

 視界一面を覆い、私が小石を投げてもびくともしなさそうな存在感。


 水族館の大水槽にも似ている。

 深くて、もがいても水面に顔を出せないような息苦しさ。


 そして、満天の星空の下みたいだった。

 大きくて美しいものに包まれているのに、だからこそ孤独で、自分の小ささを突きつけられる。


 圧倒される。


 逃げ出したい。



 だけど、ふたりは私の孤独なんて疑いもしないような人懐っこい笑顔で歩み寄ってきた。


「見てて。私、けっこう得意なの」

 ナナリエが石を拾う。


「俺の方がすげえ」

 ソラリスも地面に手を伸ばす。


 子どもみたいに睨み合いながら、ふたりは手首を水平に振った。


 石は水面を切って走っていく。


 一回、二回、三回……。


 途中から目で追えなくなって、向こう岸の少し手前で沈んだ。


「もうちょっとだったのに」

 ナナリエが悔しそうに向こう岸を見つめた。


「もう一回やろうぜ」


「アンリも。この石は飛ぶはず」

 ナナリエが平べったい石を私に握らせた。



 今度は三人で投げた。


 ふたりの石はまた水面を走っていく。


 私の石はぼちゃんと沈んだ。


「ふたりの真似したんだけど」


 波紋はすでに消えていた。


「横回転をかけて。水面への入射角は二十度よ」

「そんな説明わかるかよ。手首をヒュッてやるんだよ」


 私はしゃがみこんで、石を探した。


 平べったい、いい感じの石。


「いい石ね。もう一回。やってみましょ」


 今度は、石、回れ!と念じながら横向きに投げてみた。


 ぼちゃん。


「あー」


「いや、今のはいい回転だった」

 ソラリスが目を凝らして水面を見ている。


 ふたりの石はやっぱり向こう岸近くまで届いていた。


「あとは角度ね。もっと姿勢を低くしてみたら?」

 ナナリエは私の横で身体をかがめて変な姿勢をとった。

 野球のバッターがバントの機会を狙って身体を低くするみたいだった。


「なんだよ、その格好」

 ソラリスがゲラゲラ笑った。


「私は再現可能な条件を検証してるの」

 ナナリエは睨んでいてもかわいい。



 なんか、普通。



 普通の友達みたい。



 ふと、足元に、手触りの良さそうな平べったい石を見つけた。


 持つと、手によく馴染む。


「この石、良さそう」


「あら、本当——」

「ちょっと見せろ——」


 ふたりの手が同時に伸びてくる。


 そして、石に触れた。


 私の手と、ナナリエの手と、ソラリスの手。


 何かが、揃ってしまったらしい。



 急に視界が淡くなる。



 低く、地面から空を見上げるような視点だった。


 川に向かって石を投げる黒髪の少女がいた。


 その後ろから、声をかけて近づいてくる金色と虹色。


 そのまま少女を追い越して、石を拾う。


 競うように水切りをするふたり。


 呆れて肩をすくめる少女。


 やってみろと促すふたり。


 うるさそうに首を振る少女。


 しつこく誘うふたり。


 諦めたように少女がしゃがむ。


 黒い目が、“私”を見つけた。


 “私”はその少女の手に収まる。


 そして視界は急激に高くなった。


 少女の持つ“私”に気合いを入れようと、指先で触れてくるふたり。


 なにをやっているんだ、と苦笑する少女。


 だけど少し楽しそうに黒い目が輝いて——



 石を握り直した。


 ナナリエとソラリスの手が離れ、視界が戻る。


「今のなに?」

 私の喉からかすれた声が出た。


「今のは……私たち?」

 状況確認をするナナリエの声が少し揺れていた。


「……石の記憶だ。たぶん」

 答えるソラリスの声も、どこか現実味がなさそうだった。



 石の記憶。


 ものの記憶を読み取れること自体は、理解している。


 この国の人々の機能だ。


 そしてこの石の記憶だってことも、状況からわかる。


 だけど。


 だけど、おかしい。


 どう見ても、今のナナリエとソラリスだった。


 今と同じ姿をしていた。


 投げる角度も、睨み合う顔も。


 私も。


 いや。


 あれは私だったか?


 服も髪型も同じだったけど——



「石の記憶なら過去の私たちってこと?」

「どうみても今の俺たちだっただろ?」


「あれはアンリじゃなかったわ」


 ナナリエがはっきりと言った。


 うん。


 あれは絶対に私じゃなかった。


 私はあんなふうに静かに苦笑したりしない。


「本来の中身ってことだろ」


 ソラリスが冷ややかな目で私を見た。


 本来の身体の持ち主。


『間に合うように帰るって、ナナリエたちに伝えて』


 あのときの穏やかで低い声が耳の奥で再生された。


 あの子だ。


 あの子も、今ここにいるってこと?


 だって私が今ここにいるのに。


 急に足元に敷き詰められた石が頼りなく思えた。


 自分の居場所がわからなくなる。


 ちゃんと立っているはずなのに。


 手を掴まれた。


 冷たい手。

「アンリはここにいる」


 反対側から、温かい手。

「揺れるな」


 ふたりの手が、飛ばされそうな私を地面に引き戻す。



 揺らぎない力強さ。


 信じられるもの。



 だけど。



 このふたりに、私ひとりで対峙するのは怖い。



 逃げ出したい気持ちが膨らみすぎて破裂しそうになったとき。


「いつまで遊んでいる」


 淡々とした声が聞こえた。


 林を背にして、ハルジオンが立っていた。


「間も無く火入れの時間だ」


 ああ、ハルジオンだ。



 いつもは目が合うと怯えていたはずなのに。



 今はなぜか、とてもほっとした。


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