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星粒のリテラエ ——暫定魔女が記録する、理系王女と最適解王子のたったひとつの“誤差”  作者: はなちゃん
第四章 結びと環りの国 〜私は、この世界を好きになる〜
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第49話 ナナリエ様は面白い

「東の会場に戻るわ」


 ハルジオンに労いの言葉もかけずに、ナナリエは試合会場を出た。


「殿下に挨拶しなくていいの?」


 待ってるんじゃないかな。……かなり。


「次の奉納試合が始まっちゃうの」


 ナナリエは少し焦っていた。


「次の観覧?」


「観覧じゃないわ」


 早朝から可愛く整えてもらった髪を、ナナリエは無造作にひとつに束ねた。


「私が対戦するの」


「え?」

 私の頭の中は瞬間的に、バレーボールをするナナリエと、野球をするナナリエと、女剣士のように剣を持つナナリエで埋め尽くされた。


「なにか考えてる?」

 ナナリエはもはや競歩の速度だった。でも歩いている。


「なんの競技かなって」

 私は必死に走っている。走るたびに長い三つ編みが身体にぶつかってくる。


「星積みよ」

 虹色の瞳が燃えるように煌めいた。


「星を?」

「積むのよ」


 どういうこと?




「勝者、エメラルド宮!」

 会場に入った瞬間、そんな声が頭の上から降ってきた。


 中央に浮かぶ透明な箱の片方が緑色に光り、観客席から大きな拍手が起こる。


 なんだ、あの箱。


 ——正確には、箱を映した巨大な立体映像。箱の映像はふたつ並んでいる。


「これにて一般参加の部、全試合終了です。続きまして——」


 司会の声が、そこで一段明るくなった。


「奉納特別対戦!東の王女殿下、ナナリエ様の星積みです!」


 そこで、会場が沸いた。


 さきほどの、熱い体育会系の盛り上がりとは少し違う、低い唸り声。

 観客の色も、心なしか、いや確実に緑と青が多い。


「来た……実物……」

「観測可能距離だ……!」

「東の頭脳……!」


 こんな静かに盛り上がれるもの?


「王女殿下と対戦いたしますのは星積みの前年度覇者!」


 司会者が高らかに告げると、紫色の髪の男性が対戦席に歩み寄った。


 男性はナナリエに深々とお辞儀をし、ナナリエが席に座るのを待って、彼も座った。


「また本日は、特別に共鳴拡声器を増設しております!」


 対戦席の左右に紫色の結晶がついた小さな装置が浮いている。


 ナナリエが「よろしく」と呟いた声が会場全体に明瞭に響いた。


「通常は対戦者の挨拶や宣言を拾うのですが、本日は盤面解析の小声まで拾える感度に調整しております!」


 え?ナナリエの独り言を拾うために?熱意が怖くない?


「おお。アメジスト宮、今年は本気の仕込みだ」

「ナナリエ様の思考を拾うつもりらしい」

「これは……聞き逃せない」

 なんかみんな喜んでる。


 立体映像には、星積みというゲームのデモ映像らしきものが流れていた。

 四角い箱の、上の方から何色かの石が落ちてきて、四つ繋がると消える。

 いや、正確にはほどける、というらしい。


 連続してほどけると、相手の箱に灰色の石が降る。邪魔するための石らしい。

 私も少しはやったことあるタイプのゲームだ。


「それでは環を接続してください!」


 司会者が声をかけると、対戦する二人は机の上の装置に環をかざした。

 デモ映像が消え、何か数字のようなものが並ぶ。


 私も自分の環をそっと握ると意味がわかった。

 星積み、対戦記録なし。観戦記録なし。なんか、そういう感じだった。


 会場がざわつく。

「嘘だろ、初見?」

「王女殿下は星積みは初めてなの?」

 どうやらナナリエはこのゲームは初めて見るらしい。


「殿下は陣取り盤の人でしょ?」

「ああ、相手が勝ったと思ったところから、盤面ごとひっくり返すやつ」

「見たことある。打ち方がえげつない」

「星積みは落下速度があるから別物だよ」

「でもナナリエ様よ。別物を別物のまま読む人でしょ?」


 会場内の期待が大きく膨らんだとき、司会者が手を振り上げた。


「それでは対戦開始です!」


 司会者の合図で、立体映像は下から上へ光が走った。


 一番上まで光が到達すると、始まった。


 何色もの石が、透明な箱に降ってくる。


 速い。


 というか、思ったよりずっと速い。


 ナナリエはどんどん石を積んでいく。


 何も起きない。


 対して、対戦相手は淡々と連続消しをしている。


 ナナリエの箱に灰色の石が降ってくる。


 それでもナナリエの手は止まらない。


 石を積みながら、説明書を読み上げるみたいに呟いている。

 共鳴拡声器がナナリエの声を拾う。


「落下順は三手先まで表示」

 あれ?ゲームの仕様を今確認している?


「相手から送られる灰色の石には二拍の猶予」

「連鎖時、消失判定は下層から」

 早口でぶつぶつ言っている。


「灰色の石は隣接色の共鳴でほどけるのね」

「なら、灰色は遅延資源として扱える」


 ナナリエの独り言を、ありがたいお経のように皆が固唾を飲んで聞いていた。


「資源?」

「今、邪魔石を資源って言った?」


 観客が何にざわついているのか、いまいちわからない。


 ナナリエの箱からはまだ何も消えていない。


 右上の方は、もう天井まで届きそうだ。


 しかし妙に中央に空白がある。


「殿下、その積み方では次の邪魔石を受けられません」

 対戦者が早口で言った。


「そうね」

「今ならまだ、右を崩せます」

「崩さないわ」

「……では、次で終わります」


「ええ。そこからね」

 ナナリエの声が静かに落ちた。


「そこから?」

「そこからって何?」

「終わりから始める気か?」

 ひそひそした声があちらこちらから聞こえてくる。


「右を崩せば生き残れる」

 ナナリエが喋るたびに静まり返る。

「けれど、それでは勝てない」


 青い石が細い隙間に落ちた。


「ここから、下が動く」


 遠目にもナナリエの瞳が、星のように煌めいたのが見えた。


 まず、青がほどけた。


 それで終わりだと思った。


 違った。


 青を支えていた黄色が、中央の空白へ落ちる。


 黄色が四つ繋がってほどける。


 その下にあった赤がずれて、灰色の石に触れた。


 灰色がほどける。


 ほどけた隙間に緑が落ちる。


 緑がほどける。


 紫が落ちる。


 紫がほどける。


 箱の下から、光が上へ走っていく。 


 さっきまで詰みかけていた盤面が、まるで内側に仕込まれた装置みたいに動き始めた。


 ……今の何?


「……何連鎖?」

「今の、何を見て置いたの?」

「下層の灰色」

「邪魔石、全部使ったぞ」


 眩しく光るナナリエの盤面から、視線を隣に移す。


 対戦者の盤面は灰色に埋め尽くされていた。


「……受けきれません」

 共鳴拡声器が、対戦者の呟きを拾った。


 次の石が落ちる場所は、もうどこにもなかった。


 透明な箱の上まで灰色が積み上がり、ぱん、と小さな光が弾ける。


「勝者、ナナリエ殿下!」


 司会者の声が響いた。


 一瞬の間を置いて、会場が揺れた。


「初見だぞ」

「初見で前年度覇者を沈めた」

「しかも邪魔石を使って」

「灰色は資源……」

 誰かが、ありがたい教えみたいに繰り返している。


 対戦相手はしばらく盤面を見つめてから、ゆっくりと立ち上がった。


「……完敗です。どこから組んでおられたのですか」

「最初の青が来た時点で、可能性は見えていたわ」


 会場がまた低く唸った。


「でも、確定したのは灰色が降ってからよ」

 ナナリエは不思議そうに首を傾げる。


 対戦者は深く頭を下げた。

「ありがとうございました」

「こちらこそ。面白かったわ」


 星積み。


 どんどん積んで、最後には詰む。


 名前のままだった。


 ナナリエの星積みは何かのプログラムみたいだった。



「あれを初見でやるの、やっぱり面白いよねえ」


 背後で声がした。


 小鳥のさえずりのような明るい声。


 なぜか自分に向けられたもののような気がして、振り返った。


「ねえ、魔女ちゃん?」


 オレンジ色の柔らかな髪を揺らして、ぽってりした唇を楽しそうに緩めた美人が笑っていた。


 ああ、見覚えがある。


 この子は——。名前が覚えられなかった、お茶会三人娘の一人……。


「サヤパトリだよ〜。覚えてね!」

 そう言いながら、ウインクをする。


 そう、その響き。覚えにくいんだよ。西の人の名前は。


「サヤ」

 低くて凛とした声が重なる。

「彼女の名は、アンリよ」


 サヤパトリの隣に、やり手の銀行員、クリ……。


「ごめん、なにサンテだったっけ?」

「クリサンテよ!わかるでしょ!」


 クリサンテは凛々しい眉をぐわっと上げて怒った。


「ちょっと怖いよ〜?お礼を言いに来たんでしょ」

 サヤパトリがけらけら笑った。


「そうだったわ」

 クリサンテの顔がすぐに切り替わる。


「先ほどはありがとう。想定以上の手応えだったわ」

 ああ、さっきの、ロイヤルバカップルの……。


「よくわかんないけど、役に立てて良かったよ」


「でも面白いよね〜。ナナリエ様」

 サヤパトリは試合会場の方に目を向けた。


「国民の前ではあんなに仲良しの婚約者に見えるのに——」


 いや、たぶん、そう見えるようにしていたんだろう。


 主に、盤面を整える王子の努力で。


「お茶会の時は殿下のこと酷評してて、びっくりしちゃった!」


 そういえば、そんな会話をしていたかもしれない。


 あのときは私もまだ言葉を正確に理解できていなかったけど、そわそわと浮き足立つお嬢さんたちにハルジオンの話題を振られて、いきなり愚痴を言い始めていたな。


「照れ屋さんなのかな?」

「いや、たぶん違うと思うけど」

「え〜?」


 もしかして今日みたいなツーショット、国民に度々披露している?


 だとしたらお茶会の時のお嬢さんたちの期待の眼差しも理解できる。


「王女殿下には——」

 クリサンテが額を指で押さえた。

「もう少し周囲に目を向けていただきたいわね」


 抑えめだけど、はっきりと言う。


「また怒る〜」

「怒っているわけじゃないわ。恐れ多い」


 クリサンテは真っ直ぐな目で私を見た。

「あのときは、ごめんなさい」


 あのとき?


 戸惑う私に、サヤパトリが補足をしてくれた。


「お茶会のときさ、ナナリエ様は予定外にアンリを連れてきて、誰にも紹介しなかったじゃない?」


 そ、そういう状況だったんだ?たしかに紹介はされなかったかも。


「それをクリサンテがいたくご立腹でさ〜」

「だから怒ってないのよ!」


 クリサンテはため息をついた。

「あの場の主催者であり、一番身分の高い王女殿下が、あなたを紹介しなければいけなかった」

「私たちもがんばったんだよ〜。『こちらは殿下のお友達ですか?』って話題を振ったりして」


 そうだったんだ。全然気づいてなかった。


「こちらから水を向けていたのに——」



 あの時の私を思い出す。言葉も、立場も、何もわからなくて。


 でも、ナナリエは当然みたいに私のそばにいてくれた。


「ナナリエ……殿下は、私を守ろうとしてくれてたんだよ」


 思わず口を挟むと、クリサンテはすぐに頷いた。


「それはわかる。王女殿下に悪意があったとは思っていない」

「じゃあ」


「でも、あなたを守ることと、周りを置き去りにしないことは別よ」


 言葉が、すとんと落ちた。


「紹介されなかったあなたも困る。けれど、紹介されなかった私たちも困るの。

 話しかけて良いのか、どこまで踏み込んでいいのか、誰も判断できなかった」


「ナナリエ様、ガン無視だったよねぇ」

 そこで、すかさずサヤパトリが言葉を重ねる。


「サヤ、そういう言い方はよして!」

 クリサンテがぴしゃりと言う。


 そして真剣な顔で私に頭を下げた。


「あの時、私は王女殿下に腹を立てていた。けれどその苛立ちを、あなたのいる前でぶつけるべきではなかった」


 ……謝られるのって、ちょっと戸惑う。謝るのは得意だけど。

 しかも、私が傷ついていた自覚もないし。


「クリサンテは由緒正しいお嬢様だから、礼儀にうるさいの〜」

 サヤパトリが楽しそうに割り込んできた。彼女が喋ると空気が変わる。


「私はものすごい庶民だからさ、よくわかんないけど」

 ものすごい庶民。


「どうして二人は友達なの?」

「それ聞く〜?」

「聞く聞く」


「クリサンテは私のファンなんだ〜」

「ファンじゃないわ!後援者よ!」

「そんなこと言って。私のこと、好きなくせに〜」

「あなたの演奏を評価しているだけよ!」


 サヤパトリは少し表情を落ち着かせて、私を見た。


「私さ、あんまり難しい話わからないから、ついつい軽い話を振っちゃって」


 あー。たしかに率先して恋バナを振っていたのは彼女のような気もする。


「あなたは場を和ませようと努めていただけでしょう」

「それをナナリエ様がガン無視したからさ〜」


 二度、言った。


「クリサンテ、我慢の限界超えちゃったんだよね〜」


「……いいえ。礼節の問題よ」

 クリサンテは視線を落とした。


 そこにサヤパトリが畳み掛ける。

「クリサンテには、王女様が庶民を見下しているように見えちゃったんだよね」


 へへへっと軽く笑う。

「私の話題選びが良くなかっただけなんだけどさ」



 私は、今度は何も言えなかった。


 ナナリエは人の感情の機微には疎いかもしれない。


 言葉に情緒が足りない時もある。


 でも、ちゃんと優しいんだ。


「わかるよ」

 そんな気持ちを察するように、サヤパトリが私の顔を覗き込む。


「私、演奏会のために国内を回っているから各地でナナリエ様の話題を耳にするの」

 ふふふ、と悪戯っぽく笑う。


「東や北の方の人気は、今の奉納試合の通り。完全に信奉って感じ。南の人たちも、筋の通ったナナリエ様をとても気に入ってるわ」


 少しだけ笑みが薄れる。


「でも、みんながそう思っているわけじゃない」


「西では、礼節を欠く方への評価は厳しいのよ」

 クリサンテが厳しい目をして、そう言った。


 ナナリエは私が思っているより、影響力のある存在なんだ。


 当たり前みたいに近くにいて、一緒に笑っていたけど。


 彼女は賢くて、優しい。


 だけど、ナナリエの優しさが、いつも全員に伝わるわけじゃない。


 誰よりも、周囲を見渡さなきゃいけない立場にいる。


「でも私は、好きだよ。ナナリエ様」


 またサヤパトリに笑顔が戻る。


「あんなに面白い人、なかなかいないもの」


 面白い。

 たしかにナナリエには、その言葉がよく似合う。


 そう言って笑える人がいることに、私は少しだけほっとした。

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