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星粒のリテラエ ——暫定魔女が記録する、理系王女と最適解王子のたったひとつの“誤差”  作者: はなちゃん
第四章 結びと環りの国 〜私は、この世界を好きになる〜
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第44話 完成していない完成

「ナナリエ、ちょっと休憩しよう」


 カズラばあちゃんの肩揉みを終えた私は、ナナリエに声をかけた。


 作業台の上では、環が半分ほど解体されていた。


 銀色の輪の内側に、細かな結晶や金属片がびっしり並んでいる。


 光を受けるたびに、粉雪みたいにきらきら反射した。


 綺麗だけど、何がどう機能しているのかは全然わからない。


「……映像記録機能も外すしかないか」


 ナナリエは小さな器具で、米粒みたいな結晶をひとつ摘み上げた。


「脈拍測定も削除」

 脈拍測定はいらんだろ……。


「ずいぶん思い切って外すね」

「断腸の思いよ」


 ふうっと大きくため息を吐く。


「でも、詰め込み過ぎると循環が滞る」


 椅子に腰を下ろしたナナリエに、お茶を手渡す。


 さっき私も飲んだけど、これ梅干しみたいな味がするんだよね。


 ナナリエは一口飲んで、眉間に皺を寄せた。


「クエン酸ね。疲労回復には効果的よ」


 すごく不味そうに飲んでいるけど、大丈夫かな。


 まるで薬でも飲むかのように一気に飲み干して、また作業に戻る。


「もう休憩終わり?」



「終わりよ。——これでね」


 そう言って、銀色の土台に同じ色のカバーをはめた。


「完成ってこと?」


「欠けてる完成」


 ナナリエが手のひらにそれを乗せた。


 銀色の土台も、もう完全な円じゃない。


 端と端がわずかに離れていて、三日月みたいに見える。


 そのいちばん厚みのある場所に、黒いオパールが埋め込まれていた。


 昨日は十二粒も並んでいたが、今日はひとつだけになっている。


 暗い石の奥で、青や赤や金色がゆっくり揺れる。


「ずいぶん減らしたね」


「あなたが本当に必要な分だけにね」


 ナナリエは迷いなく答えた。


 三日月型の環を私の手のひらに置く。


「試してくれる?」


 置いた手が、まだ私の手のひらに残っている。



「ありがとう」


「お礼はまだよ」



 虹色の瞳が恒星のように輝いた。



 ナナリエの手がゆっくりと離れていく。



 てのひらが、ほんのりあったかい。



 こまかな、ふるえ。



 しびれる。



 おとが、きえる。



 ひかりが、とおりすぎてしまう。





『接続できたのか』




 暗闇の中で声が聞こえた。



 夜のように静かな声。



『そうか、ちょうどナナリエが完成させた日だね』



 淡い光が見える。



 望んだら、自ずと光に近づく。



 光は形になる。




『あんり』



 癖っ毛を無理やり三つ編みにした、栗色の髪。


 ひまわりが入っているみたいと言われたことがある、茶色い瞳。


 あの頃ちょっと悩んでた、そばかすのある頬。


 窮屈で早く脱ぎたかった制服。



『ごめんね。ちょっとだけ君の身体を借りているよ』



 暗闇の中にぽっつり浮かぶ、あの頃の“私”が穏やかに笑った。



『君には窮屈な思いをさせて申し訳ない』



 勝手に喋り続ける。



 私は声が出せない。


 そうか、


 私は環を使って発信できないんだっけ。



『もう少しだけ……おっと』



“私”は驚いたように隣を見た。



 そのとき、




『……あんり』




 懐かしい声がした。



 まだ、低くなる前の少し子供っぽい声。



 でも、姿は見えない。



 誰だっけ。



『君の声は届かないよ』


“私”が、その隣にいるだろう誰かに呆れたように言った。


『届く……』


 確信を持った声。



 自分のことさえ信じられない日も、その声だけは信じることができた。



 大切な——



『……に行くから』


 少しだけ届かない。




 聞きたい。




 そう思ったとき、



 ひまわりの瞳が少し険しくなった。



『……そろそろか』




『これ以上は保たない。ふたりとも迷子になってしまう』


 


『間に合うように帰るって、ナナリエたちに伝えて』



 言いたいことだけ言って、“私”はまた暗闇の中へ消えた。




 私の意識も暗闇の中に吸い込まれる。



 だけど、それはとても心地よかった。





「——アンリ、アンリ!」


 冷たい手が触れる。


 私の頬に。


 視界が明るくなる。


「……ナナリエ」


「アンリ!」


 ぎゅっと抱きしめられる。


 ごめん、力が強すぎる。


「ごめんなさい。また失敗——」


 喋りかけのナナリエの肩を引き離す。


「ナナリエ」


「なに?」


 不安に揺れる大きな瞳。


「間に合うように帰るって」


 なんかそう伝えろって言われた。


 ナナリエ……“たち”に。


 ……あと、誰?


「誰が帰ってくるの?」


 ナナリエは呆気に取られた顔で聞き返す。


「さあ……」


 まあ、心当たりがあるのは、


「“私”、かな?」


 自分の胸をパンと叩く。


「アンリが?」


「じゃなくて、……この子?」


「どういうこと?」


 ……どういうことだろ?



 ナナリエがゆっくり離れると視界が広がった。


 皺だらけの瞼を見開いた、カズラばあちゃんが真横に立ってた。


「近っ!!」


「あんたねえ!!」


 喝が飛ぶ。


 がしっと抱きしめられる。


 ナナリエより力が強いよ、おばあちゃん。


「あー……そんなにマズイ状況だった?」


「そのまま石になるかと思ったよ!」


「戻ってきて、よかった」


 ナナリエが涙目で頷く。


 ばあちゃんも目のあたりをこすりながら奥へ引っ込んでいった。


 心配かけちゃったな……。


 ……でも。


 手のひらの黒いオパールが、静かに光を失っていく。


 さっきまであの暗闇と繋がっていたとは思えないほど、

 ただの石みたいに静かだった。


「ねえ、これ。ちゃんと完成してるよ」


「そんな……だって——」

「これのおかげで、この子と話ができたんだ」


 なんか、良い子そうだった。


 友達になれるかも。


「……それでこの子、誰だったの?」


 私の手のひらから黒い環をさりげなく回収するナナリエ。


「ナナリエの知り合いみたいだったけど」


 自然な流れに渡してしまう私。


 そのまま大事そうに小さな布に包まれる。


 まだ調整でもする気なのかな。


「私の知り合い……?」


 ナナリエは口元に手をやって難しそうな顔をした。


 一度床に落とした視線を、すぐに私に向ける。


「意識を渡る存在……」


「……?」


「この子が全てを吸収してしまう理由……」


 ……ナナリエがこめかみをトントンしてない。

 これは……結論が出ないやつだ!


「……もう!エンジュが中途半端な情報しかくれないからっ……!」

 急に怒り出すナナリエ。


 中途半端な情報って……あ、そういえば。


「ああ、違った。ナナリエたちって言ってたよ」

 私は細かい訂正をした。


「……たち?その構成人員は!?」

「あ、いや、ごめん。そこまでは」


「手掛かりが少なすぎる」

 手掛かりって。探偵じゃないんだから。


「今度エンジュに会ったら絶対聞き出してやる」

 メラメラ燃えるナナリエの瞳。


「まあ、良いじゃん。間に合うように帰るって言ってたんだし」


「何に、間に合うっていうの?」


「なんだろう……?」


 私は首を傾げる。


「情報を小出しにされるのって、本当に嫌いよ」


 そうなんだ。ナナリエ、それでいつもエンジュに怒ってるんだ。


 あの茶化すような態度の方じゃなくて、情報の量の問題か。


 ……でも、何に間に合うように帰ってくるんだろう。


 私、いつまでここにいられるのかな。


 隣で怒ったり、考えたり、ときどき私を見て安堵したりするナナリエを見て、


 私はいつか訪れる別れの日を想像してしまった。




「ほれ、支度しな。行くよ」


 ふいにカズラばあちゃんが奥から出てきた。

 けっこうカラフルな可愛い服に着替えている。


「え?どこ行くの?」

「大きな仕事を終えた後は呑みに行くに決まってんだろ」


 ナナリエの怒りは一瞬で消え、ぱあっと表情に花が咲く。

「師匠!私、今年成人したんです!」

「いいね!今日は朝まで呑むよ!」

「徹夜は得意です!」


 え?ナナリエ、本当にお酒飲めるの?法律と身体能力は連動してないよ?


 心配になって追いかけた。


「染色屋のニゲラのとこも寄ってくんだろ?」

「師匠!何故わかったんですか?」

「最初に入ってきた時の染料の匂いでわかったさ」

「さすがです!」


 あのね、まだ道歩いてる段階。お酒は飲んでないよ。


 なのにナナリエのテンションおかしくない?


「ひとつ山を越えて、あんたも良い顔してるじゃないか」


 ナナリエは、はにかむように照れ笑いをした。


 瞬きも忘れて、膝をついて作業をするナナリエの姿が蘇る。


 眉間に皺が寄りきらない表情。


「アンリ、行くわよ」


 どこかへ行くとき、必ず私の手を引く。


 冷たい手。


 それはとても、代わりの効かないものに思えた。




「どれ、あんたらの染め物の腕前がどんなもんか、お手並み拝見だよ」


 けっきょくニゲラも誘って、私たちは四人でカズラばあちゃんの行きつけの店に連れてこられた。行きつけだけに、ばあちゃんは常連からあれやこれやと声をかけられている。


 ナナリエとニゲラが手際よく注文をしてくれていた。

 その手を止めて、ニゲラがふわりと微笑んだ。


「そうでしたね。お待たせしました」


 白い包みをそっと開いてテーブルに置いてくれた。


 そこに二つの小さな四角。


 折り畳まれた状態でも、私とナナリエの布の違いはすぐにわかった。


 二人で同時に手に取り、広げる。


「あれまあ、全然違うね。思った通りだ」


 ばあちゃんが感嘆の声を上げた。


 精密で静かな幾何学模様。


 色がせめぎ合う夜空。


「いいねえ。これ見ながら何杯でも呑めそうだ」


 ちょうどお酒が運ばれてきた。私はフルーツジュース。


 この街のお酒は透明だ。鼻にツンとくる匂いもする。


「穀物から作られるお酒よ。他にフルーツで作ったものもあるの」


 ナナリエがすらすらと言う。


 軽くグラスを掲げてから、みんなが飲み始めた。


 味の濃い料理もどんどん出てきた。


「けっこうたくさん注文したんだね」


 私はニゲラの顔を見た。


 にこっと笑みが帰ってくる。


「列車工場のお姉様方も二人に会いたいっていうから」


 お姉様方?


 そのときガララと戸が開いて、賑やかな集団が入ってきた。


「なによ、ばあちゃん。もう始めちゃってんの?」

「私らが遅れたんだろ。時間が過ぎても工場長が長話してたんだから」


 列車工場で結晶配列をしていたエキスパート集団のおばちゃんたちだ。

 十人くらいぞろぞろ入ってきて適当に席につく。


「アサちゃん、注文してよ」

「任せな。みんなどうする?」

 みんな好きなように始めていた。


 ふと、ナナリエを見る。


 その手には黒いオパールが乗っていた。


「ナナリエ、それ……」


 いつ私にくれるんだろう?


「本当にこれでいいのか……と」


 躊躇いの色が見える。


 さっき、私の意識が暗闇に飲まれたことを思い出しているのかもしれない。


「ナナリエが作ったんだから間違いないよ」

「でも……」


「大丈夫。私が大丈夫って言うんだから大丈夫」


 カンっと音が鳴って小さなコップがテーブルに置かれた。


「あんたが自分でつけてやりな」


 カズラばあちゃんがニヤリと笑う。


「師匠……」


 潤んだ瞳でナナリエがカズラばあちゃんを見つめる。


「やだ、ばあちゃん、姫さんを弟子にしたの?」

「そんなに偉くなるとは!」


 ガハハと豪快な笑いが一体を包む。


 その笑い声が何かを打ちこわしていく。


「そうね。アンリと師匠が言うなら……」


 すっと環を持ち上げ、紐を通して結ぶ。


 最後の仕上げみたいに。


 じっと見つめる虹色の瞳。


 ゆっくりと両手が近づいてきて、私の頭を紐が通過した。


 ころん、と胸の辺りにぶつかる。


 私の環。


 閉じ込められた宇宙が今にも飛び出して来そうだ。


「あら、アンリが染めた布にそっくり……!」

 ニゲラがため息を漏らす。


「いいじゃないか。似合ってるよ」

「珍しい石だこと」

「私も姫さんに作ってもらいたいよ」


 みんなが口々に批評する。


「ナナリエ、ありがとう」


「まだ、完成じゃないわ」


 瞳がきらめく。


「これからアンリと一緒に完成していくの」


 そういって大切そうに黒い石を指で揺らした。


 もう瞳に影はない。眩しいほとに輝いている。


「ようし、完成してない完成を祝って、今日は呑むよ!」


 ばあちゃんが威勢のいい声を上げる。


 おばちゃんたちも「おー!」と侍みたいな歓声を上げる。


 ニゲラが私たちをみて優しく微笑んだ。

 そのニゲラの視線がふいっと店の戸の方に向く。


 ……どうしたんだろう?


 私もつられて目を向ける。



「ナナリエ、今度は環の職人になることにしたわけ!?」



 空気を切り裂くように鋭いのに、何故かちょっと甘い蜂蜜のような声が、


 矢のように飛んできた。


「あ……お姉様」


 お姉様?


 ナナリエ、一人っ子だよね。


 ……誰?

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