第42話 ナナリエ、頑固ばあちゃんに挑む
「こんな設計じゃ環は動かないよ」
カズラばあちゃんは取り付く島もない様子で、そのまま工房の奥へ引っ込んでしまった。
「計算上、出力効率は既存規格を上回っています」
ナナリエが即座に反論する。
「机の上じゃね」
奥から声だけが返ってくる。
そしてなんか、ばり、ぼり、と煎餅のようなものを食べる音がする。
染め物工房をあとにした私たちは、昼食も取らずに環の工房へやってきた。
大量生産の工場じゃなくて、一点一点手作りする工房はここ一軒だけらしい。
ナナリエが晶盤に書き込んだ設計図を見せたとき、
カズラばあちゃんはわずかに目を細めたのち、すぐにそれを突き返してきたのだ。
「足りないところがあるならご教授願えますか?」
ナナリエが奥に届くように声を張る。
奥からは煎餅を食べる音とお茶をすする音しか聞こえない。
あー。ああいう頑固ばあちゃんはお手上げだね。
私の興味は自然と目の前のものに移る。
工房の中には、削りかけの鉱石や細い金具、小さな工具が雑然と並んでいた。
「あれー。これも環?」
棚の隅に、指輪よりさらに小さな銀色の輪が並んでいる。
ピアスみたい。
思わず手を伸ばしかけた瞬間——
「触るんじゃないよ!」
さっき引っ込んだはずのカズラばあちゃんが、ものすごい勢いで戻ってきた。
「いや、そこにあったんで」
「だからって断りもなく!」
「だって……ばあちゃんここにいなかったし」
うちの祖母よりは、怖くない。
こうやって衝動的に行動してしまうたびに、祖母に注意されていたな。
その度に、繰り出される私の言い訳。
ちょっと懐かしくて笑ってしまった。
「何笑ってるんだい!」
「あー……そのお煎餅、美味しそうだなって」
「……ああ、食うかい」
バツの悪そうな顔で、カズラばあちゃんは手に持っていた煎餅を差し出した。
「あ、食べかけじゃない方が」
「図々しいね!」
カズラばあちゃんは呆れた顔で、奥からお茶と煎餅を持ってきてくれた。
私の分と、ナナリエの分も。
「あんたらも物好きだね。ばばあの工房なんかに来て」
「そう、物好きなんだよね、私たち」
言いながら隣のナナリエを見る。
彼女も目を輝かせていた。
「はい。今、とても昂っています」
口調は丁寧なのに内容が落ち着かない。
この工房の様子に気分が昂っているというより、
たぶんナナリエは、この頑固ばばあに惹きつけられている。
隣にいて、そんな空気を感じた。
変な組み合わせ。
「彼女が接続を行うと、場の情報を跡形もなく吸収してしまうんです」
逸る心を抑えられないという様子で、すぐに本題に入った。
「それで?読み取り機能だけ付けたいってか」
「はい。あとは身分証機能と決済機能と地図機能と、身体に同期しない映像記録機能と……」
「詰め込みすぎなんだよ!」
一喝する。
皺だらけの瞼が私の方に向いた。
「あんたは、どれだけ欲しいんだい」
瞼の下に熱いオレンジの瞳が隠れている。
「うーん、まずは身分証?あとは読み取れたら不便ないかも」
「決済機能は必要よ」
「ああ、じゃあそれも」
現金使えない店だと困るもんね。
「地図は?」
ええ?そりゃあ、あった方が便利だろうけど……
「映像や音声も残せた方がいいでしょ?」
ああ、カメラ機能?欲しいのか……?
ナナリエの瞳が虹色にピカピカ輝いている。
翡翠宮で徹夜で考えてくれたのはこれかあと納得した。
「そんなに載せたんじゃ、動かないよ」
カズラばあちゃんはお茶をすすりながら冷たく言い放った。
「検証せずに結論は出せません」
ナナリエは食ってかかった。
「そんな無駄な時間をアタシに強要するっていうのかい?」
片目を開けてじろりと睨む。
ナナリエは一瞬黙って、すぐにオレンジの瞳を見つめ返した。
「私が作るのなら、かまわないんですね?」
ええ!カズラばあちゃん、そういう意味で言ったの?
「できるもんなら、やってみな」
そういう意味で言ってたっぽい……。
二人の会話の裏、ちょっと読めてなかったかも。
「好きに使いな」
カズラばあちゃんは顎で棚を示した。
壁一面に、小さな鉱石や金属片が並んでいる。
「ただし壊したら弁償だよ」
「構いません」
ナナリエは即答した。
そこ即答して大丈夫なのか。
「基盤は銀系導体を使用します」
ラベルも剥がれかかっているガラスケースや木箱から、必要なものを迷わず取り出してトレイに乗せていく。どうやって見分けているのだろうか。
「出力補助に珪素結晶を追加」
「熱暴走対策として——」
「それ、そんなに必要なの?」
「必要よ」
ナナリエが棚を見上げたまま答える。
「そうだわ」
ようやく私を見た。
「石はアンリに選んでもらいたいの」
そう言って、鉱石が入ってるガラス瓶の前に連れて行かれた。
さっきの染め物工房と違って、色のグラデーションでは並んでなくて、バラバラ。
「ナナリエみたいな石がいいな」
気がついたら呟いていた。
「ラピスラズリのこと?」
彼女は怪訝そうに眉を寄せた。
「これはあなたを象徴するものよ。私と同じなんて理由で決めるのは——」
「いや、ラピスラズリじゃなくて」
私はじっとナナリエの瞳を見つめた。
「ナナリエの目のような石がいいの」
虹色の目が丸く見開かれる。
本当に宝石が埋め込まれているようだ。
「ホワイトオパールはちょうど切らしていてね」
カズラばあちゃんがよっこらしょと立ち上がった。
「でも、これならある」
無造作に、でも丁寧にひとつの瓶を取り出した。
「あ、これ……」
これは知ってる。
さっき作ったやつだ。
黒い宇宙の中にたくさんの色が、せめぎ合っている。
「ブラックオパールさ」
「こんな石もあるんだね」
「これを環の石に選ぶやつは、今までいなかったけどね」
「それ……」
ナナリエが声を漏らす。
「アンリに似てるわね」
そうかな?さっき染めたハンカチの色にはそっくりだけど。
「情報過多で騒がしい感じ」
いや、それは……たぶん褒め言葉だよね。わかるよ。
でも、
「私もこの石がいいな」
なんかしっくりくる。
「決まりね」
目が輝く。
「それと、首から下げる形状にするわ。使用時だけ手で触れられるように」
そう言って作業台に向かい、立ったまま製作を開始した。
……座ればいいのに。
椅子を出すのが面倒なのか、視線を落とすために床に膝をついている
懐中時計くらいの銀色の円に、いろんな結晶や金属をはめ込んでいく。
「そのサイズじゃ熱が逃げないよ」
一度だけカズラばあちゃんが声をかけた。
「許容範囲です」
ナナリエは顔も上げずに答える。完全に集中している。
「……へえ」
カズラばあちゃんはやれやれと腰を下ろし、私に煎餅をくれた。
「王になるやつってのは、みんな何でも自分でやりたがるのかね?」
「あれ?ばあちゃん、ナナリエが王位継承者って知ってたんだ?」
「人の顔なんていちいち覚えちゃいないよ。でも見りゃわかる」
机の上の煎餅を取る手が、横に逸れて、小さなピアス型の環に触れた。
「前に来たあいつも、自分で作るから場所貸せって勝手に材料使って……」
カズラばあちゃんの目が見開く。
「私の煎餅まで食って行きやがった。あんたより図々しいよ」
煎餅のこと、ずいぶん根に持ってるんだなあ。
でも……
「ねえ、それって今の王様のこと?」
それかその前の王様。ナナリエのお母さんとか?
カズラばあちゃんは、「はあ?」と呆れた顔をした。
「いや、これから王になるやつだろう」
これから王になるやつ?それってナナリエと……。
カズラばあちゃんはピアスをひとつ摘んで鼻で笑った。
「これはその時の失敗作さ」
ちらりとナナリエを見る。
「あの子と真逆で、『これもいらない。あれもいらない』って最低限の機能しか付けていかなかった。必要な部分も削って失敗して……こんなゴミまで押し付けおって」
そう言って、目を細める。
その人のことを懐かしむように。
「ばあちゃん、その人が自分で王様になるって言ったの?」
カズラばあちゃんはまた「何言ってんだ」って顔をする。
「いや……でも、見りゃわかるよ」
また、見りゃわかる、か。
カズラばあちゃんが勝手に言ってるだけか。
ころんとピアスが皿に戻される。
身分証というには小さい。
だけど、なぜかその大きさが果てしなく思えた。
「組み立ては終えたわ」
ナナリエが力の入った顔で戻ってきた。
懐中時計サイズのドーナツ型の銀色に、十二粒のオパールがぐるっと並べられていた。
ずいぶん盛ってるなあ。
「起動させてもらえる?」
「起動?」
「手で触れて、読み取る感覚よ」
「こう?」
神殿でコップの記憶を読み取った時みたいに——
環全体が眩しく光った。
十二粒の石が連鎖するように明滅する。
「起動成功——」
したと思った、
だけど、
熱。
「……!」
指先に鋭い熱が走った。
次の瞬間、光がぷつりと途切れる。
「……落ちた」
ナナリエが呟いた。
そこに、特別な感情は見られなかった。
事実を淡々と確認する感じ。
一つの事実に納得する、という表現が合いそう。
「今日はもう終わりだ。銭湯に行く時間だからね」
カズラばあちゃんが勢いよく立ち上がった。
銭湯に行く時間?
ちょっと待ってよ。
「あんたらももう帰んな」
つっけんどんに言う。
ナナリエは手元の環に視線を落とした。
「ああ、それと——」
どこからか取り出した桶と手拭いを脇に抱えて仁王立ちする。
「持ち帰りは禁止だよ。道具も材料も、全部アタシのものなんだから」
私たちは何か言う間もなく工房を追い出された。




