表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星粒のリテラエ ——暫定魔女が記録する、理系王女と最適解王子のたったひとつの“誤差”  作者: はなちゃん
第四章 結びと環りの国 〜私は、この世界を好きになる〜
PR
41/75

第41話 不確定な色

 海に臨む工業地帯カーネリアンの朝は早い。


 それは北の最大農業地域ペリドットに次ぐ早さである。



「もうお店が開いてるんだね」


 昨晩泊まった宿では朝食が出なかったので、私たちは飲食店街に向かっている。


「あれって学校?子供達がみんな入っていく」

「ねえ、あの小型の乗り物って庶民も乗れるの?」

「あ!あの、ふかふかしたやつ、シロップ選べるみたいだよ」


 次から次へと現れる珍しいものに、私は全て反応していた。


「アンリ——」

 ナナリエがぽつりと言う。


 あ、鬱陶しかったかな?


 よく言われる。少し口を閉じろって。


 この星へ来たばかりは言葉もわからなくて静かにしてたけど。


 少し、はしゃぎ過ぎちゃったかもしれない。


「——あなた、炭水化物が好きよね」


「え?」

 そうかな?意識したことないけど。


 それよりも、ナナリエの言葉が少し不思議だった。


「主食の比率が高いわ。肉や野菜よりも、穀物を食べる量が多い」

「いや……そう?よく見てるね」

 そういうの分析されるのちょっと恥ずかしいかも。


「起床直後の糖質補給は理にかなってるわ。いいわ、さっきの店にしましょ」

 ナナリエは、シロップの選べるふかふかのパンケーキ屋さんを指差した。


「卵と豆乳、それに砂糖の代わりに植物由来の甘味タンパク質を使用してるみたいね」

 店の看板に環をかざしながら情報を読み取って、それを説明してくれる。


 私にはただのパンケーキの絵にしか見えないけど、この絵の中に情報が書き込まれてるんだ。


 面白いな。


「シロップはどれにする?」


 そのままの位置でナナリエが私に確認した。


 あれ、このまま注文するスタイル?


「あ、この赤いやつで」

「わかった」


 最初に目覚めた街、琥珀宮はこうじゃなかった。


 お店の人に話しかけて、指差したりしながら、やっと注文をしていた。

 他のお客さんも対面注文をしていた記憶がある。


 西は不便だから、とナナリエが琥珀宮を出発する日に言っていたことが思い出された。


 もしかして……、


 最初に目覚めたのが南だったら、私は食事も取れずに行き倒れていたかもしれない。


 まあ、ナナリエが面倒見てくれたから食事できたわけで、彼女に拾われていなければいずれ破綻していたことは間違いない。


「テラス席でいい?」


 そのまま屋外のテーブルに着くと、しばらくしてパンケーキが運ばれてきた。


「昨日みたいに、視察にはよく行くの?」

 パンケーキを食べながら質問してみた。


「そうね、十五歳の頃から少しずつ」


 そういえば彼女の年齢について聞いたことはない。


「今は何歳?今年成人なんでしょ?」

「カレンダエの成人は二十歳よ」


「私より七つ歳下……」


 思わず声に出た。ナナリエは私の顔をまじまじと見た。


「……あなたの星の公転期間と、シリカの公転期間が同じとは思えないけど」

 その声はちょっとだけ硬かった。


 基準の違うものを比較しようとしたことで、ナナリエの検証癖を刺激したのか。


 もしくは、歳下扱いしたのがお気に召さなかったのか。


「じゃあ、五年間、ずっと視察をしてたんだね」

 全力で話題を逸らした。


「公務は視察だけじゃなくて、議会への参加も義務付けられてるの」


 ナナリエ、国会議員みたいなやつなんだ?


「王様になるために政治の練習をしてるってこと?」


 彼女が少し首を傾げると、乳白色の髪が柔らかく流れた。


「双王は統治しないわ。政治的権限は議会にあるの」

「え、そうなの?」


「双王は象徴みたいなものね。……そうね、立ってるだけだわ」

 ナナリエが少しだけ皮肉っぽく笑う。


「立ってるだけって」


 昔見た「立ってるだけのお仕事です」って求人、飛びついたら、全然そんなことなかったけど?


「じゃあ、どうして議会に参加したり、視察に行ったりしてるの?」


「柱を立てるには全体の構造を理解する必要があるでしょう?」


 ナナリエは少し視線をずらして路地を行き交う人々を見た。


「人々の営みを見ろ、とお兄様は言うわ」


 私も往来に目を向ける。


「五年間で各地を視察して、議会にも出てきた」


「地域ごとの問題も、だいたい把握してるわ」


 いや本当に有能だな、ナナリエ。


「でも、お兄様はそれでは足りないっていうの」


 虹色の瞳に、長い睫毛の影が落ちる。


「いつも、ハルジオン殿下と一緒に視察してるの?」


 ふと、列車工場のおばちゃんたちの会話がよぎった。

 今日は怖い方の殿下が来なくて良かったねってやつ。


「そうよ。どうしてわかったの?」


「なんとなく……」

 そこは笑って誤魔化した。


「だいたい一緒ね。双王は対で動くことが前提だから」


 ナナリエは軽く眉間に皺を寄せた。


「昨日の夜、お兄様から連絡が来たの。当分、公務にはアンリを帯同するようにって」


 お。それが私の仕事か?私には何の指示もないけど。


「いつもお兄様が段取りしていたから……」


 ——だから不安だったとは言わなかった。そこで言葉は止まった。


「自分で決めるのも悪くないわね」


 軽く苦笑しただけだった。


「アンリも一緒だし。心強いわ」


 そんなふうに言ってもらえるなんて嬉しいな。


「私も一緒に見学したの、楽しかった。きっと、一人で見るよりずっと」


「そうね。何度も見てきた工場なのに、私もとても新鮮だったわ」


 ナナリエの瞳に光が戻る。


「アンリのおかげね」


 真っ直ぐ伝えられると照れ臭い。


「まあ、人に教えると自分の勉強になるってこと、あるよね!」


 私はまた笑って誤魔化した。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 朝食を終えた私たちは、いよいよ私の身分証“環”を作る工房を目指すことになった。



 ……はずだったんだけど。



 気になってしまったんだ。


 私の悪い癖で。


「染め物工房?」


 様々な工房が並ぶ細い路地で、私は揺れる暖簾に引き寄せられてしまった。


 暑い陽射しの中、涼しげに揺れる青い暖簾。


 見ると、他のサンプルも軒先に並べられている。


 そして、なんとなくだけど、これ、体験できるやつ。


 読み取り端末がなくても、看板の意味がなんとなくわかった。


「染め物したいの?」

 ナナリエが少し厳しい目を向ける。


「いや、急いでいるのはわかってるんだけど。旅の思い出に……いいかなって」


 まあ、無理だよね。仕事で来てるんだもんね。


 そのとき軒先で揺れていた布が一枚、突風に飛ばされた。


 淡い黄色の、ハンカチサイズの布。



 ナナリエが素早い動きでキャッチする。


 動体視力もいいな。


 ナナリエは柔らかい色合いの黄色をじっと見つめ、そして工房の中に入って行った。


「え?待ってよ」


 私が追いかけて工房に入ると、ナナリエは中にいたお姉さんに布を手渡していた。


 ああ、飛んでしまったものを届けてあげたのか。


「体験できますか?」

 ナナリエが間を置かずに確認した。


 あれ?やるの?


「すぐご案内できますよ」

 水が滴るような声で、お姉さんが答えた。


 この地域の、やたら声の大きい人たちとは打って変わって、とても静か。


 見ると、髪の毛も深い湖のように青かった。


 この街の人たち、赤や橙の髪の毛が多いのに。


「この工房は、ろうけつ染めの専門ですが、よろしいですか?」


「蝋を使って染色を防ぐ技法ですね」

 ナナリエがすぐに返事をする。


 染め物の知識も頭に入っているのか、単語から瞬間的に推測したのかはわからない。


「こちらへどうぞ」


 作業場に入ると空気が湿る。


 甘い匂いは蝋の溶ける匂い?つんとした染料の匂いもする。


 作業台にはすでに、ピンと張られた真っ白な絹布と、琥珀色に溶けた蝋の鍋が用意されていた。

 部屋の隅では、出番を待つ染料の瓶が、色見本のグラデーション通りに並んでいる。


 たしか染料って、数日かけて煮出して調整するって聞いたことある。


 丁寧に作られた色は小瓶の中で宝石のように澄んでいた。


「本日体験していただくのは、下書き、蝋による防染、染色です。その後、乾燥、色を定着させる蒸し、蝋を落とす脱蝋は、私の方でお預かりいたします」


 すぐに完成品を受け取れないんだ。それは残念。


「後日ご自宅まで送ることもできますので、ご安心ください」


 お姉さんは流れるように説明をした。


「申し遅れました。私はこの工房を運営しております、ニゲラと申します」


 赤褐色のカーネリアンの石をはめ込んだ環を見せながら、緩やかにお辞儀をした。

 青い髪が緩やかに落ちた。


「私はアンリって言います。暫定的に魔女です」


 あ、自分で暫定って言っちゃった。


 だってナナリエが全然自己紹介する気配がないんだもん。慌てちゃったよ。


 ニゲラはゆっくり頭を上げて微笑んだ。


「王女殿下に足を運んでいただき光栄です。魔女さんにもお会いできて嬉しいわ」


 ああ。みんな知っているのか。


 普段、ナナリエは自己紹介ってしないのかも。


「ニゲラはサファイア宮から移籍してきたのね?」


 ナナリエは自分のことには触れずに、工房の主に関心を示した。


「はい。父は司法書士、母は裁判所の事務官をしております」

「ここは長いの?」

「今年で八年、まだまだ新人です」


「そう……自分でこの仕事を選んだのね」

 ナナリエは興味深そうに頷いた。


「さあ、まずは下書きから始めましょう。図案はお決まりですか?」


 図案……?何も考えていなかった。


 とりあえず花をいっぱい描いておけばいいか。難しい絵は描けないし。


 ニゲラは下書き用の筆を手渡してくれた。


 ……あれ。


 この世界、紙と鉛筆はないけど、筆はある?


「これって……」


「下書きに使うための道具です。染色や絵画ではよく使うんですよ」


 あくまで色をつけるための道具なのか。


 文字を書くためのものではなくて。


 ……でも、これを使えば文字で記録を残せる……。


 一瞬だけ考えて、私はその発想を打ち消した。


 大学院時代、教授について行ったフィールドワークで言われたことがある。


『異文化を研究するなら、“改善”しようとしないで』


 現地の子供たちに虫眼鏡をあげようとしたとき、教授は珍しく厳しい顔をした。


『便利な道具は文化を変える。しかも持ち込んだ側は、その変化の責任を取れないの』


 影響を与えずに関わることなんて、きっとできない。


 でも——少なくとも、自分から塗り潰したくはなかった。


 それに私は、言葉で伝えると決めた。


 そしてナナリエは、いつもそれを拾ってくれる。




「引いた線は最後には消えます。思いのまま、どうぞ」


 隣を見ると、ナナリエはすでに精密な幾何学模様を描いていた。


「ナナリエのそれ、三角形?」


「正四面体、シリカの結晶構造よ」

 ナナリエは顔を上げずに答えた。


 フリーハンドで機械みたいな直線を引けるなんて、どうなってるんだ。


 私も花の絵を描く。丸描いて、その周りに花びらを……。


「まあ、アンリは水の分子構造を描いてるのね」

 早々に描き終わったナナリエが私の下書きを覗き込んだ。


「いや……お花だけど」


「自然界の形は、結局どこまでも同じなのよ。小さな粒子も、花びらも、一番安定する配置へ向かうわ」


 ナナリエが生き生きとした表情で言った。ちゃんと楽しんでるな。


「次は下書きの線に沿って、蝋を置いていきます」


 ニゲラが細い器具を持ち上げる。 先端から垂れた琥珀色の蝋が、白い布に細い線を描いた。


「わ……」


 思ったより難しい。


 少し手が震えただけで、線が歪む。


「蝋が染み込んだ部分は、最後まで染まりません。残したい場所をなぞるイメージで」


 残したい場所。


 そこだけは染まらない場所。


 私は花びらの縁をゆっくり辿った。


 熱を持った蝋が布へ吸い込まれていく。


 隣ではナナリエが迷いなく線を引いていた。

 定規もないのに、結晶みたいな幾何学模様が正確に広がっていく。


「それ、本当に手で描いてる?」

「手作業の誤差範囲としては十分小さいわ」

 どういう返事。



 蝋が冷えるのを待ってから、今度は染料の瓶が並べられた。


「上から色を重ねていきます。蝋の部分だけ、色を弾くんですよ」


 ナナリエは迷わず鮮やかな群青を選んでいた。


 白い布の上に、夜空みたいな青が静かに広がっていく。


「染料は乾くと少し落ち着きます」


 私も……まずは青。ナナリエにつられたのかもしれない。


 筆に含ませた青が、布の上でじわりと広がる。


 綺麗だ。


 思った色より少し薄くて、水みたいに滲む。


 珊瑚宮の赤も入れよう。


 青の横に赤を置く。


「あ、あれ?」


 そこには突然、紫が現れる。


「色の混ざりも楽しんで。色に境界はありませんから」


 ニゲラが柔らかく笑う。


 はっきりした縁取りの青い瞳で、この人は境界のない景色を見ているのかも。


 えっと、じゃあ赤の隣に、黄色。


 私の花は、赤も黄色も混ざって、だんだん収拾がつかなくなってきた。


「……なんか、お祭りみたいになってきた」


「そういうのも、いいわね」


 ナナリエは群青の筆を置いて、少し迷って黄色をとった。


 群青の横に、黄色を置く。


 すると二つが混ざって優しい緑色になった。



「なんか、色が混ざるのってさ」


 隣あう色が互いに溶け合う様子をみて、私は呟いた。


「髪の毛の……原始的な接続の感じに似てるよね」

 

 じわじわと、いや意外と取り返しがつかない速さで、さっと滲む感じ。


 私は一方的に受け入れるだけだけど。



「……そうかもしれない」


 ナナリエはぽつりと答えた。


 黄色い筆を動かしながら、少しだけ記憶を辿るようにゆっくり話を続ける。



「以前、公務の帰りに、お兄様とカーエネリアンの飴細工屋へ寄ったの」


 飴細工!いいじゃん、私も行きたい。ここから近いかな?


「お兄様が誰かに聞いて、興味を持ったみたいで……でも、珍しく人伝ての情報しか持ってなくて」


 おやおや、段取りの王子が情けないね。


「運転中で手の離せないお兄様の代わりに、私が検索して」


 ナナリエなら瞬殺だろうね。


「口頭で伝えようとしたら、直接接続しろって言われたの。効率的だからって」


 染料をかき混ぜる、ニゲラの手が少しだけ止まるのが見えた。


 でも何事もなかったようにまた作業に戻る。


「位置情報も混雑状況も過去の商品も全部共有して、お店も目の前だったのに——」


 いや、情報量、多過ぎないか。


「——お兄様は『もうしばらくこのままにしておこう』って」


 ん?


「効率は悪かったと思うのだけど」


 ナナリエは不思議そうに首を傾げた。


「え、それって——」


 私が手を止めて顔を上げたとき、ニゲラが私の目の前に小瓶を差し出した。


「この色、珍しいんです。北の山でしか採取できない葉から抽出しました」


 ニゲラは真っ直ぐ私だけに向けて言った。



 瓶の中には、深い紫とも黒ともとれない、不思議な色があった。


 星のない宇宙を閉じ込めたみたい。


 賑やかすぎる私の布に少しつ置く。


 他の色と混ざっても、それを包み込むような深く暗い色。


「ちょっと収拾ついてきた感じ?」


「いいわね」


 ナナリエが感心したように頷いた。


 彼女の群青と光の布も完成したようだ。



「蝋を落とすまで、どんな模様になるか完全にはわからないんですよ」


 ニゲラが微笑む。



 そうか、まだ完成じゃないんだ。


「染料の入り方は、その日の気温や湿度でも変わりますから」


「……再現性が低いのね」


 ナナリエが小さく呟く。


「まったく同じものは作れません」


 ニゲラは静かに笑った。


「だから面白い、という人もいます」


 ナナリエは少し考え込む。


「条件変化込みで結果を最適化する技術体系、ということ?」


「ええ。職人は皆、その“不確定”を読みますから」


「たしかに面白いわ。受け取りは明日の朝でもいいかしら?」


「はい。明日、蝋を落としに来てくださいね」


 ニゲラが二人分の布を丁寧に受け取る。


 まだ鮮やかな染料を含んだ布は、光を透かしながら作業場の奥へ運ばれていった。



 自分で描いて、自分で色を置いたはずなのに。


 最後にどんな模様になるのかは、まだ誰にもわからない。



「……不思議ね」


 ナナリエが、小さく呟く。


 その横顔を見ながら、私はなんとなく思った。



 たぶん今、ナナリエは——



 “予定通りじゃないもの”を、少しだけ面白がり始めている。



「じゃ、次はいよいよ環だね」


 私は立ち上がった。


 工房の外では、昼に近づいたカーネリアンの光が、白い石畳に反射していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ