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星粒のリテラエ ——暫定魔女が記録する、理系王女と最適解王子のたったひとつの“誤差”  作者: はなちゃん
第四章 結びと環りの国 〜私は、この世界を好きになる〜
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第39話 海と太陽が近い街


 扉が開いた瞬間、熱がぶつかってきた。

 

 潮の匂い。


 焼けた石の熱気。


 鼻の奥を刺す香辛料の香り。


 思わず目を細める。


 眩しい。



 翡翠宮の柔らかな木漏れ日とは違う。

 白い陽射しが、真正面から街を叩いている。


「うわ……」


 ホームに降りた瞬間、黒い服が熱を吸った。


 暑い。


 春なのに初夏の陽射しだ。


 その横を、大きな荷物を抱えた男たちが笑いながら通り過ぎていく。


「だから東側の搬入口じゃ狭ぇって言っただろ!」

「狭くしたのお前だろうが!」


 ——喧嘩?

 と思った次の瞬間、二人とも大声で笑った。


 遠くで、ゴウン、ゴウン、と腹に響く音がする。


 巨大な機械が動いている音だ。


 列車の静けさが嘘みたいだった。



 駅舎を出た瞬間、視界が色で埋まった。


 赤、橙、青、緑、金、白。


 建物の壁一面に貼られた細かなタイルが、陽射しを反射してきらきら光っている。


 しかも、どの建物も形が違う。


 丸い。

 うねっている。

 階段が外に飛び出している。


 統一感がないのに、不思議と街全体はまとまって見えた。


「珊瑚礁みたい」

 思わず呟く。ここは色彩豊かな海底だった。


 その横を、子供が全力で駆け抜ける。

「うわっ」

 どん、とぶつかられ、よろけた私の前を、そのまま走り去っていく。


「こら待ちな!!」

 後ろから父親らしい男性が追いかけてきた。


 さらにその後ろから、

「海側行くんじゃないよ!!あんた方向音痴なんだから!!」

 母親の怒鳴り声が飛ぶ。


 家族全員、声が大きい。


「騒がしいね」


「珊瑚宮は音量が大きいの」

 ナナリエは慣れた様子で言った。

「感情表現も直接的だわ」


 そしてわずかに笑った。

「わかりやすいのは嫌いじゃない」



「おや」

 不意に、買い物袋を抱えたおばあさんたちが足を止めた。


 三人並んで、じーっと私を見る。


「……?」


「ああ、あんたが魔女かい」


 え。


「黒い髪に黒い目って聞いてたけど、本当だねぇ」

「昨日の今日で見られるなんて思わなかったよ」


 なんで知ってるの!?


 思わずナナリエを見る。


 でもナナリエは平然としていた。


「情報伝達が早いのよ、この国」


 絶対それだけじゃない。


 おばあさんたちはナナリエにもにこにこ笑いかける。

「お姫さん、今日は視察かい?」


「ええ。カーネリアン宮へ向かう途中よ」


「あらまぁ、ご苦労さんだねぇ」

 おばあさんたちは勝手に納得すると、


「せっかくだから海岸通りで揚げ菓子食べていきな!」

 と、ものすごい勢いでおすすめだけして去っていった。


 揚げ菓子か……それもいいな。



 そのとき、遠くで短い笛の音が鳴った。


 反射的にそちらを見る。


 広場の一角。

 黒と朱を基調にした軽装の集団が、一糸乱れぬ動きで走っていた。


「——七、八、九!」


 声が揃う。


 足音まで揃っている。


 全員、二十歳前後くらいだろうか。


 日に焼けた肌に、無駄のない身体。


 腰には短い棒状の武具を下げている。


「訓練生?」

「ええ。珊瑚宮の所属候補よ」

 ナナリエは歩調を変えないまま答えた。


「警備、消防、災害対応、沿岸警備。適性によって配属が分かれるわ」


 へえ、と呟きながら横目で眺める。


 隊列訓練を終えたらしい訓練生たちが、そのまま広場の外周へ駆け出していく。


 すると、一人がこちらに気づいた。


 一瞬だけ目が合う。


 ——次の瞬間。


「うおっ、魔女だ!!」

 列が乱れた。


「前見ろ馬鹿!!」

「いや見てみろって!!」

「東の姫さんもいるぞ!!」

「声が大きいんだよ!!」


男たちがぶつかり合いながら声を張り上げる。


「訓練中だぞ!」


 教官らしき人物の怒号が飛んだ。


「隊列を戻せ!もう十周追加だ!」


 瞬く間に隊列が揃う。


 でも訓練生たちは笑っている。


 怒鳴られているのに、どこか楽しそうだった。



 一角で銀色の光が反射した。


 ひとりだけ肩や胴に鎧をつけている人がいる。


 片方の肩には朱色のマントが靡いている。


 よく響く声で訓練生たちを指揮しているようだ。


 あれは……


「女の人?」


 私の声が聞こえたはずはない。


 だけど彼女は視線をこちらに真っ直ぐ向けて、頷いた。

 

 え?私に向けて?


 そのまま、こちらへ近づいてくる。


 一つに束ねられたオレンジ色の髪が歩調に合わせてしなやかに揺れる。


「やあ、ナナリエ」


 間近で見るととても大きい。日に焼けた肌に汗が滲んでいた。


「ロタラ。相変わらず勇ましいわね」

 ナナリエの声には少し感情が乗っていた。


「君の持久力には負けるよ」

 歯を見せてさわやかに笑った。

「さすが次代の結王だ」


 王様と持久力に何の関係が……?


 ナナリエは何も答えず、ロタラの視線が私の方へ向く。


「ナナリエ、紹介してくれないか?」


 その言葉を聞いて、ナナリエは「そうか」と頷き、私を見た。


「アンリ、この人はロタラ。珊瑚宮の武門イサリダ家の姫君よ」


「珊瑚宮第一守衛団団長ロタラだ。よろしく」


 えー。姫君なのに武人って。めちゃかっこいいやつじゃん。


「ロタラ。この子はアンリ。私の……」


 ナナリエが言い淀む。


「いえ……暫定的に魔女ということになっているわ」


 待って。ナナリエ。「私の」の続きを聞かせてほしい。

 なんて言おうとしたの?


 声にならなくて口をぱくぱくさせてたら、ロタラが笑った。


「ハルジオンが周知してた子だね」


 え?周知って。怖いわ。


 さっきのおばあさんたちも、訓練生も、それで知ってるってこと?


「魔女……の、アンリです。よろしくお願いします」


 私はしおらしく言った。


 他者との境界が曖昧な国カレンダエで、プライバシーを叫んでも仕方がないんだろう。


「そうだ、ナナリエ。今年の結環の儀も私が立つことになったよ」


「今年も?珊瑚宮はあなたたち兄弟が毎年順番に交代してたじゃない」


「そうなんだけどさ」

 ロタラが前髪を掻き上げながらため息をつく。


「今年は本家じゃなくて、親戚の子が決まってたんだ。だが……」

 彼女の橙色の目が険しくなった。


「直前でやめたらしい」

「どうして?」


「わからない。イサリダのご隠居の指示だ。私たちは従うしかない」


 ナナリエは納得いかなそうに、わずかに眉間に皺を寄せた。

 でも考えても無駄だと言いたげに顔を上げる。


「でも、ロタラが一緒なら安心だわ」

「君は初めてだもんね」


 爽やかに笑ったとき、遠くから訓練生の声が飛んできた。


「団長!!追加十周全員終わりました!!」

「さて、戻らねば」


 ロタラが踵を返すと、マントが空気をさばく音がする。


 だけど、その足がぴたりと止まる。


「ちょうどいい。訓練に参加していかないか?」


 え?なに?外周走るやつ?消防訓練?防災訓練?私にできるやつ?


「あら、それはいいわね」

 勝手に了承するナナリエ。


 あわあわと口を開けてる私にロタラがにっこり微笑んだ。

「大丈夫だ。きっと役にたつ」




「まず地面を、次に風を見るんだ」

 広場に片膝をついてロタラが言った。


「傾斜と水はけを確認。そして風向き。南は特に海風の影響を受ける」


 ロタラが立ち上がると、訓練生たちが担いできた布の束をどさっと地面に置いた。

 その布をみんなで広げる。


「魔女ちゃん、そっち」

 訓練生のお姉さんが視線で指示する。


 このあたりかな?私は布の端に手を伸ばす。

 そのタイミングで突風が吹き、布が捲れ上がって、顔にぶつかる。

「うっぷぁ」

 変な呻き声が出てしまった。


 訓練生たちが楽しそうに笑う。

「がんばれー」


 その向こうで金属製の骨組みを運ぶ人たちがいる。

 ——そこにナナリエも普通に混ざっていた。


 身長の倍以上ある柱を軽々運んでいる。

 いつもの静かなナナリエからは想像つかない。

 たしかに、いつも早歩きで体力はありそうだとは思っていたけど。


 ぼやーっと見惚れているうちに、柱が組まれていく。


 「アンリ、そこ固定して」

 ナナリエが声をかけてきた。

 

 はっとして、布の端の、小さな筒状の部分に柱を通した。

 そのまま全体の骨組みが出来上がる。


「そっちいいか!?」

「いける!ロープの準備もいいな!?」

「いつでも!!」

 風に負けないように皆が大声を張り上げる。


「せーの!!」

 大きな掛け声がかかって、柱が立ち上がり、布の屋根が風を受ける。


 私も訓練生のお兄さんとお姉さんの間で柱を支えている。

 私の力が役に立っているかはわからないけど……。


「ロープ引け!!」


 え?ロープ?これ?


 慌てて手に取ろうとしたとき、足に絡まって身体がぐらっと倒れた。


「慌てなくていい。皆が支えている」

 耳元で声が聞こえた。

 ロタラが私の腰を支えてくれていた。


「これが緩いと風で潰れる。だが、引き過ぎれば布が裂ける」


 ロープを引きながら杭を打ち込む。

 ロタラの声は張り上げるでもないのに、風の中でもよく聞こえた。


「支柱を立てることも、風を読むことも大事だ。そして、最後に力の均衡を取る」

 

 また突風が吹いて、立ち上がった屋根が揺れた。


「ここね」


 反対側でナナリエが表情を変えずにロープを引いて調整した。


 安定する。


「おお!!さすが東の姫さん!!」

「物理法則の申し子!!」

「おもしれー!!」

 歓声が上がる。


 ナナリエは満足そうに見上げた。


 私も見上げる。


 みんなで建てた大きなテント。


 もう、ここに住んでもいいかも。


 私は吹き飛ばされたり、絡まったりしてただけだが。


「迅速な仮設拠点の設営は災害訓練の基本だ。各自、復習しておくように」


「はい!!」


 訓練生たちが腹の底から返事をする。

 イエス・サーと言っているのか、アイマムと言っているのかはわからないけど。

 とっても溌剌とした力強い声が、揃って風を押し返していた。


 

 そのあと、別の班が調理していた肉団子入りの赤いシチューを分けてもらって、

 ガヤガヤとしたなかで昼ごはんを食べた。


「身体を動かしたあとの、ご飯は最高ですね!」

 私はおかわりをもらった。味も濃くて香辛料も効いてて、いくらでも食べられそう。


「もっと食って、筋肉つけろよー」

 訓練生たちが豪快に笑う。


「食事を楽しんでばかりもいられないわ」

 ナナリエが静かに立ち上がる。


「もう行くのかい」

 ロタラが声をかけた。


「午後にカーネリアン宮で、列車工場の定期視察があるの」


 ……え?そんな予定が?

 工房に行って、私の身分証を作るだけだと思ってた。


 ランチタイムの終了を予感して、私はシチューをかき込む。

 

「そうか。国の柱になる者は休む暇もないな」


「……柱は一度立たせたら、あとは何もすることはないわ」

 ナナリエが皮肉げな表情をした。

 彼女の言葉にしてはずいぶん抽象的だった。


「支えるということは、何かを作るより重い」

 ロタラは肩をすくめた。まるでそれ以上言いようがないみたいに。


「ごほっ」


 よそ見していたら、肉団子が喉に詰まった。


「育ち盛りはよく食べるなー」

「ほら、水飲め」


 ナナリエとロタラも私を見て軽く笑った。

 その会話はそこで終わったようだった。




 ロタラと訓練生たちにお礼を言って、広場を後にした。

 

 一つ目の太陽は真上にある。


 気温もさらに上がった気がする。


「さ、乗り換え駅はすぐそこよ」


 海の匂いが風に乗ってやってくる。


 そういえば海岸通りに揚げ菓子のお店があるんだっけ。


 おばあさんたちが言ってた。


「ちょうど発車時刻ね。急ぎましょう」


 ナナリエは風に髪を靡かせて颯爽と歩いていく。


 ……どうやら、海岸通りの揚げ菓子はおあずけのようだ。


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