第33話 西の魔女
「スヴェロギ・ハルジオンだ。雇い主の名前はよく覚えておくように」
偉そうな名前だ。
「長いですね」
「すぐ慣れる」
間髪を入れずに返される。
「僕の名前も覚えて。ヒモロギ・エンジュ。まあ、エンジュでいいけど」
微妙に似た音だな、と思う。
「……似てますよね」
「語源が同じだ」
ハルジオンが淡々と言った。
「スヴェロギもヒモロギも、カレンダエ最古の家門だからな」
「まあ、大昔に政事と祭事が途中で分けられたって感じだよ」
エンジュが伸びをしながら言った。
「へえ」
「そしてナナリエの家門、ユニワが現存四家の中では最も新しい系統にあたる」
「新しいって言っても、だいぶ昔だけど」
エンジュが軽く笑いながら付け足した。
「あー、四つ、王様の家系があるんですよね」
思い出したように言うと、
「国のことを理解しようという姿勢は評価しよう」
上から目線で褒められた。
「もうひとつは?」
「南の珊瑚宮、イサリダだ」
ハルジオンは軽く答えた。
その一瞬、エンジュから微笑みが消えた。
翡翠の瞳の温度が下がり、ハルジオンを一瞥した。
——なぜか、それが引っかかった。
「——まあ、君もこの国の一員だ」
君?
今、君って言った。
——お前じゃなくて。
「これからは存分に観察と記録をするといい」
蜂蜜色の微笑みが戻ってきた。
逆に怖い。
そのとき、
柔らかい光が反射して、彼女の訪れを感じた。
「ナナリエ!」
やっと戻ってきた!
「アンリ……待たせたわね」
珍しくふらふらと足元がおぼつかないほど疲れ切った様子で、
ナナリエは私の元まできて、ぎゅっとしがみついた。
その手が、ひんやりして心地いい。
呼吸を整えると、顔を上げ、ハルジオン…殿下を睨みつけた。
「お兄様……置いていきましたね」
恨みがましい声だ。
「あのあと、建国からの二千八百年の記録を、大おばあさまに延々共有されてたんですよ」
「大おばあさまは、ナナリエが可愛くて仕方ないんだろう。成人の祝いのつもりさ」
ハルジオン殿下は春の日差しのような微笑みを向けた。
ははあ、ナナリエの気配を察知して、また蜂蜜王子になったな。
それから少しだけ声の調子を変えた。
「……ところで、私たちからも成人祝いを用意した」
「え?それはエンジュの活性化した細胞をもらうって——」
「あはは、それはまだ気が早いんじゃないかな、ナナリエ」
エンジュがひらひらと手を振って、苦笑いで言葉を遮る。
余裕のある笑みを崩してはいないけれど、その頬がわずかに引きつっているのを私は見逃さなかった。
しかし、成人のお祝いが細胞って。ナナリエ、本気だな。
「それより、もっといいものだ」
「?」
「彼女の所属が決まった」
ナナリエの視線が、すっと私に向く。
「……所属?」
「ナナリエ。君は彼女をどこに位置づけるべきか、ずっと測りかねていただろう」
少しだけ間があって、
「……そうかもしれません」
「これで、君のそばにいられる」
「……アンリが、ここにいてくれる……」
ナナリエの声が、わずかに柔らぐ。
「環の発行は、彼女の特性上難しいが、代わりの身分証を用意する」
「お兄様……」
「彼女の存在を、カレンダエは正式に認める。所属は西、記録を司る琥珀宮だ」
あれ?そこまでは聞いてないけど。
「職業は暫定的に魔女とする」
「魔女……」
「彼女自身がそう名乗った。問題ない。——今日から、ナナリエ付きの魔女とする」
「お兄様!」
ナナリエが顔を上げる。
エンジュが、くすりと笑った。
「良いお祝いになったでしょ?」
「……そうね。エンジュの細胞をもらうのは、次回にするわ」
「……」
エンジュは何も言わなかった。
いや、なんか二人からのお祝いに勝手に私が使われてるんですけど。
これって、最初からこの二人はこれが目的で……?
主に、そこの光合成する若宮司。
手のひらで踊らされてた?
……いや。
見えない意図なんて考えても意味ないって、さっき自分で言ったやつじゃん。
ナナリエを見た。
すごく、嬉しそうな顔をしている。
……それなら、ま、いっか。
それでいい気がした。
「最初から、私を頼ってほしかったな」
ハルジオンがナナリエに向けて、やわらかく微笑んだ。
ナナリエは一瞬だけ目を伏せて、
「……ありがとうございます」
小さく答えた。
そのやり取りを横目に見ながら、
エンジュが肩の力を抜いた。
「いやあ、環を無効化するって聞いたときは焦ったけど、無事に新しい個体登録に落ち着いてよかったよ」
「どういうこと?」
「え? あー……まあ、そういうこと」
少しだけ言葉を濁してから、
エンジュは私を見た。
「あれ、分類されたって思った?」
ラベルにマジックで太字書きされるかと思ったよ。
「……まあ、ちょっと」
エンジュは、少しだけ笑った。
「……そう見えるよね」
一呼吸置いて、言葉を選ぶように続ける。
「でもね、この国、枠の外にいると——誰にも拾えないんだ」
「そのままの君は素敵だけど、そのままじゃ、僕たちは何もできない」
翡翠色の瞳が穏やかに揺れる。
「ハルジオン、制度側の人間だから、ああいうことしかできないけど」
ほんの少しだけ目を細めて、
「——優しいでしょ」
優しい……のか。
「でも、なんで琥珀宮なの?」
ナナリエと同じところがよかった。
「……それもあるけど」
エンジュが少しだけ笑う。
「神殿でもよかったんだよ?最初はそっちも考えてたし」
「研究者としては、学術の都ってちょっと憧れるけどなあ」
「え?」
エンジュは首を傾げた。
「あそこは、君とは全然違うよ」
違うって言われるとすごく気になる。
「そう?」
「うん。君、ナナリエより——どっちかというとハルジオンに近い」
「え、どこが?」
「人の生活を楽しそうに見てるとこ」
……そんなことある?
「それに、記録は西の領分だからね」
エンジュは軽く肩をすくめた。
「今日から君は西の魔女だ」
——そういうことになったらしい。




