第32話 友人でも、客人でも、研究対象でも
けっきょく何を確認されたのか、実はよくわかっていない。
職業を聞かれたから、答えて、
その内容はこの国では存在しない概念で、
唐突に納得して光合成を始める木漏れ日の若宮司と、
不可解すぎて頭を抱えている蜂蜜色の殿下が、
どうやら私をこの国の言葉で定義しようとしていることがわかったから、
あちらの思惑——いや、枠にはハマりたくなくて、
こっちから定義してみたんだ。
そしたら、なんか——
「魔女、か。悪くない」
「うん、魔女って感じ、するね」
腑に落ちたって顔して二人はお茶を飲み始めた。
「この星の子じゃないから、君は知らないだろうけど」
エンジュは翡翠色のねっとり餡のお菓子をもぐもぐしながら言った。
「カレンダエは四百年くらい新しいものが入ってきてないんだ」
「四百年?」
ずいぶん長いな。
「この国の歴史は長いんだね」
「建国して二千八百年くらいかな」
なるほど、これは神々が建国したときから数えてるやつだな。
「長いのかどうかもわからんが」
ハルジオンは晶盤を取り出して何か作業をしているようだ。仕事か。
他の文化と比較しないから、長いのかわからないんだよ。
……そう言おうとしたときに、エンジュが言葉を継いだ。
「ずっと新しいものが入って来なかったから、君の扱いに困ったんだよね」
名前をつけて分類したら安心ってことか。
あのとき「マジョ」って言ってた子供達と同じだな。
でも、ナナリエは私を何にも分類しようとはしていない。
——今のところは。
ふと、疑問に思ったことを口に出した。
「でも、他の国からお客さんが来るんじゃないの」
外交とかあるだろう。そういう外から来た新しい概念とか、あるんじゃないの。
「記録上、四百年より前には他国との交易はあったが、現在はない」
ハルジオンが顔を上げずに答える。
鎖国ってやつ?ちょっと違うか。
でも、こっちが用はなくても、向こうから来たりするんじゃないの?
侵略とか、漂着とか、冒険とか。
「みんな、生まれ育った土地を離れて生きることはできないからね」
エンジュが私の顔をじっとみながら言った。表情を確認されてるのかも。
土地を離れられない——
なんとなくエンジュの顔を見てしまう。
この樹木のような人。
土地を離れられないという意味が、そこにある気がした。
「とにかく、魔女っていう枠が見つかってよかったね」
エンジュがにっこり微笑んだ。
そんなに喜んでもらえるとは。
——この雰囲気なら、頼めるかも知れない。
「あの、お願いがあるんですけど」
「別のお菓子が欲しいのかな?」
「いえ、もっと根本的な自立というか……、仕事を紹介してもらえませんか」
半分はハルジオンに言っている。聞いてるかわからないけど。
「カレンダエに定住する意思があるのか」
やっぱり顔を見ずに応じる王子。
「いつかは帰ると思うんですけど、当面は」
帰り方、わかんないし。
「ナナリエが面倒見てるんじゃないの?」
「それなんだけど、今年ナナリエが成人だって聞いて——」
言いかけた瞬間、
ハルジオンは顔を上げ、エンジュは持っていたグラスを落とした。
「え、大丈夫?」
「うん、うん、それで?」
「あー、だから、友人としてナナリエにお祝いをしたいの」
さすがにナナリエから資金を工面してプレゼントを贈るわけにもいかない。
いちおう、異邦人、いや異星人だから不法就労で迷惑もかけられない。
この国の王子とかそのへんの偉い人の許可がもらえれば話は早そうと思ったんだ。
……けど。
「友人……」
ハルジオンとエンジュは顔を見合わせる。
「あ、友人じゃなくて客人って言われてましたよね……」
少し弱気になってしまう。
「ナナリエは何度も私を助けてくれて……」
何から話せば良いんだろう。着地点も見えずに始めてしまった。
「今朝も、王都の大事な記録を消しちゃって……」
「ああ、報告は受けてる」
「はや!」
「……一時的な障害と聞いているが」
「ナナリエが庇ってくれたんだねえ」
そう、ナナリエが庇った。
でも——
「そのとき気になったんです」
ここに来る車の中で、ずっと考えていたことだ。
「ナナリエは、私の個体認証が目的だったのか、それとも、私の“情報を吸収する現象”を確認することが目的だったのか、わからないなって……」
「ナナリエなら、ありえるね」
エンジュは受け止めてくれたけど、ハルジオンは鋭い視線をこちらに向けた。
「意図を聞こうと思ったんです。でも……」
二人は何も言わずに、私の言葉を待っていた。
「でも、それが親切なのか好奇心なのか、たぶんナナリエの中で——」
聞かなくても、私の中にはすでに答えがあったんだ。
「——きっと分けて考えてない」
ハルジオンとエンジュの呼吸が一瞬止まったのを感じた。
二人は、否定しなかった。
——それは、この二人がずっと知っていて、けれど誰も言葉にしなかったことのようだった。
「だから——どっちでもいいんです」
言葉に出すと確信に変わる。
「友人でも、客人でも、——研究対象でも」
「私にとっては、友達なので」
聞いてくれる人がいるって、いいなと思った。
それで、十分だった。
ハルジオンは相変わらず、値踏みするような視線を向けてくる。
隣を見ると、エンジュも——穏やかじゃない。静かに何かを測るような顔をしていた。
……でも、なんか、ちょっと、
「あのー、怒ってます?」
そう聞いてみたものの、それとはちょっと違う感じだった。
「いいと思うよ」
エンジュは静かに頷き、そしてハルジオンに視線を送った。
何か、許可を出すみたいな少し強い言い方だった。
「仕事が欲しいと言ったな」
「はい……」
「ならば正式にカレンダエの魔女として、ナナリエに付くことを認めよう」
……いやいや、仲良しアピールしたかったわけじゃなくて、仕事が欲しいんだけど。
話が通じてないな、と困惑しかけた時、エンジュがにっこり微笑んだ。
「ハルジオンは、カレンダエの任を裁可する権限を持っている」
人事権ってこと……かな?
「——つまり、正式な任命だよ」
国の、正式な、任命。国家公務員っていうやつ?
「まあ、そうしろと圧を掛けたのはエンジュだが」
「いいと思うとしか、言ってないじゃないか」
「お前が言えば同じ意味だ」
カレンダエの魔女が何の仕事なのかわからないけど、仕事ってことなら——
「じゃあお給料は国から支払われるの?」
「いきなり不躾なやつだな」
「待遇の確認は大事だよね」
「雇用条件は追って連絡する」
やったー!よくわからないけど、仕事が見つかったー!
「ありがとう!ハルジオン!」
うれしい。
喜びすぎて踊ってしまった。
そんな私に低い声が落ちる。
「……殿下だ」
ハルジオンが不適な笑みを浮かべてこっちを見ていた。
「国の下で働くなら、当然、俺の配下となる」
そうだ、この人、カリスマ鬼畜経営者だった。
「ハルジオン殿下と呼ぶように」
とんでもないブラック企業に就職してしまったのかも知れない。




