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星粒のリテラエ ——異世界転移した文化人類学者、理系王女と最適解王子の“誤差”を観測する  作者: はなちゃん
第三章 木漏れ日の若宮司エンジュ 〜私は、暫定的に魔女になる〜
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第31話 そして、魔女になる。


「お代わり、どう?」


 エンジュが、やわらかく首を傾げた。


「さっきの続き。もう少し君のこと、知りたいな」


 逃げ場を塞ぐ感じはないのに、断れない。


「……何が好きなの?」


 あまりにも普通の質問だった。


「好きなもの、ですか」


 少し考える。


「食べ物なら、ほかほかしたもの」

「うん」

「あと、朝の空気とか」

「うん」

「こういう、風が通る場所も好きです」

「いいね」

「人が集まって、なんでもない話してる時間とか」


 エンジュは、ただ頷いている。

 評価もしないし、急かしもしない。


 だから、

 つい、続けてしまう。


「知らない街を歩くのも好きです」

「へえ」


 エンジュは、ただ楽しそうに頷く。


「それで?」

「市場とか、お祭りとか。みんながそれぞれ違うこと考えて動いてるの、好きです」


「どうして?」

 少しだけ言葉を探す。

「……何が大事にされてるのか、見えるから」


 手元のグラスを指でなぞる。


「それを見てるのが、楽しいというか」

「うん」


 エンジュが、やさしく笑う。

「君らしいね」


 その一言で、

 変に説明しようとしていた力が抜けた。


「だから、観察してる感じです」


「それが好きなんだね」

「はい」


 流れに乗せられるように頷いてしまう。


「ハルジオンとちょっと似てるよね、好きなもの」


 エンジュが横を見て微笑んだ。


 え?似てる?


 話を振られたハルジオンは、それを受け止めなかった。



「さきほど——」

 その代わり低い声で割って入る。


「職業病みたいなものだと言っていたな」

「はい」


「お前の職業はなんだ」


 改めて問われると、胸を張って良いものか迷う。


「研究者です」


「ナナリエと同じか。専門は?天文か、磁気理論か、それとも物質工学か」


「いえ……」

 少し言いよどむ。


「人々の営みの観察というか……」

「経済か?」


「経済も見ますが、もっと内面的な……意味とか、習慣とか」

「神学かな?」

 エンジュが意外そうな顔で割り込んだ。


「神ではなく、人です。あ、でもお祭りなんかは研究対象になります」


「祭りを研究してどうする」

 間髪入れずに返ってくる。

「あれは人から人へ共有されるだけのものだ」


「……その“共有のされ方”を見ます」


「され方?」


「同じように見えて、少しずつ違っていくんです。意味も、形も」


 ハルジオンの目が、わずかに細くなる。

「違う? 共有されているのに?」


「はい。だから記録したり、比較したり——」

「なぜだ。共有できるなら、保持されているだろう」

 怪訝そうに瞳が曇る。


「わざわざ外に残す必要がどこにある」


 外に残す……


 ——ああ、そうか。


 この世界には“外側”がない。


 この人たちには、“保持する”必要がない。


 意識をまるごと共有できてしまうのだから、ズレは発生しない。


 ……だから、“記録する”という発想自体が存在しない。


「何のために、観察し、記録するのだ」


 言葉を探す。


「観察は手段じゃなくて、それ自体が目的なんです」


 ハルジオンの目が、わずかに細くなる。


 甘いはずの瞳がずいぶん険しい。


 逃げ場がない。


「……」



 ——この国の言葉で伝えられるだろうか。


 ふいに、ナナリエの声が蘇った。


 ——あなたの星に、あるものかしら?


 そうだ。この星にないものを伝えることは難しい。


 でも、そこで止まったらだめだ。


 研究者——


 ……この肩書きは、ここでは使えない。



「見るために、見る」


 そのまま言った。


「見えるものは、見える」


 そこで、ふとエンジュを見る。


「……だよね?」


 確認みたいに。


「ああ〜」

 エンジュが、楽しそうに笑う。


「さっき僕が言ったやつだね」

 くすくすと、軽く笑う。

「いいと思うよ」


「……観察と記録か」

 何も納得していないという顔で、ハルジオンは右手で額を抑えた。


 琥珀の環に光が反射した。

 ——記録と伝統を担う琥珀。


 右手が下がり、その下から琥珀と同じ色の目が現れた。


「では、改めて聞こう」


「なぜナナリエのそばにいる」


「……近くにいたから、です」

 あっさり答えてから、少しだけ考える。


「まあ、ナナリエ、面白いですし」

「面白い?」

 ハルジオン殿下の声が、わずかに低くなる。


「はい。みんなが恋バナしてる最中に都市論語り出したり」


 指折り数えるみたいに続ける。


「泣きべそかきながら反省したかと思ったら、次の瞬間けっこう核心ついたこと言ってきたり」


 エンジュが、くすっと笑う。

「……らしいね」


「一緒にいて、退屈しません」

 少しだけ肩をすくめる。


「だから近くにいる、っていうだけで」

 そこで、ふっと言葉を切る。


「別に、ナナリエじゃなきゃだめってわけでもないです」


「……そうか」


 声は重い。


 もっとナナリエを讃えるように言った方がよかったのかな。


 でも——


「僕の質問はもう終わり」


 エンジュがすっと立ち上がって伸びをした。


 木の枝が太陽に向かって伸びていくみたいだった。


 終わりって、どういうことだろう。


 少しだけ不安になった。



「そうだな……しかし」

 ハルジオンは疲弊した目で私を見た。


「定義できないものを制度に乗せるわけにはいかない」

 一度、こめかみを押さえる。

「お前の扱いを決める基準がない」


 私の、扱い。


 それを決める。


 ——結論を出すってこと?



「制度に乗せなきゃいいんじゃない」

 エンジュはもう席を離れ、木漏れ日を浴びて休憩をしている。


「ならば神殿で預かるというのか?」

 そんなエンジュを、逃さないぞと睨みつけるハルジオン。


「いや……それはナナリエが乗り込んできそうだから、遠慮しとくね」 

 少ししおれるエンジュ。



「お前は、なんだ」


 また最初の質問にもどった。


 でも妙に空気が軽い。


 これは私の結論が出るってことだ。


「……あの」


 私も立ち上がった。


 実は少しお尻が痛くなっていたんだ。


「定義が必要なら、暫定的なものでもいいんじゃないですか」


 琥珀と翡翠、それぞれの視線がこちらに向けられる。


「暫定、好きじゃないですか。殿下」

「暫定が好きなどと、誰が言った」

 即座に返される。


「でも、使ってはいるでしょう」


 立ち上がったら、少し気持ちが大きくなった。


「私は、この星の人間ではありません」


「そして、この身体の本来の持ち主でもない」


「だから——あなたたちの枠組みで理解しようとすると、齟齬が出る」


「……聞こう。その暫定的な定義を」


 試すような視線。


「……魔女、とか」


「なんだそれは」


「うーん……」


 少し考える。


「定義しきれないものを、とりあえず外に置いておくための名前、ですかね」


 軽く言ったつもりだった。


 でも、


 口に出した瞬間、


 それが妙にしっくりきた。


「外からこの国を観察する不審人物の称号、ということにしましょう」


 口にした言葉が、少し遅れて自分の中に沈んでくる。


「私は暫定的に、魔女です」

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