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星粒のリテラエ ——異世界転移した文化人類学者、理系王女と最適解王子の“誤差”を観測する  作者: はなちゃん
第三章 木漏れ日の若宮司エンジュ 〜私は、暫定的に魔女になる〜
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第30話 お前は、なんだ

「——お前は、なんだ」


 間をおかずに、来た。


 問いというより、断定に近い。


 逃げ道を最初から塞ぐ言い方。


「人間だ、とでも言う気か?」


 まっすぐに見据えられる。


 試されている、というより——


 分類されようとしている感覚。



「ありのままの君を話せばいいよ」


 穏やかにエンジュが微笑む。


 いや。

 

 良いこと言ってる風だけど、今じゃないでしょ、それ。


「……えーと」


 少しだけ考える。


 考えて、


 あ、これ——


「迷子、かな」


 ぽつりと答えた。


 自分でも、妙にしっくりくる。


 ハルジオン殿下の眉が、わずかに動いた。


「ならばなぜ平然としている」


 間髪入れずに返ってくる。


「気落ちすることもなく、街を歩き回り、人に話しかけ、挙げ句の果てに——」


 一瞬だけ視線がテーブルに落ちる。


「呑気に菓子を食べている」


 責めている、というよりは確認だ。


 行動と定義が噛み合っていない、と。


「そこに美味しいお菓子があるから……」


 正直に答える。


 エンジュが、くすっと笑った。


「気落ちしない理由にはならん」


「いや、でも」


 少しだけ言葉を探す。


「そこに人の営みがあれば、観察したくなるもので……」


 口に出してから、


 あ、これ、


 いつものやつだ、と思う。


 エンジュがまた笑った。


「エンジュ」


 低く呼ばれる。


「……笑うな」


「ごめんね」


 全然悪びれていない声で返す。


 場がほんの少しだけ緩む。



 でも、


「——では、なぜ見える」


 すぐに引き戻された。


 逃がさない、という意志。


「なぜナナリエのそばにいる」


 畳みかけるように続く。


「共鳴に関わる存在であるならば、説明がつくはずだ」


 説明。


 理由。


 因果。


 全部、求められている。


「……」


 一瞬、言葉に詰まる。


 見える理由。


 そばにいる理由。


 ——考えたことが、ない。


「わかりません」


 正直に言う。


「気づいたら、そうなってました」


 自分でも曖昧すぎると思う。


 でも、それ以上が出てこない。



 ハルジオン殿下の目が、わずかに細くなる。


「——どこから来た」


 次の問いは、少しだけ低かった。


 深く、踏み込んでくる。


「……」


 来た。


 そこ。


 そこは——


 答えなきゃいけないのに。


 答えられるはずなのに。


 頭の奥に、何かがある。


 確かにあるのに、


 輪郭だけがぼやけている。


 思い出せることは、たくさんある。


 自分の名前、訪れた場所、読んだ本、好きな食べ物、出会った人たち。


 どうでもいいことまで、やけにはっきりしているのに。


 —— 一番大切な場所だけが、抜け落ちている。


 声。


 匂い。


 手のひらに伝わる温かさ。


 身体に沁みる、味。


 感覚が残っている。



 ——だけど、


 その場所が、


 その顔が、


 名前が、


 全部、手を伸ばせば届きそうで、


 触れる直前で、ほどける。


「……わからないんです」


 ゆっくりと言った。


「どうやって来たのかも」


 少しだけ、息を吸う。


「どこから来たのかも」


 言葉にすると、


 欠けている形が、はっきりする。


「でも」


 ひとつだけ、


 残っているものがある。


「きっかけは、たぶんあります」


 曖昧な確信。


「何かを、受け取った気がする」


 指先で何か冷たいものに触れていた感覚。 


 誰かによく似た、


 その色。


 光の粒の中。


 ——そこまでで、途切れる。


「……それと」


 ほんの一瞬、


 胸の奥がざわつく。


「帰る場所も、あるはずなんです」


 ある、はず。


 断言できない。


 でも、


 身体が覚えている。


「ただ、そこに行く方法が、わからないだけで」


 ハルジオン殿下は何も言わない。


 視線だけが、こちらを測っている。


「——目的はなんだ」


 今までで一番空気が重くなった。


 これが、核心だ。


「なぜ、ナナリエのそばにいる」

 先ほども出た問い。


 けれど、今度は声の温度が一段低い。


「……」


「お前の正体が迷子だろうと不審人物だろうと構わん。

 問題なのは、なぜナナリエを選んだかだ」


 一瞬、言葉に詰まる。


 そばにいる理由。——改めて問われると、言葉が出ない。


「ハルジオン、その質問は二回目だよ」


 エンジュが静かに言った。


 ハルジオンの眉間に、深い皺が寄る。


「……分かっている。一度目の答えが、答えになっていなかったから聞いているんだ」


「彼女の中に理屈を求めても無駄だよ。ねえ?」


 エンジュに話を振られ、私はゆっくりと言葉を探した。


 目的。


「……」


 少しだけ考えて、


 すぐに答えが出る。


「ない、です」


 はっきり言った。


「少なくとも、自覚してるものは」


 間を置いて、


 付け足す。


「たぶん」


 ハルジオン殿下の目が、わずかに細くなる。


 嘘かどうかを見ている。


 でも、


 嘘じゃない。


「ただ」


 言葉を選ぶ。


「これは……職業病みたいなものなんですけど」


 少しだけ、視線を逸らす。


「知らない場所に来ると、観察したくなるんです」


 人を。


 文化を。


 仕組みを。


「だから」


 小さく息を吐く。


「意味があるから動いてる、というより」


 少しだけ笑う。


「動いてたら、意味がついてくる感じです」


 静かになる。


 ハルジオン殿下は、しばらく何も言わない。


 その沈黙が、


 次の言葉を待っている。



 沈黙が、ひとつ落ちた。



 ハルジオン殿下はまだこちらを見ている。


 ——でも、さっきまでとは少し違う。


 測る視線から、


 確かめる視線に変わっている気がした。


「……ひとつ、いいですか」


 先に口を開いたのは、私だった。


「なんだ」


「殿下って」


 少しだけ間を置く。


「これ、最初から聞くつもりだったんですよね」


 ハルジオン殿下は答えない。


 でも、


 否定もしない。


「私、三週間くらい、一人で街をふらふらしてましたけど」


 思い返す。


 あれ、たぶん——


「知ってましたよね?」


「……ああ」


 あっさり認めた。


「じゃあ」


 首を傾げる。


「そのときに聞けばよかったのに」


 一瞬の間。


 ——次の瞬間、


「ふっ」


 エンジュが、とうとう堪えきれずに笑った。


「ハルジオンは誰よりも優しいからね」


「やめろ」


 即座に遮る。


 でも、


 少しだけ、間がある。


「ナナリエと一緒じゃ、話があらぬ方向に行くし」


 エンジュは楽しそうに続ける。


「かといって、ハルジオン一人で君の話を聞いたら——」


 ちらりとこちらを見る。


「尋問になるでしょ?」


 あ。


 納得した。


「ああ……」


 思わず声が漏れる。


「エンジュが同席する日を待ってた……?」


「……」

 ハルジオン殿下は何も言わない。


 でも、


 否定もしない。


「早く君の話を聞きたいなって、楽しみにしてたよ」


 エンジュが、にこやかに言う。


「さすがに楽しみにはしていない」


 間髪入れずに返す。


「変な言い方をするな」


 ぴしゃりと切るようでいて、

 どこか力が抜けている。


「ハルジオンは優しいよ」


 エンジュは、まるで結論みたいに言った。


「……ああ」


 ハルジオン殿下は小さく頷く。


「気づいたら、こいつの思い通りになっているだけだ」


 呆れたような顔で、彼はエンジュを一瞥した。


 こいつの……思い通り……?


 私も恐る恐る、こいつを見る。


 エンジュは、にこりと笑った。


 「お代わり、する?」


 ——まだ終わらないよ、って顔。


 ……お代わりって、なんの?

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