第29話 神意か、人為か
「——ひとつだけでは、続かない」
静かに言葉が落ちた、そのとき。
「随分と情緒的な説明だな」
背後から声がした。
振り返ると、ハルジオン殿下が立っていた。
「間違ってはいないが、それだと何もわからないだろう」
当たり前のように会話に入ってくる。
——ナナリエは、いない。
「双王は制度だ」
迷いなく言い切る。
「二人で一つの王位を構成する」
さっきの話と、似ているようで違う。
「環王と結王。四つの宮からそれぞれ一人ずつ選ばれる」
「選ばれるって……さっきは“なる”って」
「同じことだ」
あっさり言う。
「共鳴が起きた者同士が、結果的に選ばれる」
結果的に。
言い方が、少しだけ冷たい。
「だから、仕組みとしては再現可能だ」
再現。
人為的な響きだ。
——神じゃなくても、いい。
「だいたいは夫婦になるな。統治の都合がいい」
都合。
神様の話をしていたはずなのに。
「……じゃあ、片方がいなくなったら?」
さっきと同じ質問をする。
殿下は少しだけ眉を寄せた。
「成立しない」
即答だった。
「王位は空位になる」
空位。
エンジュの“続かない”より、ずっとはっきりしている。
「だから今は例外だ」
「例外?」
「先代が急逝した」
端的だ。
「本来なら次代が決まってから引き継ぐはずが、そうならなかった」
空気が、少しだけ変わる。
「今の双王は暫定だ」
暫定。
さっきまでの話が、急に現実になる。
「先代の双王は、ナナリエの両親だ」
ハルジオン殿下は、特に前置きもなく言った。
「環王がナナリエの父親で、結王が母親」
淡々としている。
説明しているというより、既に知っている前提で確認しているみたいな口調だ。
「ナナリエの父親が急に亡くなったんだ」
少しだけ、言葉が短くなる。
——ナナリエが生まれる前に亡くなったって、言ってた。
「共鳴は一対でしか成立しない」
さっき聞いた話と、繋がる。
「だから、結王だった母親も退いた」
“続かない”の、現実。
「空位にするわけにもいかない」
すぐに次の言葉が続く。
「国に残っていた王族の中で、共鳴が一番強かったのが——」
一瞬だけ間があって、
「俺の両親だ」
あまりにもあっさりしている。
「今の双王は、その二人」
そこで一度、話が終わったように見えた。
でも、
「ただ」
少しだけ視線を外す。
「先代に比べれば、弱い」
弱い、とはっきり言う。
ためらいはなかった。
「共鳴の強さなんて、測れるものじゃないが」
「それでも、わかる」
断定する。
「足りていない」
静かな言い方だった。
否定でも、卑下でもなく、ただ事実を置いているだけみたいに。
「……で」
ほんのわずかに、息を吐く。
「その二人の子供が、俺だ」
軽く言う。
本当に、どうでもいいことみたいに。
軽く言ったあと、彼は特に間も置かずに続けた。
「次は、その組み合わせになる可能性が高い」
「組み合わせ?」
「ナナリエと、俺だ」
あっさり言い切る。
確認でも、提案でもない。
もう決まっていることみたいに。
「共鳴が強かった双王の子と、現行の双王の子」
「条件としては、悪くない」
悪くない、で済ませる。
それがどれくらいの意味を持つのか、あえて説明しない。
「……だから」
ほんのわずかに、言葉を区切る。
「婚約してる」
簡潔だった。
「制度上は、な」
付け足すように言う。
その一言で、少しだけ距離ができる。
ナナリエがこの婚約は制度上の都合だ、と言っていたことを思い出した。
「まあ……あとは輪番制だからね」
エンジュが、ぽつりと付け足した。
「お前が制度の話をするなんて珍しいな」
「そう?」
エンジュは肩をすくめる。
「ナナリエの父親と、俺の父親。どちらも翡翠宮の出身だ」
「うん。……だから次は、翡翠宮以外から出すことになる——」
エンジュの瞳に少し影が混ざる。
「——それが、均衡を取るための決まりだからね」
さっきまでの“共鳴”の話とは、ずいぶん違う。
「あのー……」
ちょっと気になることがあった。
「お父さんが翡翠宮なら、二人とも翡翠宮の出身になるんじゃ……?」
ハルジオン殿下が一瞬だけこちらを見る。
本気で何を言っているのかわからない、という顔で。
「何を言っている?」
あっさり言う。
「母親がそれぞれ瑠璃宮と琥珀宮の出身だ。それだけだろう」
それだけ、らしい。
それだけ、で済む話らしい。
あ……。
頭の中で、ひとつ何かが繋がる。
この国では、母親の家を継ぐんだ。
言われてみれば、自然だ。
母方で育つなら、そのまま所属もそちらになる。
そういう文化、あった気がする。
日本でも、昔は——
そこまで考えて、
やめた。
ここでは、それが当たり前なんだ。
そう思ったところで、
「——まあ」
ハルジオン殿下が軽く言った。
「双王の仕組みについては、ナナリエが一番よく知っている」
「ハルジオン!」
すぐにエンジュが制止する。
さっきまでの穏やかな調子とは違う。
「……事実だろう」
気にした様子もない。
「本人が一番解析している」
解析。
今、そう言った。
双王を。
「それは……そうだけど」
エンジュが言葉を濁す。
何かを否定したいのに、できないみたいな。
「……ナナリエに聞くのは、お勧めしないよ」
少しだけ声を落として言う。
「どうして?」
思わず聞き返す。
エンジュは一瞬だけ視線を外した。
「……うまく説明できないけど」
「たぶん」
言葉を選ぶように、
「君が今聞いた話とは、まったく違う形で返ってくる」
違う形。
それって——?
「納得はできると思う」
静かに続ける。
「でも」
ほんのわずかに間を置いて、
「安心は、できないかもしれない」
エンジュは伏目がちに言った。
翡翠の目は少し揺れている。
安心できないのは、彼自身のことなのかもしれない。
かたん、と音を立てて、椅子の位置が変えられた。
ハルジオン殿下が私の正面に座り直した。
「さあ、お前の疑問には答えてやったんだ」
ハルジオン……殿下の口調が変わった。
お前って言った。
さっきまで「そなた」とか、「君」とか言ってたじゃん。
あれは、外向きの顔だったの?
ナナリエの前でカッコつけてたな?
一人称も俺になってるし。
ついに本性を表したぞ。
「今度は、こちらがお前に質問する番だ」
ハルジオン……殿下は不適な笑みを浮かべて、幼気な少女を見下ろした。




