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星粒のリテラエ ——異世界転移した文化人類学者、理系王女と最適解王子の“誤差”を観測する  作者: はなちゃん
第三章 木漏れ日の若宮司エンジュ 〜私は、暫定的に魔女になる〜
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第28話 ほどけなくなる

 太陽がわずかに傾き、


 苔むした床に落ちる影の形が変わった。


 心地よい静けさが広がっている。


 エンジュも何事もなかったような顔で、座り直している。

 

 ……いや、良く見ると、少しだけ距離をとっている気がする。


 ナナリエはそんなこと何も気にせず、何かを考えている。

 ——たぶん、さっきの続き。



 穏やかな昼下がりを、ぼんやり眺めていた、そのとき、


 ふわっと春の風が舞い込んで、静寂は隅に押しやられた。


 何かが来た、というより、


 その場の色が塗り替えられた感じ。


「ずいぶん静かじゃないか」


 低い声が落ちる。


 振り返らなくてもわかる。


 明らかに、そこにいる。


「ハルお兄様」

「やあ、待っていたよ」


 ハルジオン殿下はエンジュに歩み寄り、顔を確かめる。


「またか」

「……また、とは?」


「また、ナナリエに何かされたな?」

「……問題ないよ」


 疲れ切った顔で微笑むエンジュを、殿下は楽しそうに見つめる。


「それならいいが」


「私が何かしたって言うんですか?」

 ナナリエが訝しげに見上げる。


 それには答えず、手に持っていた包みをエンジュに渡した。


「ありがとう」

「招かれたら手土産を持参するものだ」


 ナナリエの肩がぴくりと動いた。

 あ、これ、ハルジオン殿下の指摘に狼狽えてるやつだ。


 あの包み……何が入っているんだろう。……食べ物かな?


「開けてもいいかい?」


「もちろんだ」


 開けると中には艶やかな緑が入っていた。


 光を透かすような半透明のお菓子。



 お皿に取り分けられ、お茶のお代わりも注がれる。


 木製の菓子切りを、すっとお菓子に滑らせると、


 中から、春の花の模様が現れた。


「きれいだね」


 エンジュがぽつりと言った。


 翡翠色なのに、この神殿の雰囲気とはほんの少しだけ違う。


 自然、というより、人の手、を確かに感じる。


 エンジュを訪ねるために、選ばれたお菓子という感じがする。


 さらに選んだ人物の気配も見える。


「甘い……」

 それだけ言って、ナナリエは黙々と食べる。


 私はもう一切れお代わりをもらった。


「殿下は、いつも食べ物を選ぶのが上手ですね」


 冷たいお茶と、ねっとり濃厚な甘いお菓子、最高だ。


「そなたは、本当に良く食べるな」

 ハルジオン殿下が呆れた顔をする。


「……さて」


 呆れた表情をしまって、ナナリエに微笑む。


「大おばあ様のところへご挨拶に行こうか」


「今?」

 ナナリエは無表情。


「今だ」

 その微笑みは消えない。


「わかりました」

 ナナリエは諦めたように立ち上がって、私に視線を移した。


「ちょっと行ってくる。ここでエンジュと待ってて」


「翡翠宮当主への謁見は誰でもってわけにはいかないから、ごめんね」

 エンジュが付け足す。


 えーと、大おばあ様が翡翠宮当主ってことか。


「エンジュが面白い話でもしてやればいいじゃないか」


「……なんだい、面白い話って」


「ナナリエに寝込みをおそわ——」

「さあ!ここは僕に任せて!おばあ様が待ってるよ」

 エンジュがものすごい速さで立ち上がって二人の背中を押した。


「なに?エンジュ、ずいぶん早口で喋れるのね?」

「そうだよ!本気を出せばね!さあ、日が暮れる前に!」



 再び、静けさが苔むした岩に染み入る。


 何、喋ろう。


「……あのー、ナナリエにおそわ——」

「ああ、あの、さっきの話の続きだけどさ!」


 グラスを倒しながらエンジュが私の言葉を遮った。


「な、なんの話だったっけ?」


 だめだ、この人。


 こっちから質問していくしかない。



「“この子”って……」


 私は自分の胸に手を当てた。


「誰?」


 その言葉に、翡翠の目に影が落ちた。


 すぐに答えは返ってこない。


「時々、この身体の記憶が見えるの」


 返事を待たずに私は続けた。


「とても怖がってる。そして——」


 言葉を探した。



「——ナナリエの光に、たぶん救われている」




「……あなたは」


 そう一言だけ落として、エンジュは止まった。


 あなた……って、私に言ったんじゃない気がした。


 エンジュよりもずっと大きな存在に、焦がれるような目をしていた。



 ナナリエも、エンジュも、誰を見ているんだろう。


 この子は、誰なんだろう。


 エンジュは目を閉じ、ゆっくり開くと私の顔をまっすぐ見つめた。



「大丈夫だよ。“この子”は、大丈夫」


 何の答えにもなっていない。


「君も、ちゃんと帰るべきところに帰る」


 やっぱり、答えになっていない。


 思わず、続きを待つ。


 でも——


 エンジュは、それ以上何も言わなかった。


 そこで終わり、みたいな顔をしている。



 ……ああ。


 これ以上は、話さないんだ。


 ——話せないのかもしれない。



 そう思った瞬間、


 エンジュはほんの少しだけ視線を外した。


「——この国はね」


 ぽつりと、別の話を落とす。


「二柱の神がつくったと言われている」


 ……あ、これ。


 さっきの話、続ける気ないな。


 わざとだ。


 でも、


 無理に戻しても、たぶん同じところで止まる。


 だったら——


 別のところから探るしかない。


「その二柱ってさ」


 自分でも、少しだけ回りくどいと思う。


 でも、


 さっきの言葉と、無関係な気はしなかった。


「王様も二人いる。それってどういうこと?」


 王様と、お妃様っていうのと何が違うんだろう。


 聞いてみると、エンジュは少しだけ考えるように目を細めた。


「うーん……」


 言葉を探すというより、 どこから話すか選んでいるみたいな間。


「二人で、一つのものを保っている存在、かな」


「一つのもの?」


「流れ、かな。あるいは、形」


 曖昧だ。



「片方が環らせて、もう片方が結ぶ」


「環らせる……結ぶ……」


 ナナリエが春のお祭りの説明をしてくれたときに、言っていたやつだ。


「うん。どちらかだけでは続かない」


「じゃあ、その二人は……どうやって決まるの?」


「決めるわけじゃないよ」

 エンジュは静かに首を振った。



「そう、なるんだ」


 木漏れ日が揺れる。


「ふたつが、向き合ったときに」


 少しだけ言葉を選ぶ。




「それまで揺れていたものが、すっと落ち着く」


 ——あ。


 違う。


 落ち着く、というより——


 はまる。


 あのとき。


 ナナリエの髪が、私の髪に触れて—— 

 

 絡むように、引き寄せられて、


 逃げ場なんて最初からなかったみたいに、



 カチッと、噛み合った。


 あれと、同じだ。


 無理やりじゃない。


 でも、外れる感じもしない。


「二つが引き合って、一つを保つ……」



「うん。どちらかだけでは、どうしても歪む」


 やわらかい声だった。


「二つ揃って、はじめて、ほどけなくなる」


 ほどけなくなる。


 結ばれる、とは少し違う言い方。


「それって……選ばれてるってこと?」


「選ばれる、というよりは」


 エンジュは少しだけ目を細めた。


「知らせられる、のかな」


「知らせる……?」


「神々がね」


 当たり前みたいに言う。


「言葉で教えてくれるわけじゃないけど」


 風が、葉を揺らす。


「気づいてしまうんだよ」


 逃げようがない、というふうに。



「この人だ、って」



 ——そんなの。


 わかってしまったら、逃げられないじゃないか。



 静かだった。


 断定しているのに、押しつけがましくない。



「……じゃあ、片方がいなくなったら?」


 少しだけ間があった。


 ほんのわずかに。


「——成り立たないよ」


 穏やかな声のまま、はっきりと言う。


「無理に保とうとすれば、崩れる」


 それはきっと、


 仕組みの話じゃない。


「だから」


 エンジュは視線を落とした。


「ひとつだけでは、続かない」

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