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星粒のリテラエ ——異世界転移した文化人類学者、理系王女と最適解王子の“誤差”を観測する  作者: はなちゃん
第二章 蜂蜜色の殿下ハルジオン 〜あなたと私の境界が曖昧な国で〜
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第23話 消えるものなんてない

 窓からの柔らかな光。


 温かい布団。


 花の匂い。


 虹を反射する乳白色の髪。


「ナナリエ……」


 私の手を大事そうに握って、彼女は眠っている。


 まるで幼気な子供を守るように、手を握っている。


「アンリ……起きたのね」


 手を外そうとした振動に気づいて、ナナリエも目覚めた。


「私、ずっとあなたを捕まえていたの?」


 手を見て驚く。無意識だったみたい。


 無意識に誰かを思っていたのかも……。


 そんなふうに思考を巡らせようとしたとき、

 部屋の扉が開いて、朝食が運ばれてきた。




「カレイド宮殿は双王陛下の住まいなの」


 朝の光が照らす道を歩きながら、ナナリエが教えてくれた。


「もともとこの国の中央には神殿が建っていたんだけど、神殿を北に移設した時期があって。

 そのとき、旧殿舎が双王陛下の御所として転用されたの」


 居抜きってやつか。


「じゃあ、今から……王様たちに会いに行くってこと……?」


 私はちょっと身構えて質問した。

 ナナリエは「あ!」という表情をして、すぐに付け足した。


「もちろん、個体認証に行くの。カレイド宮殿には、中央行政院と国議会も入っているから」


 早く答えを知りたい。


 その気持ちはナナリエも私も同じだ。


 ただ……


 本人確認じゃなくて個体認証って……


 ちょっとその言葉が妙に重くて、少し怖い。




「王女殿下、ようこそ」


 王都政庁の中央行政院、その中にある系譜管理局の個体認証課へ到着した。

 正直、名前が長すぎて、二度目は言えないかもしれない。

 ……要するに、暮らしに関わるあれこれを一括で押し込まれている窓口、って感じかな。


 個体認証課ではニコニコした男性が出迎えてくれた。


「この間のシステム改修のおかげで反応速度が上がりましたよ〜」


 濃紺の癖っ毛で調子の良さそうなおじさん……お兄さん?ちょっと微妙な年齢だ。


「私は法務出身なんで、こういう機械のシステムって全然わからないんですけどね。規定ならいくらでも引けるんですが。とにかくお客さんの待ち時間が目に見えて改善されて……うんぬんかんぬん……」


 あー、わかる。

 それの仕組みはわからなくても、結果が改善されていれば、私たちのような人種は満足してしまうのだ。

 お兄さんに親近感を抱いた。


 ナナリエは「そう」と相槌を打っている。

 少しは理屈を理解したらどうだ、という冷ややかな視線。

 こういうのも見覚えがある。いや、身に覚えがある。


「琥珀宮では結環の儀で忙しいようです。こちらにも本局から業務が移管されてきているのでは?」


 ナナリエは、おしゃべりなお兄さんの話を冷たく遮った。


 こちらにも本局から業務が移管……?

 王都が本局じゃないの?って違和感を覚えた。


 ——琥珀宮が伝統と記録を担う場所だから?

 ——系譜の本体はそっちにある……?

 ——ただ伝統的なお祭りをやる場所じゃないってこと?


 考えを巡らそうとした時、それを掻き消すような、お兄さんの怒涛の訴えが始まる。


「そう、そうなんです。最近、所属変更する人が多くて!」

 お兄さんは晶盤をよく見える位置に掲げた。


「もー、大変ですよ!」 

 お兄さんのサファイアの環をかざすと、晶盤が淡く光る。

「ほら見てください、この人!」


 でも、私には何も読み取れない。


「この人なんて——五年間で八回も所属変更してるんですよ!八回ですよ!?」

 ぱん、と晶盤を叩く。

 軽い調子で言うが、切実な訴えのようだ。


「畜産に看護に国衛……国を一周する気ですかね!?これ、追う側の身にもなってほしいですよ……あれ?」


 押し寄せる波が急に減速する。


「でも変だな……」


 お兄さんが首を傾げる。


「今二十歳ってことは……」


「——喋りすぎですよ」

 ナナリエがぴしゃりと遮った。


「あ、はい」

 お兄さんは照れ隠しのように頭を掻いて、晶盤を置いた。


 けれど、私はその数字が頭から離れなかった。


 五年で、八回……。


 昨日ハルジオン殿下とナナリエに聞いた“移動できる系譜”の話が、現実味を帯びる。


 ——いや、これはもう。

 移動ってレベルじゃないでしょ。

 制度のほうが悲鳴を上げている感じがする。


「では、そろそろ本題へ」

 お兄さんは私に笑顔を向けた。

「こちらへ」


 お兄さんに促されて、私は晶盤をのぞいた。


 薄く光を帯びた板の上に、細かな記号のようなものが浮かび上がっている。


「手をかざしてください。照合を行いますので」


 言われるままに、手を伸ばす。


 でも……

 晶盤は淡く光るだけで何も反応しない。


「失礼しました。環を紛失しているんでしたね」


 私の手を見て、お兄さんが言った。


「大丈夫ですよ。子供さんは紛失されるかた、多いですから」


 そうなんだ。

 とりあえず、子供にはよくあることみたいだ。


「仮の環を貸し出しいたしますね。紛失登録も併せて行います」


 ……紛失、したのかな?

 手の指も細いし、抜けちゃったのかも。

 

 細い指に、お兄さんが「失礼しまーす」と言って、環をはめてくれた。

 なんてことはない、ただの指輪に見える。


「はい。では照合いたしまーす」


 手をかざす。


 触れてはいない。


 でも、すぐそこに“何か”があるのがわかる。


 環をはめたから?


 晶盤の記号が意味を持って立ち上がるのが見える。


 文字が読めるのとは違う。


 意味そのものが、そこにある。


 記入欄のようなイメージが見える。


 その欄の空白に記入しろってこと?


「ゆっくりでいいですよ。そのまま反映させてください」


 そのままって、何をそのまま?


 読むことができるなら、書くこともできる?


 でも、何を書けばいいの?


 私の何を……。


「アンリ、覚えていることを全て、意識でなぞって。共有するの」


 思い出して、イメージすればいいってこと?


 私はこの世界の知っていることを、ひとつづつ辿った。


 最初に目覚めた納屋、鏡に映った黒い瞳、わからない言葉、虹色の泉、私とナナリエの髪の毛が絡み合う不思議な現象、二つの太陽……


 髪の毛が絡み合ったときの、あの不思議な感覚を思い出した。


 何かが押し出されるようにこちらに流れ込んでくる……


 あの時の感覚——




 次の瞬間。


 ——ふ、と。


 晶盤の記号が、ほどけた。


 消えた、というより。


 ほどけて、流れて、どこかへ抜けていく。


 逆流してくる。


 情報のカケラなんかじゃない。


 押し流されて、


 抗う間もなく私の中に入ってくる。


「……え?」


 思わず声が漏れる。


 晶盤の上は、空白になっていた。


「え、ちょ、ちょっと待ってください、今の——」

 お兄さんが手をかざし慌てて操作しようとする。


 けれど、何も戻らない。


「個体情報が……消えてる……?」


 その言葉に、心臓が、身体が激しく揺れた。


 消えた……?


 そんなこと、ある?


 でも、目の前には何もない。


「す、すみません、私——」


 何かやらかしちゃったのかなって軽く考える私と、

 激しく動揺するこの細い身体。


 ふいに周囲が騒がしくなった。遠くの席からも声が聞こえる。


「照合不能ですって?」

「ねえ、急に晶盤が反応しなくなったんだけど!」

「こちらも該当情報無しって表示されてます!」

「全部、消えている……」 


 ロビー中に動揺が走っていた。


 私のだけじゃないってこと……?


 見渡す限り、どの晶盤も同じように沈黙していた。

 誰のものも、例外なく。


 停電みたいな、システム上のトラブル……?


 いろんな理由を考えて自分を安心させようとしてるのに、

 図太い私はこんなことで焦ったりしないのに、

 この身体は、全く言うことをきかない。



『ぜんぶ、消したんだ』



 ふいに声が蘇る。

 あの時の子供。



『どうして消しちゃったの』



 声だけじゃない。

 見える。


 虚な目で立ち尽くす子供と、それを支える子供。

 責める声。

 走ってくる大人。


 視界は大きく向きを変え、

 路地の裏を流れていく。


 逃げ出したんだ。


「この子」は。


 怖い。


 その感覚だけが、この身体の記憶だ。

 震えが止まらない。



「落ち着いてください」



 私の意識にナナリエの声が、静かに割り込んだ。


 驚くほど、いつも通りの声音だった。


「みなさん、手を止めて。一時的な障害です」


 ナナリエの声に、ロビーは一瞬静けさを取り戻した。


 一瞬だけ。


「でも、晶盤の障害なんて聞いたことないよ」

 みなが口々に疑問を上げる。

「どう見ても、消えちゃってるでしょ」


「そうですよ、王女殿下。これ、中身が全部消えてますよ……!」

 お兄さんも不安そうな目でナナリエを見ている。


「消えるものなんてありません」


 ナナリエは迷いのない声ではっきりと宣言した。


「消えるという現象はありません。

 それは形を変えたか、存在する場所が移っただけです」



 瞳が光を受けて虹色を返した。


 

 ——その瞬間。


 視界が、揺れた。


 聞こえているはずの音が、遠くなる。


 代わりに、別の“何か”が流れ込んでくる。


 言葉。


 声。


 感情。


『大丈夫よ——』


 名前を呼ばれた気がした。

 

 でも、誰の名前——?


『消えるものなんてない。形を変えるか、どこか別の場所へ行くだけ』


 ナナリエの声?


 同じフレーズ。


 まったく同じ響きで。


 でも、これは“目の前の“ナナリエじゃない。


 ——身体の内側から、響いてくる。


 胸の奥が、強く震えた。


 何もない——


 ——暗闇すらない世界に、光が差し込む。


 ただ、存在を肯定する光。


 “私”が存在することを、当たり前のように肯定している。


 懐かしい、なんて言葉じゃ足りない。


 もっと原始的な。


 もっと抗えない。


 ——“そうであった”という感覚。


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