表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星粒のリテラエ ——異世界転移した文化人類学者、理系王女と最適解王子の“誤差”を観測する  作者: はなちゃん
第二章 蜂蜜色の殿下ハルジオン 〜あなたと私の境界が曖昧な国で〜
22/42

第22話 普通っぽいもの

「おかえりなさいませ、姫さま」


 殿下の車を見送りながら、二人で空を見上げてひと息ついたとき、

 静かに滴るような声が重なって聞こえた。


 その声に、ナナリエが緩んだことを感じた。

 夜の下で隣に並んでいると、彼女の空気の変化を鮮明に感じる。


「ただいま。ミオマルク、ネモローサ」


 淡く褪せた青、灰をわずかに含んだ勿忘草色の髪と瞳。

 落ち着いた大人の女性二人が揃って出迎えていた。


 いつからそこにいたのだろう。

 全く気づかなかった。


 私たちが空から降りてきた時からかもしれない。

 二人で空を見ている時も、ずっと側に控えていたのだろう。

 そういうタイミングだった。


 歳はナナリエより十歳くらい上だろうか。

 とても馴染んでいる。この屋敷にも、ナナリエにも。


 二人は揃って私に微笑んだ。

 何も言わなくても、理解しているというように。


「お部屋の準備はできております」

「そちらのお嬢様も、ご一緒のお部屋でよろしいですね」


 ナナリエは短く「うん」と応えて、私の手を引いて屋敷へ入った。


「夕食の準備はいかがいたしますか」

「いつも通りでよろしいですか」


 二人の声が代わる代わるリズムを整える。

 ——同じ微笑み、同じ仕草、同じ呼吸。心地いいくらいに。


「うーん……」

 ナナリエは珍しく少しだけ考えた。

「……普通っぽいものを?」

 疑問系。普通っぽいっていう微妙で、曖昧な指示。


 だけど迷いなく、二人は同時に頭を下げた。

「すぐにご準備いたします」



「ここが私の部屋」

 ナナリエは少しそわそわしながら私室に案内してくれた。


 かわいい部屋……!

 ……ということは、ない。もちろん。


 飾り気のない白いベッドと、ガラス製のテーブルと籐の椅子しかない。

 本のない国だから本棚もないし、服を収納するためのクローゼットもない。

 天井や部屋の隅に置かれた、光る鉱石だけがアクセントだ。照明のようだ。


「あの……アンリ……?」

 ナナリエが口をもごもごさせる。上目遣いでニンジンを食べるウサギみたいに。


「どうしたの?」

 吹き出しそうなのを堪えながら震える声で応えてみた。


「……ごめんなさい」


 な、なにが!?


「あなたが何者なのか早く答えを知りたくて、少し急ぎすぎた」


「そうかな……?私もナナリエを街に付き合わせていたし……」

 意表を突かれて、私も言葉がうまく出てこなかった。


「本当は今すぐにでも役場に行ってあなたの個体認証を確認したいし、

 私の研究室であなたの細胞を採取して調べたいの……!」


 いや、待って。細胞を採取って言った?


「……でも、そういうことじゃない、かも」


 ナナリエの声が震えている。


「まずは、ちゃんと、ごはんを……」


 この文脈で、ごはん?

 栄養補給じゃなくて、ごはん?


「失礼致します」

「お食事をお持ちいたしました」


 このタイミングの良さよ。

 勿忘草色の二人が静かに部屋にワゴンを運び入れた。


 ガラスのテーブルに料理が並べられる。


 ……あれ?ちゃんと、料理だ。

 あの甘くてドロドロのスープももちろんあるけど、原型を留めた野菜の煮込みもあるし、丸くてぽわぽわした見た目のパンのようなものもある。


「美味しそうだね。いい匂い」

 刺激的ではないけれど、優しくていい匂いがする。

 ナナリエの顔が目に見えて明るくなり、彼女は私の背を押して椅子へ導いた。


「いただきます」

 丸くて白くてぽわぽわしたもの。

 気になって最初に手に取った。

 きめ細かくて蒸してあるみたい。

 パンより重くて、餅より軽い。

 具なしの肉まんにも見えるけど、ちぎると、わずかに伸びる。

 噛んでみたら、柔らかくて、ほんのり甘い。


「それは“穀”を轢いて捏ねて蒸したもの、カレンダエの主食よ」

 原材料の正体がわからないので、ひとまず“穀”ということにした。

 たしかに、これは毎日食べても飽きない。主食という感じだ。


 ナナリエは相変わらずドロドロのスープを飲んでいるけど、私にはいろいろ勧めてくる。

 こんなに世話焼きだったかな?


「ハルお兄様が、客人は誠意をもって歓待しろと仰っていたから……」


 ああ。あの一言、ナナリエは気にしていたのか。

 ふと、昼に食べた焼き鳥を思い出していた。


「串焼きがなくて申し訳ないけど……」

「いや、串焼きが好物なわけじゃないよ。食べ物はなんでも好き」


「そうなの?」

 首を傾げるナナリエ。

 私は少し話題を振ってみた。


「ハルジオン殿下、優しいよね」


「そうね……」

 ナナリエは手を止めて考えた。

「兄がいたら、あんな感じなのかな、とは、思う」


 兄、か。

 近すぎるのに、かえって遠い関係だ。


「ナナリエは兄弟はいないの?」

 家族の話をしたことは、まだない。

「いない」


 ナナリエは少し間をおいて話を続けた。

「父は、私が生まれる前に亡くなったと聞いてる」

 表情はない。事実を置いてる感じ。


「そっか……」

 私は少し言葉を探した。

「私も、一人っ子だよ」


「同じね」

 虹色の瞳が丸くなる。


 ナナリエの手が真っ直ぐ伸びてきて、私の頬を撫でる。

「妹がいたら……」

 ナナリエはそこで言葉を切った。

 ほんの一瞬、視線が遠くに逸れる。

「……あなたは、妹って感じじゃないね」


 ナナリエは私の向こうに、別の誰かを見ようとしている。

 そんな気がした。

 でも、私にも、わからない。


 沈黙に耐えきれなくなって、話題を戻した。

「じゃあ、ナナリエはお母さんと二人暮らし?」

 言いながら、なんか違うかもと思った。

 王女様なんだから、きっと、たくさんの人に囲まれて生活しているんだろう。


「……肉親は母のみね。でも瑠璃宮には母方の親戚一同が住んでる」

「賑やかなんだ」

「学術の家門だからか、みんな好きなように生きてる」

 なんか、わかる。想像できる、そんな家系。


「他の宮と違ってまとまりがないから、叔父は心労が絶えないみたい」

 ああ、ナナリエを心配している叔父さんか。

「ナナリエのお母さんは?」


「母は、大きな人」


 ナナリエはそう言い切って、黙った。


 再び部屋を沈黙が覆う。



 私はスープに視線を落とした。


 そのときだった。



「アンリ」


 ナナリエの声が、少しだけ低くなる。


「あなた、あれが見えていたでしょう?」


 ……あれって?

 急に話題が変わった。


「あのときの、流れ」


 その言い方に、さっき乗ってた空飛ぶ車のことを思い出した。


「あの白い、粒みたいなやつのこと?」


 ナナリエはひと呼吸置いて、私の目を覗き込んだ。


「磁場の流れはね、本来は誰にでも見えるものじゃないの」


 虹色の瞳がすごく大きく見える。


「王族の中でも、ごく限られた者だけ」


「え……?」


 ナナリエの言っている言葉は、わかる。


 でも……


「だから——」



 ナナリエの瞳が、真っ直ぐ私を射抜く。



「確かめたいの」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ