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星粒のリテラエ ——異世界転移した文化人類学者、理系王女と最適解王子の“誤差”を観測する  作者: はなちゃん
第二章 蜂蜜色の殿下ハルジオン 〜あなたと私の境界が曖昧な国で〜
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第21話 カレンダエの十二宮

 東に向かっている。


 進む先の空はもう瑠璃色になっていた。


 車窓に額をつけて、来た道を振り返った。


「緑色……」


 この星の夕焼けは、最後に緑色になる。


 東から広がる夜の色が紫色から橙色に変化し、

 沈んでいく二つ目の太陽を包むように、空が緑色になる。


 見たことがある。


 グリーンフラッシュ。


 大学の研究室の仲間たちと卒業旅行した、二月のハワイのサンセットクルーズ。


 日没の瞬間に、太陽の縁が緑色になる。


 ほんの数秒だけの奇跡の瞬間だ。


 私たちはその限られた時間の共有に、喜びを分かち合った。



 その奇跡の時間が、この星では、もう少しだけ、長い。


「終わりと、始まりの刻よ」


 息を呑んで夕焼けを見ている私に気づいたのか、

 ようやくナナリエが口を開いた。


 車が走り出してからずっと無言だったんだ。


「終わりと、始まり……?」


 私はナナリエの顔を見た。


 ナナリエはいつもと変わらない無表情。


「翡翠は終わりであり、始まり」


 言葉は短い。


 運転席のハルジオン殿下からも特に補足はなかった。


 その代わり、車の速度が落ちて白い石造りの建物の隙間に入っていった。


「王都に入った」

 殿下は短く告げた。


「瑠璃宮の別邸でいいのか?」

 ナナリエに確認している。

「カレイド宮殿で降ろしてください」


「この時間はもう、閉庁しているぞ」

「窓口は閉まっていても、職員はいます」

 ナナリエの声が少し張り詰めいている気がした。


「珍しい、職権濫用か?」

 ハルジオン殿下は車を空中に止めて振り返った。


「……散々、お兄様の背中を見てきたので」

 いつも直球発言のナナリエが皮肉を言うのは、ここに来て初めて聞いたかもしれない。


 ハルジオン殿下は、ちらっと私を見て、肩をすくめた。

「そんな細い身体でナナリエに連れ回されて、疲れているだろう」


 ナナリエが、はっとして私を見つめた。

 確かに、今日はたくさん歩いた。脚が干からびた棒のように痛い。


「今夜、瑠璃宮別邸には、当主も君の母上もいない。帰って休め」


 少しの間をおいて、ナナリエは小さく頷いた。

 それを見届けたハルジオン殿下は少しだけ微笑んだ。


「君は王都は初めてだろう?」


 私に質問している。

 私も小さく頷いた。


 蜂蜜色の眼差しが優しく私たちを包んだ。


「ならば、少し遠回りをしよう」



 車は再び、屋根の少し上を滑るように走り出した。


 先ほどの長距離移動と違って、揺れは少ない。


 西の都は蜂蜜色の石造りの建物が並んで長閑な古都という雰囲気だったが、

 ここは白い大理石を中心とした硬質な街が、権威を象徴するように続いている。


 建物も全体的に背が高い。


 お茶会のお嬢さんが言っていた高層ビル群、とまではいかないが。

 ここは王都という言葉がよく似合う気がした。


 視線を上げると——さらにずっと高いところに、塔があった。


 細く、まっすぐに空へ伸びる塔。

 その上部に、円形の盤が据えられている。


「時計……?」


 思わず呟く。

 けれど、針も、数字もない。


 代わりに——宝石だ。


 円周に沿って、十二の石が等間隔に嵌め込まれている。

 淡く揺れる夜の光を受けて、それぞれが異なる色を放っていた。


 ——ああ。王都は、琥珀宮よりオーロラの色が薄いんだ。


「宝石の時計?」


 淡い緑の石が、ちょうど最上部にあった。

 さっき見たばかりの夕焼けのような、緑。


「——翡翠?」


「ええ。あれが一刻目」

 ナナリエが顔を上げた。


 そこから、色はゆるやかに移ろっていく。

 緑から青へ、青から紫へ——。


 右手側、三の位置には深い青。

 澄んだ夜空を閉じ込めたような——瑠璃。


 真下、六の位置には、温かみのある赤橙。

 生命の力強さを感じる、珊瑚。


 そして左手、九の位置には、透き通る黄金。

 琥珀が、昼の光のように輝いていた。


 ——時間を、色で読む世界。


 針も数字もない時計、というだけでも十分に奇妙なのに——


 配置は、理解できてしまう。


 ……十二色相環。


 思考が勝手に既知の概念へと結びついていく。


 ——この文明は、「時間」を連続した変化として捉えているのかもしれない。



「カレンダエの時計塔だ。観光客が必ず一度は訪れる」

 ハルジオン殿下が苦笑した。

 あ、もしかして観光案内のために遠回りしている?


「翡翠が日没。瑠璃が、思考する深夜。珊瑚が、誕生の夜明け。琥珀が昼だ」


 低い声がゆっくり聞かせるように言う。


「ナナリエからも、補足はないか?」


 ナナリエが私の顔を確認した。

 私はナナリエを待った。


「この十二色の石は時間だけでなく、カレンダエの十二宮を象徴しているの」


 私はもう一度時計を見た。


「翡翠は神殿」

 神殿。

 ——最上部に来るのが、それなんだ。


「エメラルドが天文」

 空を読む役割が、神のすぐ隣にある。


「サファイアが司法」

 ……急に現実的だな。


「瑠璃が学術」


「アメジストは磁場管理」

 ……なんだ、それは。

 疑問を口にする隙もなく、円は回る。


「ガーネットは医療」


「珊瑚は武門」

 ……え、武門?この流れで?


「カーネリアンは工業」

 発展を感じる色。


「トパーズは芸術」


「琥珀は伝統」


「シトリンは金融」

 ああ……お金ならありますって色してる。


「ペリドットは農業」

 豊かで穏やかな色。


「そしてまた、翡翠に戻る」


 ——終わりと、始まり。


 

「これがカレンダエの、この王国を支える循環」


 ナナリエと私は視線を交わした。


「カレンダエでは、すべては巡るものとされているの。

 神に還り、星を知り、法を定め、知を築き、世界を支え、命を守り、力を振るい、形を作り、意味を与え、記録し、巡らせ、育て——また神へ還る」



 虹の瞳に光が戻っていた。

 やっぱり、説明しているときの彼女はとても生き生きしている。


 ふと、ハルジオン殿下の表情が視界に入った。

 優しい顔。


 ああ、ただの観光案内じゃなくて、

 ナナリエのために——


 私の中に温かいものが触れた。


「さて、邸宅まで送っていこう」

 ハルジオン殿下は肩の荷が降りたような声色で言った。


 そのまま車は走り出し、しばらくすると夜の闇に溶けるような濃紺のお屋敷が見えてきた。

 車体はゆっくりと地表に近づいていく。


 お屋敷と夜空との境がわからない。

 色だけじゃなくて、大きさが。

 琥珀宮にあったナナリエの別荘とは全く違った。


 ナナリエは私の手をひいて、ゆっくりと地面に降ろしてくれた。


 ハルジオン殿下は再び車に乗り込むと、

 ドアを閉める直前に少しだけ表情を消した。


「ナナリエ」


 ナナリエが黙ってハルジオン殿下を見る。


「このことは、エンジュとも共有しておく」


 それは決定事項だという威圧感。


 ナナリエは何も言わずにうなずいた。


「それじゃあ、ケセラン」

 殿下は右手の甲を見せた。


「パソラン」


 私たちも右手の甲を見せて応えた。


 2人の右手には、それぞれ、琥珀と、瑠璃が輝いていた。

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