第12話 電気は、温度より速く、お嬢様たちの恋バナは、呆気なく散る
「ナナリエ王女殿下は、ハルジオン王子殿下ととても親しいと聞きますわ」
とりあえず兄弟ではなさそうな言い方だな。
「ええ」
ナナリエの返事は短い。
「どんな方ですの?」
ナナリエは少し考えてから答えた。
「……ハルジオンは」
みんなの期待の眼差しが一点に集まった。
「理想を言い過ぎる」
え?
「え?」
お嬢さんたちも呆気にとられた間抜けヅラで聞き返した。
ナナリエはなんの話をしているのだろうか。
「耳障りのいい言葉に、皆が賛同する」
周りの反応なんておかまいなしに、ナナリエは淡々と続ける。
「だから、現場は悲鳴をあげる」
これ、ハルジオンとかいう人の、愚痴?
「目標設定が高すぎるから」
カリスマ鬼畜経営者かな?
「だから私が計算し直す」
ナナリエの眉間に皺が寄ってきた。
「達成できる形に」
ガラスの器を持つ、白い指先に力が入り、わなわな震えた。
場は完全に凍った。
アンバー嬢が勇気を出して言葉を繋げる。
「それでは、王子殿下は無茶を?」
その言葉に、ナナリエはわずかに表情を改めた。
「いいえ」
背筋を伸ばして、真っ直ぐに言った。
「判断はいつも正しい」
あ。
優しい顔してる。
言葉は硬いのに、ナナリエがハルジオンを信頼しているのが伝わってくる。
「お似合いですわね」
良家のお嬢様風のアンバー嬢が表情を綻ばせた。
皆が、ナナリエの雰囲気が和らいだことを感じ取っていた。
「そうそう!」
トパーズ嬢は垢抜けた雰囲気で、
「お二人の、そういう甘い雰囲気をお聞きしたかったんですよ」
おしゃべりで、噂話が好きそうな感じがする。
ナナリエはトパーズ嬢の話題には返答しなかった。
すると誰かがクスッと笑った。
「琥珀宮は王女様には、さぞ退屈でしょう」
お金ならあります!と顔に書いてあるシトリン嬢だった。
「王女様のご出身、東は学術の都と聞きますわ」
ナナリエが黙ってうなずく。
「東の瑠璃宮は、無機質な建築物が建ち並んで『合理的』を絵に描いたような都市だそうですね」
「たしかに」
ナナリエは肯定した。
「王女様もたいそう合理的なお考えの持ち主のようですもの——」
シトリン嬢は微笑んだ。
——なのに、わずかに空気が張り詰める。
「——そのお心も、瑠璃宮のように無機質で冷たいのでは?」
……あ、これは。
さすがに、刺しに来ている。
しかし、
「おっしゃる通り」
と、ナナリエは肯定した。
「え?」
シトリン嬢は呆気にとられた間抜けづらを披露した。
「面白い考察です」
ナナリエは続けた。
「心を建築物に例えるのは、合理的です」
というより、始まってしまったようだ。
「心は物質ではありませんが、機能としては非常に似ている」
ナナリエが説明モードに入ってしまった。
これ、長くなるやつ。
「人の思考は神経細胞の電気信号です。
つまり心とは、膨大な電気回路の集合体と言えます」
ナナリエは指でテーブルを軽く叩いた。
この3週間で何度見た光景だろう。
「瑠璃宮の高層建築群には、通信塔と磁場の循環系があります」
ナナリエは、「あ」という表情をして説明を加える。
「都市全体に磁場エネルギーを行き渡らせる仕組みです。
人の脳の神経網とよく似ていますね」
もう誰も何も口を挟まない。
——わかる。この状況、割り込めない。
——下手に口を挟むと、たぶんもっと詳しい説明が始まる。
「冷たいという評価も理解できます」
「い、いえ……」シトリン嬢が明らかに狼狽えている。
「電気信号は温度ではなく電位差で動くので」
ナナリエは少し考え込んだ。
「ただ」
蜂蜜色のお茶を一口飲んでから、
「電気は、温度より速い」
伝わる速度のこと?
いちおう私は真剣に聞いている。
「つまり」
——まとめに入った。
勿体つけるようにナナリエは息を吐いた。
「都市が思考するなら、高層建築群の方が効率的、ということですね」
彼女の中で結論が出たようだ。
すっきりした顔をしている。
「なるほど……」
お嬢さんたち三人は頷いた。
理解した、というよりは、理解しようとした結果の頷きだった。
ナナリエは瞳に柔らかい光をたたえて私たちを見回した。
「でも、都市は冷たい建物だけでは成り立ちません」
器を静かに置く。
「人が歩くから、都市になります」
お嬢さんたちが静かに息を吐いた。
空には二つの太陽が一定の距離感を保って並んでいた。
この庭でいちばん距離の測り方が難しいのは、人の心だった。




