第11話 蜂蜜色のお茶と、どこか噛み合わない会話
百花繚乱の庭園には、
白い大理石のテーブルが、ゆるやかなCの字を描いて配置されていた。
Cの字の内側にはもう一つ、小さな円卓があり、
透明な茶器と陶器の湯壺らしきものが置かれている。
ここで主人が茶を淹れるのだろう。
野点のようだ。
テーブルの外側には年頃のお嬢さんたちが三人、大理石のスツールに腰掛け、
内側には、ただ一人、お茶会の主人であるナナリエが立っていた。
和やかに語らう三人のお嬢さんたちと並んで、私も一番端に座った。
お嬢さんたちの談笑が一瞬止まって、視線の端で私を確認された気がしたけれど、
何事もなかったかのように、お嬢さんたちは談笑を再開した。
「ケセラン」
ナナリエが礼をすると、
「パソラン」
と、お嬢さんたちも応える。
そして始まった。
ナナリエは柄の長い細い柄杓をとった。
柄杓が静かに持ちあがる。
湯が落ちる。
ナナリエのゆるやかで無駄のない動きは、まるで巫女の奉納のようだった。
高い位置から細く注がれた湯は、ガラスの茶器の中で静かに回り、蒸気が立ち上る。
ナナリエの虹色の瞳が、その蒸気を見つめている。
まるで何かを計算しているみたいに、視線は鋭い。
空気が張り詰める。
お嬢さんたちも、しばし息を飲んでいた。
ガラスの器に蜂蜜色のお茶が注がれ、一人ずつ配られる。
最後の器を配り終えると、ナナリエが席に着いた。
空気が少し緩んだ瞬間だった。
「素敵なお点前ですわね」
一番真ん中に座っていたお嬢さんが、うっとりと言った。
あ、「ですわね」と言っていたかは定かではない。
私が雰囲気で訳しているだけだ。
「さすがナナリエ王女殿下」
このお嬢さんは蜂蜜色のストールを巻いている。
そして胸には琥珀——アンバーのブローチ。
会話の中だけでは名前が聞き取れなかったので、仮にアンバー嬢と呼ぼう。
アンバー嬢の左にはレモン色の宝石をつけたお嬢さんが、
右にはオレンジ色の宝石をつけたお嬢さんが姿勢よく座っている。
——レモン色はシトリン、オレンジ色はトパーズ。
ふいに頭の中にその宝石の名前が流れ込んできた。
私は石にも宝石にも詳しくない。
これは、誰の記憶だろう?
記憶の半分が黒く塗りつぶされた感じ。
そこから断片的に何かが転がり出てくる。
胸の中に一抹の違和感を覚えつつも、
春の花のように香る蜂蜜色のお茶に、私の意識はお茶会へと引き戻された。
お茶はバニラのような甘い香りで、渋みもなく飲みやすかった。
まるで、ここに集うお嬢さんたちのように。
とりあえず、レモン色の子はシトリン嬢、オレンジ色の子はトパーズ嬢と呼んでおこう。
三人とも金色や茶色の柔らかそうな髪をしている。
そういえば、街でもゴワゴワの黒い髪は見たことがない。
ナナリエが私をお嬢さんたちに紹介してくれなかったので、会話に入りにくい。
私は端っこで彼女たちの会話を静かに聴くことにした。
しばらくお互いの装いを褒め合ったのち、
唇のぽってりした美人・トパーズ嬢が話題を振った。
「もうすぐ春祭りですね」
ナナリエは一瞬の間をおいて、
「人流が増加する……警備体制の確認を……」
と、独り言のように呟いた。
——違う、今のはそういう話ではなかった。
ナナリエはわずかに口を閉じる。
その場に一瞬の空白が落ちた。
シトリン嬢とトパーズ嬢が視線を交わすのが見えた。
その空白を埋めるように、アンバー嬢がおっとりと話を繋いだ。
「楽しみですわね。今年から王子殿下と王女殿下が舞うのでしょう?」
「王女殿下は今年、成人を迎えられましたものね」
ゴージャスを絵に描いたようなシトリン嬢が、落ち着いた口調で言った。
三人は口々に祝意を示す。
ナナリエは軽く感謝の言葉を返したが、話題は広がらなかった。
そうか、ナナリエは今年で成人なんだ。
節目の年なんだなあ。私も何かお祝いしてあげたい。
……などと考えているうちに、話題は春祭りに戻っていた。
「王子殿下も琥珀宮に戻られて、お衣装合わせなどご準備なさっているようですわ」
「まあ、ハルジオン様が?」
シトリン嬢は目を見開いた。
彼女には「金ならあります!」という華やかさがある。
「素敵」
三人はうっとりとため息をついた。
「どんなお衣装かしら」
「ハルジオン様、素敵ですわよね」
「金色の髪が陽に透けて」
「背も高くて」
「演説されるお姿の凛々しいことと言ったら!」
「あの笑顔を向けられたら溶けてしまいますよねー!」
おお。どこの国でも、イケメンは女子会で酒の肴だな。
今飲んでるのはお茶だけど。
しかしハルジオンとかいう人、すごい人気だ。
この国の王子、ということはナナリエの兄弟だろうか?
「なるほど」
ナナリエは頷いた。
——情報としては理解した、という顔で。
お嬢さんたちは一瞬沈黙する。
沈黙を消そうと、再びナナリエが口を開いた。
「たしかに……髪は金色で、背は高いですね……」
ここは共感を必要とする場面だということを、もしかしたらナナリエは気づいたのかもしれない。そんな、思考の微妙な“間”があった。
シトリン嬢の笑みに凄みが増したような気がした。でも、巧みに隠されている。
トパーズ嬢が気を取り直してナナリエに質問した。
「ナナリエ様は、ハルジオン様とは幼い頃から親しい間柄なんですよね?」
お嬢さんたちが一斉に色めきたった瞬間だった。
いよいよ本丸と言わんばかりの期待の眼差し。
ん?なに、この雰囲気?
——期待と、値踏みと、大いなる好奇心、だろうか?




