第13話 あなたの外側と、内側。——惑星シリカの座標
「……失敗、した」
ナナリエは自室につくなり布団に倒れ込んだ。
「そう?最後に良いこと言ってたじゃん」
私は髪の毛を梳かしながら返事をした。
ゴワゴワして櫛が何度もひっかかる。
「明らかに、場が盛り下がってた」
盛り上げようとしていた……のか?
「話題に的確に答えたつもりだった……」
枕に顔を埋めているから何を言っているのか聞き取りにくい。
「間違えたことは明確。でも何を間違えたのか、わからない」
鼻をすする音がする。
「ナナリエ、面白かったよ」
私はお世辞は言わない。
ナナリエの話はよくわからなかったけど、ナナリエ自体は面白かった。
そしてなんか好き。
「アンリ……」
ナナリエが顔を上げた。ちょっと涙ぐんでいる。
「話はさ、難しかったけど、ナナリエが一生懸命伝えようとしてることはわかった」
私も布団にごろんと寝転がってみた。
「ナナリエは物の仕組みとか、働きとか、それを解き明かすのが好きなんでしょ?」
「……そう?」
「私はね、いろんな場所に行って、いろんな人たちと生活して、
そこにいる人たちが何を大切にしているのか、知ることが好き」
「なぜ?」
「当たり前と思っていたことが誰かにとっては特別だったり、
他の人には些細なことが、自分にとっては大切だったり……」
ナナリエは純真な子供のような目で私の話を聞いている。
「自分の外をよく観察すると、自分の中も自然と見えてくる」
私もナナリエを見つめ返す。
「観察……」
「そう。暮らしとか習慣とか、どうしてそうするのか、ずっと見て、聞いて、考えて、
やっと『あ、こういうことかも』って気づいた瞬間って、すごく嬉しいの」
「わかる。それは」
ナナリエの頬がほんのり赤みを帯びた。
その反応を見ながら、私は続けた。
「そしてそれを誰かに伝えたくなる。
『ねえ聞いて、こんな仕組みになってるかもしれないよ』って」
「そう。そうなの」
萎れていたナナリエが息を吹き返してきた。
その表情が可愛くて、私は笑った。
「でも、長くなるし、重いし、だいたい相手は困惑してる」
「正にその通りね」
ナナリエも小さく笑った。
「アンリは人々の暮らしを暴くのが好きなのね」
「え?いやいや、暴くって……」
私が慌てて訂正しようとすると、ナナリエがふふっと吹き出した。
ああ、こんな悪戯好きな一面もあるんだな。
笑いをおさめたナナリエがほんの少しだけ真面目な顔をした。
「アンリはどこから来たの?」
そう問われて、私は言葉に詰まった。
喉の奥に痛みを感じる。
私はどこから来たのだろう。
そしてここはどこなのだろう。
目の前の新しい経験に夢中で、今ここに至る経緯にきちんと目を向けていなかった。
これまで日本国内も国外も、興味が赴くままに出掛けていたけど、
それは自分で行き先を決めて自分の意志で向かっていった場所だ。
太陽が二つあって、
ナナリエの瞳は虹色に輝いていて、
私は、私ではない別の誰かの体の中にいる。
初めて感じる焦りだった。
私は消えてしまったのか。
それとも、最初から今ここにいる私が“私”だったのか。
——なら、この少女の記憶はどこへいったのか。
「アンリ」
静かな声がした。
「ここはシリカのカレンダエよ。そして西の琥珀宮」
ナナリエがいつになく強い眼差しで言った。
でも、独特な固有名詞を聞き取るのは難しかった。
「シリカの……ごめん、なんて言った?」
いや、今の不安に沈んだ頭では意味を拾えないんだ。
ナナリエは、さっきよりもずっと、ゆっくりと、丁寧に言った。
「私たちの星、シリカは連星系に属しているの。
互いに引き合う二つの恒星があって、その重心の周りを、シリカは静かに回り続けている」
静かな声だった。
感情を押し付けるでもなく、ただ、事実を正確に置いていくような話し方。
けれどそのひとつひとつが、不思議と輪郭を持って、私の中に落ちてくる。
「……ふたつの太陽」
「そう。あなたが最初に獲得した単語」
ソラ。この国の太陽はソラ。
ナナリエと言葉が通じた瞬間が蘇った。
……なるほど。
二つの太陽そのものじゃなくて、その中心をまとめた“見えない真ん中”の周りを回っている、ということか。
頭の中にイメージが湧き上がる。
「そして——」
ナナリエは、ほんの少しだけ言葉を区切る。
「惑星シリカの中で、あなたが今いるのが“双神王国カレンダエ”」
私の表情を確認してから、ナナリエは続けた。
「カレンダエには、常に二人の王がいる。
この国を興した二柱の神々の子孫よ」
二人の王様、二柱の神様。双神王国カレンダエ。
私はひとつひとつ頭の中に記録した。
ノートに記したい。
「太陽が二つあるから神様も二柱なのか……」
私が考え込むと、ナナリエはほんの少しだけ笑った。
「神々の構造を分析すると、気分を悪くする人もいるから気をつけて」
しまった。ナナリエとの会話がなぜか懐かしくて、つい……。
ナナリエは私の表情を見て、「大丈夫よ」と言った。
「双王の下に、十二宮——神殿や学術、武門など、それぞれ役割を持った十二の家門が配置されているの。
そして、ここ琥珀宮はカレンダエの一番西にあって、記録と伝統を担う場所」
十二の家門?待って、どこかに記録しないと……
神殿と学術……いや、無理、覚えられない。
ナナリエの手が私の手に重なって、ひんやりした。
「つまり、あなたは今、
連星系の惑星シリカ、その中の双神王国カレンダエ、さらに西の琥珀宮にいる」
彼女の声は噛んで含めるように静かだった。
「——ここまでは、確かなこと」
言葉を探すように、少しだけ間が空く。
「あなたが今いる場所の、“座標”」
虹色の瞳が力強く瞬いた。
わからないことは、まだたくさんある。
自分がどうしてここにいるのかも、説明できない。
それでも、“ここがどこか”だけははっきりした。
点が、ひとつ打たれたような感覚。
狭かった視界が開け、急に世界が身近になるのを感じた。
「あなたの外側のことは、私が何度でも説明する」
ナナリエは、また悪戯っぽく笑った。
——でも、視線は外さない。
「私には、あなたの内側を見せて」




