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悪役令嬢の微笑 ~悪役令嬢はもう良いのに、悪役令嬢が追い掛けてきます~  作者: 冬星明


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第二十六話 悪役令嬢、獣人に向かって演説する

ヌール商会とルベーア商会との商談を見ていた父が興奮していた。

私が情報を武器にして火花を散らしていたと褒めてくれた。

また、商人のオテがエスタテ一族のザハに食い下がる場面は、強敵の魔物に挑む気迫を感じたと、オテの行動にも父は興奮していた。


「それにしてもイルターは凄いな。父さんはイルターの凄さは索敵と兵を動かす指揮力だと思っていたが、商談もできるとはじめて知ったぞ」

「恐れ入ります。でも、商談なんてはじめてですから、内心はドキドキしていました」

「そのように見えなかったぞ」

「内心を悟らせないのも貴族の作法と教えられましたが……違いますか?」

「ち、違わぬ」

「ふふふ、セマジュ様は大急ぎで貴族の礼儀作法を覚えなくていけませんね」

「情けないがその通りだ」

「お母様は完璧でした」

「当然です……と言いたい所ですが、表情を隠すことしかできませんでした」

「お父様はすべて顔に出ておりました」

「すまん」

「お父様はレプス砦を死守するという困難な仕事をしております。辺境伯様もそれを承知されております。問題ないと思います」

「そうか、そう言ってくれると少し楽になる」


食堂に入ると姉がポツンと一人で座り、食器に手を付けず、私らを待ってくれていた。

一人の食事は寂しいものね。

私は令嬢らしくドレスの裾を持って、朝の挨拶をした。


「おはようございます。お姉様。遅くなって申し訳ございません」

「お仕事でしょう。さぁ、一緒に食事を取りましょう」

「レルーイ、其方にも宝飾品の献上の品があった。中々の品だった」

「まぁ、それは楽しみです」

「立ち話もなんでしょう。座って食事を取りましょう」


母に従って遅い朝食が始まった。

 朝の商談の話で盛り上がった。

この後にもう一件の商談が残っているというと、姉は次の商談に興味を示した。

マザーク商会は王国南部からはじまった商会であり、大陸中央への交易路を持っていた。

南の香辛料を扱っており、レプス男爵家に警戒感を持っていると予想している。

私は姉の質問に答えた。


「……という感じで、北の香辛料が増えるかどうかを気にしていると思うの」

「そのマザーク商会が文句を言ってくる?」

「それはないかな。レプス男爵家は塩や香辛料もヌール商会から買っていました」

「今は買っていないよね」

「はい。ですから、ずっとマザーク商会との直接的な取引はありません」

「キャラバンに参加する意味がないじゃない」

「そうですね。でも、辺境伯様の御用商人になると、キャラバンに参加する義務が出てきます。ですから、最低の馬車一台のみで参加しています」

「馬車一台か」

「割り当ての魔石と魔物素材が買えますから赤字にはなっていないと思いますが、キャラバンに参加する意義は感じていないと思います」

「じゃあ、商談もすぐに終わるのね」

「終わると思います。でも、北で採れる香辛料に警戒感を持っていますから、探りを入れてくるでしょう」

「イルター、大丈夫?」

「私は大丈夫ですが、お父様が心配です」

「お父様。ボロを出さないように気を付けて下さいね」

「気を付ける」

 

 食事が終り、お茶を飲みながら時間を潰した。

 マザーク商会が到着した。

 私らは再び謁見室に移動し、姉は刺繍でもして時間を潰すと言った。

マザーク商会は支配人が乗り込んできた。

予想通りに商談は一瞬で終わった。

しかし、支配人は南の香辛料や宝飾品を買い漁る裕福な貴族達を相手に戦ってきた猛者であり、巧みに父を誘導して情報を引き出す。

 交渉が終われば、交渉人の私がしゃべる機会はない。

 頑張って、お父さん。


何も知らない父から引き出せる情報は少なく、マザーク商会の支配人が帰っていった。

 父の評価は、無能を装うやり手の領主だったのか、それとも無能過ぎて相手にもされなかったのか。

 わからず仕舞いになってしまった。

 まぁ、出て行った瞬間、父と母の憔悴は今朝より大きかったのだけは確かだ。


 さて、昼からは獣人との雇用契約である。

 顔見せという建前で姉も連れてゆく。

 宿の前で手伝ってくれる商人らと挨拶すると、何台もの馬車が連なって難民地へ列をなした。

 教会では、特級神官カリユ・ワガマイが出迎えてくれた。


「レプス男爵様、足をお運び、ありがとうございます」

「こちらこそ、無理を言った」

「いいえ、難民を救済して頂き、感謝しております」


 貴族は挨拶ばかりだ。

 神官と挨拶を終えると、次にギルド長が挨拶をし、職員達が手順を教えてくれる。

 今日は十三歳以上の獣人すべての仮登録と仮の雇用契約を結ぶ。

 特例なので、辺境伯に許可を貰い、許可が降りた時点で、(仮)が消える。

 説明が終わると、獣人らの挨拶が残っていた。

 獣人らが一斉に頭を下げ、長老が代表で礼を言った。

 礼が終わると作業が開始される。

まずは冒険者登録だ。

 

「イルター。私、冒険者登録なんて見たことないから、近くで見たいわ」

「お姉様、それは無理です」

「もしかして、この石畳?」

「はい。石畳がある場所が教会の敷地となり、神聖な場所です。土の広場は不浄と言いませんが、獣人らがいる場所ですから、同じ場所に立つのは相応しくないと考えているようです」

「今更よね」


 姉が小さくウインクした。

 私らは村人と一緒に田畑を耕し、一緒に収穫してきた。

 労働を卑しいなんて思ったこともない。


「お姉様。心の澄んだ令嬢は孤児らを慈しみ、民に助けるのが貴族の義務でございます」

「慈しむのはありなのね」

「ところで、私は学校で花を育てているのよ」

「素晴らしいことです。花の園芸は貴族の嗜みと認められております」

「野菜にも花が咲くのよ。野菜を植えては駄目かしら」

「それは無茶では?」

「やっぱりそう思う。管理人にも言われたわ。難しいって。でも、イルターも予備校に通えば分かるわ。肉料理が多すぎるのよ。たまには美味しい野菜料理が食べたくなるわ」


 その情報ははじめてだ。

 確かに、宿の夕食は肉料理が主流と感じていた。

 ご馳走は嬉しい。でも、ずっと続くと考えると、それは嫌だ。

 毎日、肉料理が続いているのか。

 レプス男爵家の朝食は、新鮮な野菜に油を掛けて頂く。夕食は野菜の煮込み料理だ。

 少し前まで芋だけが当たり前だった。

ずいぶんと贅沢になったと思う。


 そんな雑談をしている間も冒険者登録は順調だった。

 黒猫族のクンクがちらちらと私の顔を窺っては、目が合うとニタリと笑う。

 他の子らも貴族が珍しいのか、ちらちらと見ていた。


「助けを求めにきた子ね。やっぱり、可愛い」

「男の子だよ。しかも私より一つ上」

「嘘ぉ。年下の女の子かと思った」


 クンクは十一歳だから冒険者登録はできない。

 母親に付いて移住してくる。

登録は順調に進み、終わり頃を見計らったように、ナリマ子爵の馬車が到着した。

今度はナリマ子爵の前に挨拶が続き、獣人の挨拶は登録が終わるのを待って行われた。


「この難民地の管理を任されているフィーン・ノーヴ・エスタテ・ナリマ子爵である。辺境伯様からここの管理を任されておる」

「ナリマ子爵様。我ら獣人を代表し、守って頂けたことを感謝致します」

「この後、雇用契約が結ばれれば、其方らを管理するのはレプス男爵家となる。心して仕えるように」

「仰せの儘に致します」


 次に父が挨拶し、父が私の名を呼んだ。


「皆も知っておよう。其方らの子供を助けたのは我が娘だ。其方らの移住の責任者を命じた。娘の言うことに従うように。イルター、こちらに来なさい」

「はい、お父様」


 私は石畳の端まで進む。

 イルターとして会うのははじめてだ。

 一呼吸置いてから私は語り出した。


「はじめまして、レプス男爵の娘イルターです。若輩者ではございますが、皆様をレプス領まで無事に届けます」

「イルター、子供らを助けて頂き、ありがとうございます」


 長老が涙を流しながら頭を下げると、周りから「イルターお嬢様、ありがとうございます」「ありがとうございます」という声が湧いてくる。

 各々が私の名を叫び、それがいつしか「イルター、イルター、イルター」を連呼する掛け声に変わった。

それに答えて、私は右手を挙げて振ると、声のボリュームがさらに上がった。

 私がしばらく手を振ってから、ぎゅっと手を握り締めると、歓声が一瞬で消える。


「皆様、すでに聞き及んでいると思いますが、私が住むレプス領は厳しい冬があります。雇った農奴が半分も死に絶えたという噂を聞いた者もいるでしょう。ですが、私は誓います。ここにいる皆様から誰一人として、飢えさせることも、凍えさせることもありません。十分な食料と温かい家を提供します。絶対に移住したことを後悔させません」

「イルターお嬢様。我らは誰一人として、そのような事を心配しておりません。我らの恩人が生まれた土地です。我らを救ってくれた恩人が住む土地です。我らは共に生きることを望みます。どうか我らをお導き下され」


 獣人らから「イルターお嬢様に付いてゆきます」、「イルター様は強い。我らの王だ」「何なりとお申し付け下さい」などと各々の思いの声を叫び出した。

 獣人は本能で強者を見分けるのだろうか?

 長老も平伏したままだ。

長老には、私とマリアは別人と告げている。

 でも、そんな言葉を信じていない。

 信じていないが、それを誰かに話すこともないようだ。

 クンクに至っては、マリカかイルターかなど、どうでもいいようだ。。

 私が再び手の平を握る合図を送ると、一瞬で鎮まる。


「最後に二つ、お伝えすることがあります。一つは、レプス領への移住は可能ですが、他領民である皆様は領民になれません。どれほど努力しても冒険者以上に地位を与えることはできません。私らの力不足ですが承知して下さい。ですが、私にとって皆様は私の領民です」


 長老が「そのお気持ちだけで十分でございます」と叫ぶ。

 私は演説を続けた。


「二つは、洗礼です。まだ十三歳になっていない子供、これから生まれる赤ん坊はレプス男爵家が手配する洗礼を受けられます。レプス村で洗礼を受けた子供はレプス男爵家の領民の子として登録され、十三歳で領民となれます。皆様の努力は決して無駄になりません。私と一緒に王国一の幸せで住みよい領地に致しましょう。私を手伝って下さい。私を支えて下さい。共に歩きましょう」


 獣人らが高揚して雄叫びを上げた。

 思い思いの言葉を叫び、その声は鳴り止まない。。

私も興奮して顔を赤く染めていた。

 その歓声の中、私の後ろで父とナリマ子爵が語っている。


「レプス男爵家、これでは誰が領主かわかりませんな」

「不甲斐なく申し訳ない限りです。しかし、レプス村ではいつもこんな感じです。領地の経営は、娘と執事で行っており、私は見守るだけです」

「そうですか」

「私はただ守りたいだけなのです」

「わかりました。辺境伯様には、ご息女を領地から引き剥がすのは悪手だと進言しておきましょう」

「感謝致します」

「王国一の領地ですか。夢が大きいですな」

「私はイルターなら実現すると疑っておりません。イルターがいれば、どんな夢だって」


 そう言いながら父が遠い目をした。

 そうなのだ。

 私が力を示すほど、様々な横槍が入ってくるだろう。

 姉がナリマ子爵に嫁ぐことになった。

 そして、私も…………。

 彼らにとって重要なのは、レプス領の未来よりも、自らに都合のよい未来なのだ。

でも、私は負けない。

自分の未来は自分で掴んでみせるよ。

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