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悪役令嬢の微笑 ~悪役令嬢はもう良いのに、悪役令嬢が追い掛けてきます~  作者: 冬星明


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第二十五話 悪役令嬢、二商会を仲介す

 私は生活魔法“クリーン”〔清潔〕で体を清めた。

 そして、幻惑魔法を解除するとイルターの姿に戻って“転移”で宿に戻った。

 うっかり部屋に入らないように、隣に待機する世話役には眠りの魔法で眠らせてある。

 その魔法を解除して、私はベッドに入った。

 まだ日の出前であり、うっすらと空が明るくなりはじめているが、まだ三時間は寝られる。

 回復魔法で体力と気力を全回復してからの睡眠だ。

 三時間も寝られればリフレッシュできる。

 しかも私は寝付きがよい……お休み。


 むぅ、眠りの落ちた直後?

 刹那、ギガガガッという頭をかき回す感覚に襲われた。

 寝てから三十分くらい……隣の世話役がドアノブに手を掛け、扉がそっと開く。

 どんな深い眠りからでも覚醒させられ、その直後は頭がぐらぐらして気持ち悪い。

 例えるなら、酒を飲み過ぎた状態で乗ったタクシーが走り出すと、程よい揺れが吐き気を催すような感覚とでも言おうか……胃だけではなく、全身が締め付けられる感覚であった。

 この察知スキルの効果、目覚めだけはどうにかしてほしい。

 起きてしまえば違和感もなく、私付きの世話役が近づいてくるのがわかる。

 私の布団に手を掛けると体を揺さぶった。


「イルターお嬢様。起きて下さい」

「な、に、かしら」

「早朝に申し訳ございません。旦那様からの指示でございます」

「なにかありましたか」

「ルベーア商会のオテという無礼者が会談の前倒しを望んでおります。旦那様は所定の時間まで待たせてよいと申されておりますが、判断はイルターお嬢様に任せるとのことです」


 オテがやってきた?

 彼は常識を弁えない人ではない。

 貴族は日の出の後に起き出し、ゆっくりと朝食を食べてから活動をはじめる。

 一流の商人ならば、その時間を見極めてやってくる。

 その常識を破るほどの何かあるのだろう。


「会談を受けましょう。急ぐ理由を聞いてから、オテの処分を下します。お父様とお母様には準備をはじめて下さいと伝えて下さい」

「畏まりました」


 世話役が一旦部屋を出ると、数人のお手伝いを連れて戻ってきた。

 まず着替え、髪を整え、目立たない程度の化粧も施す。

 私はどの服を着るとか、髪型の要望、化粧に使う色を指定する程度だ。

 お嬢様は何もしない。

 準備が整うと謁見室に移動した。

 父は到着していたが、母がまだだった。

 私は交渉人の席に座り、母を待った。

 少し遅れて、怒りながら母がやってきた。


「イルター、朝の身だしなみは女性の命の次に大事な時間です。このような無礼な商会は余程の理由でなければ、取引をしてはなりません」

「畏まりました」

「まったく、寝不足かしら化粧がのらないのよ」


 ぶつぶつ言いながら椅子に座った。

 父が歯の浮くようなセリフで母を褒め、気分の悪い母を父が宥めた。


「おはよう、イナード。今朝も私の女神は美しいな。化粧のノリが悪いことなどないぞ」

「そうかしら」

「そこに座って、私によく見せてくれ」

「まぁ、セマジュさまったら」

「イナードは出会ったときから変わらない。私は果報者だといつも思っている」

「いつもそんなことばかりおっしゃるのね」

 

 母の機嫌がみるみるよくなってゆく。

 政務では口下手だが、母に対してだけは饒舌になる父であった。

 いつまでも新婚さんのような二人が羨ましい。

 見ている方は恥ずかしいけどね。


 さて、私は宿の者に指示を出して、待機室の扉を開けさせた。

 オテが早足で入ってくると、胸に両手を当て、額を床に擦りつけるほど低くお辞儀をした。

 震える体から勇気を振り絞って声を出した。


「この度は無礼を弁えず、このような早朝に願い出たことを謝罪させて頂きます」

「ルベーア商会のオテとか申したな。これまでルベーア商会との取引は多くなかったと記憶するが、どういうことだ」

「商人は情報が命でございます。儲け話の為に命を賭けます」

「この会談に命を賭けているのか」

「はい、その通りでございます。このような無礼をした対価として、レプス男爵家の要望はすべてルベーア商会が引き受けさせていただきます。その代わりに、一つだけお願いを叶えていただきたいのです」

「交渉ならば、交渉人と話せ」

「はい。ルベーア商会が望むのは一つだけでございます。秋の収穫の販売先を決める夏の商談の一番をルベーア商会にお与え下さい」


 そう言い切ると、オテは顔を上げた。

 父を見据えてから、交渉人の私へ視線を移した。

 後ろの扉からルベーア商会の者が献上品を持って、ゾロゾロと入ってきた。

 オテがどれだけ慌てて入ってきたのかが窺えた。

 私は書類をさらさらと書くと席を立ち、オテの前まで進んだ。


「オテとか申したな。そのような願いならば、定時の会談でもよかったのではないか」

「おそらく、それでは間に合いません」

「叶わないとは思わぬが願いを叶えてやろう。こちらの二枚がレプス男爵家からの要望書だ。こちらが交渉権の一番を認めると書いたのみの白紙委任状の契約書だ。それで良ければ、署名せよ」


 オテは私の瞳を見抜くように鋭い目を向けると、迷わずにペンを取り出した。

 要望書の二枚を確認もせず、二枚の契約書に署名した。

 契約書を受け取った私は父の下に届けると、父が戸惑いながら「こんな契約書に署名してよいのか」と聞いてきたが、私は頷いて署名を進めさせた。

 そのペンが走った直後に後ろの扉が開き、宿のオーナーが入ってきた。


「突然の入場をお許しください。ヌール商会の大店主ザハ・ノーヴ・エスタテ様と支配人アディ・アジーム殿がお越しになり、急ぎ会談を望まれております」

「ザハ・ノーヴ・エスタテ様だと」

「はい、その通りでございます。只今、別の商会と会談中と申しましたが、その会談を中止させても、こちらの会談を行う必要があると申されました。当方としましては判断が付かず、無礼を承知に入場させていただきました」


 父は困ったという顔で私を見た。

 魔物相手ならば瞬時に判断できるのに、交渉ごとになると駄目なのだろうか。

 困っている父に代わって私が指示を出す。


「店主。ルベーア商会の店主オテ・ダンマアと交渉中です。同席でも宜しければ、お二人のみの入場を許可します。同席が嫌ならば、待合室でお待ちくださいとお伝えいただけますか」

「畏まりました」


 宿のオーナーが頭を下げて出ていった。

 そりゃ、領都の大商会、貴族の支配人が先触れもなしでやってくれば慌てもするだろう。

 しかも常識外の時間に先客がいるからもっと慌てただろう。


「お父様。まず、その契約書の署名を終わらせて下さい」

「わかった」

「オテ。ヌール商会の者がくる前に、後ろの者を下がらせてください」

「畏まりました。献上品の説明は省略させていただきます。ご領主様、ご夫人様、入学の祝いに姉君レルーイ様、洗礼の祝いに妹君イルター様。弟君ロルヤー様への献上品でございます」

「洗礼も受けておらん息子までの献上品に感謝する」


 献上品が宿の者に渡され、部屋の横に積まれた。

 オテの部下が部屋から退場すると、宿の者も謁見室から退場させ、我が家の侍女のみを残す。

 正面の扉が開き、ザハ・ノーヴ・エスタテとアディ・アジームが入場してきた。

 ザハは立ったまま、アディは膝を付いて挨拶を交わした。

 挨拶が終わると、ザハがオテを睨みつけた。


「目敏い商人がいたものだ」

「ザハ様には敵いませんが、全力で抵抗させていただきます」

「昨日、辺境伯様に呼び出され、目敏い商人と仲良くしろと言われたときはゾッとしたぞ。随分と張り込んだ武具を売り込んだそうだな」

「辺境伯様のお心を察しました」

「抜かせ。よいか、この辺境領を支えてきたのはヌール商会である。この辺境領はご先祖様が支えてきたのだ。余所者は引っ込んでおれ」

「申し訳ございませんが、こちらもよんどころない事情がございます」

「知るか」

「領邸から戻られ、夜中に冒険者ギルド、馬車組合、鍛冶組合、馬組合、奴隷組合に人を出しながら、ルベーア商会には一人の使いも来ませんでした。辺境伯様の命令を無視される気でしたな」

「当然であろう。儂が知らぬ内に手を回しておったのはお主であろう」

「手を回すなどとは心外です。準備をはじめていただけです」

「手を引け、余所者に辺境領の命運は託せぬ」


 ザハは終始睨み付け、オテは跪いたままで見上げていた。

 オテは獣人の移動の準備をはじめ、辺境伯にマリアからもらった武器や武具を献上して、レプス男爵家との交易の後押しを願い出たようだ。

 それに答えた辺境伯はヌール商会の大店主ザハを呼んで、ルベーア商会とヌール商会の二大商会でレプス男爵家を支えるように命じたのかな。

 ザハはその命令を無視した。

 一連の流れはこんな感じなのだろう。

 ザハの動きを知ったオテは夜明け前の会談を申し込んできた。


「ザハ様。本日の商談の一番はルベーア商会でございます。無理矢理、一番に割り込む気はなかったと神に誓えますか」

「そんなことはどうでもよかろう」

「誓えますか」

「知らん。其方が知る必要もない。レプス男爵家を支えるのはヌール商会だけで十分だ。其方は席を外せ」

「申し訳ございませんが引けません」

「強欲な奴め」


 オテは一歩も引けないという必死の形相で睨み返した。

 私はどっちでもいいけどね。


“ご主人様は軽い気持ちかもしれんが、オテにとってはそうじゃないぜ”

<そんななのよね>

“マリアは平民じゃなく、世を忍ぶ聖女様なのだろう”

<聖女は神様と話せる唯一の存在か>

“ご主人様も女神様の使徒だから間違ってないがな”

<私、マリアに聖女させる気はないのよね>

“それで、これからどうするつもりだ”

<何を?>

“この争っている二商会だ”

<問題ないわよ。争っている謎は解けたわ>


 Q.E.D〔証明終了〕だ。

 二人の会話を聞いていると、ふわぁっと欠伸が出そうになる。

 大事なことを気付いていない。

 私は朝食を食べて寛ぎたいので、こんな茶番はさっさと終わらせることにした。

 私は二人の前に進んだ。

 そして、契約書をザハに見えるように翳した。


「すでに、レプス男爵家とルベーア商会との契約は完了しております」

「間に合わなかったか」

「よくご覧下さい。中央が白紙のままです。ルベーア商会の資材と人材をすべてレプス男爵家に譲ると書くこともできます。あるいは、どなたかに譲ることも……」


 そう低い声で囁き、私はうっすら笑みを浮かべた。

 商人に騙されて財産をすべて奪われた貴族は多いが、その逆はない。

 なぜならば、高貴な貴族が商人を騙して金を奪ったとか、そんな噂が流れるだけでも貴族として終わる。

 商人はそれを見越し、貴方を信用しているという猿芝居をする。

 だが、善意の第三者に譲るという裏技がある。

 その裏技に気付く貴族は少ない。

 私は笑みに“裏技を知っていますよ”という意図を込めると、 勘のよいオテの頬に一筋の汗が流れた。


「もちろん、そんな馬鹿なことはいたしません」

「イルターお嬢様に感謝致します」

「時間がなかったとはいえ、そちらのアディ殿も持ち帰って検討するという案件をその場で引き受けて頂きました。私、感動致しました。レプス男爵家は恩義には恩義で返す家でございます。決して、粗末に致しません」

「ありがとうございます」


 オテが胸に手を当てて、私に頭を下げた。

 私は一呼吸空けて、ふわりとザハの方に向き直した。

 不思議そうな顔をすると、頬に手を当てた。


「ザハ様、私は少し不思議に思っていることがございます」

「イルターとか申したな。其方はその白紙にルベーア商会と商談をしないと書けばよいのだ」

「何故、そんな無駄なことをする必要があるのでしょうか」

「其方は辺境領を余所者に荒らされて何とも思わんのか」

「思う以前に不思議でしかありません」

「不思議だと?」

「ヌール商会は辺境領の収穫量を上げる麦を求め。ルベーア商会は食の革命を起こす香辛料を求められていると考えたからです。求めるものが違うのに、何故、争っているのでしょうか?」


 私はさらに不思議そうな顔でザハを見上げた。

 ザハは少し考えると、私に聞いてきた。


「何故、そう考えた。その根拠は何だ」

「私が辺境伯様に提示したものは麦と香辛料でした。一房で六十粒もなる新種の麦は、辺境領の食料事情を一変致します。餓死者を減らし、村の人口を増やすきっかけとなります。開拓を進めれば、南部の穀倉地帯に次ぐ、第二の穀倉地帯になれる可能性を秘めております」

「その通りだ。これを余所者に任せることはできん」

「ですが、ルベーア商会は南部にも支店を持つ大商会です。南部の領主の不興を買う麦の拡大を促進するでしょうか」

「まったくもって、その通りだ。この麦の種子を余所者に託すことなどできん」

「オテ殿、麦の独占権が欲しいですか」


 私は振り返って、オテに尋ねた。


「必要ございません。新種の麦は魅力的でございますが、麦の独占など厄介ごとを抱えるだけです」

「では、何故、レプス男爵家に近づいた」

「それは…………」


 オテが言葉に詰まった。

 マリアに頼まれたからとは言えない。

 私はオテに助け船を出す。


「ザハ様。商人が手の内を晒す訳がございません。ですから、私の推測をお聞き下さい」

「推測とは何だ」

「辺境伯様から聞いておりませんか。レプス男爵家では、北で見つけた香辛料となる草の栽培に成功致しました。収穫量は未定でございますが、去年の十倍になることは確実です。そして、獣人三百人を労働力として得たので、来年は百倍も可能になるでしょう」

「香辛料が百倍になるだと⁉」

「北の香辛料は南の香辛料に比べると質が悪く、値は十分の一でございます。大量に栽培するようになると、さらに半額に落ちるでしょう。ですが、それこそオテ殿が望む価格なのです」

「値が下がって、よいことがあるのか?」

「ございます。南の香辛料は王族や高貴な貴族様が利用されます。しかし、値が下がれば、貧しい貴族や裕福な平民でも手の出る価格帯になります。つまり、南の香辛料を使う顧客層と北の香辛料を使う顧客層はまったく違います」

「顧客層が違う……そうか、南の商人らと争わずに済むのか」

「はい、その通りです。まったく争わないかはわかりませんが、香辛料の種類が増えることで料理の幅が広がります。北の香辛料を南の商人に売って、国外に売るという手立ても可能かもしれません」

「確かに、巨万の富を得る可能性があるな」

「しかし、ザハ様のヌール商会は王都の支店を持っておりますが、王国を張り巡らす商売をやっておりません。大量に生産された香辛料を捌き切れるでしょうか。多国を跨いでいるルベーア商会に任せ、香辛料から上がる税収を増やすことの方が、辺境領にとってよくありませんか」

「ぐううう、その通りだ」


 ザハは歯ぎしりをさせながら顔をこわばらせて肯定した。

 さあ、さっさと終わらそう。


「この契約書に麦の販売は認めないと書いておきます」


 そう言ってにっこり笑うと、思い出したように慌てたふりをした。


「あぁ、そう言えば、アディ殿には新しい樽の独占販売権を認めていました。公平を期する為に、ルベーア商会には、香辛料の独占販売権の他に、もう一つだけ独占販売権を認めると書いておきましょう。オテ殿、それで宜しいでしょうか」

「独占販売は二つまでということでしょうか」

「はい、独占販売は二つまでとします。果実の独占でも宜しいですし、これから育てる葡萄酒でもかまいません。あるいは、しばらく保留することも認めましょう」

「ありがとうございます。考慮した後に決めさせていただきます」

「ザハ様、アディ殿、今の決定に文句はございませんか」


 ザハがアディに相談する。

 大店主と呼ばれていてもザハは貴族であり、店の細かいことは支配人のアディを頼らないとわからないらしい。


「承知した。ルベーア商会の二商品の独占販売を認めよう。だが、これまでの我々の貢献を加味して貰いたい。今後、レプス男爵家から販売される商品の割り当て五割をヌール商会に認めて頂きたい」

「はじめから五割と決めるのは愚かな行為です。レプス男爵家が持つ交渉権を譲るようなものです。無理なことをご承知でしょう。しかし、去年までヌール商会が総取引の七割を占めていることを鑑みて、三年間に限って五割を認めます。それ以降は三年毎に見直しましょう」

「認めぬと言いながら認めるか。それでいいだろう」


 ザハはずいぶんと嬉しそうにそう言った。

 父に向かって、こう言った。


「レプス男爵家のご息女は商売が上手のようだ」

「自慢の娘でございます」

「この才を存分に振るえる我が家の養女に欲しいが如何か」

「残念ながら、ナリマ子爵のご息女の学友として貴族学院に進むことが決まっております。卒業後にお声掛け下さい」

「学院に……辺境伯様も狙っておるのか」


 そう肩を落とすと、こちらを向き、契約の話を進める。

 オテとアディが要望書の割り当てを話し合い、私が両商会の契約書を仕上げてゆく。

 この要望書に書かれていない使用人までオテが準備しようかと言い出すと、ザハも負けじと用意させると言ってくれた。

 すべての支払いは秋以降、足りない分は年利三分〔三%〕で貸し出してくれる。

 無事に契約書が完成した。


「お昼から獣人と雇用契約を結びます。オテ殿とアディ殿には、顔繋ぎを兼ねて参加して下さると助かります」

「承知しました。このオテにお任せ下さい」

「ヌール商会と致しまして、私を含め、窓口となる者を伴って参加させていただきます」

「よろしくお願いいたします」


 こうして、あり得ないほど早朝の商談は成立した。

 疲れた上にお腹も減った。

 そういえば、朝食も食べていなかったな。

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