第二十四話 悪役令嬢、荒れる北の大地を走る
泣き止んだ私と姉は待ってくれていた両親と一緒に夕食を摂り、それから取り留めのない話を夜遅くまで続けた。
明日、明後日、残り少ない時間を大切にしようと思った。
随分と遅い就寝となってしまった。
隣の待機室では、私付きの侍女役が「長い残業だったわ」と愚痴をこぼしている。
少しすると夜番の交替がやってきたが、互いの文句を言い合っていた。
そんな愚痴の中に私たちを批判するものもあった。
「頭きちゃう。お貴族様は家族ごっこよ。それで遅くなったのよ」
……そうだね。
この世界には、もっと悲惨で残酷な現実が待っている。
奉公という名の奴隷労働者。
親に売られてきた彼女らからすれば、私たちの絆など「ごっこ」に過ぎない。
それでも、私は守りたい。
私は私でいられると思うから。
さて、待機の従業員をそろそろ眠らせよう。
<スリープ>
私は無詠唱で従業員を朝まで眠らせるとベッドから起き上がった。
ぽちっとメニュー欄から装備〔一〕のアサシンっぽいイルターの戦闘服を押す。
一瞬でフォームチェンジだ。
次に地図を広げて、レプス村の近くをマークして<転移>と唱えると、真っ暗な森の中に出た。
<光・闇・火・水・風・土の初級精霊よ。出でよ>
私の周りに精霊が出現した。
<貴方達の仕事は索敵よ。我が周囲を螺旋状に飛び回り、我が敵を見つけよ。行け>
精霊が六方に飛び散って、私を中心に螺旋状に飛行する。
その速度は音速だ。
並行思考スキルを駆使して知覚共有で六つの視界を認識すると、村の周囲にある外敵を探る。
魔物は魔力の塊であり、小鬼〔ゴブリン〕のような低級な魔物は魔力を消す術を知らない。
精霊が持つ魔力視から逃れられない。
見つけ次第、抹殺だ。
あっ、小鬼〔ゴブリン〕を発見。
<ウインド・カッター(風の刃)>タイムズ テン! タイムズ テン! タイムズ テン!
初級精霊に知能はない。
風の刃を十個放て、さらに十個、さらに十個と一つ一つを命令しないと動いてくれない。
面倒だけれども並行思考スキルで可能だ。
小鬼〔ゴブリン〕を倒すだけなら一撃で済む。
だが、他の動物が餌として食べないように細切れにした。
“どうして、いつものように中級精霊を使わないんだ?”
<今日のポン太は大人しいわね>
“俺様はいつだってご主人様を気遣っているさ”
<いつも悪態をついているじゃない>
“それは大きな誤解だ”
<初級精霊を使ったのは効率の問題よ。光の中級精霊をねぇねぇの護衛に付けたでしょう。残る中級精霊は火と風の二体のみ>
“あぁ、そういうことか”
<火の中級精霊に『魔物を倒し、浄化せよ』と命じることはできるけど、『火事を起こさないように、周囲に気を付けよ』という二つの命令を理解できないのよね>
“光の中級精霊とセットなら、倒すのは火の中級精霊、浄化は光の中級精霊に割り振れたな”
<そういうこと。火の中級精霊に『索敵して、発見次第、最小の火力で倒せ』くらいなら理解できた。そこに光の中級精霊を出し、『清浄と鎮火』を命じておけば、火事の心配はなかったわ>
“中級精霊は馬鹿だからな”
<上級精霊のポン太みたいに文句も言わず、ずっと同じ命令を聞いてくれるわ>
“知性があると言ってくれ”
<それはともかく、中級を単独で動かすなら手動で命令が必要でしょう。どうせ手動で操作するなら、数の多い初級精霊の方が効率いいのよ>
“その分、ご主人様に負担が掛かるんだが”
<…………>
“どうした?”
<何か変な感じがしない>
“何もないぞ。ご主人様のステータスや心拍にも異常なしだ”
<うん、不調は感じない>
私は短時間で村の周辺の駆除を終えた。
いつも駆除しているので数は少ないけど、見過ごしているとすぐに増殖するから油断できない。
まさに『G』のような存在だ。
<次はレプス砦でね>
“いつも通り、レプス砦の北の森でいいか”
<ありがとう>
ポン太の配慮で世界地図からズームアップする手間が省け、行きたい場所の地図が最初に現われ、私はそこにマークを付けた。
<転移>
こちらは基本索敵のみだ。
砦に常駐する冒険者の貴重な収入源を奪うわけにいかない。
厄介そうな魔物が紛れていれば討伐しておく。
異常なし、杞憂だったかな?
<ポン太、次は第二広場と第三広場の中間>
“あいよ”
<ぽちっと>
転移後に精霊を飛ばす。
第二広場と第三広場の距離は八十キロもあり、やや移動距離が長い。
しかし、音速で飛ぶ精霊は螺旋状に飛んでも十分もあれば、半径四十キロをカバーできる。
えっ?
第三広場の拠点が魔物に襲われていた。
しかもレベル四の魔物が混じっているじゃない。
あれは第五広場の近くにいる魔物だ。
<ポン太、第三広場の近く>
転移魔法は燃費のよい魔法ではない。
次は第四広場と第五広場まで飛ぶつもりだったが、そんなことを言っていられない。
拠点の近くに転移すると、メニューを開いて装備〔二〕を押し、幻惑魔法を掛けてマリアの姿に変身した。
敵は三十体以上もいる。
“ご主人様、どうするつもりだ”
<手加減なしで助けるわ>
“ご主人様の存在がバレるぞ”
<マリアの姿だから大丈夫よ>
最近は脅威レベル四なら肉体強化のみに留め、魔法バフ、武器付加魔法を外していた。
でも、それだと一体を倒すのに時間が掛かる。
今だけは全力を出す。
足に速度アップの魔法バフを掛けると、気分的には光速で接近した。
うわぁっと魔物に襲われている冒険者の前に体を入れると、瞬殺で魔物の首を刈った。
ボツリと魔物の首が落ちた。
「大丈夫ですか」
「助かった」
「では、他も助けてきます」
私は大きく息を吸って大声を上げた。
「神の名において!」(イン・ノミネ・デイ!)
拡声スキルの助けもあって、高くもない壁を挟んで戦っている三パーティー十四人の耳に届いたと思う。
味方だから攻撃しないでよという助けに入る前の“おまじない”だ。
さぁ、いくよ。
魔力解放。全身強化。武器付加。速度特化……全開。
ポン太が“強化一式全部かよ。やり過ぎだ”と叫ぶ。
これは魔物の脅威レベル三の上位種で使用している対応だからね。
どりゃあ、私は声を上げて一歩を踏み出した。
踏み出した地面が爆ぜた。
土煙が上がった瞬間に百メートル先に到達しており、壁沿いにいた数体の魔物が一斉に斬り裂かれて緑色の血を噴き出していた。
化物じみた力ではある。
だが、Ⅲ級冒険者はこれと同じことを肉体強化のみで実現している。
第三広場で狩りを行うのはⅣ級冒険者だ。
Ⅲ級冒険者とⅣ級冒険者の壁は大きい。
Ⅳ級冒険者はまだ人の領域に留まっているが、Ⅲ級冒険者は人ではない何かに生まれ変わる。
私は女神様から与えられた魔法効果十倍を使ってやっと辿り着く。
最終フォームの私に脅威レベル四の魔物など敵ではない。
魔物との距離を詰めて、袈裟斬り、横斬りを次々と放った。
マリアの姿なので魔法を温存した。
十体を瞬殺すると、魔物らが逃げ出したが逃がす訳がない。
後方から一点突きで仕留めていった。
逃げた奴のみ、倒した瞬間に収納庫へ仕舞っていった。
ラスト一体だ。
ふぅ、終わった。
剣を鞘に仕舞うと、バフをすべて解除して第四広場に戻った。
拠点に近づくと、Ⅳ級冒険者の多くが私を警戒する。
得体の知れないⅢ級冒険者だからね。
だが、リーダー格はそうではないようで、私の方に手を差し出してきた。
「助かった。冒険者パーティー“アルカッス”〔草刈り〕のリーダーでジュベール・ローランスだ。救援に感謝する」
「冒険者のマリアです。当然のことです」
「ところで獲物のことだが……」
「半分の十五体を貰っていいですか」
「それだけでいいのか。確かに我らも四体は討伐したが、残り三十体はほとんど君が倒したようなものだ」
「問題ありません。全部を主張されるなら、すべて残してもいいですよ」
「むしろ、十五体でも多いくらいだ」
魔物は倒した者に所有権がある。
壁際で対応していた魔物を横取りしても私が所有権を主張できた。
しかも私は彼らより強者だ。
私が彼らの倒した魔物まで自分の物だと主張すれば、彼らは呑み込むしかない。
助けてもらった謝礼を請求されても文句は言えない。
冒険者は慈善事業ではないので、リーダーのジュベールはほっとしていた。
「マリア殿に聞きたいが、これは魔物氾濫〔スタンピード〕の前兆なのか」
「いいえ、違います」
「違うのか」
「魔物氾濫〔スタンピード〕ならば、もっと広範囲に溢れ、すぐに次の魔物が控えています。そんな気配を感じません」
「言われている通りだ。この平原の見える範囲に魔物はもういないな」
「ですが、この魔物はもっと奥の森を縄張りにしている魔物です。森に異変があったのは確かです。しばらく、狩り場を第二広場に下げるのを推奨します」
「そうさせてもらおう」
「私も仲間が奥で狩りをしていますので失礼させてもらいます」
「我々は一度砦に戻って報告しておく」
私はジュベールに見送られて平原を走り出した。
レプス砦より北の森は、どこまでも奥の深い森が続く魔境である。
だが、所々に大きな広場があり、この平原は最大級の広場であった。
まるで巨大な生き物が降り立ち、周りの木々を薙ぎ払った…………そうか、わかった。
ポツリポツリとある巨大な広場はそういうことか。
“ご主人様、何かわかったのか”
<うん、魔物氾濫〔スタンピード〕の原因がわかったかも>
“ダンジョンがあって、そこから魔物が溢れたのじゃないのか”
<じゃあ、どうして凶悪な魔物が南下するの? 普通はどうだった?>
“設定によると、増殖したゴブリンなどがゴブリン・ジェネラルに率いられて溢れ出すな。余っている魔素を消費する為の仕様だから、強力な魔物を外に出す意味はない”
<でも、歴史にはⅢ級冒険者でないと相手できない魔物も溢れていたと書いてあったよね>
“そんな記述があったな”
<私も大袈裟に書いてあったと思っていた。でも、私はこの威圧に覚えがある>
“威圧?”
<ずっと森の奥から流れてくる威圧よ。戦いに集中したときに気付くことがあった>
“どんな威圧だ”
<絶望するくらいの黒い威圧よ。悪役令嬢の三周目、伯爵家の兵を徹底的に鍛えて世界を制圧した。王国から周辺国まですべてを平定してやった。敵がいなくなれば、真のトゥルーエンドに達すると考えたのよ>
“で、どうなった?”
<征服は成功。敵は誰もいなくなり、南部と王国は再併合されたわ>
“それは女神様が望む真のトゥルーエンドじゃないな”
<南部の国々は北部王国の侵攻で王族は死に絶えたわ。その恨みは北部の王族を滅ぼすまで収まらなかった>
“あぁ、旧南部の王家に仕えた奴らか。悪令嬢の家で雇われていたな”
<北部の王族との融和を拒否して、勝手に町一つを滅ぼし、その怨気を餌に魔笛を吹いて、暗黒の黒竜を復活させたのよ>
“その黒竜に殺されたのか”
<まさか、きっちり始末してあげたわ>
“マジか”
<でも、体力も魔力もボロボロになるまですり切れた。回復薬も枯渇した。そこに私が育てた兵と、我が家の執事と私の侍女が、私を殺しにきた>
“ご主人様が育てた兵は怨念に染まっていたのか。しかし、部下がご主人様を襲うとか最悪だな”
<本当に最悪、信じていた人に裏切られ、大切な兵を自分で皆殺しにする。最後はその長だった我が家の執事と相打ちで終わる最悪のラストだったわ>
“ご主人様の世界はゲーム設定より過酷過ぎないか”
<聖女様贔屓の世界でしょう。そんな世界で悪役令嬢からスタートしたいと言った私が馬鹿だったのよ>
“よくクリアーしたな”
<悪役令嬢だった私は凄いのよ。まぁ、裏切りはどうでもいいわ。その最悪の敵だった奴と同じ威圧を感じたのよ>
“森の最奥の黒竜がいるのか”
<威圧が弱いから成竜じゃなく、幼竜か、その途上の若竜ね>
“この森に点在する広場は……”
<ドラゴンブレスの跡でしょうね>
次の瞬間、私とポン太の声が重なった。
<最高じゃない>
“最悪だな~”
・
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“どこが最高なんだ。黒竜だぞ。最強種の一角じゃないか”
<最高でしょう。前回はギリギリだったけど、今度は女神の十倍効果があるのよ。コテンパンにしてやるわ>
“竜の牙と爪は、どんなものも斬り裂く。すべての防御が紙クズになるぞ”
<当たらなきゃいいのよ。図体がデカい分、当たるのは簡単なのよ>
私とポン太の意見がすれ違った。
私は平原を抜け、再び森の奥に入ってゆく。
精霊を飛ばし、厄介な魔物を見つけた。
<ポン太、見ていなさい。これが本当の女神様の力よ>
“何をする気だ”
<ステータスアップを考えないなら、こういう戦い方もあるのよ>
私は火属性を持っているので火の最高級魔法も無詠唱で放てる。
でも、最初の一発目は敢えて詠唱を唱えた。
『空蝉に忍び寄る叛逆の摩天楼、
我が前に訪れた静寂なる神雷、時は来た!
今、眠りから目覚め、狂気を以て現界せよ!
穿て! エクスプロージョン!』
私の魔力が一気に放出されると、天空の一条の光が地上に雷鳴となって突き刺さり、地上に届いた瞬間に、閃光と共に巨大な爆発ですべてを薙ぎ払った。
かなり距離があった私にも爆風が通り過ぎた。
“ぐわぁ、マジか”
<おぉぉぉぉ、凄いね。流石、女神様の力だ>
“大地が抉れて、新しい広場ができてやがる”
<ドラゴンブレスと同程度か>
“言っておくが、これで黒竜に勝てるとか思うなよ”
<思わないわ。聖獣クラス以上には遠距離攻撃は魔力障壁で無効化される>
“そういう意味じゃなく”
<わかっているって、これで黒竜戦の煽りで魔物氾濫〔スタンピード〕が起こらないように、あらかじめ凶悪な魔物を間引いておくのよ>
“マジで戦う気か”
<当然でしょう。私はねぇねぇと約束した。レプス男爵領を発展させる。王国一の領地にしてみせる。その為の障害は排除すべきでしょう>
“勝てるのか?”
<今はギリギリだけど討伐しないと時間がない>
“時間がない?”
<今日、威圧が少し大きくなった。きっと竜は目を覚まそうとしていると思う。私の勘だけど、五十年以内に目を覚ますわ>
“ご主人様、今、笑っただろう”
<だって、ゲームっぽいじゃない。やる気が出てきた>
“ご主人様、マジで大丈夫か”
ポン太が情けない声を上げているが、解禁した『エクスプロージョン』をいくつも放って、第四広場から第五広場の強そうな魔物を一掃してから宿に帰った。
魔物殲滅の旅の続きは明日だ。
帰ってくるのがギリギリになったけど、あと三時間くらいは眠れるかな。
わぁぁぁ~~、おやすみ。




