第二十三話 悪役令嬢、姉と抱き合って泣き崩れる
貴族同士の会談で父と母は疲弊した。
三月は魔族が侵攻してくる月であり、有力領主や剣で貢献する貴族は誰もいない。
父と母を訪ねてくるのは“世俗の汚れ”に触れない領都に住む純正貴族ばかりだった。
いつも嫌味なポン太が今だけは優しい。
“ご主人様もご苦労様”
<どうすれば、あんな人間に育つのかしら>
“言っていることは人間の屑だが、その横暴さに清々しさがあったぞ”
<働くことを『悪』って言い切った人もいたね>
“その働いている領主に向かって、堂々と「私に支援させてあげよう」と言っていたな”
<社会の寄生虫よ>
“確かに、純正貴族というより寄生貴族だな”
<私、純正貴族を誤解していたわ>
レプス男爵家の執事をしているクィリッィエは妖精族の血を引いているので準男爵の称号を得ている純正貴族だ。
辺境伯から支援を受けており、レプス男爵家に無償で奉仕していた。
損得なんて関係ない。
自らの自尊心と優秀さを誇示する為に無償で尽くす。
もしかしたら、領地を分けてもらって父の従属領主になりたいと考えているかもしれないけど、そんな素振りも見せない。
損得を超越した存在はどんな社会でも必要であり、私は純正貴族を半ば『お助けマン』のような存在だと思っていた。
今日会った八人の貴族は世俗に縛られない自由を満喫している“ニート”だった。
自ら『閑暇の貴公子』とも名乗った人もいた。
“乙女ゲーの王子並みのイケメンだったな”
<イケメンは見慣れているから要らないわ。でも、整った容姿で優しくうっとりさせる言葉を囁かれたご婦人が可哀想ね>
“ご主人様も食事に誘われたな”
<あれを誘うっていうの? その代金はレプス男爵家持ちよ>
“イケメンの貴族は払わないのか”
<払うわけがないでしょう。ホストと食事をすると、支払いは姫様って決まっているのよ>
“そんな寄生虫を好む奴がいるのか。ご主人様の母君も困っていたぞ”
<お母さんは、お父さんにゾッコンだもの。でも、ほとんど貴族は政略結婚でしょう。夫に義務を感じても愛情を持たない。その分を愛人となるホストに貢いでくれるのじゃないかしら>
“寄生虫にも価値があったのか”
<価値なんてない。領民から集めた税が湯水のごとく消えてゆくのよ。自由奔放なニートは害悪しかない。はじめて引き籠もりニートの方がマシに思えたわ>
身なりは美しく、仕草は華麗な蝶のように、言葉はメロディーのように流れた。
しかし、やっていることは物乞いの乞食なのだ。
あと、夫の目の前で夫人を口説くのが貴族の嗜みの一つなのかしら?
父はよく耐えたし、母はうんざりしながら付き合ったと思う。
十歳の私を口説き出したときは、殴りたい衝動を抑えるのに苦労した。
疲れ果てた父と母が応接間でお茶を飲んでいると、買物で元気を取り戻した姉が帰ってきた。
「お父様、お母様、ただいま帰りました」
「レルーイ、お忍びの買物は楽しかったか」
「はい。ずっと欲しかった物を全部買ってきました」
姉が手を合わせて最高の笑顔でそう答えた。
父も「そうか」と言ってから、お茶を飲む私を見た。
「イルター、レルーイにそんな大金を預けたのか」
「お父様、私の裁量で使えるお金は金貨三枚までです。お姉様に渡したのも金貨三枚です」
私がそう答えると、姉は父が次に口を開く前に割り込んだ。
「お父様。私は貧乏貴族の娘です。金貨数枚もする宝飾品なんて手が震えて触れません。高い物でも銀貨数枚の物しか買えません」
「これから上級貴族になるお姉様にとって問題じゃありませんか」
「森の草や木の実を手で取って食べているイルターに言われたくないわ」
「お土産の木の実は気に入りませんでした」
「ううん、美味しかったわ。知らない木の実が増えていた。また森で拾い食いしたのね」
「美味しかったらいいじゃない」
「木の上の景色を眺めながら食べる果実は最高だったかしら……拾い食いこそ、貴族の令嬢として最悪じゃないかしら」
はい、その通りです。
魔物の討伐は貴族の義務だ。
女子に限って絶対ではないが、『貴族の嗜み』と言われる。
私が森に入るのは問題ない。
だがしかし、貴族令嬢は森で木に登って、その場で実を取って食べるなんてしない。
でも、採れたてが一番美味しい。
「はい、お父様には手袋、お母様に髪飾り、イルターにブローチよ。私とお揃いよ。いいでしょう」
「ありがとうございます……」
「何?」
「優し過ぎるお姉様は気持ち悪いです」
「せっかく買ってきたのに、イルターの意地悪ね」
姉はお茶目なウインクをした。
私が「ありがとう」の後ろで飲み込んだ言葉は「お姉様、今度住む離れの中でも、そのブローチは付けられないのではないのですか」だった。
そう、上級貴族は平民の付けるような石を磨いただけの安物のブローチを身に付けない。
でも、そんなことは姉もわかっている。
おそらく、ずっと買いたいと願っていたのだ。
願いが叶った瞬間に、姉が思い描いた未来は永遠に来ないと知る。
ごめんなさい。
私が頑張り過ぎたせいだよね。
“ご主人様がポンコツ過ぎたせいだな”
<そうだね。私がもっとうまくやれれば、こんな展開はなかったかもね>
“おい、ここは俺様に反論するところだろう”
<私、自分がポンコツなのは自覚している。悪役令嬢の真似をして、偉ぶって同期や後輩の面倒をみている内に婚期を逃し、『お局様』と呼ばれたわ>
“そりゃ、前世の話だろう”
<今も一緒よ。悪役令嬢の知識を借りて偉ぶっているだけ……正解なんて知らない>
“ご主人様、ちょっとおかしいぞ”
<ポン太、どうすればよかったのかな>
“俺様が知るか”
私がそんなことを考えていると、姉ががばっと抱き付いてきた。
ギュッと抱きしめてきた姉の頬が私の頬に当たり、そこが濡れていた。
姉が泣いているの?
「イルター、泣かなくていいんだよ」
「えっ、私……泣いていた」
「イルターは凄い。イルターのお陰でお父さんは死なずに済んだ。村の人が笑うようになった。私も美味しい物をたくさん食べられた。全部、イルターのお陰、私の自慢の妹だよ」
「ねぇねぇ、ごめん。私のせいで……」
「イルターは悪くない。イルターのお陰でみんな幸せになった。レプス男爵家を王国一の領地にするんでしょう」
「ねぇねぇが……」
「うん、貧乏貴族レルーイ・ノーヴ・レプスは今日で終わり。このブローチと一緒に机の引き出しにしまい込む。明日から上級貴族レルーイ・ノーヴ・レプスがはじまる。先が見えないから不安なだけ、でも、イルターが頑張るなら私も頑張る。頑張って幸せになってみせる」
「ねぇねぇ、大丈夫なの」
「イルターの姉を見くびらないでよ。それとも私にはできないとイルターは思うの」
「お、おもわない」
「でもね、イルター」
「うん、なに?」
「……本当は怖いよ。知らない家、知らない人たち、知らない貴族社会……私は、あなたのお姉ちゃんだから」
「ねぇねぇ」
「でも、もうイルターと一緒に森に行けないのは悲しいかな」
「行こう。私が絶対に連れていく」
「そうだね。一緒に行こう。いつかきっと」
「ごめんね」
「謝らないでよ。嫁ぐのは決まっていたのよ。それがちょっと早くなっただけ。でも、ぜったいに幸せになってみせるから……イルターはイルターが思うように進みなさい」
「ねぇねぇ、ねぇねぇ」
「今日のイルターは泣き虫ね。お姉ちゃんは大丈夫だって、ぐずん」
大丈夫という姉の目に涙が溢れる。
私の涙も止まらない。
ただ、姉と別れたくない。別れたくない。別れたくない。
姉からもそれが伝わってくる。
私と姉は抱き合いながら涙が涸れるまで泣き続けた。
私は何もわかっていなかった。
姉が、こんなにも私を愛してくれていたことを。
だから、私は……姉が笑って生きられる未来を、絶対に、絶対に、絶対に掴み取る。
私がねぇねぇを幸せにしてみせる。
もう間違えない。




