第二十二話 悪役令嬢、笑えない商談をする
ヌール商会の次に取引が多いのが、王都の大商会アマル商会だった。
宝石、衣服、絵画、楽器、武具――貴族向けの商品を幅広く扱っている。
ただし高級品ばかりなので、レプス男爵家が買える品はほとんどない。
“ご主人様。アマル商会を苛めると言っていたが、どうやって苛めるつもりだ”
<苛めるっていったけど、単に値引き交渉を渋くするだけよ>
“値引き交渉?”
<恋の麻薬と呼ばれる『アルハッブの花』と魔法草『イルクス』の花の蜜から作った化粧水を売ろうと思っているわ>
“いつも砦で売っていなかったか”
<売っているわよ。でも、媚薬の材料は鮮度が重要でしょう。私の持つ収納庫を使えば、時間停止で鮮度が保てるわ>
“鮮度を保てるのは俺様のお陰だな”
<はいはい、ポン太のお陰ね。もう一つの化粧水は値上げ交渉でもしようかな~と考えた程度だったけど、令閨様と呼ばれる新たな売り手が見つかった。ちょっと面白いと思わない?>
“令閨、辺境伯夫人のことか”
<売り先は一緒かも知れないけど、担当は違うでしょう。ねぇねぇの献上品にする手もあるわ>
“さっき知ったばかりの話でよく思いつくな”
<貴族なんて騙し合いよ。さも知っているように思わせて高く売り付けてやるの>
なんて、私は考えていました。
扉が開き、顔中にイボイボのある醜い男が姿を現した。
“あっ、襟巻トカゲか”
ポン太が脳内で叫ぶ。
醜い男はアマル商会の辺境キャラバン隊を預かる代理人であり、トレードマークのような襞襟が妙に大きく感じるひょろひょろとした体格の貴族だ。
どうしてアマル商会の代理人が出てくるのよ。
“ご主人様はあいつが嫌いだからな”
<王都出身の貴族だというだけが自慢の男よ>
“領地が赤字で商会に売られた三男だったな”
<本人は売られたとか思ってないけどね。跡取りになれず、武官や文官にもなれなかった成れの果て……どこに魅力があるのよ>
“ご主人様を気に入って、「側室にしてやろう」だったかな”
<最悪ね>
“ご主人様に首輪をされて、鞭で叩かれる姿しか見えないな”
<しないから>
王都には小さな領地をもらっている貴族が多い。
小さい領地の収入と、王都の貴族である支出のバランスが取れない。
そこで御用商人に様々な代理人や代官という役職を斡旋して貰う。
要するに広告塔である。
でも、テンベル子爵はキャラバンの代理人として最悪だ。
左遷と考えれば納得だけどね。
「レプス男爵、ごきげんよう」
「先日ぶりですな。ビーン・ノーヴ・テンベル子爵」
「今日の交渉は私がすることになった」
「よろしくお願いいたします」
「感謝するがよい。果実を例年の十倍ほど買ってやろう」
「テンベル子爵。取引は交渉人とお願いします」
「何を言うか。交渉人など代理の代理に過ぎん。主である其方は首を縦に振ればよいのだ」
テンベル子爵は根拠もなく強気なのだ。
先程の交渉で私のことを貴族らしいと皮肉っていたから、一定数は馬鹿な貴族がいるらしい。
テンベル子爵の後ろにいた若い商人が私の方へ進み出た。
アマル商会の支店長付き交渉人らしい。
父と代理人が話している間に、部屋の横で交渉が始まる。
まず、テンベル子爵の無礼を謝ってきた。
「申し訳ございません」
「別にいいわ。代理の代理は本当のことですもの」
「当方ではそのように思っておりません」
「では、どうして支配人か、支店長が来ないのかしら」
「支配人はただいま王都に呼び出されて不在なのです。支店長がくる予定でしたが、テンベル子爵が割って入ってきました」
「どっちが偉いのかしら」
「商会としては支店長が上です。ですが、支配人が不在……相手が貴族では。その、申し訳ございません。あっ、こちらが預かっていた商品の引き取り価格となります」
レプス砦で綺麗な魔石や原石などを渡してあった。
やはり、宝飾品や化粧品に関する商品の引き取り価格はアマル商会が一番だと思う。
原石は魔石や魔物素材ほど高い売り物ではない。
果実などに比べると高値で買い取ってくれる。
私は机に向かうと、テンベル子爵の要望と価格を了承したという一枚の書類に仕上げた。
そして、それを書き終えると、交渉人に話しかけた。
「実は『アルハッブの花』と魔法草『イルクス』の蜜から作った化粧水を持ってきています」
「是非、お売りください」
「ご覧になりますか?」
「もちろん」
「私の収納袋は小さいのですが、性能は良いのよ」
袋に手を入れる振りをして、メニューの収納庫から『アルハッブの花』を取り出した。
交渉人が目を輝かせた。
「鮮度が保たれています。これならばかなり高値で買い取れます」
「支店長が来られたらお売りしましょう」
「お昼からでも改めて」
「その前に一つ宿題です。今後、化粧品に関する商品をお売りできないかもしれません」
「何をおっしゃるのですか。我が商会以上に高値で引き取る店はございません」
「さぁ、どうかしら」
「イルターお嬢様。間違いございません」
「商人は情報が命でしょう。情報が遅い商会とは取引できません。その答えを持ってくれば、売らせていただきますとお伝えください」
「イルターお嬢様。お考え直しを」
交渉人がそう言っているが私は無視して、テンベル子爵に声をかけた。
「テンベル子爵、夏に用意する果実の量を十倍にしておきました。問題なければ、署名をお願いします」
「見せてみよ」
次回の取引で果実を十倍用意すると書いてあるのに満足している。
「貴公のご息女は話がわかるようだな」
「恐れ入ります」
「署名したぞ。これでよいな」
「はい。ありがとうございます。お父様も署名してください」
父も二枚の書類に署名した。
一枚は私が保管し、もう一枚をアマル商会の交渉人に渡した。
用件は終わった。
早く帰れと言わんばかりに、私は扉へ手を向けた。
宿の従業員が扉を開いた。
「よい商談であった」
テンベル子爵が出てゆくと、交渉人が何度も振り返りながら後をついてゆく。
扉が閉まると、父と母が姿勢を崩し、疲れた顔でしゃべり出す。
「こんな席で口説かれて困ります」
「俺の目の前で口説くとは、テンベル子爵は常識外れだ」
「セマジュ様より素敵な殿方なら嬉しいのですが、子鬼〔ゴブリン〕のような容姿の方に言われても返事に困ってしまいます」
「子鬼〔ゴブリン〕は酷いだろう。野鹿くらいにしてやれ」
「あら、鹿は美味です。しかし、テンベル子爵は脂身もなく、美味しそうにも見えませんわ」
母もテンベル子爵が嫌いだ。
レプス領から領都まで何度か話す機会があった。
自分が王都貴族というのが自慢だ。
母に不倫を唆し、私に側室を提示した。
テンベル子爵の冗談なのかも知れないが笑えない。
本当に笑えない。
「イルター、この後の予定はどうなっている」
「次は場所を談話室に移し、貴族との面会三件が入っています。お昼を食べた後、昼からハイマ商会との商談があり、その後に貴族との面会五件です」
「断りたいが、断れないか」
「どうせ香辛料や果実を都合しろという命令です。絶対に応じないでください」
「そのつもりだ」
「もしかすると、姉か、私の婚約を勧めてくるかも知れません」
「お前に婚約者だと?」
「断ってください。姉の婚約者は『辺境伯様が決めます』と言って、ナリマ子爵のご子息との件は一切話さないでください。それから私の婚約でしたら、『学校に通い出してから改めて話し合いましょう』と言葉を濁してください」
「受けるのか?」
「受けません。ですが、露骨に断る必要もありません。面会を求めている貴族はお父様と同程度の子爵や男爵です。敢えて喧嘩を売る必要もないでしょう。私が王都の学院に通い出せば、自然消滅します」
「なるほど。時間切れを狙うのか。では、そうしよう」
レプス男爵家に香辛料と果実という名物ができた。
でも、それだけだ。
今はまだ、小領主が金を借りに来る程度で済んでいる。
けれど、姉の婚約発表後は違う。
準エスタテ一族ともなれば、中堅以上の領主まで寄ってくる。
面倒だ。すっごく面倒そうだ。
商人との商談と獣人の雇用契約が終わったら、さっさと帰ろう。
私は六日後の帰領を父に提案した。




