第十八話 悪役令嬢、母と姉に追及される
父と私は辺境伯が用意してくれた馬車で宿に帰った。
馬車も御者が聞き耳を立てていたので、父は馬車の中でも静かであった。
もちろん、宿の従業員も信用できない。
貸し切りの三階まで階段を上った所で、周囲の目も消え、やっと父も肩を鳴らして顔のこわばりが消えた。
父が小さな声で言った。
「イルター、部屋で詳しい話を聞かせてもらうぞ」
「わかっています。でも、話せないこともあるの」
「難しい話は俺にはわからん。イルターと辺境伯との話も半分も理解できなかった。だが、話さないで母さんが納得すると思うか」
「…………思わない」
「辺境伯様とお前の話から、獣人をレプス男爵家が引き取ることと姉レルーイの婚約者が決まったと父さんは思う。違うか」
「違わない。母さんが納得する程度には白状してもらう。わかったな」
「うん」
私も馬車に乗ってから、どう辻褄を合わせようかと考えていた。
もう辺境伯の決定を覆せない。
獣人への対応は“ぱぱっぱ”と思い浮かぶが、母の説得となると浮かばない。
母を説得して、姉に告げてもらうのがベストだ。
姉の婚約を決めた引き金が私と知ったら姉が怒るに決まっている。
母の説得か、ど、ど、どうしよう。
“ご主人様は、またノープランか”
<こんな想定外よ。そもそもねぇねぇの婚約者が決まるとか、予想できないでしょう>
“稀代の悪役令嬢も大したことないな”
<ゲームならそれぞれの立場とか、相対関係がわかっていたからできたのよ>
“それを承知で大見得を切ったんだろう”
<そうだけど>
“ノリと勢いで決まりました。なんて言えないぞ”
<どうしよう、ポン太>
“それはご主人様が考えることだろう”
<まず、私と獣人を繋いだマリアの存在は隠せないよね>
“だろうな。商人オテさんにマリアとイルターの関係を匂わせた以上はいずれバレる”
<オテさんには口止めしているけど、オテさんが提出した推薦状は隠せないのよ>
“オテも渡した魔物素材からレプス砦の北と感づいていただろう。その売った商品を買った者もマリアとレプス領の関係に勘づくんじゃないか”
<だよね。実際、辺境伯様は気付いていたような気がする>
“そうだったか?”
<私の説得に素直に反応していたでしょう。十歳の子供が言っている戯言を根拠もなく信じる? 絶対に可笑しいわ>
“あっさりと納得したな”
<私、新種の麦の話をする前に納得してくれるなんて思っていなかったもの>
“それがあったから強気だったのか”
<当然でしょう。神様が作ったチートな麦よ。ゲームチェンジャーという切り札を持っていれば、いくらでも強気に出られたわ>
“立派な悪役令嬢だ”
<どこが悪役令嬢なのよ。交渉するときはオドオドせずに堂々とするのが一番なだけよ>
“なら、堂々と母親を説得すればいいだろう”
<……無理。お母さんにとって切り札にならないのよ。ど、ど、どうしよう?>
“切り札がなくなると、ポンコツに戻るのか”
父と一緒に応接間に入ると、私は呼吸することを忘れるほど驚いた。
姉が母と一緒に中央の椅子に静かに座っていた。
ヤバぁ、ヤバぁ、ヤバイ!
すっと私が目を逸らすと、姉が貴族らしく静かに睨み付けている。
貴族っぽくなったね。
母が宿の従業員に席を外すように告げた。
世話役と給仕が一礼して部屋を出てゆくと、扉の内側から侍女ドッリトが静かに扉を閉めた。
母に勧められ、父と私は席に着いた。
すると、堰を切ったように姉が声を張り上げた。
「イルター、今度は何をしたの」
「ねぇねぇ、寮に帰らなくていいの?」
「帰れる訳がないでしょう。今日は泊まると伝言を出したわ」
「そうなの」
「だって、騎士様が来て、二人が遅くなると知らせてくれたのよ。あんたの活躍で獣人の子供は取り戻せたと聞いてほっとしたら、どうしてお父さんじゃなく、イルターが一人で沈静化させたと言うし、辺境伯様に呼び出されたとか。気になって帰れないじゃない」
「そうなんだ。私の方は無事に終わったかな」
「へぇ~、何があったのか教えてくれる」
姉が帰っていないなんて思っていなかった。
まず母に姉の婚約が決まったことを報告し、母から姉を説得するつもりだった。
どうして想定外のことが起こるのよ。
話しづらそうにしている私に、父が助け船を出してくれた。
「レルーイ、その話は後だ。父さんが先にイルターに聞きたいことがある」
「お父さん」
「ドッリト、お茶を頼む」
ドッリトが「畏まりました」と言うと隣の部屋でお茶の準備をはじめた。
父も何から聞くか、腕を組んで考え出した。
私も灰色の脳細胞を全開にして、筋書きを組み直した。
ドッリトが入れてきたお茶を配り、父がそれに口を付けてから切り出した。
「イルター、まず領都の事情をどこで知った。俺は領都に獣人の難民地があるのも知らなかった。次にあの獣人の子供とどこで知り合った。ハラグロ子爵と面識はあったのか。辺境伯様に向かって『知らぬ方がよい』とはどういう意味だ」
「お父さん、ずっと黙ってくれてありがとう」
「気にするな。従僕のとき、偉い人の話に口を挟まない方がよいと教え込まれたからな」
「私が領都の事情に詳しいのは、とある冒険者様から聞いていたからです」
「とある?」
「夏場は山脈の向こう側を狩場にしている冒険者パーティーです」
「山脈の向こうだと」
「凄いですよね。山の向こうにどんな魔物がいるのか想像もできません。冬場はこちら側にきて、雪を固めて家を造って過ごしています」
姉が「雪で家を造るの?」と驚いているが、『かまくら』は普通にこの世界でもあるよね。
あれ、こっちでは見た事ない。
冒険者パーティーは魔法使いが土魔法で小屋っぽいのを作っていた。
「ねぇねぇ、雪で造った家って知らないの?」
「知らない」
「私が土の魔法で家を造っているのと同じだよ。雪を集めて固めてから、中をくり抜く力業だけど」
「そんなことできるの?」
「今度、一緒に造ってみようか」
「今度っていつよ」
「イルター、父さんの話が先です。レルーイも言葉を出すのを控えなさい」
「は~い」「はい」
母の一言で『かまくら』が有耶無耶になってしまった。
私が知り合ったⅢ級冒険者の話に戻す。
「イルター、その冒険者とはいつ知り合ったの」
「三年前、私がはじめて魔法を使ったのを遠くから見ていたそうです。こっそりと話しかけてきました」
「嘘ね。あの頃のあんたは私にべったりだったじゃない」
「レルーイ、邪魔をしない」
「はい、ごめんなさい」
「ねぇねぇの言う通り。村じゃない。はじめては北の森に入ったとき。皆が食事の準備をしている時に話しかけてきた。そこで美味しい果実を分けてくれた」
姉が「あっ、あの果実か」と呟く。
北の森で食事の準備するときは、森を警戒する班と食事を準備する班に分かれた。
お目付役も私から離れた。
そこで私は森の中に入って厄介な魔物を魔法でサクサクっと排除していた。
しばらく宿営地にいなかったのは事実だ。
森から村に帰って、姉と弟のロルヤーに果実を渡し、美味しく食べたのはいい思い出である。
「その子に果実のある場所を教えてもらいました」
「桃源郷の場所か。どうやって見つけたのか不思議だったが、イルターの鼻が特別と無理矢理に納得していた。その冒険者から教えてもらったのか」
「はい、あの子から教えてもらいました」
「あと、夜中にこっそり家を抜け出して、いろいろな魔法も教わりました」
「ずいぶんと親切な人ね」
「ねぇねぇと一緒だよ。私はねぇねぇといっぱい喧嘩したし、悪口も言い合った。でも、私はねぇねぇが大好き」
「私もイルターが好きよ」
「うん、知っている。その子も同じ。同じ年くらいの友達がいなくて、はじめての友達って言ってくれたわ」
「なるほどね」
「ねぇねぇも身だしなみを整える魔法とか、清浄の魔法でお世話になっているよ」
「あの匂いが消える魔法ね。私、まだ習得できないけど……」
「ロルヤーはできるようになった」
「嘘ぉ⁉」
「大丈夫、ねぇねぇの魔力量も増えてきたから、もうすぐ発動するって」
「ホントに」
「本当、本当」
「レルーイ、お父さんの邪魔をしてはいけません」
「俺は別に構わん」
「セマジュ、貴方がレルーイとイルターを甘やかすから礼儀作法を疎かにするのよ」
「すまんな」
母が父を見て「仕方ない人ね」という顔になる。
父は娘の私達に甘いが、母も父に甘い。
母が父に代わって質問してきた。
「どうして、その友達を私に紹介しなかったの?」
「その子がレプス領にいることも秘密にして欲しいって。名前も明かさないって約束した」
「その名前は“マリア”かしら」
「そう言えば、お母さんも聞いていたね。急に獣人の子の同じニオイがするって言ってきたからびっくりした。でも、私から名前は明かさないって約束したから、私からは言わない。でも、その名前も本当の名前じゃないと思う」
「難しい事情を抱えている子なのね」
私はテーブルの下で小さく“よし”とガッツポーズを取った。
誘導した“ワード”に母が気付いてくれた。
これで先日と今日が結び付く。
獣人のクンクが同じ匂いがするって『マリア』と叫んで飛び込んできたときはびっくりしたが、昨日の事件が信憑性を生み、母の中で納得が生まれる。
先日の話を母の口から父に語ってくれたので、父も納得してくれた。
私はマリアから聞いたという嘘の話を進めた。
「あの子は獣人の依頼を受けて、その獣人の母親を助けたそうです。私が領都に行くと言ったら、様子を見て来て欲しいと頼まれました」
「イルター、その獣人って、助けを求めてきた可愛い獣人の子でしょう」
「ねぇねぇも可愛いと思った?」
「うん、思った」
「あの子はクンクっていうの。髪の毛がふわふわで撫でてみたいよね」
「私もナデナデしたい」
「小さいけど十一歳だって、今は領都の南部にある難民地に住んでいるの。元々はもっと南のミスケーって所に住んでいたけど、領主様が獣人の奴隷狩りをはじめたから逃げてきたって聞いている」
「領主が奴隷狩りとか、最悪じゃない」
「最悪かどうかは知らないけど、私はその獣人らをレプス村に受け入れられないかなとか考えていた」
「うちの村に」
「そのつもりだったけど……拉致なんて事件が起こったから、辺境伯に頼んで全員をレプス男爵家で保護することになったわ」
「ちょっと待ちなさい。どうして急にそうなるのよ」
「なんとなく、話の成り行きかな?」
「お父さん、本当に話の成り行きだったの」
「成り行きと言えば成り行きだったが、父さんの目にはイルターが辺境伯様に“それしか方法はない”と脅しているように聞こえた」
「あんた、辺境伯様を脅したの」
姉はびっくりして目を丸くし、母は眉間を押さえて蹲った。
どちらもあり得ないという顔だ。
父も会談の席ではあり得ないという顔だったが、今は冷静だ。
「問題ないって。新種の麦を発見したことを辺境伯様に教えたから、辺境伯様の興味は麦に移った」
「あの麦って、収穫が増えても利益にならないってイルターが言ったよね」
「麦を領都まで運ぶと運送費が掛かるのよ。南部から運んでくる麦と値段が変わらなくなる。だから利益がでないのはホントだよ。でもね、辺境領を全体で見ると意味が変わってくるのよ」
「どういう意味よ」
「レプス村から餓死者が出なくなったでしょう。でも、あの麦はすべての村が使ったと考えて。すると食料不足が解消するのよ」
「そっか、食料不足の解決になるんだ」
「ねぇねぇが気付いたように辺境伯様も気付いたよ。辺境を支配する方だから、新種の麦の価値を理解できた。私の無礼な態度も、もうどうでもいいと言ってもいいくらい価値の高い情報なのよ」
「それで怒られずに帰ってこられたのね」
「もちろん」
「狡~いな。でも、あんたらしいわ」
「お父さんもわかった」
私の説明で姉は新種の麦の価値をすぐに理解できた。
でも、父は首を横に振った。母もわかっていなかった。
今度は姉が父と母に説得してくれる。
「お父さん、お母さん。この辺境領はすごく麦の収穫量が悪くて、どこの領主も収穫不足に頭を抱えているのよ」
「そうなのか。レプス領だけではないのか」
「レプス領より麦の収穫は多いけど、税金も高いのよ。税金を払う為には麦を売らないと稼げない。でも、麦を売ると一家が飢えて死ぬ。税を取り立てられない領主は頭を抱えているらしいわ。村から餓死者が出ると、村人が畑を捨てていなくなる。減免すれば、税金が足りない」
「他も苦労しているのだな」
「友達になった子のお姉さんも南部の貴族に嫁いで、その姉が嫁いだ先から援助を貰っているって言っていたわ」
「身内を南部の領主に嫁がせるのか」
「それも正妻じゃなく、中年の側室よ。その子の父親は娘を売った気分だって」
「それ……耐えられんな」
「でも、イルターが見つけた麦がすべてを解決してくれる。すべての領地の収穫が増えれば、村人も飢えない。麦を売って税金も払える。税収が集まれば、領主は南部の援助を受けなくてすむ。私もイルターがいうまで気が付かなかった」
「よく見つけた。イルターは父さんの誇りだ」
姉が学校の子の話を混ぜてくれたので、父も新種の麦の価値を理解した。
「それほどの価値があったのか」
「この辺境領を救う偉業よ。レプス男爵家が辺境領を救ったと褒め讃えられるかもしれないわ」
「なるほど、その褒美がレルーイの婚約だったのか。納得できた」
「…………」
「…………」
「…………」
父が『婚約』という爆弾発言をしてしまった。
姉と母は絶句して固まった。
私はいつその話を切り出すかで悩んでいた。
私も絶句する。
「お父さん。私の婚約ってどういうこと?」
「辺境伯様が言われた」
「誰、誰との婚約が決まったの?」
「ナリマ子爵の三男だ」
「ナリマ子爵の三男って、ラサ様」
姉がラサ様って言った。
私は知らない名前に「ラサ様って?」とあいづちを打ってしまった。
姉の顔が私に向いた。
「ナリマ子爵の三男、ラサ・ノーヴ・エスタテ様、エスタテ一族よ。学校で一番偉い人よ。どうして、私がそんな人の婚約者になるのよ」
「ねぇねぇ、よかった。玉の輿だよ」
「そう思うなら、あんたが婚約者になればいいじゃない」
「私は別にいいけど、辺境伯様には自分で言ってよ」
「無理に決まっているでしょう。イルターは辺境伯様に堂々と意見を言ったのよね。私の代わりに言ってきてよ」
「そのラサ様って性格が悪いのかしら? それなら断ってもいいけど……」
「すごくいい人。下級貴族の私達にも気さくに話し掛けて下さる。勉強も優秀、体が虚弱じゃなければ、王都の貴族学院に行っていたと思うわ」
「そんな人がどうして」
「南部の貴族は蛮族の血が混じっている北部の貴族を穢らわしいと差別を受けるらしいわ。そんな所に魔法の才がなく、虚弱だから剣術も得意ではないラサ様が行ったら苛められるとでも考えたのかしら、ナリマ子爵様の命で領都の学校に通うことになったそうよ」
「病弱なんだ」
「すごく美形で格好いいのよ」
「文句ないじゃない」
「何言っているの。私が憧れるような上級貴族様よ。狙っている子も多いに決まっているじゃない」
「ねぇねぇは勝ち組だね」
「中級貴族から恨まれるに決まっているじゃない。それにせっかく仲良くなった子らが離れてゆくわ。嫌われている中級貴族の方々と付き合えると思うの」
「ねぇねぇの方が上位者になるんだよ。何とかなるよ」
「無理、無理、無理よ。だった、マドリード様はすごく嫌味たらしい方なのよ。長々と嫌味を聞き続けるなんて無理に決まっているわ。グリード様なんて裏で悪評を流しているって噂だし、エンヴィー様から今度は私が苛めを受けることになるのよ。ラース様は暴力をふる…………」
姉の口から次から次へと名前が飛び出し、私を見ずに下を向いて落ち込んでいった。
仲良くなった子らとは同じ下級貴族だろうか?
上級貴族や中級貴族との付き合いは、姉にとって難いようだ。
やり返せば大人しくなるから問題ないけどね。
“そりゃ、悪役令嬢にとっては楽な場所だろうな”
<別に好きで苛め返していないわよ>
“そうなのか。辺境伯を脅しているご主人様は楽しそうに見えたぞ”
<楽しんでないから>
“そうか、弱い者を苛めるのが、ご主人様って感じがするな”
<ポン太がどんな目で私を見ているか、よくわかったわ>
“悪役令嬢の姉も大変だね”
<ねぇねぇは私より図太いから大丈夫よ。すぐに慣れるわ>
“なら、心配するだけ無駄だな”
<そうね。ただ、貴族令嬢はやり過ぎる方も多いから、光の中級精霊を護衛に付けておくことにするわ>
“物理攻撃を無効、毒の混入も浄化か。過保護過ぎるぞ”
<ポン太は貴族令嬢を舐め過ぎ、一部の令嬢は加減を知らないのよ。私なら、それを逆手にとって、私と敵対することを後悔させてあげるけど、ねぇねぇには無理だからね>
“口でツンツンしているが、ご主人様に甘々だからな”
<最高でしょう>
敵対する者を叩きのめすのは簡単だ。
でも、好意しかない姉を悲しませるのは心が削れる。
悪いことをしたと思っている。
そのナリマ子爵の三男が姉の言った通りの優しい殿方なら姉を幸せにしてくれる。
今度、ガツンと言っておこう
“勝手に動けば、また姉君から叱られるぞ”
ポン太が何か言っているけど無視だ。
一方、母の説得は必要ない。
私が姉と話している間、上級貴族の婚約者となる姉の母、恥ずかしくない立ち振る舞いをすると対抗心を燃やしていた。
どうやら上級貴族の仲間入りこそ、母の念願のようだ。
当然のように母はドレスの新調や装飾品を父にせがんでいた。
「セマジュ様。上級貴族入りする家に相応しい服と装飾品が要ります。当然、予算の増額を認めて下さいますね」
父は「もちろんだ」と答えたので、母は上機嫌だ。
母の説得がなくなった。
よかったけど手持ちの金は少ない。
でも、レプス男爵家の財布を預かっているのは私である。
次は金策か。




