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悪役令嬢の微笑 ~悪役令嬢はもう良いのに、悪役令嬢が追い掛けてきます~  作者: 冬星明


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第十九話 悪役令嬢、夜に暗躍する

 婚約に困惑する姉を母が上級貴族になるための心得を伝授すると連れて行った。

 客間はたくさん余っている。

 残された私は応接間で父と今後の相談だ。

 父は優しい笑顔で姉を見送ると、キリリと表情を引き締めて私を見据えた。


「父さんは魔物を狩るのは得意だが、難しい話は苦手だ。領の経営はクィリッィエがいれば問題ない。そう思ってきた。だが、ここにはイルターしかいない。本当に大丈夫なのか」

「うん、大丈夫。大体のことはクィリッィエと出発前に話し合っているから」

「母さんはお気に入りの服屋を呼ぶと言った。服屋に行くではない。その意味はわかるな」

「最高級のドレスを作らせるという意味だね」

「一体、いくら掛かるか想像もつかん」

「そうだね。でも、今年は自重してもらうしかないね」

「母さんだぞ。そんなことできるのか」

「大丈夫。母さんは説得できないけど、店主は説得できると思う」

「イルターは頼りになるな。父さんはどうすればいいかわからなくなる」

「服より獣人の移動の方が金額は大きいよ」

「そうなのか」

「約三百人分を移動させる馬車、荷物を運ぶ荷馬車、必要な労働は獣人自身に担ってもらうとして、護衛の冒険者も雇う必要があるよ」

「三百人……移動費か、そんな大金をどうするつもりだ」

「お父さん、お金だけなら辺境伯様より商人の方が持っているのですよ。明日の交渉で、少し『魔法』をかけておきます」

「本当に大丈夫なのか」

「任せてください」

「わかった。イルターに任せる」


 こうして、父との打ち合わせは終わった。

 私は与えられた部屋に戻ると、ベッドに倒れるように寝転がった。

 疲れた。

 今日一日で一年分も働いた気がする。


“ご主人様が転移で運べば一瞬なのにな”

<嫌ぁ、目立ち過ぎる>

“半年も掛けて移動か。ご苦労なこった”

<キャラバンと同じ仕様で送り出さないと、批判を受けるのはお父さんなのよ>

“面倒だな”

<そう、面倒くさいの。初夏キャラバンが使えないのが痛恨の極みよ>

“その初夏キャラバンはいつだった”

<五月、その次が八月、最後が十月よ>

“二ヶ月後か”

<魔族の侵攻は三月中旬らしいから終わるのは三月末ね。そう考えると、獣人らの移動は四月初旬か、上旬、遅くとも四月中旬になるわ>


 初夏キャラバンより一ヵ月も前倒しだ。

 三百人を乗せる馬車、荷物を運ぶ荷馬車や、収納袋の確保、それらを守る護衛の冒険者を依頼するから大金が動き、それを見越してルベーア商会に根回しした。

でも、その費用がすべてレプス男爵家の負担になるから金額の桁が一桁増える。

 ホント、想定外だわ。

 私は机に向かうと商人に渡す要求一覧を作成する。

 事前に必要な物は執事のクィリッィエと調整しているから一枚目は簡単に作成できた。

 問題は獣人輸送であり、二枚目に追加の項目を書き足していく。

 こんなものかな。


“随分と項目が増えたな”

<まだお母さんが注文するドレス代とか、獣人の荷物量とか、未確定も多いのよね>

“おい、商会名がヌール商会と書いているぞ”

<それでいいのよ>

 

 面会にも順序があり、取引額が多い順に会ってゆく。

 まずはヌール商会、他に二商会と商談をして、翌日はルベーア商会からね。

 ルベーア商会は辺境伯家の御用商人としてキャラバンに参加していたが、仕方なくという感じで取引額は多くなかった。


“ご主人様はルベーア商会に任せるつもりなんだろう”

<ヌール商会次第ね。でも、立て替えの金額が桁違いだから……事前に辺境伯様が根回ししていないと首を縦に振れないと思うわ>

“ヌール商会が応じると言えば、どうするつもりだ”

<どうもしないわよ。ヌール商会に任せるだけよ>

“何を考えているかわからんな”


 私は辺境伯の前でかなり自信満々に喋っていた。

 交渉を成功させるには堂々としておくのが鉄則であり、辺境伯が気を利かせてヌール商会に根回しすると思えないし、突然に提示された立替金の話を受けるとは思えない。

 立替金の額はわからず、下手をすれば金貨数千枚に及ぶ。

 しかもレプス男爵家の交渉人は十歳の私だ。

 この話を即断で受けるのは、余程の切れ者か、博打打ちのどちらかだ。


“どっちなんだ?”

<知らないわ。でも、私なら時間を貰って辺境伯様に確認するわ>

“辺境伯様ね。結局、ヌール商会と契約するのか”

<どっちでもいいよ。というか、どちらでもいいようにするのよ>


 私は風の精霊を使ってルベーア商会のオテに手紙を運ばせ、真夜中の会談を申し入れた。

 オテは即答で応じてくれた。

 真夜中、以前と同じ時間にオテが店を離れ、倉庫に向かう。

 私もマリアに姿を変えて移動した。


「今晩は、いつも急ぎで悪いわね」

「マリア様のお呼びならいつでも駆け付けさせてもらいます。あちらの倉庫を空けてあります」

「わかったわ。でも、大きな荷物はないわよ」

「ここで話すのも何でしょう。椅子を用意しております」

「ありがとう」


 もちろん、魔物素材はまだまだ無限収納庫に入っている。

 だが、何度も卸すつもりはない。

 あまり多すぎれば、価格が暴落してしまうからだ。

 だから、別の物を卸す。

 倉庫の中に上品な椅子が用意されていた。

 オテらしい気配りだ。

 椅子に座ると、私は前置きなしにオテに話し掛けた。


「オテさんは今日の騒ぎを聞いていますか」

「獣人の子供が攫われたという噂を聞きました。行商人と冒険者から同時に流れてきましたので、誰かが意図的に流したふしがあります。獣人に関して、マリア様の件もありましたので、調べに行かせると騎士団が解決したと聞いております」

「解決したのは騎士団ではなく、レプス男爵家です」

「マリア様が協力されたのですか」

「いいえ、違います。今の領都にはレプス男爵家の敵らしい強者はおりません。以前は、かなり強い方もいたので心配で付いてきましたが、問題ないようなので帰ろうかと思っていました」

「なるほど」

「ですが、レプス男爵家が獣人の問題を解決したことで状況が変わりました。もちろん、私が動いたことは内密にお願いします」


 私はそう言いながら人差し指を唇に当てた。

 オテもゆっくりと頷いた。


「辺境伯様はレプス男爵家に獣人らの保護をお命じになりました。レプス男爵家は獣人らを領内の労働力として雇います。もちろん、冒険者ギルドを通して依頼する形式を採るでしょう」

「なるほど、それはよい隠れ蓑となるでしょう」

「わかりますか」

「わかりますとも」

「秋になれば、獣人との契約よりも、ルベーア商会との契約が話題に上がるでしょう」

「砂糖ですな」


 私は笑みで正解と教えた。

 オテも商人らしい含み笑いを浮かべた。

 私は姿勢を正し直し、本題を語った。


「私はルベーア商会をお嬢様に紹介しましたが、お嬢様は順序を違えるわけにいかないと言われました。私に順番を入れ替える権利はありません。そもそもレプス男爵家は私の存在も知りません」

「残念です。そうなると最初はヌール商会となりますな」

「そうなのですか」

「ヌール商会は辺境伯家が設立しました。辺境伯家の為の商会と言って過言ではありません」

「それは困りましたね」


 私はマリアの姿で頬に手を当てて困ったような仕草をした。

 そして、収納庫から魔剣を取り出すと、オテの前に置いた。

 禍々しい装飾の鞘に入った立派な剣だ。


「これは『魔剣ガルハン』です。剣の中に火の神が閉じ込められていると伝わる魔剣であり、魔力を注ぐと、“業火の炎”が敵を鎮めると伝わる魔剣です」

「魔剣……ですか」


 オテが魔剣と聞いて目を丸くした。

 私はかまわず、説明を続ける。


「火を得意とする魔法使い、あるいは、火の耐性を持つ手練れ戦士でないと、噴き出した炎で使用者を焼き払う厄介な魔剣です。これをオテさんに進呈します」

「私に頂けるのですか」

「私にとって大した品物ではありません。好きにして下さい。ただ、その金額に見合う分はお嬢様の要求をすべて呑んで下さい」

「すでに十分過ぎる見返りを頂いております。魔剣を頂くことなどできません」

「これから厄介ごとが増えるでしょう。その前金と思って下さい」


 オテが少し考え、魔剣を自分の方へ引き寄せた。

 私の要求を引き受けてくれるらしい。

 そして、一呼吸空けて私に言った。

「マリア様。この魔剣を辺境伯様に売っても構いませんか」

「好きにして下さい」

「王都の競売に出せば、かなり高額な値が付くでしょう」

「そうなのですか? 威力はありますが、使い勝手が良い剣ではないですよ。火の耐性を持つ達人がいなければ飾っておくだけの剣です」

「魔剣というだけで高値が付くのです」

「そうなのですか?」 


 首を少し傾げ、私はそういうことに疎い少女を演じた。

 ここでオテが私を騙そうとすれば、私には見る目がないと諦めるしかない。

 一呼吸置くと、私はおっとりとした声で言った。


「オテさんに任せます。オテさんなら、その意味はわかりますね」


 オテは身を乗り出して宣言する。


「もちろんでございます。このオテにお任せください。私がヌール商会に勝つ為にも辺境伯様へ大きな恩を売っておきたいと思います」

「この剣で恩が売れるのですか」

「はい、今回の魔族討伐は苦戦が予想されております」

「そうなのですか」

「辺境領南部のマサクレの領主は魔族討伐の為に全騎士団を送り、加えて農民兵を募集します。しかし、ミスケー領主に雇われた獣人狩りの傭兵が徘徊しており、村を手薄にできないという状況になっております」

「ミスケー領主の傭兵ですか」

「そういうことになっているだけです。実際は南部の貴族が雇った傭兵です。しかも盗賊のような荒くれ者ばかりなのです」

「それは災難ですね」

「ですから、マサクレに集まった兵は例年より三割ほど少ないと聞いております。そのため、辺境領北部の領主に多くの兵の参加を求めました。以前、マリア様に助けて頂いたときも、ベツア領主様に求められ、騎士と兵を出兵させる為の融資と武具を届けた帰りだったのです」

「そんな事情があったのですね」

「以前の武具だけでも恩を売れると考えておりましたが、この魔剣が加われば、大きな恩となるでしょう」

「わかりました。オテさんにお任せします」

「お任せください」


 これで裏工作は終了だ。

 ヌール商会との交渉が決裂しても合意しても問題ない。

 私は優雅に倉庫を後にした。


“ここまでする必要があるのか”

<大商人同士で足のひっぱり合いをさせない為よ>

“意味がわからん”

<あのね。ヌール商会は初代辺境伯様が設立した商店よ。クィリッィエの説明を聞いていなかったの?>

“そうだったか?”

<クィリッィエが「取引の多い商店は初代様が作られたよと言っていた」でしょう?>

“おぉ、マジか。ログが残っているぞ”

<そう言ったじゃない>

“ということは、ご主人様は知らないふりをしていたのか”

<当たり前でしょう。マリアが知っている方がおかしいでしょう>

“なるほど、二人を使い分けているのか”

<イルターは辺境伯様との関係を考慮してヌール商会には新種の麦独占を約束する。ルベーア商会には、マリアとの約束で砂糖独占を保証すれば、喧嘩もしないでしょう>

“面倒なことを……最初から狙っていたのか?”

<そんな訳ないでしょう。でも、私はすべての手の内を披露するような馬鹿はしないの。これってわかる>

“わからん。だが、こっちの方面はポンコツじゃなく、見事な悪役令嬢だ”

<わざわざポンコツって言わなくていいでしょう>

 

 私はポン太を叱りつつ、転移魔法で北の森へ飛ぶと真夜中の狩りを楽しんだ。

 ストレス発散は狩りに限る。

 今日こそ、討伐数を更新するぞ。

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