第十二話 悪役令嬢、洗礼式を受ける
今日は“洗礼式の日”である。
日が昇った頃に起こされ、両親と一緒に食事を取った。
食事の後に清めの水浴びなどはなく、余所行きのドレスに着替えた。
母のドレスの数には及ばないが、私も余所行きのドレスを五着も持ってきている。
全部、姉のお古だけね。
宿の前から馬車に乗って教会へ向かった。
私的には、ゆったりと歩きながら教会に行きたい。
歩いた方が落ち着く。
馬車が教会に近づき、そして、ゆっくりと止まった。
騎士の一人が従者の服を着て、御者台から降りて扉を開く。
父、母、私の順に馬車を降りると、洗礼式を執り行う神官らが玄関で待っていた。
神官らは膝をおり、胸に両手をクロスすると歓迎の言葉を発した。
「世界の真の主に導かれしよき日。我らが門を叩き、扉を開く賢明な者に“福音”〔インジール〕を捧げましょう。青き清浄なる世界に導きを」
どこかで聞いたようなフレーズに、心の中で『くぷぷぷ』と笑いながら、父と母の声に合わせて、私も「青き清浄なる世界に導きを」と返した。
広場の方を見たが、獣人は誰もいない。
どうやら長老の言い付けで、教会に近寄らないようにしてくれたようだ。
イルターとマリアの匂い検証もしたいが、下手に近づくとやぶ蛇になりかねない。
しばらく、私の姿のときは獣人に近づかないと決めた。
さて、出迎えてくれた神官のトップが、カリユ・ワガマイ特級神官だったことに私は驚いた。
レプス男爵家は上級神官分の献金しかしていない。
姉も上級神官で洗礼式を受けた。
クィリッィエから財布を預かっている私としては、後で追加料金を請求されても困るのだ。
明後日から商人らとの交渉に入る。
クィリッィエからレプス領に必要なもののリストを預かっており、最大の買い物が人材だ。
奴隷購入が終わると、武器、鉄などの金属品を購入する。
余った予算で馬、牛、山羊、豚、鶏などの家畜を買いたい。
無駄使いできる余裕はない。
出費は他にもあり、辺境伯の職員への移住希望者の斡旋賄賂、冒険者ギルドへ冒険者誘致の依頼費などもいる。
貴族の付き合いで使う土産は持ってきた果実や北の香辛料で済ませたいが、必要経費は残しておく必要もある。
この世界では金が穢れていると神の言葉に従って、貴族は金に直接触れることを嫌う。
つまり、商人との交渉で貴族はあからさまな値切りができない。
悪役令嬢で鍛えた交渉術は使えない。
値切らないで商人らと値切り交渉を成功させるのが、クィリッィエからの私への宿題だ。
商人と交渉する前から予算を減らしたくない。
でも、令嬢から話し掛けるのはタブーだ。
父が「イルターも挨拶しなさい」と言ってくれないと話すきっかけもない。
お父さん、私の視線に気付いて。
カリユ特級神官が名を名乗って会釈をすると、父も名乗って「娘、イルターの洗礼をよろしくお願いします」と返した。
すぐに私の視線には気付いてくれたが、右の拳をぎゅっと握り、おそらく「父さんは大丈夫だ。安心しなさい」と言っているつもりなのだろう。
全然、伝わってない。
相手が特級神官でも動揺しなかったアピール?
それとも何も気付いていない?
上級と特級じゃ、寄付金が変わるのよ。
気付いて、私の「挨拶しなさい」と声を掛けて……プリーズ、上級神官チェンジ。
挨拶が終わると、特級神官を先頭に中に入って行った。
下級神官らに案内され、私達は豪華なホールを抜けて大聖堂に入った。
中は、まっしろ世界に包まれる。
入場を祝した錫杖のちゃりんちゃりんと鳴る音と床に弾ける足音だけが響いた。
教会の聖堂には不文律がある。
前方に神々を模した彫刻があり、一段高くなっている所から聖域となり、神官以外は許可なく立ち入ることが許されない。
大聖堂も同じだ。
神官が進む中、父、母、私はその一段高くなっている所の手前で止まった。
神官らはさらに中段、上段に進み、配置が付くと「イルター・ノーヴ・レプス、前へ」と呼ばれて、一段上の聖域に足を踏み入れる。
聖域と言っても障壁も何もなかった。
私は片膝を付き、両手を結び、目を閉じて祈るポーズを取った。
豪華な杖がカリユ特級神官に渡されると祝詞が詠まれ、カリユ特級神官の魔力が杖に注がれる。
私は目を閉じたままで微動だもせず、スキル“心眼”を発動させて見ていた。
三百六十度画面という便利機能だ。
本物の“心眼”は違うと思うが、ゲームエフェクトにするとこんな感じになる。
戦闘時は情報量が多い“心眼”より、簡潔な“気配察知”の方が便利なので使うことは余りない。
心の中で上位精霊のポン太が呟く。
“立派な魔道具だな”
<教会では、聖具って呼ぶのよ>
“聖具だって、聖剣や聖槍や聖杖には神々の力が注がれているから聖具だぞ。神の力の欠片もない物を聖具とは呼ばん”
<知らない。教会の人が決めたの。間違って魔道具なんて呼べば怒られるよ>
“まったく、常識を知らん連中だな”
杖に魔力が貯まると杖が黄金色に輝き、カリユ特級神官が「神の御心を繋げん」と叫ぶと、光の渦が天空に上って天空で弾けた。
そこから黄金に輝く雨のような無数の粒がゆったりと落ちてくる。
黄金の雨、それとも雪?
大聖堂はちゃりんちゃりんと鳴る錫杖の音に包まれ、真っ白い大理石の天井、壁、床がすべて金色に輝き、黄金の雨粒が羽のようにゆるやかに近づき、触れた瞬間にぴしゃんと光って消えた。
私の脳裡に憎たらしい上位精霊ポン太以外の声で響く。
“光の神ソラリの祝福をレジストしました”
<えっ、レジストって、何?>
優しい女性の声はログをアナウンスする合成音である。
私の疑問に答えてくれることはない。
“水の神メルクの祝福をレジストしました”
<まただ>
“火の神ズウマの加護をレジストしました”
<今度は加護か>
“風の神スナビの祝福をレジストしました”
<祝福>
“土の神ロビスの加護をレジストしました”
<加護>
“光の属神スダイの加護をレジストしました”
<加護>
“水の属神グラチの祝福をレジストしました”
<…………>
黄金色の桃源郷だった。
ゆっくりと降った黄金の雨が私に触れる度に、ぴしゃんぴしゃんぴしゃんと強い輝きを放った。
その度に私は光に包まれる。
父と母は小さく「おぉ」と声を上げ、入り口付近で待機している侍女ドッリトは目を輝かせて驚く口を両手で隠し、従者の服を着ている兵が目の瞬きを速くしている。
平民では保護者が驚く声に子供らが目を開き、パッと天井を見上げて、「スゲい」と感嘆の声を漏らす者も少なくないらしい。貴族の子供はそうならないように、目を閉じたまま祈りの姿勢を崩さないように、キツく躾けられる。
でも、姉の洗礼式に参加した父と母がそんなに驚くだろうか?
まして、多くの洗礼を見てきたカリユ特級神官やその他の神官が高揚した顔を出すだろう。
ねぇ、ポン太。
私はポン太に話し掛ける。
でも、ログのアナウンスが流れている間、機能が一時停止しているようにポン太は何も答えてくれず、ログのアナウンスが続く。
“火の属神フラマの寵愛をレジストしました”
<寵愛きた!>
“風の属神トルナの祝福をレジストしました”
<また、祝福……>
・
・
・
“以上、百八十五神のレジストに成功しました”
<全部、レジストしているけどどういうこと?>
黄金の雨が降り止み、大聖堂は白い静寂に包まれた。
金色の世界が白に戻った。
カリユ特級神官や神官らは高揚していた。
「イルター・ノーヴ・レプス、神の鏡に手を当てなさい」
カリユ特級神官が右前の大きな石版のような物を翳した。
鑑定すると“鑑定盤”と出た。
私は前に進んで板に手を当てた。
『イルター・ノーヴ・レプス。人族、・、・、・、魔力操作、走破、ゲテモノ食い、毒耐性、危険察知、裁縫、織物、木工、掃除、夜目、短刀術、風魔法』
何これ?
鑑定盤に私のスキルらしきものが表示された。
“鑑定盤だな”
<ポン太、大丈夫?>
“問題ない。レジストの為に女神の力が規定量を超えて機能の一部が停止した。声は聞こえていたぞ”
<よかった。壊れたのかと思った>
“俺様が簡単に壊されるか。それより自分で自分を鑑定してみろよ”
<わかった>
ポン太のいう通りにメニューの鑑定機能を使って私を鑑定すると、名前、人族の後に『終焉の女神の寵愛』、称号『終焉の女神の使徒』、スキル『メニュー』の後ろに魔力操作が続いていた。
“終焉の女神様の寵愛を持つご主人様に、他の神の祝福や加護や寵愛が届く訳がない”
<それがレジストって意味>
“終焉の女神様の力は他の神の力を拒絶した結果だな。もちろん、終焉の女神様より強い力だったら、弾かれるのは終焉の女神様だ”
<そんなことあり得るの?>
“まずない”
<ない。断言できるの?>
“原始十三神である終焉の女神様は同格の十三神の力で奪えない。他人の使徒を無理矢理に奪えば、戦争だ”
<戦争って>
“戦争にならない相手となると、十三神を造られたはじまりの神様だ。その数は両手で数えるほどしかいない上に、この神界を造った後に消えている。つまり、十三神が事実上の最高神であり、その一人である女神様だ。数多ある世界で、ここは下級世界の一つだ。この世界の神々が太刀打ちできる相手じゃない”
<ゲーム神と思っていたわ>
“ゲーム好きは趣味だ。女神様は“終焉と創造の神”だから、いろいろな鬱憤をゲームで発散していると古参の上位精霊に聞いた”
<ゲーム好きの神様ね>
“まぁ、それはともかく。この鑑定盤は記録されているものしか表示できない劣化品だな”
<だから、終焉の女神様やメニューが表示されていないのね>
“この程度で騒がしい連中だな”
中級神官らは興奮が覚めやらぬようだ。
対して、カリユ特級神官は落胆して溜息を吐いている。
「はぁ、聖女様の誕生かと思いました」
「はい、文献に書かれているよう光でした」
「カリユ様、聖女様の出現とはどんなのでしょうね」
「文献には、まばゆい光に包まれて出現すると示されております」
「もしも聖女様を示す“神の寵愛”が出れば、ラトリア王国の伝説となったでしょう」
「私も、その伝説に立ち会えたかと……」
「伝説は出会えないから伝説なのでは」
「そうですが、そう思えるほどの光でした」
「しかし、『魔法操作』は非常にレアですよ」
「魔導師の家系ならば、よく出てきます」
「レプス男爵家は武官の家系です。武官から魔官の魔導師の誕生は珍しいと思います」
「そうですね。魔導師を抱えた家は発展します。これからレプス男爵家は発展するでしょう」
そんな感じでカリユ特級神官は隣の中級神官と話している。
心眼スキルは盗み聞きもできて便利だ。
他にも「ゲテモノ食いとは何だ」とか。
たぶん、自覚がないから覚えてないけど、三歳時に空腹から森に生息する草々を口にして、食料を捜し求めた結果だろうな。
また、「風の根源がないのに、風の魔法が発現しているぞ」とか。
初級魔法に風の適性とか、風系の神様の祝福とか要りません。
魔力が十分で詠唱を正しく発音できれば発現するよ。
風が多かったのは森の中で便利だから。火事にならないし、索敵を誤魔化せる。
冒険者も勝手に風の精霊に愛されているとか誤解してくれた。
冒険者から耳コピーで覚えた風の魔法だよ。
他の魔法も覚えたけど、スキル化されていないのは、使い所が少なかったからだろうな。
中級神官らが私のスキルを記帳しながら騒いでいた。
下級神官は蚊帳の外だ。
落胆した声でカリユ特級神官は元の場所に戻るように命じた。
元の位置に戻ると、カリユ特級神官は終りの定型句を詠んで私の洗礼式は終わった。
下級神官の案内で退場し、ホールに出ると、父が喜びの声を上げた。
「よかったな。イルター」
「何が?」
「クィリッィエが心配していた“加護”や“祝福”がなかった。イルターを手放さずにすむぞ」
「…………そうだね。よかった」
それはどうかな?
中級神官らの騒ぎ方を見ると、“魔力操作”と“風の魔法”は“祝福”と同程度の価値がありそう。
クィリッィエは“加護”が出れば、確実に取り上げられると言っていた。
それに比べると“マシだった”という感じだ。
本当、“女神の寵愛”が表示されなくてよかった。
聖女の誕生で世界が沸くとか、五神以外の神の登場に世界が揺れるとか。
世界規模の激震が走る所だった。
それに比べると最高の結果だ。
一度閉じられた大聖堂の扉が再び開き、カリユ特級神官が出てきた。
洗礼式が無事に終わった定型句を言ったのち、カリユ特級神官が本題を切り出した。
「実は、お頼みしたいことがございます」
キタぁ、後出しじゃんけん。
洗礼式が終わってから献金の上乗せか。
嫌なやり方だ。
「ビーフシチューのレシピと、北の香辛料をお分け頂きたい」
私はその要望に目が点になる。
父も意表を付かれて、「…………」と絶句している。
母に至っては意味も通じていない。
「驚くのも無理はありません。実は、近くの広場で獣人らが冒険者から『ビーフシチュー』の元を貰い、その香りに釣られてご馳走になったのです。あまりの美味さに毎日通いました。しかし、すぐに元が尽きました。持ってきた冒険者も姿を現さず、知り合いに問い質すと、レプス砦で『ビーフシチュー』を食したことがあると言うではありませんか」
「あぁ、なるほど。それで私に」
「はい。本日、レプス男爵家のご令嬢の洗礼があると知り、担当を代わって頂きました。どうか『ビーフシチュー』のレシピと、北の香辛料一式を譲って貰えませんか」
「そういうことでしたか」
「もちろん、香辛料の代金は払います。お安くして頂けると助かります」
「いいえ、結構です。寄付させて頂きます」
「ありがとうございます」
カリユ特級神官の話にびっくりした上に、父の返事に二度びっくりした。
私に相談することを忘れている。
クィリッィエの心配が当たった。
でも、命じられた私は反論でもできず、「承知しました」というしかない。
駄目だ。私では父を御せない。
私はここで大きく方針を変更することを決めた。




