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悪役令嬢の微笑 ~悪役令嬢はもう良いのに、悪役令嬢が追い掛けてきます~  作者: 冬星明


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第十一話 悪役令嬢、慌てる

 レプス村での食事サイクルは朝食を食べると、日が沈む前に夕食という一日二食だった。

 お昼の代わりに休憩中に雑穀を潰して天板で焼いただけのクッキーを小腹に入れることはあった。

 でも、貴族は一日三食らしいわ。

 朝と昼はパンとスープの他に三品のみの軽食となり、夕食は八品から十品に増え、晩餐会などは二十品を超えるらしい。

 出された料理を食べないのはマナー違反だが、一口だけで済ませる女性も多い。

 ドレスを美しく見せる為に、補正下着〔コルセット〕のような下着があり、ウエストを締め付けるから食べ過ぎは辛いらしい。

 流石にその下着に鉄は入っておらず、あくまでドレスが崩れないためのものだった。

ただ、はじめて作ってくれた下着は去年の夏に測ったサイズと今のサイズが合わず、かなりキツかった。

 太っていないよ。成長期だからね。

 普段着では補正下着を着ないから助かっている。

 さて、午前は服選びで潰れ、母と私は宿に戻って昼食となった。

 食事を優雅に取りながら、後ろに控えている侍女長ドッリトに母が聞いた。


「ドッリト、支払い額はいくらになりました」

「金貨二十枚〔約九十万円〕を少し超える額となりました」

「困ったわね。残り金貨二枚で靴屋や飾り物を買うのには足りないわね」

「クィリッィエ様より追加で金貨五枚を預かっております」

「流石、クィリッィエね」

「奥様、散財は止めて下さい。本当に余裕がございません」

「大丈夫よ。足りない分は御用商人に立て替えて貰えばいいわ」

「奥様」


 母に金銭感覚がない訳ではないらしい。

 ドッリト曰く、踊り子時代の母は、知恵やアイデアや素材を提供して、値切りに値切って欲しいものを手に入れたらしい。ただ、貴族になると値切り交渉ができない。

 予算内で収めるのが難しい。

 三年前の姉の服は恥も外聞を捨てて、値段を聞きながら既製品から選んだそうだ。

 三品目を口に入れて食べ終わった。

少し物足りない。

 私がそう思うと、ポン太は突っ込みを入れないと気が済まないらしい。


“ご主人様は食いしん坊ですからな”

<成長期よ>

“夜中にがっつり食べているのに、まだ足りませんか”

<レプス村じゃ、お米が手に入らないから夜食でしか食べられないのよ>

“だからと言って、三人前をペロリと平らげる必要はないでしょう”

<久しぶりだったから>

“太りますよ”

<動いているから大丈夫>

“冗談はさておき。ご主人様は気付いていますか。この半月でステータスが随分と伸びていることです”

<うん、何となく>

“不思議ですね。必死に魔物を狩って一日に三ポイント上げるのに対し、一晚寝るだけで三ポイントが上がる日もある。こんな現象はゲーム世界でありません”

<もう少し、夜は寝た方がいいのかな>

“わかりません。ですが、試してみる価値はあります”


 この世界のレベル上げはわからないことだらけだった。

 母が「行きましょう」と言って席を立つ。

 靴、髪飾り、ブローチ、リボン、筆記器具を買いに行く。

 再び大通りを渡った。

 母は表通りの店を通り過ぎると、水飲み広場の角を曲がった。

 貴族が横通りを歩くと周りの注目が集まった。


「大丈夫、貴族の方もよく行く職人の店よ。職人に直接頼む方が安くて良い品が入るのよ」

「奥様、貴族が行かれるときは馬車を使います。徒歩で行かれる方はいません」

「馬車を使うとなると、馬を借りなければならないわ。安く済ませられないじゃない」

「その通りでございます」

 

 すごく古ぼけた店……店だよね。

 物置のような所を過ぎると、白髪白髭の老人の職人が靴を作っていた。

 母が気軽に庶民言葉で声を掛けた。

すると、老人が「お嬢ちゃんか」と答えた。

 母が私を紹介する。


「まぁいい。そこに立て」

「イルター、靴を脱いでその上に立ちなさい。気に入って貰わないと作って貰えないのよ。笑顔を忘れちゃ駄目よ」

「顔は見ん。見るのは足だ」


 私は少し高い台の上にひょいと立った。

 老人が眼鏡を掛けて私の足をじっくりと見た。


「欲しい靴は丈夫な深靴か。うむ、いい仕事ができそうだ」

「深靴じゃありません。貴族が町を歩く靴、屋敷用、舞踏会用で使う靴よ」

「はぁ、何を言っている。一流の冒険者には一流の深靴が必要だろう。深靴を頼め。次いで他の靴も作ってやる」

「そんな予算はないのよ」

「深靴を頼め。他はおまけだ。そっちの代金は要らん」

「いくら」

「そうだな。金貨五十枚くらいだ」

「無理、金貨三枚までしか出せません。この子は十歳よ。騎士団について森に入っているのは確かだけど……」

「ほぉ、レプスの森を駆け回ったか。いい足だ」


 老人はそう言って、ゆっくりと私を見上げた。


「おい、嬢ちゃん」

「はい」

「嬢ちゃん専用の深靴を造ってやる。代金はいつでもいい。すり減ったら、必ず持ち込め」

「すり減ったら持ってくるのですか」

「どんな風に使ったかを見れば、より良い物が造れる」

「すり減る前にサイズが合わなくなると思います」

「そりゃ、そうか。ならば、サイズが合わなくなった所で持ってこい。何足でも造ってやる。代金は払えるようになってからでかまわん」

「わかりました」


 母が「他の靴はおまけって言ったわね。おまけよ」と念を押した。

 私は老人にじっくりと足を見られた。

 店を出ると、母は「靴代が浮いた。髪飾りや文具に予算が回せるわ」と大喜びだ。

 それから職人の店を何軒か回り、すべて終わると来た道を戻る。

 水飲み広場が見え、大通りに近づくと、冒険者ギルドから獣人が出てきて、その後ろにクンクを見つけた。

 クンクはキョロキョロとすると、横通りを斜めに横切って近づいてきた。


「マリア」


 クンクが私を見て、そう叫ぶ。

頭の中に「?」が浮かんだ。

 私は幻術魔法を使っていないのでイルターの姿だ。

 だが、クンクはまっすぐに私に跳び込んできた。

 前後の護衛兵は反応もできず、クンクが私に抱き付くのを許してしまった。


「やっぱり、マリアだ」


 クンクを避けるのは簡単だ。

 だが、それよりイルターの姿をした私を「マリア」と呼ぶクンクに興味が勝った。

 私はクンクの手を取ると、店と店の路地に連れ込む。


「お母様、少し待っていて下さい」

「イルター」

「大丈夫です。この子に問い詰めたいことがあります」


 私は声が外に届かないように風の魔法“ミュート”〔消音〕を展開する。

 クンクが私を不思議そうに見ていた。

 私はメニュー欄から鑑定を起動するが、『心眼』や『魔眼』の類いが表示されない。

 私はポン太に聞く。


<幻術をどうやって見破ったのよ>

“俺様に聞かれてもわかる訳がねぇ。幻術魔法は間違いなく発動していた”

<どうしてクンクは私をマリアって呼んだのよ>

“俺に聞くより、本人に聞けば”

<そっか>


 私は鑑定したままの体勢でクンクをまっすぐに見ていた。

 クンクは私より一つ年上だが身長は低く、頭の高さが目線になるので少し見下ろしている。

 クンクも何か不思議そうな顔をしていた。


「クンク、どうして私がマリアだと思ったの?」

「マリアの匂いがした。抱き付いたらマリアだった。でも、マリアと顔が違うのはどうして」

「匂い?」

「マリアからいい匂いがしていた。俺、猫科だけど、犬並みに鼻がいいんだ」


 私は焦った。

 だって、イルターとマリアに替わる度に生活魔法“クリーン”〔清浄〕を使用し、汚れや匂いを消している。

特にマリアからイルターに戻るときは魔物の血の臭いを消す為に念入りに重ね掛けをする。


<ポン太、クリーンに欠陥でもあるの?>

“俺様が管理する魔法に欠陥などない”

<じゃあ、どうして匂いでバレているのよ>

“俺が知るか。こいつから聞け”


 ポン太の言う通りだ。

 マリアとして活動するには、イルターとマリアは別人でないと拙い。

 原因を突き止めないと。

クンクに聞かなければ、何も解決しない。

 

「クンク、私の匂いってどんなの?」

「すごく綺麗。もこもこのふわふわ、すごくいい香りがするからすぐに分かった。でも、いつもと顔が違うのはどうして?」

「マリアの姿では見えていないのね」

「変なの?」


 匂いって、体臭かな。

 ストレスが溜まると、アンモニア臭が体内から出てくることも……でも、アンモニア臭がいい香りとは言わない。

 クンクに聞いても謎が深まるばかりじゃん。


“おい、ポンコツ”

<ポンコツじゃない>

“ポンコツだろう。今は体臭のことを悩むより、対処が重要だろう”

<確かに>

“こいつ以外の獣人はこっちに来ない。気付いていないのか、貴族をわかって近づいてこないのか。原因の究明より対策が先だろうが、この馬鹿が……。ご主人様、さっさと対応しろ”

<言い返せない。なんか、悔しい>


 私はクンクの両肩を掴み、まっすぐに見て言った。


「クンク、この姿のときはイルターよ。匂いが一緒でもイルターとマリアは違うの」

「でも、同じ匂いだ」

「イルターは貴族でクンクとは身分が違う。気軽に話し掛けていい相手じゃない。胸に飛び込んできたと父が聞けば、クンクを殺しかねない」

「そんな」

「この姿のときは、『イルター様』と呼び、頭を下げて距離を取りなさい。そうしなければ、マリアは二度と貴方の前に現れなくなる」

「マリアと会えなくなるの」

「約束を守れば、マリアは会いにいくでしょう。わかった」

「うん」

「困ったことがあれば、私に助けを求めなさい。でも、決して気軽に話し掛けないで」

「うん、わかった。わかったからマリアと会える」

「会えるわ。だから、このまま路地を抜けて、仲間のところに戻りなさい。仲間には人違いだったと言っておくこと」

「わかった。だから、会いにきて」


 クンクはそう言って路地の奥に消えていった。

絶対にわかっていない。

 クンクは私とマリアを同一人物と確信していることだけは確信できた。


 その夜、私はマリアの姿で難民地を訪れた。

 長老にマリアとイルターは別人であり、貴族のイルターに不用意に近づかないようにお願いした。

 案の定、寝ていたクンクが飛び起きて、長老の小屋に駆け付けてきた。

 明日の洗礼式が無事に終わりますように。

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