第十話 悪役令嬢、領都の服屋を訪ねる
やってきましたエスタテ領都。
レプスから領都まで五百キロの道のりを十四日も掛けて移動してきた。
長かった。とっても長かった。
ゴトゴトと揺れる馬車の乗り心地は最悪であり、馬の休憩毎に馬車を降りて軽い体操で体をほぐした。
馬車に乗るくらいなら小走りで馬車と併走する方が楽だ。
母は許してくれず、「洗礼を受ける淑女が領都まで走ってきましたとか、笑われるだけです」と一刀両断で却下された。
母の言うことは理解できる。
同じ理由で騎士団と一緒に護衛に付くのも否定された。
十四日間、談笑という母の昔話を聞かされた。
何度も話しがリプレイして、途中から何も耳に入らない。
侍女のドッリトがいなかったら、ずっと聞かされて、私は灰になっていたかも知れない。
まぁ、どんなに乗り心地が悪くとも、腰が痛くなったり、気分が悪くなるという状態異常には、スキル効果でならない体質なんだけどね。
でも、心はすり切れてライフはゼロだった。
正面門を抜けると馬車はキャラバンを離れ、大通りに並ぶ高級宿に止まった。
お嬢様らしく馬車から降りた。
宿のロビーの天井が高く、如何にも高級という感じだ。
そこで宿の主人が出迎えてくれた。
「ようこそ、イスジェンナの宿へ」
「また、お世話になるわ」
「再び、美しい奥方様を拝顔できて歓喜に震えております」
「お部屋は以前と同じかしら」
「同じでございます」
「そう、それは助かるわ」
「では、ご案内させます」」
専属の女中が貴族専用の離れに案内してくれた。
離れは四つも存在する。
その内の三つは建物ごと貸し出すタイプであり、裕福になってきたと言っても無駄遣いはできず、十五室が完備される三階の貸し切りを選択していた。
貴族三人、家臣六人には広すぎる。
でも、辺境の領都にいくつも高級宿がある訳もない。
案内人に通された応接間で、店主が改めて挨拶に来てチェックインが終わった。
やっと解放され、食事の時間まで自由時間を貰えた。
私は個室のベッドに倒れ込んだ。
メニューを管理する上位精霊のポン太が五月蠅い。
<あぁ、疲れた。もう馬車の移動は嫌ぁだ>
“何、だらしないことを言っているんだ。悪役令嬢のときも馬車で移動していたんだろう”
<悪役令嬢のときは、今後のゲーム攻略を考えていたのよ>
“無数のシミュレーションを楽しんでいた訳か”
<四周目はそんな余裕もなかった。ともかく退屈とは無縁だったわ>
“ここでも同じことをすれば”
<嫌ぁ、私は自由に生きたいの。ゲーム攻略なんてやりたくない>
“弛んでいるな”
<昼は馬車で監視、夜は小さなテントで父と母に挟まれて川の字よ>
“監視って言ってやるな。川の字なんて微笑ましい光景だ”
<一日なら幸せだけど、十四日間もよ>
“いっその事、自分にスリープを掛けて馬車で寝ていればよかったんじゃねえ”
<あぁ、その手があったか>
“今のなし。ご主人様は状態異常無効スキルがあるから利かないわ”
<ポン太の馬鹿>
食事が終わると湯浴みがあり、部屋に風呂桶が運び込まれると、宿の女中四人にゴシゴシと洗われ、就寝となった。
ふふふ、その夜は十四日ぶりの狩りだ。
北の森の奥地に転移魔法で飛ぶと、ストレス発散の魔物の血肉が飛び散る『ブラッディ・パーティ』〔血の宴〕を開催した。
あぁ、すっきりした。
翌日、いつもより遅い朝食となった。
レプス村では、貴族も村人も日が昇る前から活動する。
それは貴族の常識ではあり得ない。
暖炉の火を整え、朝の準備が終わって侍女が起こしにくるまで起きない。
宿の女中が臨時の侍女として十人ほど雇われている。
服の着替えも侍女任せであり、私はどの服を着るかを指名するだけだ。
十年ぶりの貴族対応がくすぐった。
「お嬢様、ご案内します」
「お願いします」
女中に連れられて食事場所へ移動する。
父と母が到着すると朝食が運ばれて食事がはじまった。
「イルターは落ち着いているのね」
「はい、お母様。クィリッィエの教育がよろしかったからです」
「俺は慣れん。自分でやった方が早い」
「ふふふ、セマジュはここに来る度に同じことを言うのね」
「事実だからな。レルーイのときは『落ち着かないよ』と言っておどおどしていただろう」
「そうだったわね」
姉のレルーイは自分が貴族だという自覚はあるが、侍女の世話を受けたことがない。
貴族の令嬢は着替えさえも自分できない。
食事も少し残るくらいが丁度よい。
姉なら「残すなんてもったいない」と呟きそうだ。
私は姉を想像して、くすっと笑った。
「俺は領主邸に行って挨拶してくる」
「お父様、クィリッィエの言い付けを守って下さいね」
「わかっている。イルターと一緒に行けない場所では答えは曖昧に答えるだろう」
「はい。一人で交渉をしないで下さい」
「どうして俺は駄目でイルターにさせろというのだ」
「それはお父様が交渉の『ウン、ドゥオ、トレ』〔いろは〕を理解できなかったからです」
秋に母が領都に来ると面接が殺到した。
これまでのレプス男爵家ではあり得ないことだった。
母に会いにきた貴族や商人らはレプスの特産品を手に入れようとした。
もちろん、クィリッィエが横で睨んでいた。
「セマジュ、私も言葉巧みな貴族や商人を相手にして騙されそうになったわ。クィリッィエがいなかったら、大きな損害を出していたと思うわ」
「それは何度も聞いた」
「お父様。聞いたことと理解したことは別です。商人役のクィリッィエの言葉に何度も騙されて契約を交してしまったのをお忘れですか」
「あれはクィリッィエが悪い。毎回、微妙に変えて俺を騙そうとしたんだ」
「騙そうとする商人がテキスト通りに話してくるなんてありません。手口を理解して、その応用に生かして欲しいと工夫したのです」
「どうしてイルターはわかるのだ」
「わからないお父様がわかりません。簡単な引っ掛けに何度も騙されるお父様を見れば、クィリッィエも心配になります」
「イナード、今日のイルターが凄く怖いぞ」
「本当ね。イルター、頼りにしていますね」
「はい、お母様」
辺境伯も油断ならない方らしい。
でも、辺境伯の子飼いであるレプス男爵家を騙して貶めることに意味はない。
無理難題を押し付けられることはあっても不利益はない。
達成すれば、十分な利益が保証されている。
大量の果実と北の香辛料を手土産として持ってゆく。
父の仕事は『朗報は秋にするのでお待ち下さい』と答えを曖昧にできるかだ。
だって、どうみても父は交渉ごとが得意そうでない。
果実や北の香辛料を大量に栽培できるとなると、商人のいい値で買い叩かれる。
辺境伯が父に代わって交渉してやろうと言い出し兼ねない。
すると、決定権を持つ辺境伯に賄賂が流れる。
商人と交渉する前に“辺境伯の縛り”を受けたくない。
それがクィリッィエの結論だった。
父を見送ると、母と買い物に出かけた。
予備校で必要なものは、舞踏会ドレス一着、練習用ドレス二着、普段着二着、乗馬着一着、寝着二着に各種の靴や装飾品が加わる。
宿に店の者を呼ぶのが普通だが、店の者が最高級の品を持ってくるので金貨二十二枚〔百万円程度〕でも収まらない。宿のような避けられない出費は仕方ないとして削れる所は削りたい。
恥を凌いで母が希望したショッピングを許した。
宿を出て、通り向こうに服屋が並んでいた。
母は貴族夫人らしく優雅に歩いているが、私にはスキップするくらいに浮かれているように見えた。
「私は生粋の貴族じゃないから、店の者が勧めるものでは満足できないのよ」
「奥方は針子を探しが趣味なのです」
「私の趣味に合う子が、新人だっただけよ」
「その針子がいまでは店の店主です」
母のテンションも高いが、ドッリトのテンションも高い。
三年前、この店での姉の服を金貨六枚〔二十七万円程度〕で揃えた。
貴族ではあり得ない既製品だ。
針子見習いが作った既製品を店主がアレンジしてオーダーメイドに負けない品にしてくれた。
母が入ると、店主も嬉しそうに駆け寄ってきた。
「イナード様、お出で下さってありがとうございます」
「またお願いするわ」
「可愛らしいお嬢様ですね。私が腕を振るって仕立てましょう」
「ごめんなさい。そこまで予算がないのよ」
「それは残念です」
「でも、貴方が仕立ててくれたドレスは持ってきたわ。やっと着る機会がやってきそうよ」
「それは楽しみです」
「まずは型ドレスから見せて頂けるかしら」
「畏まりました。イナード様の目に叶う子がいるとよいのですが」
「今回は目を合わせるわ」
母と店主が楽しそうに笑った。
貴族のドレスを仕立てるのは一つのステータスとなる。
母が貴族会にデビューすると、店主は他の貴族からも注文が入るようになった。
店主はそこそこ有名となり、独立して店を持った。
貴族の注文も受ける中堅の服屋さんだ。
お針子見習いの子が私に服を着せながら教えてくれた。
「どうでしょう?」
「う~ん、いま二つかしら。独創性はあるけど、裁縫が雑ね。独創性が生かせてないわ」
「その通りでございます」
「次の型ドレスに着替えさせて」
型ドレスは装飾も飾りもない試作品のことだ。
見習いの針子が丈に合わせて微調整し、着心地やデザインのバランスを試す服のことだ。
ここから貴族の要望を聞く。
ドレスの丈を長くしろ、ここに花の刺繍を付けろ、ここにヒラヒラを足せとか。
完成したドレスは、型ドレスと似ても似つかないこともある。
そして、割とあるのが、やり直しだ。
希望を聞いて仕上げると、「想像したのと違う」とすべての努力が否定される。
それは指示を出す貴族の想像力が足りないと思う。
悪役令嬢の世界もこの手のトラブルが多かった。
母はその点で優秀だ。
三点目の型ドレスで合格が出ると、そのドレスの針子を呼び、アレンジの場所、使う布とサイズまで、針子の実力を見抜きながら的確な指示を出していった。
店主と私はそれを見守っていた。
「私もイナード様のドレスを仕上げる度に勉強させてもらったわ」
「そうなのですか」
「だって、イナード様は三大美女の踊り子に付き従って自分を磨く勉強をされたのよ。そこで得た知識を私に教えてくれたわ」
「貴族に取り入る技術、貴族夫人を虜にする知識、そして、その話題を作る為のドレス。道具としてのドレスの意味を教えて頂いたわ。流行を先取りしながら工夫を加える。すべてイナード様に教わったのよ」
「奥方は勉強好きでしたから」
何故か、ドッリトが胸を張った。
ずっと辺境で暮らしてきた母が流行なんてわかるのだろうか?
私がポツリと「流行ね」と呟く。
「イルターお嬢様、心配ございません。先程、今年の流行を聞かれました。去年の秋に来られたときは、ここ三年の流れも聞かれました」
「そうなのですか」
「三年前まで、私が仕立てたドレスを手直しして違うドレスに見せるのが仕事でしたから、去年の新着の注文は本当に嬉しかったです」
「お母様が絶対に持ってゆくと言って譲りませんでした」
母から季節毎に新しいドレスを用意し、年越しで同じドレスを着ることはないと聞いている。
ゲーム画面では同キャラは同じドレスを着ていたが、実際の悪役令嬢の世界では一度袖を通したドレスを二度と着ることはない。
この世界の貴族も見栄張りと知っている。
しかし、お金がなかったレプス男爵家では新着のドレスが買えず、同じドレスをアレンジを変えて違うドレスに仕立てていた。
協力してくれる店主に感謝しかない。
私に同じドレスと違うドレスに見せるという発想は浮かばない。
若い針子が目を輝かせているのが印象的だった。
「イルター、次はこの服よ」
そうでした。
舞踏会用のドレスが決まっても、普段着以下が残っていた。
母は普段着二着に型ドレスを十着も指名していた。
着せ替え人形タイムはまだまだ続く。
そう言えば、悪役令嬢は採寸だけすると、次の特徴だけ告げて店主に丸投げしていた。
一度しか着ないドレスの為に情熱を注ぐ気にならなかったのよね。




