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悪役令嬢の微笑 ~悪役令嬢はもう良いのに、悪役令嬢が追い掛けてきます~  作者: 冬星明


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19/42

第九話 悪役令嬢、領都へ出発する

 我が家は大忙しとなった。

 父に呼び出された日から三日後に春のキャラバンが到着し、その準備のためである。

 まず、父とクィリッィエは出迎えるために砦に向かった。

 父の部下に職人十名と技術者十名が合流し、辺境伯の命令書を受け取ると、それぞれに仕事を割り振った。

 商人が連れてきた料理人や売店員、小間使いも仕事を開始する。

 砦の警邏はレプス男爵の騎士団十名の仕事だ。

 村の守りに十名、荷物の護衛に十名が基本の体制となり、警邏と護衛から五名ずつ選抜されて森の奥の巡回を行うが、それは私が洗礼式を終えて村に帰ってきてからの予定だ。

 荷物護衛のうち、五名が父に同行して領都まで行くからである。


 春のキャラバンに参加する有力な冒険者は少ない。

 今年、キャラバンでレプス砦にやってきたⅣ級冒険者は四組のみであった。

 他はキャラバンの護衛に雇われた冒険者であり、三日後の二月十四日に帰路に就く。


 魔族は春の雪解け後に侵攻してくる。

 防衛戦のエスタテ辺境領の南部、マサクレ城壁町に辺境領に所属する貴族らと冒険者らが三月半ばまでに移動してゆく。

 もちろん、戦争を嫌う冒険者がちまちまと砦の方へやってくるのは例年通りだ。

 五月頃には恒例行事が終わり、マサクレ城壁町からレプス砦へ移動をはじめる。


 レプス村の住民は、冬の間に用意した麦や薪やエール樽などの資材を砦に運びながら、商人に売る織物や細工を各々の家からまとめ、傷や腹痛などの薬(北の香辛料を含む)を製造小屋から取引所に移し、さらに領都に住む辺境伯方々への土産の箱を運ばねばならない。

 特に秋に収穫した果実などは、村の外に掘った地下冷蔵庫に保管していた。

 私が村の近くの丘の地下にトンネルを掘り、雪ブロックを四方に置いた天然の冷蔵庫である。肉・野菜・果実・薬等々を、体育館くらいのドームをいくつも造って別々に保管している。

 雪ブロック造りは冬の仕事だ。

 私が魔法で氷を出した方が早いけれど、私が居なくとも村人だけで続けられるように設計した。


 村人も大忙しだが、レプス領主邸も大忙しだった。

 洗礼式に向かう私のために、母が冬の間にコツコツと準備してきたものを一斉に広げ、収納鞄に詰めてゆく。

 トラウトの妻のドリットが呼び出され、私と弟のロルヤーも手伝わされた。

 母が準備した量は予想以上だった。

 そこから厳選して詰めたが、何度も詰め直しが発生する。

 もう明日の朝が出発だというのに、まだ母は悩んでいた。


「ドリット、この服も入れられるかしら」

「奥様、もういっぱいでございます」

「一度出して、整理し直しましょう」

「かしこまりました」


 弟のロルヤーが「また!」と声を上げた。

 私はロルヤーの髪を撫でた。

 収納鞄からドリットが荷物を取り出し、私たちが床に並べ直してゆく。

 収納鞄は手提げ鞄だが、中型物置くらいの荷物が詰められる。

 その荷物のほとんどが母の服だ。

 その数は貧乏男爵家とは思えず、母のこだわりという熱意が伝わってくる。


「奥様、舞踏会用のドレスは一着しか入りません。以前の古いドレスを置いてゆくしかありません」

「困ったわね」

「お母さん、私の洗礼式に舞踏会用のドレスが二着もいるの?」

「いるわよ。こちらの新しいドレスは気品と豪華さを兼ね備えており、辺境伯様に招待された晩餐会や舞踏会でも着てゆけるわ。でも、一般の貴族に招かれた会場では派手すぎるのよ」

「気品があって穏やかなドレスなら、どちらの場でも使えるんじゃない?」

「当然よ、どこに呼ばれても失礼がないように作らせたもの。でも、それだと地味でしょう。辺境伯様のパーティーに呼ばれたときに失礼になるわ」

「作ったときは大丈夫だったの?」

「辺境伯様に呼ばれるなんて、あり得ないと思っていたのよ。それに新調したドレスを持っていかないなんてあり得ないわ」


 悪役令嬢の知識があるから服の違いはわかるが、辺境伯と他の貴族の「格」の違いがピンとこない。

 何となく、貴族は見栄を張ってナンボだ、というのはわかる。

 貧乏男爵家だからといって、質素な服でも構わないとはならない。

 うん、そこはわかる。

 でも、私が知っている貴族は先日見た雨蛙のようなキモい子爵様だけ……母の言っていることが正しいかは判断できない。


“エルフもどきも役に立たないな”

<クィリッィエは準男爵。騎士と同じで正式な貴族じゃないからね>

“位は貴族だろう”

<庶民から見れば貴族だけど、貴族から見れば護衛の兵と一緒だよ>

“準男爵は役立たずってことだな”

<領都に住む文官だったら違ったと思うけど、レプス領は晩餐会や舞踏会に参加しないから、外から見る機会もなかったからね>

“やっぱり役立たずだな”


 母は悩んだ末に、人が入れるほどの大きなリュックを二つ用意して、ドレス以外の荷物をリュックに詰めだした。


「お母さん、こんな大きなリュックは馬車に乗らないよ」

「大丈夫よ。合流地点まで兵に運ばせ、商人の収納袋に入れてもらえば問題ないわ」

「お金がかかるじゃない。クィリッィエが怒るよ」

「大丈夫、必要経費よ。クィリッィエが辺境伯様に失礼のない服を用意してほしいとお願いして作らせたのよ。文句は言わせないわ」


 クィリッィエが豪華なドレスを新調することを提案した。

 レプス男爵家が豊かになってきたことをアピールするためであり、人材募集の一環である。

 母のドレスは初夏に注文を出し、秋に姉の入学手続きのために領都へ向かった。

 クィリッシェは辺境伯への報告もあり、母に同行して領都に赴いた。

 母のドレスは予想以上の仕上がりであり、装飾の品質と数は男爵家に合わせているが、制限のない布は最高品を使用し、大胆なデザインは注目を集めるだろう。

 加えて、母の美貌と立ち振る舞いの美しさによって、伯爵夫人のドレスを超える仕上がりかもしれない……と母が言った。

 私は伯爵夫人のドレスを見たことがないので何とも言えないが。

 私らが運んだ荷物をドリットが大きなリュックに仕舞っていった。

 やっと私たちは解放され、作り置きの食事を取り、風呂に入って就寝できた。


 翌日、夜が明けないうちに馬車に乗って出発だ。

 馬車の後ろに母の荷物を担いだ兵が続き、村から街道へ続く道を進んだ。

 私たちは合流地点に先に到着した。

 しばらく待つとキャラバンが見え、母は馬車を降りてクィリッィエを探した。

 クィリッィエは砦の臨時責任者だ。

 見送りのために合流地点まで同行するが、母と私に挨拶をして別れる。

 母がクィリッィエを見つけて説明していると、彼が眉間に指を当てているのが見えた。

 頭が痛いだろうな。

 馬車から出たドリットが、荷物を運んでくれたトラウトに声をかける。


「トラウト、代官の仕事をしっかりするのよ」

「わかっている」

「娘たちには仕事を一通り教えたから大丈夫よ。けれど、身分が低いから気をつけてね。兵らに悪さはさせないで」

「当然だ」

「お嫁さんにしようと口説くのを規制するつもりはないのよ。でも、彼女らは立場的に断れないから節度を守らせてちょうだい。せっかくの部下を壊さないでよ」

「わかっている。何度も聞いた。若い奴らに手を出させないように注意する」

「(息子)スレーセはロルヤー様と一緒にいるように言っているわ。治癒ができるイルターお嬢様がいないから、危ないことはさせないでね」

「もちろんだ」

「もしもの時は、砦にいるクィリッシェ様を頼るのよ」

「わかっている」


 指示を出すのがドリットで、頷くのがトラウトだ。

 トラウトはドリットの尻に敷かれている。

 先日、ドリットが侍女長という肩書きを持っていたのは初めて知った。

 いつも兵寮で食事を作り、兵の服を洗濯していた。

 農奴のお姉さんにも手伝わせていたが、「まかないのおばちゃん」だった。

 ドリットは母が踊り子だったときの付き人だった。

 レプス領へ、母専属の侍女としてやってきたのだ。

 初代の侍女長や先輩の侍女が辞め、家人や料理人や下人が去って、ドリットがトラウトの妻になったことで兵寮の責任者を兼任した。

 やっていることは「まかないのおばちゃん」だ。

 でも、まだ二十代のドリットを「おばちゃん(グディ)」と呼ぶと怒るらしい。

 グディは「少し年上の良き妻」という意味だ。

 年上というフレーズがいけないのだろうか?

 でも、「貴婦人マダァ」と呼ぶと喜ぶらしい。

 マダァは「年配の侍女や世話係」という意味なのだけど、こちらは『OK』らしい。

 私もドリットの価値観がわからない。


 ともかく、そのドリットに部下が三人付いた。

 念願の侍女見習いではなかったが、労働奴隷に落ちた若い娘たちだった。

 その娘らにドリットが仕事を教えている。

 奉公期間が終われば、本人の希望で侍女に採用する予定だ。

 母が上機嫌で戻ってきた。


「あちらの商人に荷物を預けなさい。収納袋に空きがあるらしいわ」


 商人の収納袋に空きがあるのは当然だ。

 大量の物資を運んできた商人だが、冬場は休業中の砦から持ち帰る荷はほとんどない。

 正確には、価値を見逃している。

 レプス村の麦の種子は、女神様がゲーム仕様で作った、チートな寒冷地でも育つ麦なのだ。

 寒冷地の辺境領は南部に対して半分くらいの収穫しかない。

 チートな種子は普通に蒔いてもかなりの収穫アップが見込め、特殊な育て方なら倍近い収穫が望める。

 価値を知れば、百倍の値でも買ってゆきたい代物なのだ。

 言わないけどね。


 一体、いくらで商人は荷を引き受けたのだろうか。

 それより……帰りはどうするの?

 クィリッィエが私を見つけると手を合わせ、頭を下げていた。

 はい、はい、何とかします。

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