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悪役令嬢の微笑 ~悪役令嬢はもう良いのに、悪役令嬢が追い掛けてきます~  作者: 冬星明


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第八話 イルター、父に尋問される

 暖炉の上に置いたやかんから湯気が立ち上ってきた。

 焼いた麦の種子と薬草の茶葉を茶器に入れながら、イルターお嬢様のことを思い浮かべた。

 私が仕えるレプス男爵家にイルターお嬢様が生まれたのは十年前である。

 生まれたばかりのイルターお嬢様を抱いて奥方様は何気なく言った。


「クィリッィエ、可愛い子でしょう。お嫁さんにしてくれない?」

「唐突なお話ですな」

「でも、貴族では珍しいことではないのでしょう?」

「珍しくありませんが、大抵は年の差がない者同士でございます」

「でも、このレプス家に入ってくれる騎士様なんているのかしら」

「わかりません」

「人を募集しても、辺境のレプス家に誰も来てくれないわ。イルターを欲しがるのは隣のノネマ男爵家くらいでしょう。でも、ノネマ男爵家は女の子しかいないのよ」

「それで私でございますか」

「クィリッィエもお嫁さんが欲しいでしょう?」

「では、イルターお嬢様が学校を卒業して相手がいない場合は考えましょう」

「約束よ」


 奥方様は冗談めいた口調だったが、あの返事を約束だと思われたようだ。

 私はロリコンではない。

 幼い子供を愛でる趣味もなかったが、しばらくすると目が離せなくなった。

 そうだ、イルターお嬢様はどこかの家に嫁ぐような普通の姫様でないと分かってきたのだ。

 とにかく、目に入ったものを口に入れる。

 歩けるようになると村の外まで飛び出して、あらゆるものを口にした。

 腹を下して死にかけたことも、高熱を出してうなされたこともあったが、目に入ったものを口にすることを止めなかった。

 イルターお嬢様が持ち帰ってくるものが食べられると知ったのは、商人の知恵を聞いた後だった。

 南部出身の我々が知らないだけで、北部では普通に食べられている食料だと知れたのだ。

 だが、「生で食べるのはあり得ない」とも言われた。

 ともかく、食料問題が緩和された。

 イルターお嬢様が持ち帰った草の中から、冒険者の知恵によって薬草と毒草が見分けられ、薬となった。

 治癒魔法が使える神官がいる村では必要のない知識だ。

 だが、レプス村に神官はいない。

 ちょっとした風邪をこじらせて死に至ることもある。

 イルターお嬢様の無茶のおかげで、レプス村から死者が減ったのだ。


 イルターお嬢様が七歳のときに転機が訪れた。

 若草摘みに出掛けたイルターお嬢様は“ナウムウルシ”〔巨大な熊〕という魔物に襲われ、風の魔法で葬った。しかも瀕死のトラウトを治癒魔法で助けた。さらに大地の雪を解かす火の魔法と、土を耕す土の魔法を披露したのだ。

 洗礼前の子に神の加護が与えられるという前例を聞いたことはない。

 だが、現に魔法が扱えるのだから疑う余地もなかった。

 騎士団に同行するようになると、イルターお嬢様の聡明さを改めて知らされた。

 騎士団の兵を見事な指揮で鍛えてくれた。

 農奴の家を建て、田畑を拡張するなどの村の変革を行われた。

 湖が出現し、村を守るように川が走り、村に湧き水が出る奇跡が起こった。

 イルターお嬢様はその奇跡を「神の思し召しですね」と言う。

 間が抜けているというか、無邪気というか。


『イルターは神に愛されている』


 そう豪語するのは旦那様くらいだ。

 姉のレルーイお嬢様は「あんた、今度は何をしたの」というのが口癖となっており、奥方様も苦笑いをして見て見ぬふりを続ける。

 まだ幼い弟のロルヤー様はイルターお嬢様の嘘を信じているかもしれない。

 あるいは、騙されているふりかも……。

 とにかく、イルターお嬢様はレプス村最強の魔導師である。


 今朝から執務室の書類を前に、旦那様が貧乏ゆすりをしている。

 旦那様は書類仕事が嫌いだ。

 嫌いだが、イルターお嬢様の洗礼式のために村を空けるので、終わらせておくべき書類が山積みであった。

 だが、苛立っているのは書類に対してではない。

 最近、イルターお嬢様が村を飛び出し、何をしているかも言わないことに旦那様はお怒りなのだ。

 今朝も早くから森に出掛け、昼過ぎに戻ってこられた。

 そのイルターお嬢様を呼びに行かせている。

 イルターお嬢様は秘密主義であり、今さら苛立つのも的外れな気がするのだが。


「旦那様、薬草入りの麦茶です」

「頂こう」

「この資料をご覧下さい。森での魔物遭遇率の推移です」

「こんなものを作っていたのか」

「昔、巡回に行くと魔物に遭遇して大変でした。倒しても終わりが見えませんでした」

「そうだったな」

「ここ三年は魔物との遭遇率が急激に下がっております。獲物を狩ってお土産にする回数も増えております」

「イルターが見つけた香辛料は肉の臭みを取り、肉がより美味く食べられるな」

「北の森で見つけた香辛料の草を栽培する技術を考え出したイルターお嬢様は天才だと思います」

「その通りだ」

「イルターお嬢様が植えた果実の木も実を付けるようになってきました。さらに砂糖が作れる根菜を見つけ、湖の側で種の生産をしてくれております」

「すべてイルターの手柄だ」

「ですから、イルターお嬢様をキツく叱るのはお止め下さい」

「親に黙ってどこかに出掛けているのだ。問い詰めるのは当然だ」

「イルターお嬢様がふらふらといなくなるのは昔からです。今に始まったことではありません」

「その悪癖を止めさせるべきだな」

「一人になりたいときもあるのではありませんか」

「森は危険だ」

「イルターお嬢様はこの村で最強の魔導師です。森でイルターお嬢様の脅威になるものなどおりません」

「その油断が危険だと言っておるのだ」


 コンコン、と扉をノックしてイルターお嬢様が入ってこられた。

 旦那様は一人で森に入るイルターお嬢様を叱り、イルターお嬢様は謝った。


「ごめんなさい」

「そうか、反省してくれるか。これからは一人で森に入ることを禁ずる」

「できません」

「イルター、俺の命令に逆らうのか」

「逆らうのではなく無理です。まず、私の護衛ができる兵を育てて下さい」

「どういう意味だ」

「私は肉体強化と魔法の強化の重ね掛けができます。魔法の強化は他人に掛けられますが、肉体強化は自分でしてくれないと……」


イルターお嬢様の言う通りです。

 旦那様は気を走らせて、一瞬だけ槍の先に載せて攻撃できます。

 ですが、永続的な肉体強化はできません。

 私もできないし、他の者もできません。

 普通にできるのは、Ⅲ級以上の冒険者でしょう。

 これから騎士団を強くするには、この壁を越える必要があるようです。


「なら、何をしているのかを言いなさい」

「それも言えません。でも、やましいことはしていません」

「やましくないなら言えるだろう」

「無理です」

「…………」

「…………」


 執務室に羽ペンの走る音さえ消え、静寂の中、私は息を呑んで二人をしばらく見守りました。

 イルターお嬢様は何をされているのでしょうか。

 村に湧き水を引き、山の麓に湖を出現させ、それを「神の思し召し」で済ませています。

 それ以上のことをされているのでしょう。

 想像できるとすれば、魔物狩りでしょうか。

 イルターお嬢様は洗礼式で領都に向かわれます。

 旦那様も同行されるのでレプス村は手薄となり、“ナウムウルシ”〔巨大な熊〕のような魔物に襲われた場合、被害が出る可能性があります。

 三年前なら村は壊滅でしょうが、今の騎士団ならば撃退も討伐も可能です。

 しかし、治癒役のイルターお嬢様が不在となると被害は出ます。

 イルターお嬢様はお優しい。

 そんな不測の事態を避けるために、レプス村と砦の間の魔物を根こそぎ……いいえ、砦の先まで、山手に近い場所の魔物狩りに出掛けていそうです。

 もしそんなことを旦那様に言えば、旦那様は『止めろ』とも言えず、『同行する』と言えば、イルターお嬢様は旦那様を「足手まとい」とは返せません。

 これでは、何をしているか言えませんね。

 あくまで私の想像ですが……。


 この三年、イルターお嬢様の身体能力は著しく伸びています。

 模擬戦で旦那様と互角に稽古ができるのは私だけでしたが、そこにイルターお嬢様が割り込んできました。

 しかもイルターお嬢様が持つ武器は短刀であり、槍持ちの旦那様との相性は最悪なのです。

 それなのに互角の稽古ができている。

 しかもイルターお嬢様は魔導師であり、前衛職ではないのです。

 今のイルターお嬢様ならば、Ⅲ級冒険者に同行しても遜色のない働きができそうです。

 さて、頑固な旦那様をどうしましょうか。


「イルターお嬢様、一つ質問をしてもよろしいでしょうか」

「クィリッィエ、まだ話は終わっておらん」

「旦那様が聞きたい答えかもしれません」

「何か知っているのか」

「それを確かめます」


 私はエルフの血が流れているせいか、森の中に入ると気分がすっきりします。

 最近は森での魔物遭遇が少なく、散歩が楽しめるようになりました。

 イルターお嬢様ほどではありませんが、旦那様と互角の稽古ができている私にとって、森の魔物は脅威ではないのです。

 森を散歩していると不思議な小川がありました。

 ゆっくりと斜面を登った先に流れており、台地の尾根伝いに川が走っている。

 川は谷間を走るのが普通です。

 その川を遡ると、新しくできた湖へと続いていました。


「イルターお嬢様は南に走る奇妙な川を調査されているのでございませんか」

「えっ、調査?」

「台地の尾根を蛇行する奇妙な川ですが、あの辺りを開拓すると、新しい村をいくつか造り出すことができそうだと思っております」

「どうして知っているの?」

「森を散歩するのが私の趣味ですから」

「でも、森の中はぼこぼこしていて高低差なんてわからなくなるよ」

「そうですな。レプスの森は巨大な台地の上に小さな台地がいくつも乗り上げ、うねうねと波打っているので視界も悪い。私以外ならば、道を外れると遭難するでしょう」

「クィリッィエは大丈夫なの?」

「何故か、何となく方向がわかるのです。もしかするとエルフの血のおかげかもしれません」

「すごい」

「すごいのはイルターお嬢様です。よくご存じのようで」


 イルターお嬢様は慌てて目を逸らしたがもう遅い。

 川の地図を把握しているのははっきりした。

 誰が川を引いたのかも明らかだ。


「旦那様、イルターお嬢様は新しい村を造ってよいかを悩んでおられるようです」

「そうなのか」

「南の村に入居者が現れれば大騒ぎになります。そんな村をいくつも造ってもいいのかと悩んでおられるのでしょう。旦那様のために造るのが正解ですが、イルターお嬢様のすごさが知れ渡るほど、イルターお嬢様はレプス村に帰ってこられなくなります」

「イルター、そんな村を造る必要はない」

「旦那様、イルターお嬢様に造っていただきましょう。いいえ、造るべきです」


 旦那様が怖い目で睨むが、私は言い切った。

 イルターお嬢様は目を白黒させている。


「もう手遅れでございます。イルターお嬢様が農奴のために建てた家は、商人らが見ればその価値をすぐに理解します。誰が建てたのかと騒ぎ出すでしょう。余程の高名な魔導師でなければ建てられない代物です」

「そうなのか」

「大広間の暖房とサウナを一体化した構造はもう異次元の発想であり、建築家捜しが始まるでしょう。むしろ、洗礼式で魔法の所在が明らかになり、あと何年イルターお嬢様がレプス村にとどまれるかが問題です」

「クィリッィエ、俺はイルターをどこにもやらんぞ」

「旦那様、何度も無理だと申し上げました。魔法が使えると知れた時点でイルターお嬢様の価値は上がり、どこかの高貴な家の養女として出され、王都の貴族学院に通うのは決定事項です」

「俺は認めん」

「貴族学院へ通うまでの三年間をレプス村で過ごせるかも怪しいのです。村の建設はすぐに取りかかって下さい。私の目視では、五つの村を造れます。早急にお願い致します」

「わかった。本当に地図が頭の中にあるのだな」

「イルターお嬢様の頭にも」

「クィリッィエ、勝手に決めるな」

「もう一つお願いしたいことがございます。レプス砦の断崖の下に堀を追加して下さい。それができると魔物の侵攻をより食い止められます」

「ちょっと無理かな。冒険者に見られて、辺境伯様の召喚が早くなるのは避けたい」

「ならば、騎士団の肉体強化に、断崖の下に堀を掘る訓練を加えましょう。予想より早く堀が完成するのはできそうですか?」

「それなら、山手に近い場所から掘ってゆくね」

「山手はあまり冒険者も行きません。目立つ場所は騎士団で掘り、冒険者に追随してくる魔法使いに仕上げをお願いしましょう」

「じゃあ、穴だけ掘って。仕上げはクィリッィエの方で手配して」

「かしこまりました」

「クィリッィエ、イルター、勝手に話を進めるな!」


 旦那様の気が逸れ、無断外出の話が消えた。

 イルターお嬢様も私の意図を察して話を合わせてくれた。

 私が旦那様をなだめ出すと、イルターお嬢様は「すぐ始める」と言って席を立って逃げ出した。

 無断外出の件は有耶無耶となった。

 話題は、洗礼式でイルターお嬢様の能力をどう隠すかに移る。

 無理だと言っているのに旦那様は諦めない。

 夕方に戻ってきたイルターお嬢様が、砦の上手に堀を掘ってきたと報告してきた。


「えっ、もう済ませてきたのですか」


 五ロキ(5km)ほどの堀を掘ったので……私に話を合わせてほしいと言ってきた?

 レプス村から砦まで直線で十ロキ(10km)もあります。

 山手の断崖が高さ二メル(2m)しかなく、魔物が侵入しやすい場所でした。

 そこに深さ五メル(5m)の堀が加わったのは、防衛の意味で大きい……大きいですが、堀の規模が大きすぎます。

 イルターお嬢様は聡明で思慮深く、町造りの計画も念入りに積み上げており完璧です。

 ですが、完璧すぎるのです。

 もう感覚が麻痺しているのか、楽天的なのか。

 イルターお嬢様は本気で能力を隠す気があるのだろうかと疑ってしまいます。

 レプス領が発展するならば文句はありませんが、イルターお嬢様の将来に不安を覚えました。

 神様、イルターお嬢様をお守り下さい。

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